第22話 猛威と暴風





「へえ、ホントにあるじゃねえか」


「さてはて、どんなのが出てくるのやら。気を付けてくだせえよ、団長」


「わかってるって」


 傭兵団『争乱の友』が侵入したのは平民街中流の下層にある廃倉庫だった。そこで彼らが目にしたのはつい1時間程前に届いた『お知らせ』通りの光景だ。倉庫の一角に置かれた木箱を開けてみれば、数々の装飾品が収められていたのだ。


「『ナイトストーカーズ』、か」


「魔力は感じられませんぜ」


 団長ジェルタと副団長ナムロスはもちろん警戒を欠かさない。

 特にナムロスは魔力察知に優れた戦士だ。魔法攻撃や魔道具の気配には人一倍敏感であるし、その嗅覚が傭兵団を救ったこともある。もちろんマトには遠く及ばないが。



 下流の安宿で飲んだくれていた彼らは、気が付いた時には床に落ちていた手紙を拾った。そこに書かれていた通りの住所に来てみれば、待っていたのはお宝だったという成り行きだ。

 もちろん第2警備室副長たるベラース男爵に連絡することも考えたが、結局お宝の独り占めと『バブリースライム』改め『ナイトストーカーズ』を討伐するという功績の両取りを決意した。


 してしまったが、結末は大した変わらないだろう。その時点で宿の周辺はヒトミの勢力圏な上に、シラカシとフキナが巡回していたのだから。もちろん手紙を届けたのはヒトミだった。


「で、いるのかあ? いるなら出てこいやあ!」


「ごめんなさい。待たせました」


 元気な女性の声は、彼らが入ってきた扉の辺りから聞こえた。


「いやあ、宿に残っていたのとか、ココの見張りを始末してたら時間かかっちゃって」


 フキナが明るく状況を説明する。

 実際はそれ以外にも道中で認識阻害や人避けのスクロールを使って、人が近づかないようにしていたのだ。殺し自体は派手だが、白鳥も水の下ではなんとやらということだった。



「……そうかい。で、どれくらいで取り囲んだ?」


「二人ですよ。わたしともう一人」


「へぇ、ふくよかなのと、妙な格好したねーちゃんの二人ねえ」


「お気遣いどうも」


 ふくよかと表現されたが、それくらいでフキナの好感度が上がる訳もない。もう一方、シラカシは渋い顔だ。黄金時代だった頃の制服を奇妙呼ばわりされるのが気に食わない。


「魔力は?」


「細い方が結構、太い方は少々」


 ジェルタが小声で確認する。ナムロスが手短に答えた。

 さて細い方は魔術師かとジェルタは考える。


「なんか目つきが嫌らしいですよ」


「いやなに、そっちの赤髪のねーちゃん、魔術師かって思ってな」


 フキナが揺さぶるも、ジェルタは普通に返事をした。どうせ本当のことなど言うまい。


「あ、ああ。使える。わたしは使えるぞ、うん」


 なにか焦った感じでシラカシが返した。ここにきて初のセリフは結構情けなかった。


「えっとですね、解説すると、こちらにいる人は『特殊な風魔法』が得意なんです」


「そうだ。得意なのだ」


 フキネが説明し、横ではシラカシがうんうんと頷いている。

 誰が信じるだろうか。



「……囲め」


 団長の号令で30人程の傭兵たちがフキナとシラカシを取り囲み始めた。だが二人ともそれを咎めたりはしない。ただ見ているだけだった。


「ほらシラカシさん、信じてない顔ですよ、アレ」


「そ、そうか。無念だ」


 それどころか雑談をはじめる始末だ。

 それを見るジェルタとナムロスは内心穏やかではなかった。彼らとて歴戦の戦士だ。強者と弱者、虚勢と余裕の違いくらいは判別できる。

 そしてこの二人は、強い。


「いいかあ、絶対に油断するな。見た目通りじゃねえぞ!」


 団長の大声を聞いた二人は大変満足そうだった。それがまたジェルタの癇に障る。

 ここに来たこと自体が失敗だったのではないかと、勘がそう告げているのだ。実際は王都に残っていた段階で詰んでいたのだが、それは知るよしもない。


「さて、ボスっぽい人たちは残すとして、蹴散らしましょう」


「おう」


 次の瞬間、彼女たちが動いた。



 開幕はたったの一歩だった。

 5メートルはあったろう間合いは、跳躍するようなフキナの踏み込みと、滑るようなシラカシの歩法でそれぞれ潰された。


「ふっ」


 一見無造作に、わかる者が見れば凄まじい技量が込められた木刀が傭兵の首を断ち斬った。

 大層な銘が付いている普通の木刀は、シラカシの技術を使えば実によく斬れるのだ。


「ほいっ」


 左脇腹に肘をもらった男はそのまま崩れ落ち、二度と動かなかった。

 フキナがしたことはただ跳び込み、そこから半歩踏み込んで体重を乗せた外門頂肘を繰り出しただけだ。


 シラカシが巻き起こす刃の暴風と、約束組手のごときフキナの武舞が倉庫内にあった命を刈り取っていく。淡々と、ただ淡々と。

 血の花が咲き乱れ、人が命無き物体と化していく。10余年続いた『争乱の友』が、事実上壊滅するのに要した時間は2分だった。



「こりゃ、仕事納めですかね」


「どうすっかなあ」


 副団長ナムロスと団長ジェルタが呆れた顔で話しているが、実際は冷や汗が止まらない。


「まあ二対二だ。やってやるさあ」


 ジェルタが強がるが、半ば死を覚悟、もう半分はやけっぱちだ。


「いえ、二対一ですよ。ご一緒にどうぞ」


 そう言ってフキナが悠然と前に出る。シラカシは少し離れた場所でつまらなそうだ。

 それもこれも事前のじゃんけんで負けたのが悪い。


「聞いたんですよ、『争乱の友』の上二人は結構ヤルって」


「ほう?」


「なので折角だから……、おちょくることにしました」


「殺す!」


 ジェルタは手にしたウォーハンマーを振り下ろした。ずんっと衝撃音が倉庫に響くも、結果を知った彼の顔は怒りから怯えに変わりつつあった。

 確かに叩きつけたはずのハンマーはフキナの片手で受け止められていた。まるで最初からそうする予定であったかのように。



「身体強化、使ってねえぞ……」


 ナムロスが吐き出すように言った。自分の眼に自信があるからこそ、信じられない。目の前の女が化け物としか思えなかった。


 答えは酷く簡単だ。『ソゥドちから』を使ったフキナが単純な力で受け止めただけ。ただし受けた衝撃を散らしたのは彼女の技術に他ならない。


「『芳蕗改フサフキカイ音流おとながし』ってね」


 敢えて『ソゥド力』のことを教える必要もない。


「じゃあ死出の手向けだね。わたしはプロレスラー、フキナ=フサフキ。『ナイトストーカーズ』のサブリーダー」


 ちゃっかりと自分はリーダーでないと言い切り、そのままフキナは地面を蹴った。



 それは深く低く、長い踏み込みだった。164センチの身長と72キロの体重を持つ身体が、まるで地を這うツチノコのようにうねり、ジェルタのハンマーをかいくぐって前進する。たった一歩で到達したのは後方にいたナムロスの直前だった。


「団長はシラカシさんに譲るね」


 踏み込んだ右脚をそのままに、フキナは左脚を引き付ける。足裏で大地を握りしめ、膝から腰に力を流す。そのまま伸びあがると同時に背骨を伝った力が全て、彼女の右肩に集束された。

 その標的となった首の付け根に、フキナの肩が触れる。


 ずんと重たい音が響き、ナムロスの首から上だけがのけ反った。


「すーっ」


 姿勢を保ったままのフキナが大きく息を吸い終わると同じく、ナムロスだった肉体は膝から崩れ落ちた。



「バケモン、かよ」


「酷いですね。ただのプロレスラーですよ」


「なんだそりゃ」


 聞いたこともない単語に、ジェルタが悪態をつく。


「で? 話の流れだと次は一対一かい?」


「そうだ」


 やっと出番が回ってきたのだ。シラカシは張り切っていた。


「わたしはシラカシ=アーエール。『ナイトストーカーズ』のヒラだ」


「なんか抜けてますよ?」


 いかにも元会社員な名乗りを上げたシラカシにフキナがツッコミを入れる。


「き、機動剣士だ」


「せっかくヒトミが付けたんですから、元気よく」


「機動剣士シラカシの刃、とくと味わうがいいっ!」


 やけくそに名乗り直したシラカシが木刀を正眼に構えた。

 ああこんな連中に団が壊滅させられて自分は殺されるのかと、ジェルタの心は壊れかけるも、最後に残った生存本能がその体を動かした。

 フキナを避けるように斜め後方に飛び退く。こちらは長柄だ、距離をとれ。



「俺は、ジェルタ=ズワール。『争乱の友』最後の一人で団長だ」


「名乗り痛み入る。さあ、かかってくるがいい」


 格下されたことに心の中で苦笑しつつも、ジェルタは最速でハンマーを横に振るう。

 ヤツらは上手い。縦振りではダメだ。足元を狙い続けて体勢を崩して、そこから打開する。そう念じながらジェルタはハンマーを振り続けた。


「む」


 持ち前の筋力に身体強化を上乗せしたジェルタの攻撃がシラカシに迫った。それでも慌てず、彼女は軽い歩法で相手の攻撃範囲をギリギリ避けながら相手の力量を読む。

 数度の攻防で両者は理解した。技量はシラカシが圧倒的に上で、逆に力はジェルタの圧勝だ。実はシラカシ、魔力こそ多いものの身体強化がほとんどできないのだ。


「中々の武だ」


「そっちこそなあ」


 お互いに相手を褒め称えるが、シラカシは涼しい顔でジェルタは汗を流している。スタミナというよりも一瞬たりとも気を抜けない闘争の結果だ。シラカシの修練と精神は戦場の傭兵を超えていた。



「らああぁぁ!」


 これまで最速のハンマーがシラカシを襲う。放ったジェルタをして人生最高の一振りだった。

 そんな一撃はジェルタの手から得物が消えることで中断された。


 精緻な軌道をとった『朱殷しゅあん』の切っ先が成し遂げた、技の果てだ。

 音もなくハンマーが宙を舞う。


「わかってたさぁぁ!!」


 ジェルタが叫ぶ。男は鈍器を振り終わったモーションからさらに身体を回転させ、左裏拳をシラカシに叩き込んだ。



「見事だった」


「なんで後ろにいやがる」


 確かに捉えたと確信した拳は空を切った。そしてシラカシの声はジェルタの後ろから聞こえる。速さは、特に瞬発力は力だ。遥かに劣るシラカシがなぜそこにいるのか、ジェルタには理解できなかった。


「それはな、わたしが『アーエール』だからだ」


 シラカシに向き直ったジェルタが見た最後の光景は、振り下ろされる赤黒い木刀だった。



「流石は風使い、伊達に機動剣士やってませんね」


「うむ。だがその呼び名は慣れない、な」


 シラカシは身体強化が苦手だ。だが唯一得意な魔法がある。風魔法だ。


 問題は威力の割に射程が短く、いや、短いどころか有効射程30センチという現実だった。それでも彼女は努力した。幼い身体でスラムを生き抜くため、仲間を守るためにはそれが必要だった。

 シラカシは拙い風魔法を移動に取り入れる。『ゲイル・バースト』と叫びながら何度も跳んだ。

 いつしか叫びは無詠唱となり、手と足だけだった魔法発動点は全身16か所を数えるようになる。


 すなわち『風使い』。後の『機動剣士』であった。



「やったなー!」


「シラカシ、カッコいい」


 いつの間にできていたのか倉庫の片隅には階段があり、そこから顔を出していたのはマトとヒトミだった。


「うむっ」


「あー、ヒトミ。わたしだって格好良かったでしょ」


「来た時には終わってた」


「残念だったなー、フキナ」


「ちくしょう」


「行くぞ。ミサキの戦いを見届ける」


 傭兵団『争乱の友』だったモノを背に、4人は地下に姿を消した。

 もちろんすぐにヒトミが回収した。



 ◇◇◇



 扉の向こう側で剣戟の音が聞こえる。


「どうやらまだ終わっていないようだな」


 シラカシがそっと扉に手をかけ、少しだけ開いた。


「これはっ!?」



 そこにいたのは全身傷だらけで血を流しながら戦う少女、ミサキだった。


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