混む混む♪ドット虚無♪
鳥尾巻
♯ プロローグ ♯
ある日のことでございます。御釈迦さまは極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。
この間の盗人は浅間しいことでございました。己ばかりが地獄から抜け出そうとする無慈悲な心が、折角垂らした極楽の蜘蛛の糸を切ってしまったのです。
御釈迦さまは極楽の蓮池のふちに立って、今日も地獄や人間界を見下ろしていらっしゃいます。
―――おや、あれは……?
それは桜花舞い散る麗らかな春の日。
高校に入学したての
ちょうど極楽の蓮池にも似た池中に咲いている蓮の花は、みな玉のように真っ白で、その真ん中にある金色の
(音楽に新旧も優劣もあるかよ。ロックの何が悪いんだ)
綾人はオリエンテーションの自己紹介で「音楽……洋楽ロックを聴くのが好きです」と言って、後ろの男子生徒にくすくす笑われたことを思い出して、溜息をつきました。
確かに洋楽ロックを聞く友達は周りにいなかったし、ボカロやアイドル曲の話について行くことは出来ていなかったのも事実でございます。
(なんだか耳鳴りがしてきた……嫌だな……)
綾人は誰もいないのを確かめてから蓮池の縁に佇み、尊敬するThe Whoのギタリスト、ピート・タウンゼントの曲を口ずさみながらエアギターを始めました。A/Dm on/A/Dm on A♪イントロがいつもの耳鳴りを掻き消すように頭の中を流れ始めます。
子供の頃から父親の洋楽コレクションを聞き漁り、楽譜と耳コピとYoutubeを頼りに見様見真似で父愛蔵のリッケンバッカー360/12 (ピートデビュー時モデル)を弾いていた彼はすっかり暗譜していたのでございます。
「Won't Get Fooled Again ♪ (俺達は二度と馬鹿にされない)」
指先が架空の弦を押さえ、弾き、彼はどんどん曲の世界に入り込んでいきます。演奏は白熱し最高潮に盛り上がった所で、ぶん回したギターの弦が切れる感触までいたしました。
はぁはぁと息を切らしながら我に返ると、綾人はいつの間にか上級生らしき3人の男達に囲まれておりました。赤髪で柄の悪そうな大男が前に進み出て、怯える綾人に向かってこう言ったのでございます。
「見つけたぜ、ギタリスト。俺達のバンドに入れ」
遠くでチャイムが鳴っているのが聞こえてきます。学校の
―――これは面白そうですね。また様子を見に来るとしましょう。
お釈迦さまは楽しそうな御顔をなさりながら、またぶらぶら御歩きになり始めました。
◇◇◇◇◇
【後記】
ありがとうございました。
拙作『ちょっと言ってみたいだけ~ギターの糸~』加筆修正。
またしても見切り発車です。
不定期更新になります。
【参照】
芥川龍之介『蜘蛛の糸』
ピート・タウンゼント自叙伝『フー・アイ・アム』
The Who『Won't Get Fooled Again (無法の世界)』1971年
https://kakuyomu.jp/users/toriokan/news/16817330650374313229(イラスト)
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