♯ Anarchy In The MK ♯

「そろそろ夏休みだし腰を据えて名前や曲を作らないか」


 いつも真面目な金田先輩が、更に真面目な表情でそう言った。他の先輩たちはダラダラとお菓子を食べていたが、僕はその意見には大いに賛成だったので食い気味に頷いた。

 しかし本多先輩はソファの定位置に寝転がって漫画をパラパラしながらめんどくさそうな声を上げる。


「学祭までに決めればよくね?」

「いや、ダメだ」

「なんでそんな急ぐ」


(そもそも本多先輩が言い出しっぺなのに、なんでそんなやる気ないの?最初の中二病案却下されたから?)


 今日は金田先輩も引く気はないようで、整った眉間にシワを寄せ、首を振った。テーブルの上に、持ってきた分厚い経典や仏教関連の書物を置く。


(え、なんか本格的)


「夏休みは忙しいから部活に参加できない。盆は家の手伝いもある……そして、弟の翔真が帰ってくる」

「はあ?寺が盆暮れ忙しいのは分かるけど、弟関係なくない?」

「関係は大いにある!遠縁に預けられてる可愛い弟に1年に1回会える貴重な時間なんだぞ!」


 急に拳を固めて力説し始めた金田先輩に、みんななんとなく引き気味だ。


(弟さんて……この前話してたやんちゃな子だっけ)


 本多先輩は白けた顔をして、また漫画に目を戻してしまう。


「え~、別にいいじゃん。俺も双子の弟と妹いるけど、チビなんてうるさいだけだしぃ。一人暮らしさいこー」

「何を言うか、お前の兄弟と比べるな!翔真はな、ちょっとやんちゃだけど、それはそれは可愛い弟なんだ。素直で頭もいい。映画と戦隊ものが好きで、ホラー映画観ると怖い夢見て僕の布団に潜り込んできておねしょして人のせいにしたりするけど、そんなところも可愛い!というか、何しても可愛い。とにかく、夏休みは1に翔真2に翔真、3・4は盆で5は翔真だ」


(あれ?古川先輩乗り移った?ていうか、ちょっとキモ……)


 早口でまくし立てる金田先輩は、いつもの男前っぷりはどこへやら、師匠を褒め称える古川先輩を彷彿とさせる。その彼は、と見ると、自分の事は棚に上げて完全に残念な人を見る目で金田先輩を眺めていた。

 飛島先輩は我関せずで、割箸でポテチを摘みながらペンタブで何かを描いている。


「という訳で、翔真との時間を確保するために、今のうちに決められることは決めておこう」

「金田……お前……ブラコンか」


(そうそれ!!)


 完全無欠と思われた金田先輩の意外な一面に、僕も驚く。面倒見がいい長男タイプだとは思ってたけど、弟に対する執着がひどい……。


「色々決めるのは賛成です。軽音部らしいこと何もしてませんよね」

「綾人、最近乗り気だな。弾く気になってきた?」

「……やるならちゃんとやりたいだけです」


(別にみんなに言われたからじゃないし……葵ちゃんに聞かせたいとかじゃないし……)


 心の中で言い訳しながら、どんどん顔が赤らむのが自分でも分かる。ニヤニヤ笑う本多先輩と古川先輩が鬱陶しい。

 ただ、あの音楽が溢れ出す感覚をもう一度味わってみたい気がした。体中が痺れるような音と色の洪水。


「よし。じゃあやるぞ。僧がテーマなら出来るだけ仏典に沿ったものがいいと思うんだ」

「めんどくせー。当真くん決めていいよー」

「ふざけるな。僕を引き込んだ責任は果たしてもらう」


(厳しい……金田先輩の目がヤバい)


 蔵から出してきたと思われる少し黴臭い分厚い経典から、子供向けの絵本、仏像図鑑などをドサドサと目の前に置かれ、僕たちは安易にバンド名を決めたことを後悔する羽目になる。

 僕も具体的に名前を考えていた訳ではないので、とりあえず「よい子の大乗仏教」という本を手に取った。


(本名ちょっといじるだけじゃ駄目なのかな)


 古川先輩は仏像図鑑をパラパラめくっているし、本多先輩も渋々適当に手に取った古い本を読み始めた。飛原先輩は……相変わらず僕らを無視して何か描いてる。


(珍しく静かだ……いつもこうならいいのに)


 とはいえ、静かすぎると耳の奥で音が聞こえ始める。その時によって違うけど、キーンという高い音だったり、ジジジジという低い音だったり。僕はイヤフォンを装着して、適当な音を流して本を読み進めた。


(ふむふむ……多数の人を乗せる広大な乗り物。一切衆生全ての人々の済度を目指す……自分よりも先に衆生を救うことを優先し、自分が救われるかどうかは仏に任せる)


 利己主義の横行する今の時代に、それはなかなか難しいのでは?と思わなくもないけど、人がどうであれ自分はどう行動するかということなのかもしれない。

 ちょうど、この学院の校訓「自灯明」にもあったように、「誰かの言葉や教えに左右されることなく自分自身を信じて生きよ」という言葉にも通じる。


(それにしても……これ全部読んでたら時間かかる……)


 ふと目を上げると、最初は寝転がって適当に流し見ていた本多先輩が、起き上がってすごい勢いで仏典を読んでいた。読むというよりページを一瞬見ただけでめくっていく。


(え、速っ)


「金田、梵語サンスクリット分かる?」

「少しなら。辞典もある。……お前、それちゃんと読んでるのか?」

「ああ。俺、これが普通」


(カメラアイってやつか……)


 見たものを瞬間的に記憶して、定着させることが出来る能力。得た知識を応用できるかは個人差があるけど、本多先輩の場合はどちらも可能なのかもしれない。


(道理で漫画読むのも早いと思った)


 つくづく能力の無駄遣いだな、と思うけど、次々本を読み終えて積み重ねていく圧倒的なスピードを前に言葉もない。


「俺、千手観音がいいな~。手がいっぱいあってカッコイイ。これだけあれば超連続技繰り出せそう」


 図鑑を見ていた古川先輩が、呑気な声を上げている。本多先輩は本から目を離さずに、古川先輩に言う。


「千手観音はサハスラブジャ。千の手、千の手を持つもの。ヒンドゥー教のヴィシュヌ、シヴァ、ドゥルガーの異名。六観音の一尊、一切衆生を救う。真言は『オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ』」

「すげえ、Wikipediaかよ。なんかどれも良さげ。それにしようかな」

「その路線で行くか」


 金田先輩も乗り気になっているようだ。本多先輩は前に持って来て置きっ放しだったスケッチブックを引っ張り出してきて名前をずらずら書いていく。急いで書くと何を書いてるのか分からないくらい汚い字だけど、本人には読めているんだろうか。


「じゃー、テキトーに決めるか。俺が大日で金田は阿弥陀な。一輝は薬師で綾人は……苦悩の元王子、釈迦ってとこか」

「はあ……王子じゃないですけど……」

「こまけーことは気にすんな、生ハム王子。シッダールタ縮めてシドな」

「おお、シド・ヴィシャスみたいでかっこいー」

「まあ、いいんじゃないか?」


 盛り上がる3人の先輩についていけない。確かにシド・ヴィシャスは有名なパンクロッカーではあるけどなんとなく縁起が悪い気がしてしまう。


(……早死にしたんだよな、シド・ビヴィシャスって。しかもベース担当じゃないか……)


 うだうだ考えているうちに、先輩たちはどんどん話を進めてしまう。そのまま漢字を読むか梵語サンスクリットで呼ぶかで揉めている。


「綾人がシドなら揃えようぜ。大日如来はマハーヴァイローチャナ、阿弥陀如来はアミターバ、薬師如来はバイシャジヤグルな」

「本多……お前、うちの寺に来ないか」

「嫌だね。俺は医者になってモテまくって可愛い女の子とイチャイチャして暮らすんだ。坊主になったらそんなの無理だろ」

「そんなことはないぞ。坊主だって結婚は出来る。一緒に修行しよう」

「嫌だっつーの」


 いつかの本多先輩のように、金田先輩が熱心に勧誘を始めている。立場が逆転してる。


(寺も人手不足なんだろうか……ていうか、金田先輩って意外と残念……?)


 本多先輩が坊主になったら、とんでもない破戒僧になりそうな気がする。

 2人が押し問答をしているのを見ていると、今まで黙々と何かしていた飛原先輩が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「出来た!!」

「え、何が?」

「見ろ!HPを作った!」


 古川先輩の問いに、飛原先輩はノートPCの画面を僕らに向けた。先日みんなで虚無僧の着付をした記念に撮った集合写真に「ドット虚無♪OFFICIAL SITE」という題字が合成してある。


(えええええ?何してんの、この人)


「は?」

「この前写真撮った時から作ってたんだ。お前らの話聞きながら簡単なゲームも作ったぞ。前作ったやつに手加えただけだが。お釈迦様が垂らした蜘蛛の糸を、襲ってくる敵を避けながらよじ乗って上まで辿り着いたら勝ちだ」

「飛原……さっきから何やってるのかと思ったら」

「まだ何も活動してないだろうが」

「いいんだよ、カミングスーンで。こういうのは先行で拡散して、やりながら色々考えれば。もう公開して各種SNSに流したからな」


(飛原先輩も無駄に器用だな)


 呆れたような古川先輩と金田先輩を軽くいなして、ドヤ顔をする飛原先輩。本多先輩は名前を決めたというのに、また本を読んでいる。どうやら気に入ったらしい。


「うーん……。まあ、いいか。翔真と遊ぶ時間が増えれば」

「結局それかよ」

「いや、みんな夏休み前に曲か詞は作れよ?オリジナルでいくぞ。一輝は古川と一緒にそのまま宣伝、金田はギターも練習しとけ。綾人教えてやれ」

「あ、ああ……分かった」

「はい」


(ゴリラが人になった。仏に何か影響受けた?)


 どこでスイッチが入ったのか、珍しくまともなことを言う本多先輩に、みんな大人しく従った。先輩がまともだと調子が狂うけど、意外と人を使うのは上手いのかもしれない。なんだか今日は先輩達の意外な面ばかり見える。


 Sex Pistolsは元々ブティック経営者のマルコム・マクラーレンが巧妙に若者の反骨心を煽って作り上げたグループで、体裁はあとから整えた感はある。

 シド・ヴィシャスはまともに演奏も出来なかったし、歌もそんなに上手くはなかった。って言ったらファンの人に怒られるかな。


(結局誰かの手の平の上)


Right! Now ha, ha,ha,ha,ha 

さあ、いますぐやっちまえよ


 見切り発車の不安に震える僕の耳に、遠くからジョニー・ロットンの笑い声が聞こえてきた気がした。




◇◇◇◇◇


【後記】


https://kakuyomu.jp/users/toriokan/news/16817330650600986381(イラスト)


【註】

Sex Pistols・・・英国のパンクバンド

シド・ヴィシャス・・・Sex Pistolsのボーカル&ベース

マルコム・マクラーレン・・・Sex Pistolsのマネージャー、ファッションデザイナー、ミュージシャン、起業家 (ヴィヴィアン・ウエストウッドと内縁関係)


【曲】

『Anarchy In The UK』1976年

Sex Pistols

作詞/Johnny Rotten

作曲/Glen Matlock

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