第24話 不可解な存在は消え





「それでどう? 殺してみて」


「意外となんともないですね。別に気分がいいとかじゃないですよ。なんにも思わないってくらいです」


「そりゃそうだろうね」


 目の前でザクザクと第8分隊を殺していくミサキを見て、フキナは諦めた。

 ショックを受けていたらどうしよう、どうやって慰めてやろうなどと考えていた自分がアホらくなる光景だ。


「『102』。ヒトミちゃん、ついに3桁だよ3桁」


「ん、俗にいう100ケタ」


「いいね。いつか100桁届くかな」


 ヒソヒソ声で人類どころか生物を絶滅させるような会話をしているが、ミサキのやっていることは実に作業チックだった。

 寝ている酔っ払いの口元を押さえながら喉に包丁を突き刺す。微妙に暴れる隊員が静かになるのを見届ける。ただそれの繰り返しだ。


 ミサキの服はボロボロだが、ジョウカイが治したので中身は無傷だ。元気なその表情は食事処の看板娘そのものだった。これが今のミサキ、狂気を満載した灰色の心の持ち主だ。



「よっし『114』。これでラストかな」


 15分くらいで第8分隊20余名が消滅した。


「おつかれ」


「ヒトミちゃん、よろしく」


「ん。巻きでいく」


 お互いの片手をタッチした後、床に転がされた死体が影を残して消えていった。

 石畳? あれは演出だ。ヒトミご自慢のエフェクトである。



「ミサキ、ヒトミー、そろそろ行けよ。ヤスが焦れてると思うぜー」


「そうだった。じゃあ皆さん、行ってきます!」


 マトの呼びかけにミサキが応える。仕上げが残っているのだ。


「うむ」


「ヤスさんの出番取らないであげてね」


 シラカシとフキナもミサキを送り出す。フキナは微妙に苦労性だった。



 ◇◇◇



「ゆっくりだったな」


「すみません。お待たせしました」


「おまたせ」


 ミサキとヒトミが地下通路の行き止まりに到着した。あぐらを組み、暇そうに待っていたのはヤスだ。


「ヒトミが嫌がるから『迷宮』は禁煙なんだよ。待つのはつれぇや。それで、キチンとやれたか?」


「はいっ! お陰様で」


 ミサキが元気に答える。


「……そうかい。んじゃ、終わらせにいくか」


「はい! ヒトミちゃん、あとよろしくね」


「ん」


 ミサキとヤスが目の前の階段を登り、すぐそこにいた衛兵たちを無力化した。

 コトが終わった後で責任を取らされるかもしれないが、そこまで面倒はみきれない。


 ヤスの目くばせでミサキが『警備詰所副長執務室の扉』を開ける。



 ◇◇◇



「どのような者が現れるかと思えば、本当に見たことのない連中か。平民なのか?」


 深夜にもかかわらず執務室にいた第2警備室副長ベラース男爵は呆れたような声を出した。


「仰せの通りで。見ての通りオレたちゃ全員平民でさぁ」


 薄汚れた平民服を着るヤスがこともなげに返した。同時に探るような視線を送る。

 ヒトミがサーチしてくれたお陰で部屋の中にはベラースが一人であることはわかっていた。目の前にいる男はどこまで考えている?


「せっかくだ、貴様らが平民とて特別に私と会話する機会を与えよう」


「それはどうもご丁寧に。感謝の極みって言えばいいんですかい?」


「うむ。続けよ」


「ではお言葉に甘えて。それにしてもこんな時期に副長とは、上と下との板挟みってぇのも大変ですな」


「中々ではないか。市井にも会話する価値のある者はいるのだな」


 そう言えばたまに戦場でもそういう平民がいたなと男爵は振り返る。口調などではなく、内に秘める知性を感じさせれる者どもだ。

 残念ながら相手をしているヤスは元営業マンなので、男爵の思う普通の平民とは言い難い。


 男爵は同時にそれ以上の愚か者が城壁の内側にゴロゴロしていることも思い出す。さて貴族と平民の差とは一体なんなのだろう。



「では『報告』を」


「へいへい、では申し上げますか。そちらの第7と第8は待機を含めて全員。それと『争乱の友』とかいう傭兵団も一人残らずですなぁ」


「ほう」


 自らの敗北を告げられても、男爵は無感動のまま先を促した。


「差配できるのは男爵閣下だけでさぁ」


 そう言ってからヤスがバサバサと書類を床にぶちまける。


「それは?」


「命令書やらなんやら、手続きの書類ですな。一応の証拠ってことで」


「ずいぶんと律儀だな。部下どもに見習わせたいほどだ」


 ヤスが用意しておいた嫌味を受けて、男爵は感心したように嘆息した。なまじ本心だけにいたたまれない。

 ここまできたら状況証拠だけでも結果は一緒だ。さて最後にどうくるかなとヤスとミサキは待ち構える。



「貴様たち、私につかぬか? などとは言わん」


「あれまぁ。いいんですかい?」


「無為なことを言っても仕方あるまい。そこの娘よ」


 ベラースがミサキを見ていた。


「なに?」


「目が語るというのは本当だな。その方の視線、戦場ですら中々お目にかかれん」


「そりゃどうも」


 対するミサキの返事は素っ気ないものだった。当たり前、愛想をよくする理由がどこにもない。



「せっかくだし、わたしからも?」


「かまわんぞ」


「第8が店を燃やした理由。偶然? それとも」


「さて、どうだったかな」


 ミサキの問いに対し、男爵は肯定も否定もしなかった。ただボヤかす。


「吐け」


 恐ろしいほどの冷気を持ったミサキの一言だった。


「ごめんだな」


 背中に冷たいモノを感じながらも、それでもベラース男爵は淡々と返した。


 拒否の言葉は貴族としての矜持でもなければ、『上』への義理でも、ましてや忠誠でもなかった。すでに勝ちはない。自分はここで死ぬだろう。それが口惜しいから吐かないという理由でもない。

 目の前にいる連中はそこらの貴族よりよほど上等だ。そう認めながらも、それでいて見下す。ゆえに教えてなどやるものか。それがベラース男爵だった。



「ヤスさん、手足ちぎってもいい?」


「やめとけミサキ。ツテはあるさ」


 拷問まがいの提案をするミサキをヤスが制止した。冷静なのはいいが、ちょっとキメすぎだ。

 ヤスの言っていることはつまり、かの一党『ナイトストーカーズ』に繋がる人間が宮殿にいることを示していた。

 ここにベラース男爵の死が確定する。当然それは男爵にも理解できた。


「娘。大方燃やされた店の関係か」


 ベラースは執務机の脇に立てかけられていた剣を手に立ち上がる。


「仇討ちも、まあよかろう」


 そう言いながら剣を抜いた。



「トドメはヤスさんでしたね」


 机を乗り越え、ミサキが飛びかかる。

 軍用の革鎧を身に纏う男とボロボロのワンピースを着た少女が交錯したかに見えた。


「ちいっ」


 ベラース男爵の振り下ろした剣は、机に刺さって止まっていた。

 ミサキは机の角を蹴り方向を変え、男爵の背後に回り込んでいた。そのまま包丁を振り下ろす。刃は狙いたがわず鎧の隙間に吸い込まれた。


「がああぁぁっ!」


 ミサキが包丁を引き抜く。ベラース男爵の右肩から血が噴き出し、剣を持つ力は失われた。


「強いのが偉いとは言わない。けど悪さするなら弱いのはどうなの?」


 よくわからないキメ台詞だった。


「じゃあヤスさん、後はどうぞ」


「そいで、最後に名乗りでもあげやしょうかい?」


「はっ、くだらんな。これだから平民は、いや貴族もそうか」


 炸裂音が響き、どさりと音を立ててベラース男爵が崩れ落ちた。

 ヤスの手にした拳銃が薄くなり、消えていく。


 嘲笑ともつかぬ顔をしたまま、貴族と平民を平等に蔑んだ男は死んでいた。



「さて、戻るとするか」


「やっぱりヤスさんのチート、滅茶苦茶チートって感じですねえ」


「そっかぁ?」


「どこの鉄砲なんですか? やっぱりアメリカ?」


「うんにゃチェコスロバキア、ってミサキに通じるか? おっさん困るなぁ」


「えっと、マニアックっぽいですね!」


 二人はにぎやかに扉をくぐった。

 ベラース男爵が何を考えていたのかなど、もはや誰も興味を持っていない。彼らの『仕事』はそういうものだ。



 ◇◇◇



「はいじゃあ、みなさんお疲れさまでしたぁ!」


 ヒトミの私室こと地下室でグラスが打ち鳴らされた。音頭を取ったのはフキナだ。


 日本基準の成人組はワインか蒸留酒だった。

 本当はビールが欲しいのだが、王都にそんなものはない。エールはあるのだが現代日本で飲める味を知ってしまっているだけに、逆につらくなるのだ。

 ミサキ、マト、ヒトミの3人はそれぞれジュースだった。浮かんでいる氷は魔力冷蔵庫でいくらでも作れる。


「さあみなさん、食事も沢山ですよ。いっぱい食べてくださいね」


 なるほど確かにちゃぶ台の上には大量の食事が用意されていた。


 フライドチキン、から揚げ、卵焼き、フライドポテト、枝豆、ハンバーグにソーセージ。肉肉卵肉野菜といってラインナップだ。

 あれだけの虐殺をやっておきながら平気でオードブルを食する『ナイトストーカーズ』のメンタリティとは。初仕事だったに関わらずそれについていくミサキもまた同類だ。


「しっかしミサキも頑張ったよなー」


「うむ」


 マトとシラカシが取り皿を大盛にしながらミサキを持ち上げる。会話の内容は物騒この上ない。


「いやあ、そんなに褒められると」


 照れるミサキもミサキだった。



「あーあ、これからどうしようかなあ」


 深夜から始めた宴会も朝を迎えてそろそろお開きといったころ、ミサキかポツリと呟いた。


 ミサキはこの1週間、両親と叔父夫妻、従兄弟たち、燃え落ちた『ポローナ』の仇ばかりを考えていた。シラカシやフキナに師事し、必死に己を鍛え上げた。あえて復讐以外のことを考えないようにしていたのだ。

 いざそれが終わったとなると、当然今後を考えなくてはならない。


「……そっか、だよなー」


 ちょっとしょぼくれた感じのマトが無理をして笑った。

 ミサキには自分の失ったものが残されている。『ナイトストーカーズ』のメンバーは彼を除いて親を持たずに生きてきた。マトにしたところで1年前に両親を失った。クズ親ではあったが、死ぬ前まではそれでも家族だったのだ。


「俺、今回の仕事できてよかった。ミサキを手伝えてよかった」


「マトくん……」



 誰もがミサキに言いたいのだ。『ナイトストーカーズ』に入ってくれと。

 夜を歩く者としての素養、ナンバー3になれるだろう武力、ヤスやフキナと渡り合えるだけの洞察、持ち前の明るさと冷静さ、そして美味しいご飯。

 それら全てをたった1週間でミサキは見せつけた。


 マトにとっては新入りの姉貴分、ヒトミにしてみればミサキはもう心の友とすらいえた。年長組にしたところで、能力という打算を抜いてもミサキは十分魅力的な同胞だった。


「ミサキにはミサキの人生がある」


 金色の瞳を少し揺らしながらもヒトミは健気だ。


 ダンジョンの最下層に放り込まれて100年弱。会話が通じたのは古龍だけだった。ヒトミのことを友達と言ってくれた。30年くらい前に龍は消滅し、物言わぬダンジョンコアだけが目の前に残された。

 ダンジョンを探索するフキナとシラカシの会話を聞いたのは偶然だった。思わずテレポーターで呼び出し、ヒトミは同郷たちの存在を知る。


 大丈夫。ひとりには慣れているし、仲間もいる。だから大丈夫。ヒトミは自分に言い聞かせた。

 ミサキには大切な家族がいるんだから。



「なあジョウカイ。ミサキの両親、いつ頃だ?」


 ヤスが確認した。


「僕の見立てでは今晩にでも」



 ミサキの両親、ミュドラスとサキィーラは間もなく目覚める。


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