♯ 如来さまにお願い【後編】 ♯
その時から僕らの快進撃が始まった――なんて言えたらいいけど現実はそう甘くもなくて。
迎えた本番当日。
結局、昨日はなんとなく気まずいまま。葵ちゃんもあのことについて触れることなく2人でソワソワしながら空元気のような笑顔を振りまいて一日目が終わった。
(落ち込んでる場合じゃないんだけど、落ち込むなあ)
場合じゃない僕の目の前には問題が山積みだった。午前中は喫茶の仕事をこなし、午後は生徒会執行部からの呼び出しということで、クラスメイトへの言い訳は金田先輩がなんとかしてくれたけど。
秘密裏に部室に集まってリハーサルを終えた辺りで金田先輩の様子がおかしくなった。
「どうしよう」
いつもは落ち着き払っている頼れるイケメンがガクガク震えんばかりに青褪めているこの状況を、僕の方こそどうしたらいいんだと頭を抱えたくなる。
「先輩、落ち着いて。人前に立つの慣れてると思ってましたけど。まだ僕らの出番まで時間ありますから。ほら、精神統一とか座禅とか色々あるでしょう?今までどうしてたんですか?練習の時も、演説も応援もちゃんと出来たじゃないですか」
「それは……説法は父を見て慣れてたし。話すのはイメージ出来るんだが、こういうのは初めてだからこの状況は想定外だ」
(まさか本番に弱かったとは)
縋りつかんばかりの美丈夫を背中に止まらせたまま、部屋の中を見回せば、他の先輩達は準備に余念がない。というより初舞台でみんな自分のことで手一杯な感じだ。僕だって遊びの延長で父達とセッションしてたくらいで人前で本格的に弾くのは初めてだ。緊張しない訳がない。
とりあえず深呼吸しましょうと金田先輩を宥めていると、鼻歌混じりに機材をチェックしていた飛原先輩と目が合った。
(き、きまずい)
昨日のことを思い出すとどんな顔をしていいのか分からない。いつもは感情を表に出さない飛原先輩だけど、今日は妙にツヤツヤした晴れやかな顔をして上機嫌なのが見て取れる。
この中で金田先輩の次にまともそうと言えばそうなのだが……。と、迷っているうちに僕らの様子に気付いた飛原先輩がこっちに歩いてくる。
「金田はどうしたんだ?」
「……緊張してるみたいで」
「し、心臓が口から出そうだ……吐きそう」
「ふーん。こりゃレアなもん見れたな」
飛原先輩は眼鏡のツルを摘み、面白そうに金田先輩の顔を覗き込んでいる。
(面白がってる場合か)
すると、そこへ古川先輩も近寄って来て、金田先輩の肩を抱いた。とはいっても金田先輩の方がかなり背が高いから腕を目いっぱい伸ばして引き寄せる感じだ。
だいぶ苦しい姿勢ながら、サラサラのマッシュヘアを額に押し付けるようにして、金田先輩に語り掛ける。
「なあ、金田よぉ」
「なんだ?」
「ロックは夢見させてなんぼだって俺言ったよなぁ?」
「あ、ああ……」
「俺達は今から仏になるんだよ。音楽で一切衆生を救うんだ」
(って、設定ね?古川先輩の目がヤバい)
いつの間にかその反対側から肩を抱いた本多先輩が、いつになく優し気な瞳を金田先輩に向けて諭すように低く囁く。
「そうだぞ。お前は
(「な?」ってナニ?怖いんだけど、この光景。催眠?)
それにしても皆さん短期間で色々勉強してらっしゃる。チャランポランに見えて学年上位成績保持者たちは伊達じゃないと再認識した。
しかし詐欺集団に懐柔されるカモを見る気持ち。メンタルが不安定なところに一気に畳みかける赤毛のヤンキーとキノコ頭を眺めていると、そこへ飛原先輩も加わった。
「お前の
(そんな無茶苦茶なこじつけで上手く行く訳……)
「それもそうか。全ては御仏の心のままに、だな」
基本、人の好い生真面目な金田先輩は、言われるままに頷いている。
(素直か)
下手にツッコんで気を削いでもいけないと思い黙って見ていると、本多先輩がダメ押しのように力強く宣言した。
「ドット虚無、来迎だ」
ステージ裏の楽屋でこそこそ着替える。飛原先輩が改造してくれたお陰で着やすくはなったけど、着物は動きづらい。
前のバンドが演奏を終えて袖に引っ込んできて、深編笠を被って待機していた僕らを胡散臭そうに見る。
(そうでしょうね。僕も胡散臭いと思うよ)
昔見ていたステージ袖からの風景を今度は正面から見るんだ。緊張するけど、もうどうにでもなれ、という心境。
バンド名が呼ばれて本多先輩を先頭に出ていく。暗幕が引かれ照明の落ちた講堂にどれくらいの人数がいるのか把握できないが、ざわつく場内には熱気が籠っているのを感じる。
1曲目のカバーはキーボードを使わないので、撮影係をするという飛原先輩はカメラをセットしたステージ前に降りていく。
4カウントまではそこそこ落ち着いていた。なのに、だよ。最初の照明が僕らの頭上を照らした瞬間、何かが弾けた。
ドラムは曲の全体を把握するだなんて言っておいて、空気を読まない古川先輩が一番最初に暴走した。ハッキリ言ってめちゃくちゃだ。
(みんな、音が暴走してる!)
突発的な耳鳴りにも似た本多先輩が掻き鳴らす轟音、釣られて大きくなる僕の音、負けじと声を張り上げる金田先輩のマイクがハウリングして引き裂く音をまき散らす。
(ステージに立つと人格変わるタイプなんだな……)
なんて冷静に見ていられたのはそこまでで。もう客席の反応を窺うどころじゃない。自分達の音の中に埋没して、悲鳴と怒号混じりの歓声を遠くに聞く。
(いや、笑い声?)
アレンジを加えてオリジナルに繋げ、続く2曲目が更に暴走を加速する。編み笠を被った本多先輩の体から汗が飛び散るのがスローモーションのように見える。
ほんとめちゃくちゃだ。なのに楽しい。成功するとかしないとか、そんな事は頭から消え去って、がむしゃらに弦を押さえ、
そして最後の音が客席に吸い込まれて消える。シン、と静まり返った暗い空間に目を凝らす。
(あれ?やっちゃった?)
ドクドクと鳴る心臓の音、荒い息遣いだけが聞こえ、衣装の下を流れる汗が不快に感じ始めた頃、遠かったはずの歓声が遅れて耳に届いた。講堂の窓ガラスがビリビリ震えるほどの振動が僕らを包む。
「ど、ドット虚無でしたー!!」
司会の声に我に返る。本多先輩と古川先輩は両手を振り回しているし、金田先輩は魂が抜けたように立ち尽くしている。1人冷静な飛原先輩が全員を促して、僕は訳が分からないままステージ袖に引っ込んだ。
「あー、面白かった!」
本多先輩が赤い簡易袈裟を脱ぎ捨て、勢いで笠まで脱ごうとして飛原先輩に止められている。この人にとってはなんでも自分を楽しませる糧なんだろう。
僕らの初ステージは混乱と悲鳴と嘲笑と野次の
(成功?失敗?)
でも結果が気にならないほどには興奮していた。そしてその熱も冷めやらぬまま文化祭は終わりを迎える。
正体不明のコミックバンドの噂は尾ひれがついて校内を巡っていたけど、僕はそれを他人事のように聞いていた。賞賛半分、意味不明とか煩かったとか、そんな声も多かったからまともに聞いてると凹む。
(気にしない気にしない。現実は甘くない)
更にその数日後。
反省会を兼ねて部室に集まった僕らに、ソファにふんぞり返った本多先輩が偉そうに告げた。
「次の降臨先が決まったぜ」
顔を見合わせる僕と金田先輩と古川先輩。事情が分かってない僕らに、PCを開いた飛原先輩が、以前作った「ドット虚無」用SNSアカウントを出して見せてくれたのは、文化祭で撮影したライブの映像だった。
「反響がすごかった」
「いやいや、草生えてない?wwwwwばっかだけど?」
「それでも反響は反響だ。中には好意的な意見もある。蛍のバイト先のオーナーも出演OKしてくれた」
首を傾げる古川先輩に、飛原先輩はなぜか得意げだ。更にふんぞり返る本多先輩はいつものこととして、「南無……」と呟いたきり黙ってしまった金田先輩が気に掛かる。
かくして、快進撃とはいかないまでも、僕らの次のステージはあっという間に決まっていたのだった。
混む混む♪ドット虚無♪ 鳥尾巻 @toriokan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。混む混む♪ドット虚無♪の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます