第23話 数字の糧





「そろそろ時間です」


「はい」


 ジョウカイとミサキがコソコソと話をしているのは、第2警備詰所の近くにある衛兵宿舎、そのひとつである第4棟の片隅だった。

 ヒトミの手引きで宿舎に潜入、認識阻害と防音の魔道具を設置したあと、時間まで待機していたのだ。


 宿舎は詰所の東西に2棟ずつ建てられて、ここ第4棟は第7と第8分隊が使っている。

 第7分隊は現在夜警中、第8は凖待機ということになっているがそこは不良部隊、隊長を含めてアルコールをキメ、全員が寝こけていた。


「では手筈通りに。本当にやるんですね?」


「わたしの我儘ですから。やります」


 ミサキの言う我儘とは自分に殺させろというのともうひとつ、殺す順番についてだ。


「せっかく初めての殺しです。相手は選ばないと、ですよ」


「手出し無用、でしたね」


「はい。それでお願いします」


 物騒な軽口を叩きながら、ミサキは目的の部屋の扉を開けた。正確には身体強化をフル活用して、ドアノブを捻じ切った。



 ぎぃぃと力を失ったようにドアが開く。

 そのまま二人が踏み入ったのは10畳ほどの個室だった。部屋の主、第8分隊隊長ザルシャー士爵は片隅のベッドでだらしなく寝ていた。物音がしたというのに全く反応していない。


「起きてますよね? 動かないならそのまま斬り刻みますよ?」


「ちっ」


 ミサキの発言は完全にでまかせだったが、ザルシャーは他に選択肢がなかった。

 もし本当に寝ていたら起こすつもりだったミサキは、手間が省けて心の中で喜んでいる。


 ずるりとベッドから這い出たザルシャーが、サイドテーブルにあった魔力ランプに火を灯した。


「お前、まさか」


「はい『ポローナ』の娘ですよ」


「生きていたか。それに傷も。治癒魔法に伝手があったということか」


 明るくなったお陰でミサキを判別出来たザルシャーが、少しだけ驚いた顔をみせた。

 ミサキは褐色がかった肌に灰色の髪を持ち、南方アフラ人に似ている。彼女がもし生粋のヴァール人ならザルシャーは思い出すことすらなかっただろう。



「殺しにきました。文句は受け付けませんよ」


「用心棒まで引き連れてか」


 ザルシャーがちらりとジョウカイを見る。


「いえ、僕はただの僧侶です。見届けにきただけですから」


 そう言ってジョウカイは扉の前に陣取った。ここは通さないということだ。

 それを見たザルシャーがベッドに立てかけてあって剣を握る。


「娘よ、私は貴様の名も知らん。このまま立ち去れば、見なかったことにしてやってもいいが」


「アホか」


 ザルシャーの言葉は哀れみではない。ジョウカイまでを相手どれば自分が危ないかもしれないという、ただの保身から出たものだ。

 そんなことを悟れないミサキではない。敬語が取れた。


「頭がどうかしてるんじゃないのか?」


「……貴様」


 ザルシャーはこれでも士爵だ。弱小子爵家の四男に生まれ、流れ着いたのが第8分隊長であっても尊き血が流れている。そんな自分に対し平民如きが。踏まれていればいいだけの地虫が。


「アンタができるのは、ここで死ぬことだけだ。逃げは無い。精々無様に叫んで部下に助けを求めるくらいか?」


 完全に変貌を遂げたミサキの口調がザルシャーに突き刺さる。



「私を殺す? 貴様が?」


「記憶が不自由か? 同じことを何度も言わせるのが趣味か?」


「黙れえ!」


 ザルシャーの剣がミサキの頭に振り下ろされた。身体強化をかけたミサキがそれを避ける。


「ちっ」


 舌打ちをしたのはミサキだった。

 相手は強い。だけどとんでもなく強いわけではない。自分の身体が思い通りに動いていないのだ。

 だからこんなに大きく避けることになる。大きめの個室とはいえベッドやテーブルだって置かれているから戦場は広くない。


「前口上の割にどうした」


 ミサキが動揺したことを見て取ったザルシャーが余裕を取り戻した。

 自然と男の動きが良くなっていく。


「まったくっ、わたしはこんなもんか」


 ミサキが毒づく。

 だがこの状況、予定通りではないが、予想の範疇だ。事前に想定しておけば対応だってできる。



「おうああああ!」


 まずはただ叫ぶ。

 フキナに仕込まれた闘争の心得だ。身体のどこでもいいから動かし続けろ。まずは喉だ。


「虚勢を」


 ミサキは避ける。攻撃は後回しでいいから、最初は遠巻きでいいから、ただし後を考えて避けろ。

 それがシラカシに教わったことだ。


 物語がクライマックスならここで6人全員分の教えが聞こえるはずだが、あいにく近接戦闘が得意なのはフキナとシラカシだけなのが『ナイトストーカーズ』だった。ジョウカイはメイスで殴るが、あれは自分で回復させているだけのゾンビ戦法だ。参考にならない。


「せいやらああ!」


「やかましいぞ!」


 叫ぶミサキと叫び返すザルシャーが実にやかましい。

 そこでザルシャーが気付く。なぜ隊員が来ない?


「……防音結界かっ」


「そっちも使っただろうが。文句は言わせねえぞ!」


 心の中でざまあみろと思いつつ、ミサキが動きを止めた。


「それとアンタ、やっぱり父さんより弱いじゃないか」



 弱い者が創意工夫で強い者に打ち勝とうとするのは摂理だ。それはいい。

 だけど倒される側にとっては、たまったものではない。

 不意打ちだ、人数だ、立場だ、人質だ。相手が使ったそういうのを、全部とっぱらって仇を討つ。それがミサキの決心だった。無理なら何でもする気だったが。


「じゃあいくぞ」


 逆手に持っていた包丁『クランブル』をくるりと回し順手に持ち換える。さあ攻撃だ。


「ずありぇああ!」


「ちいっ!」


 ミサキとザルシャーが交錯する。

 リーチは明らかにザルシャーだが、ミサキは父ミュドラスと修練を積んできた。長物相手は望むところだ。


 包丁が相手の刃をなぞるように躍動した。敵の切っ先がズれて、ミサキの脇を掠めながら通り過ぎる。同時に包丁もザルシャーを襲うが、腕に浅い傷をつけるに留まった。



「舐めた格好をしているから傷を負う」


 ザルシャーが吐き捨てた。

 彼が起き抜けの夜衣で、防御は紙に等しいのは仕方がない。


 ではミサキはどうなのかといえば、彼女は普段の仕事着のままだった。裾の長い濃灰のワンピースに白いエプロン。つまりこちらは布の服だ。

 周りは諫めたのだ。マトはすでにミサキ用戦闘服型魔道具を完成間近にしていたし、フキナも行きつけの防具屋に革鎧をオーダーするつもりだった。


 ミサキはそれを断り、今回だけだからと押し切った。

 ここにジョウカイがいる最大の理由だ。


「わたしの世界にはなあ、『怪我をしなけりゃ強くなれない』ってありがたい言葉があるんだよ!」


 いろんな物語のごちゃまぜかもしれないが、ミサキは本気だった。



「ところでジョウカイさん」


「どうしました?」


「『71』です。やっぱりホンモノは違いますねっ」


「それは良かった」



 ◇◇◇



 今日までの6日間、ミサキは『ナイトストーカーズ』と色々な話をした。

 前世のコト、今世のコト。話したがらない者もいたので全てではない。逆にシラカシなんかは熱く前世の決意を語り、ミサキに引かれた。


 他には各人の持つチートやこれまでの『仕事』の話。これは全員が教えてくれた。各々がもうミサキは事実上の仲間と判断した上で打ち明けてくれたのだ。マトは嬉しそうに、ヒトミはニヤリとしながら。


 そして頭の中の数字だ。

 やはりというか、全員が持っていた。皆の数値を聞いたミサキは自分が一番少ないことを知り歯ぎしりして、最後にヒトミの数字を聞いて泡を吹いた。だってミサキは『69』でヒトミは『5421』。ミサキとて10年以上かけて、加えて数日シラカシやフキナと特訓して、やっとここまで到達したのだ。ならばヒトミは何をした?



 結論からすれば『数字』は熟練度だろうと、皆も納得していた。

 上がれば上がるほどチートのキレが良くなるという認識だ。同時に数字が増えるほど上がりにくくなるのも一緒だった。ますますヒトミが別領域だ。


 ならばどうすればいいのか。それについては人それぞれだった。

 共通していたのは使い込むコト。そしてチートを使って何をするかだ。

 ジョウカイなら魔法を使いまくる。マトならチートを使いながら魔道具を作る。そんな感じだ。


『ん、沢山吸った』


 ヒトミのは参考にならなかった。


 6人もただ漫然としていたわけではなかった。経験を持ちより、数字が上がり易い傾向にある行為をハッキリさせていたのだ。

 結論から言えば、それは『人を殺すこと』だった。

 魔道具職人のマトですら、自分で作った魔道具で人を殺せば数字が上がったのだ。ヘタな魔道具を作るより効率的に。


『転生させた神様は、ずいぶんとタチが悪いぜ』


 そう言ったのはヤスだった。


 これまでの経験を鑑みミサキも納得する。猪を殺すのと、人に傷をつけるのと、怪我の度合いにもよるが後者の方が『上がる』のだ。本当に悪趣味で彼ら向きな神様だ。


 ここでミサキはひとつの仮説を立てる。

 頭の中の数字という、だーろっぱ的でゲームチックな要素。つまりはだ。



 ◇◇◇



 困難であるほど、強敵であるほど、苦戦するほど数字の伸びが良くなるのでは。


「いつでも殺せます。ここからは検証ですね」


「わかりました。存分にどうぞ」


 ミサキがジョウカイに報告する。答えるジョウカイは穏やかなものだ。

 身体は動く。相手の技量も見えた。

 ただ仇を討つだけではない。そこにいるのは実験体だ。


「ふざけるなあぁ!」


「本気だよ」


 マトたちが到着したのは30分くらい後だった。



 ◇◇◇



「ジョウカイ、なにをしている!」


 扉を開けて乱入したシラカシが叫んだ。フキナ、マトも憤っているが、ヒトミだけは静かな顔だ。


「ミサキさんの望み通りにしています」


 ミサキがやっていることは、事前打ち合わせとちょっと違っていた。

 予定では傷を治してもらいながら戦うという話だったが、ジョウカイにだけミサキがお願いしたのだ。こちらが致命傷を負わない限り、相手だけを治してほしいと。


 その結果ミサキは傷だらけで血まみれだが、相手は無傷という状況が出来上がった。



「なに考えてるんだか」


 ジョウカイから説明されたフキナが目を抑えながら嘆息する。

 マトとシラカシも似たようなもので、もちろんヒトミはわかってたぜっていう笑みだ。本心は謎である。


「でも推測通りかもです。けっこう数字上がってますよ。『78』です」


「2桁だとわかんないぜー」


「酷いなあ」


 マトのツッコミにヒトミは苦笑いだ。



「くそうっ。くそっ、くそっ、くそぉぉ!」


 ザルシャーが叫ぶ。あんなやり取りを目の前で見せつけられたのだ。さもありなん。


「ああ、そうだった。そろそろ時間切れか」


 思い出したようにミサキが視線を合わせた。そしていやらしく嗤う。


「アンタは仇だ。当然殺す」


 断言されたザルシャーは言葉がでない。すでに勝てないと思い知らされているのだ。


「だけど同時にな、単なるエサだよ。昨日食べた黒パンと似たような存在だ。それだけの命だ。うひっ、うひゃはははは!」


 片手に包丁をぶら下げ、血まみれになりながらも狂ったように笑う少女がそこにいた。



「なんなんだ、なんなのだ、貴様は」


「あひょひょひょっ? ……アンタになんて名乗ってやるか、やるもんか!」


 ミサキの包丁が舞い、ザルシャーの両脇両手首から血が噴き出す。

 あえてトドメを刺さず、彼女は倒れた男をただ眺めていた。映画のエンドロールを観るような余韻と共に。


「あ、ああ、ああ」


 うめき声を上げていたザルシャーは、数分の後、静かになった。



「あっ、『85』になりました。やった!」


「あのさあ、かたき討ちでしょ、コレ」


 やっぱミサキもこっち側だとフキナは確信する。


「それもあります!」



 ミサキが嬉しそうに胸を張った。


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