♯ Save the Last Dance for Me ♯

 放課後、手の空いたクラスメイトと文化祭で使う資材の買い出しに出かけた。

 ホームセンターや雑貨店を回って荷物を抱えて歩いていると、駅前で飛原先輩を見かけた。飛原先輩ともう一人、綺麗な女の人が一緒だ。

 綺麗のレベルが段違いの、やけに露出の多い美女が背の高い先輩の紺のジャケットの腕に白い腕を絡み付かせている。

 ストールを羽織っているとはいえ、背中のぱっくり開いた黒の膝上丈のドレスを着た彼女。飛原先輩を仰ぎ見て話しかけるたびにふわふわの栗色の髪が揺れる。先輩もリラックスした表情で何か答えている。普段冷静な飛原先輩の気の弛んだような表情が新鮮だ。

 2人ともお洒落で大人っぽい恰好をしているので、一見すると社会人のカップルのようにも見える。


(先輩、彼女いたんだ)


 なのに、なんで僕に女の子紹介してなんて言ったんだろうと首を捻っていると、後ろを歩いていた鴇田が呟いた。


「あ、朝陽あさひさんだ」

「知り合い?」

「飛原先輩のお姉さんだよ。俺らの学校の卒業生だ。舞踊コースでさ。発表会見に行ったことあるけど、すっげー綺麗だったぞ」


(あ、なるほど。お姉さんか)


 何故か得意げな鴇田だが、こいつはいったいどこで情報を仕入れてくるんだろう。ここが彼の地元だからなのか、僕が疎いだけなのか、鴇田は色んな人の事情に詳しい。

 あれから仲良くなった訳でもないけど、先輩達に何か言われたのか、特にウザ絡みしてくることもなく普通に付き合ってはいる。いや、時々噂話が鬱陶しいのを除けば、の話だが。

 鴇田はデレデレと眉尻を下げて先輩達を、というか主に先輩のお姉さんを眺めている。


「美人だよな~。いいなあ。俺もあんなお姉さんが欲しい。挨拶してこようっと」

「あ、鴇田」


 姉弟水入らずのところを邪魔していいんだろうか。僕が止めようとする間もなく、鴇田は走って行ってしまった。

 鴇田が近づいたのに気づくと、飛原先輩はすっと表情を消してお姉さんを守るようにその前に立った。3人は何か話しているが、会話の内容までは聞こえてこない。

 鴇田がこっちを指差して先輩がちらりと目線を向けたので、僕は頭を下げた。その体の後ろからお姉さんが顔を覗かせて、僕を見てにこっと笑った。神々しいくらいの美人なのに、笑うと親しみやすい印象になる。悪戯を企むような表情で手招きされ、僕は戸惑いながら近づいた。


(なんだろう)


「こんにちは。部活の後輩くん?いつも一輝がお世話になってます」

「こ……こんにちは」


 白くて柔らかい手にきゅっと手を握られて、思わず赤面してしまう。それに花みたいな良い匂いがする。美人は香りまで違うんだろうか。栗色の巻毛と透き通るような白い肌。長い睫毛に大きな瞳、小さな赤い唇が表情に合わせてよく動く。

 お姉さんは僕の手を握ったまま、どんどん体を寄せてくる。襟ぐりが大胆に開いた白い胸元が迫ってきて、どこを見ていいか分からない。


「やだ、この子可愛い~」

「朝陽……綾人が困ってる。手を離して」


 抱きつきかねない勢いだったけど、飛原先輩が不機嫌そうな顔で無理矢理手を引き剥がしてくれたお陰で、僕はなんとかそれ以上赤面しなくて済んだ。 

 傍に立っている鴇田は羨ましそうな顔をしている。出来る事なら代わって欲しい。密かに元ヤンではないかと疑っている飛原先輩に睨まれるのはごめんだ。

 先輩達はご両親と待ち合わせてこれから食事に行くそうで、まだ余裕があるから駅前で時間を潰していたのだという。


「この子学校のこと何も話さないの。最近帰りも遅くて、忙しい忙しいってそればっかり」

「確かに先輩は部でも色々作ったり他の先輩のサポートしたりでかなり忙しくされてますよ」

「ああ、蛍君?あの子楽しいわよね」

「ええまあ……」


 飛原先輩と本多先輩が幼馴染ということは、お姉さんとも長年の付き合いがあるのは当然として。


(アレを楽しいと言えてしまうお姉さんがすごいです)


 微かに渋い顔をする飛原先輩を尻目に、お姉さんはにこにこしている。それから少しの間、部活や本多先輩のことを話していたら、遠くの方でクラスメイトが僕らを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい、方倉、鴇田、早く来いよ。先行くぞ~!」

「あ、買い出しの途中だったんだ。じゃあ、僕達これで失礼します。ほら、行くよ、鴇田」


 ちらちらと朝陽さんを気にしていた鴇田の腕を引く。鴇田は渋々歩き始めたが、名残惜しそうに後ろを振り返り、朝陽さんに声を掛けた。


「朝陽さん、文化祭遊びに来てくださいね!」

「もちろん。頑張ってね」


 小さく手を振る朝陽さんに頭を下げると、後ろに立っていた飛原先輩が自分のジャケットを脱いで彼女の肩に掛けているのが見えた。確かにあれでは少し目のやり場に困るし、夜になったら冷えそうだ。


(冷たそうなのに、意外と面倒見いいんだよな)


 眼鏡の奥の瞳は優しそうに細められ、ヒールを履いた彼女をエスコートする歩調は緩やかだ。僕はふと、仲睦まじい両親のことを思い出した。僕には兄弟がいないけど、姉妹がいたらそんな感じなのかな、と思った。



 翌日、部活に現れた飛原先輩は何故か疲労困憊の態で、大量に抱えてきたトビウオのマスコットやクリアファイル、ボールペンなどをテーブルの上に放り出して、ぐったりと腕に顔を埋めた。いつも冷静沈着な先輩らしからぬ行動だ。


(珍しいこともあるもんだ)


「どうしたんですか、これ」

「うちの販促物。やるよ。好きなだけ持ってけ」

「お、トッピーくんじゃん」


 古川先輩が早速喰いついている。トッピーくんは全国チェーンのドラッグストア・トビーのマスコットキャラクターだが、何故こんなに大量にあるのだろう。


「なんでこんなにあるんですか?薬局でバイトでもしてるんですか?」

「えっ……お前、他人に興味ないにもほどがあるだろう……」


 古川先輩は不思議そうな顔をする僕に、呆れたような声を上げた。確かに僕は音楽のこと以外あまり興味はないけど、そんなに呆れなくてもいいんじゃないだろうか。

 

「トビーってこいつの親の会社だけど。もしかして本気で知らなかった?」

「初耳です」

「テレビとか雑誌に家族と出てたりしたけど?」

「テレビも雑誌も見ません」


 家にグランドピアノとダンスフロアとDJブースがある時点で薄々お金持ちなのではないかと思っていたけど、全然興味がないから忘れていた。この学院は私立だけあってお金持ちの子女も多い。本多先輩と金田先輩に続いて飛原先輩まで……。

 とはいえ、知ったところで僕には関係のない話だ。親のことであれこれ言われるのが面倒なのは僕にも分かる。


「まあ、どうでもいいですけど」

「どうでもいいって……」

「そういうところがいいんだよ、綾人は」


 飛原先輩は顔を上げて頬杖を突き、力なく笑った。昨日あの後、何かあったんだろうか。

 でも聞いたところで真面目に答える気はないのだろうなと思う。また本当かどうかも分からない作り話をされるのがオチだ。飛原先輩はそうやって周囲を煙に巻きながら本音を隠して生きてるような気がする。

 古川先輩は既にその話題から興味を失ったのか、テーブルの上のものを物色しながら目を輝かせている。


「俺、全種類家族分貰ってこ~」

「お前もそういうところがいいよな」

「なんだどうした一輝ちゃん、急に褒めても貢いでも俺の心と体は女の子のものなんだからねっ?」

「あーそうかい。俺の所に戻ってきたくなったらいつでも言えよ。You can dance, every dance with the guy♪Who gives you the eye, let him hold you tight♪」

「いやん、『ラストダンスは私に』なんて気障ね!今すぐ抱いてっ!」

「おぇぇ」



You can dance, every dance with the guy

君は踊ればいい

Who gives you the eye, let him hold you tight

君を目で誘う男と 彼に抱き締められるまま

You can smile, every smile for the man

君は微笑めばいい

Who held your hand beneath pale moon light

君の手を取る男に 淡い月明かりの下



 頭の中で流れ始めた古いR&B。恒例の夫婦漫才を繰り広げる先輩達を眺めていたら、金田先輩と本多先輩も遅れて現れた。

 僕も葵ちゃんの分のトッピーくんボールペンを貰うことにした。



But don’t forget who’s taking you home

だけど忘れないで 誰が君を家まで送って

And in whose arms you’re gonna be

そして君を抱きしめるか

So darlin’ save the last dance for me

だから愛しい人よ ラストダンスは僕と



 そんな風に相手を思えるってどんなものだろう。曖昧な気持ちにすら答えを見つけられない僕には難易度が高すぎる。


 古川先輩を膝に乗せたまま販促物をみんなに配っている飛原先輩はいつもの調子を取り戻したように見える。

 それでも眼鏡の奥の瞳は憔悴の色を残し、時々何かを思い出すように遠くをぼんやり見つめていた。

 


◇◇◇◇◇



【後記】


【曲】

『Save The Last Dance For Me』

The Drifters

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