第21話 錬金術師の暴虐





「いやあ、夜はまだ冷えますね」


「気を抜くな。副長からお達しが出ているんだぞ」


「ああ『泡泥』ですか」


「そうだ」


 第2警備室第7分隊は夜間警邏中だった。

 隊員にこそボカして伝えてはいるが、隊長はベラース男爵直々に警告を受けていた。『バブリースライム』に狙われている可能性が非常に高い、と。


「ちっ」


 思わず舌打ちをしてしまう。聞かされて気付いた。あの日、店を襲わせたのは捜査のご褒美などでは無かったのだ。自分たちは『泡泥』のエサにされた。

 歪んだ笑みで返り討ちを期待すると言った副長を心の中でこれでもかと罵倒するが、事態が変わるわけでもない。


「やってやるさ」


「どうしました?」


「『バブリースライム』を打ち取れば褒賞だ。士爵になれるかもしれんぞ」


「なら隊長は男爵ですね」


 そんなことで男爵になれる訳もないが、報奨金ぐらいは出るだろう。何者かはわからないが、所詮は不意打ちで殺しをやるような連中だ。厳戒態勢の衛兵隊を相手にできるものかと、隊長は自らを鼓舞した。


 蔑称で呼ぶ奴らが正面から堂々と、そして嬉々として殺しを全うする存在とも知らず。



「ん?」


 警邏を始めて2時間くらいだろうか、彼らは中流にある小さな広場に来ていた。


「おいっ、なにをやっている。こんなところは経路にないぞ!」


「は、はいっ。ですが」


 たるんでいるとしか言いようがない。

 元々5番から8番隊にはロクデナシが多く、素行もよろしくなかった。隊長とて平民街での職務など家の恥さらしと、宿舎生活を送っている。

 だからこそベラース男爵にエサ扱いされたのだが、それは隊長の知るところではなかった。



「道順は間違ってないぜー」


 背後から場違いな声が聞こえたのは、分隊が引き返そうとしたその時だった。

 それでも衛兵たちは警戒態勢を取らない。その声があまりに幼く聞こえたからだ。


「認識阻害したからなー。道案内したのは俺だ。すげーだろ」


 解説をしながら現れたのは、子供だった。

 背中まで届く金髪を後ろで縛るその姿は典型的なヴァール人に見えた。歩くにつれてその容貌が明らかになっていく。身長は低い。年の頃はまだ成人に達していないだろう。15を超えることはない。白い肌をした顔に丸いメガネが掛けられ、その奥ではいたずらっぽい青い瞳が輝いている。


 美少年といって間違いないその男の子は腕を頭の後ろに組み、軽い足取りで衛兵たちのすぐ前までやってきた。


「こんな時間に、迷子か? 上流からこんなところまで」


 隊員の誰かが呟く。無理もないだろう、仕立ての良い王都風の平民服を着たその姿は、どう見ても迷い込んだ子供以外の何者でもなかったのだから。

 彼の放った言葉を理解できなかったのもあったかもしれない。



「止まれ」


「んー?」


「そこで止まれと言っている!」


 唯一警戒することができたのは隊長だった。

『バブリースライム』への警戒心が、目の前にいる少年を異常だと判断したのかもしれない。


「べつに立ち止まっても一緒なんだけどな」


「なにを言っている!?」


 隊長が激高しかけた瞬間、ゴウと音を立てて広場に火柱が立ち上った。

 まずはひとつ、遅れてもうひとつ。


「ぎゃあぁぁぁ!」


 共通するのは衛兵が巻き込まれていることだった。



「貴様、魔術師か!?」


 あっけに取られた衛兵たちが少年に警戒を戻したのは、火に巻かれた者が倒れ伏してからだ。


「んー、魔法も使えるけどさー。今のは『魔道具』だぜ」


「魔道具だとっ!」


「そ。『魔力火炎放射地雷』。マト様謹製の優れものだ」


 マトが作ったのは感圧式の火炎魔法発動魔道具だった。ついでに風魔法を併用することで火力を上げている。


 そんなマトは高揚していた。

 自分の作った魔道具が、普段偉そうに悪さを働いている連中を燃やし尽くしている。前世でゆめ見、今世で実現したマトの持つ闇が存分に満たされていく。彼もまた、夜を歩く者だった。



「さー、動いたら燃えるぜー。どうする、どうするよ?」


 熱に浮かれたマトが実に楽しそうに衛兵たちを煽る。


「動くな。魔法撃て。槍投げぃ! アレは『泡泥』だ。見た目に騙されるなあっ!」


 隊長の檄に衛兵たちは手に持つ槍を投擲し、ある者は魔法を放った。その多くはハズれてしまうが、いくつかがマトを直撃する軌道をとった。


 が、槍や魔法はそのまま少年をすり抜けた。


「だから認識阻害だって」


 少年の登場からずっと、不気味な状況に動揺していた衛兵たちの誰もが騙されていた。見えている人影と聞こえてくる声は最初からズレていたのだ。

 最初にいたはずの場所から数メートル後ろに現れたマトだが、それもまた偏光による幻影だ。声すらも拡声魔道具を使い、彼本来の居場所を察知できる状況ではなかった。


「ほれっ」


 ポンと音がした数秒後、動きを止めていた衛兵の付近で爆発が起こる。


「『魔力グレネード』ってな」


 火と風の魔法とそれを込める魔道具があるこの世界、爆発物を投射する兵器を作るのはそう難しくない。事実、実装された兵科もあるが、平民街の衛兵にそれが配備されているわけもない。

 動力源たる魔石が高価で、戦闘時は事実上使い捨てになるのがよろしくない。どんな世界でも金食い装備は貴重なのだ。



 動けば地雷、動かなければグレネードの的。20名ほどの分隊はどんどん数を減らし、ついには隊長を含む3名だけが残されていた。

 それを確認したマトが彼らに近づいていく。


「ほれ、ご希望の本体登場だぜー。幻なんかじゃないから安心だ」


「……同時に斬りかかれ」


 動かなくても動いても同じ状況に隊長は決断した。残る2名の隊員もそうなのだろう、両側から呼吸を合わせて斬りかかった。

 それを受けるマトは両腕で頭部をガードして立ち尽くすのみだ。


 確かに剣はマトに触れた。

 同時に衛兵二人は炎に包まれ吹き飛ばされた。そのまま焼きつくされ、動かなくなる。


「あのよー、地雷があるんだからこういうのだって想像できるだろ?」


 できるわけがない。

 マトが仕掛けたのは自称『魔力爆発反応装甲』だ。それにしたところで服そのものが頑強で衝撃を伝えないことが前提になる。なるのだが、マトはそれを実現していた。


「この服、特別製でなー。キングトロルとジャイアントヘルビートルの素材使ってんだ」


 正確にはキングトロルの皮と、内張りにジャイアントヘルビートルの甲殻素材を用い、さらに魔力で耐衝撃性を高めてある。素材を用意したのはもちろん『クラッシャー』の面々だ。

 もはやそれはただの服ではなく、それ自体一種の魔道具とすら言えた。



「さて、最後に残ってもらったのは隊長さんだな。あんたさー、1週間前に店を燃やしたろ」


「……」


 追い詰められた隊長は口を開けない。この状況ではあるが、自白するにはまだ早い。


「気付いてるだろーけどさ、俺は『バブリースライム』だ」


「やはりか」


「ところがついこないだ、名前が変わったんだよなー。今の俺たちは『ナイトストーカーズ』ってんだ。かっこいーだろ?」


 見た目は完全に子供なマトが無邪気に自慢する。それを血走る目で見る隊長の心中たるや、最早言葉も出てこない。


「そーそー、ここに来るちょっと前にさ、非番の連中も全部殺したから」


「……っ」


「だから当然アンタも殺す。さー、最後に名乗るぜ。俺はマト」


 魔力を帯びた青い瞳が隊長を強制的に固定する。相手に有無を言わせない、それだけのなにかが込められていた。怒りか悲しみか、それとも歓喜か。

 名乗りのシーンで敵になにかをさせるようなマトではなかった。



「錬金術師、マト=アルキミア。『ナイトストーカーズ』の一員だ」


 格好良く自己紹介を終えたマトのメガネから突如炎が噴き出し、身を焼かれた第7分隊長はその場で絶命した。



 ◇◇◇



「おーい。終わったぜー、ヒトミー」


 転がる焼死体に怯えることなく、まだ息のあった衛兵にトドメを刺し終えたマトが声を上げた。


 直後、死体だらけの広場に異変が起こる。

 バタリと音を立てて、地面がひっくり返った。範囲は1メートル四方くらいの正方形で、その表面はまるで古い石材のように見えた。


 様子を見るかのように数秒そのままだった地面が、今度は石畳の面積を広げていく。

 バタリバタリと音を立てて、伝播するさざ波のように1枚ずつ反転しながら石畳が増えていく。


 数秒後に完成していたのは、石畳の広間だった。一辺50メートル程の奇妙な正方形。石畳の上にはごろごろと焼死体が、出来の悪いオブジェの様に散乱している。

 その死体が少しずつ少しずつ消えていく。正確には石畳に吸い込まれていった。ついには全ての死体が『吸収』され、その表面には様々な姿勢をとった『影』だけが残されていた。



 ◇◇◇



「相変わらず、すげーな」


「ん」


 マトはいつの間にか広場の脇にあった階段を降りた。階段下で待っていたのはヒトミだ。


「DPが美味しい」


「ホント、ヒトミだけジャンル違うよなー」


「強キャラ」


 ヒトミの口端がちょっと吊り上がり、微妙に笑顔を表現している。


「ずりーよなー、ホントのチートだよなー」


「ん」


 ヒトミが急げと言わんばかりにアゴで指図した。


「次はどこだっけ」


「フキナとシラカシ。それからミサキ」


「おー、そりゃ急がねーと。アイツ、ちゃんと殺せてるかなー」


「ミサキはやる時はやるタイプ」


 物騒な雑談を交わしながら、二人は地下通路に消えていった。



 すでに地上の石畳は消えていた。灰色の人影だけを残した元の広場に、ただ夜風が吹き抜ける。


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