♯ Strawberry flavor forever ♯
♪Living is easy with eyes closed
Misunderstanding all you see♪
指が勝手に架空の弦を弾く。歌が唇から零れだす。
甘い苺の香り。ふわふわの髪に葉っぱをたくさんつけて、真っ赤な頬をした苺みたいなあの子。風にひるがえる制服のプリーツ。小さな後姿。
(可愛かったなあ………)
「ご機嫌だねえ、綾人」
「………別に」
僕の夢想を打ち破る汚い声が頭の上から降って来た。ついでに大きな手がグシャグシャと髪を掻き回す。僕は大きく息を吸い、本多先輩の顔をじっと見上げた。
(この
事故以来、毎年湿気の多い季節になると、耳鳴りが酷くなる。特に今日みたいな梅雨に入りかけのジメジメした天気の日。
なんとか鎮めようと例の蓮池のほとりで歌っていたら、何故か男子棟の敷地内に制服姿の女の子が現れた。
丸くて大きな瞳で心配そうに見つめて、僕に「だいじ」と言ってくれた彼女。だいじってのは彼女の故郷の言葉で「大丈夫?」って意味なんだって。でもなんか違う風にも取れる。
耳鳴りに効くツボの位置を教えてくれ、何故か箱ごと持ってた苺のパックを1つ僕にくれて、「元気出してね」と走り去って行った。
(髪に葉っぱついてるよって教えてあげたかったんだけどなあ……)
「旨そうなもん持ってるじゃん」
「あっ!」
止める間もなく本多先輩が僕の持ってたパックから、一番大きくて美味しそうな苺を摘まみ上げる。洗ってもいないのに、大きな一口で口の中に全部入れてしまう。果肉が弾けて、男所帯のむさ苦しい部室に甘い苺の香りが充満する。
(葉っぱ取れよ、じゃなくて!)
「これは僕が貰ったんですよ!勝手に食べないでください!」
「へ~、誰に?」
「………」
彼女が走り去った後、学生証が落ちているのに気づいたけど、学生課に届けるべきか迷ってまだ持っている。
『
じわりじわりと顔が熱くなった僕に、ニタリと嗤った本多先輩。僕の手から苺のパックを取り上げて、手の届かない高い所に掲げてしまった。
「吐け!誰に貰った!」
「関係ないでしょう!!返してください!」
「お、なんだなんだ~?」
遅れてやってきた古川先輩が驚いて目を見開いている。僕に追いかけられている本多先輩は、笑いながら苺のパックを両手に掲げ、古川先輩に叫ぶ。
「綾人が女の子に苺貰った!」
「そんなこと一言も言ってないでしょう!」
「いーや、これは女だね」
「えーいいなー。まあ俺も彼女に昼飯のコロッケ1個オマケしてもらったけどさ~」
「……古川。お前彼女いないだろ。食堂のおばちゃんを『彼女』って言うのやめろ、悲しくなる」
古川先輩の後ろから来た飛原先輩が目頭を押さえている。
(ほんとこいつら馬鹿ばっかり!!苺返せ!)
「ほーん、そうかそうか。葵ちゃんね。可愛い子だねえ」
結局、3人がかりで吐かされてしまった僕は、学生証を片手にニヤニヤしている本多先輩にのしかかられて、ソファの上で息も絶え絶えになっていた。
「製菓コースなんてあったんだ」
「今年、新設らしいぞ。合同実習とかあると可愛い女の子に会えるって調理コースの俺の友達が言ってた」
「ええ!?くそぉ、転科してえ~!音楽科の合同実習なんて、癖の強い女ばっかりで怖えんだよ!」
古川先輩はソファの座面を叩いて悔しがっている。どうでもいいから早くどいて欲しい。そして苺を返して欲しい。本多先輩はニヤニヤ笑いをやめないまま、僕の上で学生証をプラプラ振っている。
「これどうすんの?返しにいっちゃう?」
「……学生課に拾得物で届けようかと……」
(だって女子棟に直接返しに行く勇気なんてない……)
「もったいない!直接返しに行け!そして連絡先をゲットするんだ!あわよくば彼女の友達を紹介してもらうんだ!」
「そうだそうだ!我々にも潤いを!!」
いつも心の声が駄々漏れの古川先輩は置いといて、クールなはずの飛原先輩まで目の色を変えている。2人は僕の手を握り、涙を流さんばかりの形相で縋りついてくる。
(そんなに……?)
何故か目頭が熱くなってきてうるうるしていると、部室のドアが開いて金田先輩が入って来た。そして、重なり合うようにもつれ合っている僕達を見て、固まる。
「お、お前ら……」
(おや?お顔の色が……)
その後「
誤解もいいとこだけど、僕達が女子に飢えすぎて手近なところで発散しようとしてたと思われたらしい。
(そんな訳あるか)
僕は痛む頭をさすって不貞腐れた。折角いいことがあったのに、先輩達のせいで台無しだ。
「ごめんてばあ、当真くーん」
「反省してますー」
「もうしませーん」
「謝るなら綾人に謝りなさい」
金田先輩は、平静を取り戻し、呆れたように腕を組んで3人の先輩を見下ろしている。
(僕もう立ってもいいだろうか……足が痺れてきた)
「ごめん、綾人。俺がついてってやるよ」
「ごめん、綾人。だから直接返しに行ってこい、な?」
「ごめん、綾人。後で女子棟の雰囲気教えて?」
(この
立ち上がって埃を払い、謝りついでに口々に勝手なことをほざく先輩達を見下ろしていると、金田先輩の拳骨がまた彼らに降り注いだ。
「で!?今日の活動予定はなんだったんだ?」
「あ、そうだ。綾人のせいで忘れてた」
「はあ!?」
(こいつ、全然反省してないな)
また拳骨された本多先輩が頭をさすりながら立ち上がり、自分のデイパックの中から何か取り出してきた。
「呼び名決めようぜ!ほら、メンバー紹介とかでするやつ、かっこ良さげなやつー」
そう言いながら手に持ったスケッチブックを広げて、自分が考えて来たらしい名前の候補を見せてきた。
(いや、その前に曲作ったり練習したり色々やる事あるんじゃないの?バンドらしいこと一つもしてなくない?)
「俺リーダーね!」
「別に異論はないが……なんだこのファイヤーフライ本多って。ルキオラ?リュシオール?グルーブリュムヒエン?」
「英語・ラテン語・フランス語・ドイツ語で『ほたる』のことだ!どれがいい!?」
「中二病か!!」
どやあ、と胸を張る大男が鬱陶しい。飛原先輩と古川先輩が笑い転げる中、金田先輩は難しい顔をしている。
(あ、また拳骨されるんじゃない?)
しかし、金田先輩は頭痛を堪えるように形の良い額を押さえて溜息をついた。
「……お前が馬鹿なのはよく分かった。今日はもう遅いから、みんな明日までに考えてこよう」
その場は解散となったが、翌日僕は本多先輩にとっ捕まって女子棟に学生証を返しに行った。
彼女から「お礼」にと実習のお菓子を貰い、強引に割り込んできた本多先輩のお節介で連絡先交換して帰ったのはいいけれど、その後また馬鹿騒ぎが起こってしまったことはあまり記憶に留めたくない。
結局通り名を決めるどころではなく、再び金田先輩のお説教を喰らうことになった3馬鹿トリオ。
僕は、彼女に貰ったハート形の苺メレンゲクッキーの味と香りだけ覚えていられれば、それでいい。
(Strawberry flavor forever♪)
◇◇◇◇◇
https://kakuyomu.jp/users/toriokan/news/16817330650421694171(イラスト)
【後記】
【曲】
The Beatles
『Strawberry Fields Forever』1967年
冒頭部分訳詞(意訳)
「目を閉じて生きるのは簡単なことさ
目に見えるものは誤解を生むしね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます