第26話 親子と同郷のひととき
「そうだよ。オレたちゃ『影隠し』だ。衛兵たちは『バブリースライム』なんて言ってる。本当の名前は別だけどな」
「ボクたちは『ナイトストーカーズ』。ミサキが名付けた」
まだ少し笑いが残っているが、ヤスは素直に白状した。誇らしげに続いたのはもちろんヒトミだ。
こうして集まって会話をしていれば、勘の鋭い人間ならどこかで気付くかと、ヤスは理解した。ミサキと知り合ってからこちら、どうにもこの調子だ。
フキナやジョウカイ、マトも似たような結論に達した。特にマトは仕掛けた側になったこともあるので、だよなーという程度だ。
シラカシは素直に尊敬し、ヒトミは中々だと謎の高みから見下ろしていた。
ミサキなどはやるじゃないと両親を再評価している。
どの道こういう風に集まって会話でもしない限りまあ大丈夫だろうということで、その場はまとまった。
「それで、どうしてアンタらがそうだと思ったか、だったな」
「頼むわ。後学になる」
「シラカシとフキナの強さ、装備の適当さ、名前が聞こえてこない。冒険者としてチグハグなんだよ」
それを聞いてフキナが落ち込む。だからロールはちゃんとしようと思っていたんだ。本人は趣味装備バリバリだったくせに。
「ずいぶんと情報通な上に、ひとりはとんでもない治癒魔術師」
「この部屋の品、見たことも無いのが混じっているの。マトくんは凄い魔道具職人なのね。ヒトミちゃんもなにか凄いんでしょ? さっきのワイン、年代モノよ。それこそ古城壁の向こう側で飲むような」
「それほどでもねーよ」
「むふ」
サキィーラに褒められた? 二人の鼻息が荒い。
「そんな連中が無名のまんまでひとつ屋根の下だ。その上、同郷とはいえとんでもなくお人好しときた」
「ミサキの昔話を聞いても驚かなくって、むしろ楽しそうだったから。会話の中に王都じゃ考えられない非常識が混じっていたわ」
ポンポンと掛け合う夫妻の答え合わせのたびに、ヤスとフキナの理解が深まっていく。今後はもう少し気を付けよう。
「参考になったぜ。糧にさせてもらうわ」
締めくくりはヤスの苦笑いだった。
「こちらも確認しておきたい。顛末を教えてくれ」
「ああ」
そこからヤスが語ったのは単なる結果報告だった。
2軒の店を燃やした第7、第8分隊、マルトック商会を襲った『争乱の友』は全員殺した。手段は教えられないが、証拠も確認した上での行動だった。
最後に新任の第2警備室副長を殺した。もちろん副長が何者かは教えない。それが昨夜の出来事だ。
実に淡白な内容だった。
「そうか、
「いんやそれがな、あいつらどうもオレたちも狙ってたらしい。贋金事件とスライム退治、両方だなぁ」
マルトック商会関係のスジもあるが、それでも『ポローナ』の一件が自分たちに関係していると、ヤスはそう言ったのだ。
「いいんだ。偉いさんなら気分ひとつで平民街の一角くらい燃やしかねない。それはもう、いいんだ」
ミュドラスは言いよどむ。頭によぎるこの先を言葉にしたくなかった。
「ミサキ、あなたはどうしていたの?」
葛藤する夫を見て、サキィーラが代わって訊いた。
「……わたしも加わった。第8全員を殺したのは、わたし」
「そう……」
サキィーラが顔を歪める。ミュドラスは俯いたままだった。
「俺は……、俺はどういう風に言えばいいんだろうな。感謝すればいいのか、悲しめばいいのかわからねえ」
少ししてから口を開いたミュドラスは、何故とは言わなかった。彼はただ娘に人殺しをさせてしまった不甲斐なさを心で嘆くのみだ。
どうして自分たちの目覚めを待ってくれなかったのかとは言えなかった。娘は多分、ミュドラスとサキィーラが復讐を望まないことをわかっていたのだ。ミサキを危険な目に遭わせないように逃亡を選択するだろうと。
ミサキもミサキで落ち込む。こうなるとわかっていたのに行動して、こうして打ち明けたのだ。それでもやっぱり心苦しい。
ノリノリで計画に参加したり、いたずら心を働かせていた自分はなんだったのかと思ってしまう。
灰に染まったミサキの心は、殺し以外でまだまだ不安定だった。
ミサキは何も言えない。ただ両親の言葉を待つ。
「『ポローナ』だけじゃなく、兄さんたちの仇まで取ってくれたのね」
「母さん……」
「ありがとう、ミサキ」
繰り返しになるがこの世界において人の命は軽い。悪事を働いた者を殺すという行為がそれほど忌避されることもない。
それでも17歳の小娘がとなれば、悔やむ親がいて当然だった。同時に呑み込むことができる父母が、ここにいた。
「そうだな。よくやったとまでは言わないが、それでもありがとう。今度は俺も混ぜろ」
「あははっ、わたし滅茶苦茶強くなったよ。父さんが勝てるかな?」
「なにおう?」
もうミサキは泣かなかった。
今は全部を打ち明けることができてよかったと、それが心の大半を占めている。
「とりあえず今日は休んでくれ。親子3人、客間だぜ」
「いいのか。すまんな」
「お代は娘さんの料理だ。前払いまで終わってるさ」
「ははっ、できた娘だよ」
ヤスという男、中身はいいじゃないかとミュドラスとサキィーラはやっと理解する。
今のミサキを見ればわかる。二人は自分たちの命だけでなく娘の心までも救ってくれた、同胞を名乗る者たち全員を好ましく思うようになっていた。
「2、3日待ってくれや。アンタらの今後をそこで考える」
「どういうことだ」
微妙な日数を指定されたミュドラスが訝しむ。
「ミサキも初対面だな。期待しててくれていいぜぇ」
父親と一緒にミサキも首を傾げた。
◇◇◇
翌朝、ミュドラスは木刀を持ったシラカシと対峙していた。そしてちょっと、いやかなり後悔している。なにせ動けないのだ。どこをどうしても打ちこめる未来が見えない。
稽古を申し込んだのはミュドラスだった。すぐ近くでは妻と娘がこちらを見ている。どうしよう。
「さすがだな。見事な構えだ」
「なに、力を持たぬのでな。技を極めるしかないのだ。まだまだ途上」
「ふっ、ここまでにしておこう。一当てするには奥の手が必要だが、その時ではないな」
ミュドラスは逃げた。シラカシが片手でも勝てる気がしないが、一応体裁だけは保ってみた。ミサキがニヤニヤとこちらを見ているのは多分気のせいだ。
「じゃあ今度はわたしね。フキナさんいきますよ」
「おうさ!」
今度はミサキとフキナのバトルだった。
フキナは当然素手の上、『ソゥド力』は封印だ。対するミサキは刃引き包丁を使ったなんでもアリが暗黙のルールになりつつある。
「ちょやあ!」
「まだまだだね」
ミサキのミドルキックを身体を沈めだフキナが肩で弾く。最近のミサキはフキナの影響で打撃系に手を出していた。曰く『近接包丁術』。
もちろん実戦に使える代物ではないので、先日のお仕事では封印した。じゃあなぜやっているのかといえば、単に楽しいからだ。そんなミサキをフキナは良しとした。
「ミドルはフェイント。本命はローで、それも崩しに徹底して。ミサキの強さは包丁なんだから」
「はいっ」
とはいえ二人はガチだった。楽しいのは大いに結構。だがそれをキッチリ実戦レベルに仕上げようとする心が無ければフキナは付き合わない。
第8分隊を壊滅させたことでミサキは大きく成長した。
精神性は大した変わっていないが、命を張った戦闘経験は伊達ではない。さらに現在の数字は『114』。以前は70くらいだったので、実に5割以上の上昇だ。問題なのは何が強化されたか。
「くくくっ、自在に動く。わたしの包丁は自由だ」
「確かにミサキって右手だけ動きおかしいよね」
ミサキのチートは『包丁の扱い』だ。フキナの『ソゥド力』のように身体全部が強化されるわけではない。力強くなるわけでも、反射神経が良くなるわけでもない。
ただひたすら緻密さを増していくのだ。体勢を崩された少々無理な状況からでも、ミサキの包丁は思うがままに急所を狙う。
ベースになる力は身体強化で稼ぎ、後は包丁の征くがまま。それがミサキの戦闘スタイルとなった。
「42の必殺技のひとつ、『後ろから包丁』!」
「甘いけどなかなか!」
前に倒れ込むように体勢を崩したミサキの背後から、なぜか遅れて右腕が現れた。もちろん包丁が握られている。どう見ても無理な動きだが、包丁は回避するフキナを追いかけた。技とか武術以前に、なにかこう気持ち悪い。
必殺技を追加したミサキは、謎の方向に進化を遂げつつあった。
「なあサキィ、俺もうミサキに勝つ自信がないんだが」
「あら、あなたは料理人でしょう?」
「そっちも自信ないんだ」
◇◇◇
「今日なんだが『ウサギ』に会ってな、詰所じゃ大騒ぎが続いてるらしいや」
いつものようにちゃぶ台で夕食を終えたメンバーで報告会だ。今日もトップバッターはヤスだった。
内容は昨日とほぼ一緒だ。分隊が二つ壊滅し、事実上のトップも失った第2警備室だが、それでも室長は現れていないらしい。現場は大混乱で巡視のローテションが大変だと、文官が『ウサギ』に愚痴ったことで情報がここまでやってきた。
「贋金騒動で前任、オレたちの仕業で現任が立て続けだ。そうそう次が決まるわきゃねぇな」
ただでさえ見下されているポストだ。そこに縁起まで加われば、宮殿ではちょっとした政治闘争になっているかもしれない。
「贋金の件もあれっきりだ。多分このまま幕引きだろうぜ」
「そうか……」
ミュドラスは無念そうだが、これ以上は危険すぎる。収め所は見極めないと大やけどをする可能性があった。
「そいでさー」
次に口を開いたのはマトだった。こういう場で彼が発言するのは珍しい。新しい魔道具でも作ったかと一部が緊張した。この手の話でありがちな爆発、暴走などを体験したフキナやシラカシだった。
「シラカシー、なんか目つきがおかしいぜ」
「そんなことはないぞ」
一応マトが釘を刺す。
「『御前』がなー、明日の夜に来るってさ。さっき連絡きた」
『御前』との接触は魔道具を経由している。以前ヤスの使った『魔力アラーム』を専用に改造したもので、日時の指定ができるようになっているのだ。
「その御前とかいうのは何者なんだ?」
なにやら御大層な肩書を聞いて、ミュドラスがちょっとビビっている。
「あぁ、ご想像のとおりだ。貴族さまだなぁ」
「……そうか」
そんなミュドラスにヤスが答えを教えた。
つい先日まで縁遠いどころか、多分一生関わらないだろうと思っていた高貴なる存在。家族と家を害されたミュドラスは無理やり悪感情をひっこめる。
「気持ちはわかるがなぁ、御前は敵じゃねぇぞ」
「わかった。信じよう」
「まぁ貴族っても色々だ。悪いのもいれば、良いのは……、いねぇか」
台無しだった。
「だけどよ、大切なのは敵か今のところ味方かそうでもないか、だよな」
「そういうのは平民も同じね」
サキィーラが混ぜっ返すように言ってから、苦笑する。
「わたしは……、あの者がちょっと苦手だ」
シラカシが眉を下げながら告白する。
貴族様相手にそんなことを言って大丈夫なのだろうかとミサキ一家が不安になるが、ヤス、マト、フキナはうんうんと頷いていた。心当たりがあるのだ。
「御前はソコがいい」
ヒトミが目をキランとさせて呟いた。シラカシの困り顔が深くなる。ソコとはどこなのだろうか。
さてどんな人なんだろうと、ミサキはちょっと期待する。なんといってもヒトミが目にかける人物なのだ。ただ者でないことは確かだろう。
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