第25話 伝えるべきこと





「もう、揺するだけで起きるって話ですけど」


 ミュドラスとサキィーラが寝かされた部屋にミサキ、シラカシ、フキナがいた。

 見た目がちょっとアレなジョウカイはすでに外している。


「父さん、父さん」


 ミサキがペチペチとミュドラスの頬を叩いた。


「むっ、むむぅ」


 薄っすらと目を開きつつあるミュドラスをみて、ミサキの瞳に涙が滲む。

 だけど泣くにはまだ早い。母親の目覚めを見届けなくては。


「母さん……」


 今度はサキィーラの肩を揺すった。両親の扱いが微妙に違う。


「んん、ん」


 サキィーラの眼が開いていく。


「ミ、サキ?」


「母さん、母さん……。良かった」


 ミサキが泣き崩れた。

 ミュドラスとサキィーラはそんなミサキをみて、どうしたものかと途方に暮れる。二人の体力ではまだ、ベッドから起き上がることができなかった。



 ◇◇◇



「ジョウカイをはじめ、みなには感謝の言葉もない」


「本当にありがとうございました」


 ミュドラスが少々固く、サキィーラは神妙に礼をした。

 二人はフキナとシラカシの肩を借り、ヒトミの部屋に移動していた。お馴染みのちゃぶ台を囲み、どこから持ち出されたのか座椅子に背を預けている。


 ミサキたちが何故生きているのか、まだそこまでしか説明は終わっていない。

 3人に強力な治癒魔法を使った、怪我の度合いでミサキが先に目覚めた、くらいだ。『復活』については伏せてあるが、ミュドラスは訝しげだ。どれほどの魔法かと。


「どうしてアンタたちはそこまでしてくれたんだ」


「理由はあるんだがね、そいつは後回しだ。今の状況を説明させてくれ」


 ミュドラスは自分の傷は治せるようなものではなかったと薄々感づいているが、それでも生き返ったとは想像もできない。

 それともうひとつ、目の前で語るヤスという男がどうにも胡散臭いのだ。こればっかりは仕方ない。


「あなた」


「……わかった、聞こう」


 サキィーラが促して、やっとミュドラスは頷いた。



「フキナぁ、代わってくれねぇかな。やっぱオレッチじゃダメ臭い」


「仕方ないですねえ。じゃあ交代です」


 ミュドラスの見立てではシラカシが一番真っ当なのだが、残念、人には向き不向きがあった。


 ミサキはヤスという人間は見た目と口調がアレなだけで、言っていることは結構真っすぐなんだと知っている。人は見た目で判断される生き物であるという悲しい現実だった。

 むしろフキナの方が会話に含みを混ぜるタイプだが、以前の情報提供でミュドラスは彼女を結構かっている。サキィーラはなんとなくわかった上でフキナを信用していた。


「まず『ポローナ』ですが、完全に焼け落ちてしまいました。残念です」


「そうか、奴らそこまでしたのか」


 両親が顔を伏せるのを見て、ミサキの胸まで苦しくなってしまう。

『ポローナ』は3人の家だった。沢山の常連さんも来てくれていた。ミサキの人生そのものだ。


 復讐の是非は置くとして、失われたものは返ってこないとミサキは改めて思い知る。



 そこからも悲しい話が続く。

 マルトック商会の関係者が全員殺害されたこと、つまり兄、義姉、甥たちが死んだと聞いた時は、サキィーラも涙を流した。さらには贋金騒動の犯人と目されていることで青ざめる。


「今のところミサキとご両親は行方不明扱いです。人前に出ることは避けるべきでしょう」


 王都の平民街では犯罪者の血縁など同罪扱いされて当然だった。

 早い段階で、憐れんだ近隣住民が共同墓地に埋葬したという噂はまいておいたので、一応問題にはされていないと確認できている。どうせ第8分隊からも全員死んだと報告が上がっていたはずだ。



「サキィーラさん、『ポローナ』やマルトック商会を陥れる相手に心当たりは?」


「そうね、ありすぎて困るくらい。わたしが言うと贔屓目になるでしょうけど、実家は比較的『真っ当な』商売をしていたから」


「ああ、なるほど」


 フキナも納得した。

 王都で潔白を続けるなど不可能に近い。それでも白に近い、黒っぽいと色々あるのだ。そして白いほど狙われる。貴族やライバル商人、そんなのに指示を出されたおこぼれ目当ての押し込み強盗。


「追われるのは苦しいところだが、いつまでも匿ってもらうわけにもいかないな」


「ああ、その先はちょっと待ってくれるか」


 せめてミサキだけでも、と続けようとしたミュドラスをヤスが止めた。


「ちょっと休憩挟ませてくれ。ヒトミ、マト、シラカシ、相手してやっててくれや」


「ん」


 ヤスの言いだしたことは予定外だが、ミサキにもわかる。本当の最終確認をしたいのだろう。



 ◇◇◇



 屋上に上がった4人のうち、ヤスとフキナはちょっと離れたところでタバコを吹かしていた。風向きまで考慮しているところがいじらしい。


「いいかぁ、ミサキ」


 そっぽを向いたままヤスが言う。


「事前に言った通りだ。チートさえ伏せりゃぁ、話す内容は任せる」


「いいんですね?」


「ああ。だがなぁ、ホントに全部話す気かよ。考え直さね?」


 ここまではいずれバレる話だ。『ポローナ』はもう無いし、マルトック商会も潰された。

 第2警備室がやっていた不信な行動については資料を方々にばら撒いてあるが、上が認めるかどうか怪しいところだろう。市井に噂は流せても、マルトック商会の名誉回復は難しい。


「話すのはここまでにしてよ、名前変えて生きりゃいいじゃねぇか。下流でなら仕事くらい見つけてやれるぜ」


「ありがとうございます。ヤスさんって見かけによりませんね」


「うるせえぞ」


 ヤスは優しい。そのくせ苦労性で本当に損をしているとミサキは思う。だから思わず苦笑を漏らしてしまうのだ。



「わたしは後悔してません」


「そうか」


 ミサキは自分のやったことを悔やんでいない。たまたま他の転移者に助けてもらってできたことだけれど、むしろこんな素敵な人たちと巡り会えたことが嬉しいくらいだ。

 ミサキは誇りたい。


「全部話して、それから考えます」


「わかってくれるといいね」


「ミサキさんなら大丈夫です」


 フキナとジョウカイがミサキを励ます。


「僕たちは全員、前世を幸せに生きられませんでした。こちらで生まれ変わってもです」


「はい」


「7人2回分の人生、あなたが唯一なんです。少しの隠し事やちょっとの嘘は構わない。けれど真っすぐにお話をしてあげてください」


「ありがとうございます、ジョウカイさん」


 自分にそれができるかわからないけれど、精一杯向き合おう。そう決意しながらミサキは両親の元へ戻る。



 ◇◇◇



「ここからはわたしが説明するね。とても、とても大事な話なの」


「……わかった」


 ミサキの真剣さが伝わったのだろう、ミュドラスもサキィーラも神妙に頷いた。


「多分、父さんも母さんも疑ってると思うけど、わたしはみんなに誑かされてるわけじゃない」


 人種も年齢も性別もバラバラな6人が同じ建物に住み、そんな連中がミサキたちを助けてくれた。平民街の人間が聞けば、誰もが普通に疑うだろう。


「あのね、わたしが拾われてから3年目くらいに、5歳の誕生日やったでしょ?」


「そうね」


「そのすぐ後だったかな、わたしね『前世の記憶』を思い出したんだ」


 王国で主流のグニルダ教に転生という考え方はない。強いて言えば東方から流れてきた宗教にそんな概念があるが、それはサキィーラの知るところではなかった。

 それでも両親は黙って話を聞いてくれている。その温かさがミサキにはとても苦しく感じられた。


「いつの時代かも、どこの国かもわからない。だけど王国の近くじゃないのは間違いないと思う」


 ちょっとした嘘になるが、異世界の日本と言っても意味は似たようなものだ。


「ミサキ……、まさか?」


「そうだよ母さん。ここにいる人たち、全員わたしの『同郷』なんだ」



「たちの悪い教義に騙されたとしか思えんな。ジョウカイ、胸のぶら下げてるソレはどうなんだ?」


「こちらでの僕はグニルダの僧ですよ」


 猜疑のこもったミュドラスの視線を受けても、ジョウカイは平然としたものだった。


「証拠ってほどじゃないけど、わたしって昔から色んな料理作ったでしょ?」


「まさかミサキ」


「アレって全部前世の料理の再現なんだ。他にも」


 ミサキがやってきた謎のトレーニングや妙な口調、時々飛び出した謎の単語。


「もういい! もう言うなっ!」


 細々と続くミサキの説明をミュドラスは強引に打ち切った。


「……ダメよあなた、最後まで聞いてあげなさい」


 そう言うサキィーラの顔は真っ青だ。兄の死を知ってしまった時より酷い。



「あのね、わたし前世で両親を亡くしたの。2歳のときだったらしいんだ」


 ちょっとだけミサキは話を進めた。

 どうしても口調が震えてしまう。怖いのだ。このまま両親に見限られてしまうかもしれない。

 だけど最後まで話さなければいけないことが、まだまだ残されている。


「親戚に引き取られたけど、あんまり上手くいってなくって、それで17歳の時にぷっつり記憶が途絶えた」


「お友達はいたの?」


 サキィーラが心配そうに聞く。ああ、前世への未練を心配してくれているのかとミサキも気付く。


「いたけどあんまり」


「そう」


「だけどね、こっちに来てから凄く楽しいの、幸せなの。もう気持ち悪くて親子だなんて思って貰えないかもしれないけど、ホントだから。ホントにホントだから」


 いつしかミサキは泣いていた。二度の人生でここまでもどかしい想いをしたのは初めてかもしれない。だけど伝わって欲しい。ミサキという孤児が幸せだったということを。



「……悪いんだがそこの酒、貰えるか」


「そうね、できればわたしも」


 棚に置かれた酒を所望した両親にミサキは驚いた。二人ともイケるクチだが、このタイミングなのが理解できない。


「ん」


 それには及ばないとばかりに、ヒトミが懐からワインボトルとショットグラスを取り出した。グラスはみっつ。


「とっておき」


「すまん、ありがとう。ミサキ、こっちにこい」


 呼ばれたミサキは両親の間に挟まるように座った。目の前にはグラスが置かれている。


「えっと、わたしも飲むの?」


「そうよ」


 受け取ったワインを注ぎながらサキィーラがほほ笑む。


「わたしたちは2回目、ミサキは3回目になるのかしら。家族になりましょう」


「田舎の流儀だ。ミサキも飲め。俺たちは全部を知った上で、もう一度ミサキを娘にする」


 グラスを掲げたミュドラスも笑っていた。


「……うん」


 同胞たちの見守る中、ミサキ、ミュドラス、サキィーラはワインを飲み干した。

 酒が苦手なミサキにはとても苦く感じたが、それ以上に喜びが勝る。少しの間止まっていた涙がもう一度こぼれてしまった。


「いいかミサキはウチの娘だ。誰にもやらんぞ」


「父さん、それはなんか違うよ」



 ◇◇◇



 まだ打ち明け話には続きがあったのだが、なんとなく良い雰囲気になってしまい、ちょっとした酒盛りが始まってしまった。昨夜と今日で2日連続だ。


「いやあコイツは昔から変わっていてな」


 もっぱらツマミはミサキ作成の料理と彼女本人の話だった。ミュドラスが積極的にミサキの奇行をバラしていく。

 ミサキとしては転生者であることを隠して穏便にやっていたつもりだったが、こちら基準だと結構やらかしていたらしい。神童ムーブ封印とはなんだったのか。



 そうやって楽しい会話をしながらも、ミサキは『ナイトストーカーズ』のことをいつ打ち明けようかと悩んでいた。もう明日でもいいんじゃないかって。

 けれど今回の顛末はいずれ知れ渡る。このまま両親を隔離し続けるわけにもいかない。


 ミサキが煩悶しているそんな時だった。ミュドラスとサキィーラが姿勢を直し、皆に向き直る。


「話は変わるんだがな、もしかしてアンタら」


 ミュドラスが真剣な顔をしている。


「みなさんが『影隠し』なんですか?」


 サキィーラが引き継いだセリフはまさに核心を突いていた。



「どうしてそう思った?」


 ヤスが真面目モードに切り替えて訊き返す。


 ミュドラスとサキィーラの目を見ればわかる。ブラフではない。何かしら仮定を積み重ねたのだろう。

 それにしても親子揃ってやってくれる。ヤスとフキナが目線でやり取りして頷きあった。


「それは後でいくらでも話す。その上で俺たちはどうなってもいい。だから」


「わたしたちはどうなっても構いません。ミサキの命だけは助けてください」


 親子による命を賭けた天丼だった。



 こいつらやっぱり家族だとみんなが笑ってしまった。困惑するミュドラスとサキィーラを見て、ミサキまでもが笑った。


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