第27話 高貴なる差配





「わたくしはユリュターナ・ツバキ・ティスハリオス。ティスハリオス子爵家が第一息女ですわ!」


 自称貴族の娘が高らかに宣言した。


 歳はミサキと同じくらいだろう。背格好も似ている。ペタン度合いまでもだった。

 見事なプラチナブロンドを腰までストレートに伸ばし、勝気な緑の瞳はキラキラと輝いていた。典型的なヴァール人なのだが、謎のオーラが凄い。武力とはまた違った気迫がそこにあった。


 ちなみに場所はヒトミの部屋で、しっかりちゃぶ台はそのままだ。

 ユリュフェルナを名乗る少女はがっつり足を伸ばして座っている。一人だけ連れてきてた護衛らしき人物は壁際につっ立っていた。こちらも女性のようだが、青い瞳以外は布で隠されていて容貌は定かでない。


「悪役令嬢?」


「ドリルロールじゃない」


 コソコソとミサキがヒトミに問えば、返ってきたのは髪型問題だった。後で悪役令嬢の定義について語る必要があるとミサキは決断する。ミサキにとって悪役令嬢とは生き様を指すのだ。



 見事なまでに高慢な貴族令嬢の登場に、ミュドラスはすでにげんなりしていた。

 サキィーラは平然としているようにみえるが、心の中ではちょっと緊張している。貴族がいきなりキレるのを何度か見たことがあるのだ。特にこういうタイプは、いつ首を刎ねぃとか言い出してもおかしくない。


「シラカシ様、お逢いしとうございましたわ」


「そ、そうか」


 そんなユリュターナはしっかりとシラカシを脇にはべらせていた。

 微妙に距離を縮められたシラカシが口元をもにゅっとしている。これは困っている顔だ。仲間たちは知っていた。


「ヒトミちゃん。解説」


「ん」


 ミサキがヒトミの耳元でひそひそする。これは一体なにごとなの?



 ◇◇◇



 まだ俗称すらついていなかった頃、『ナイトストーカーズ』2回目のお仕事での出来事だ。


 当時の王都では連続誘拐事件が発生していた。被害に遭ったのは主に上流平民街の子供たちだ。裕福層を狙った身代金目当ての犯行だった。

 最初の内はまだマシで、金さえ受け取れば子供たちは返された。問題はそこからだ。調子に乗った犯人グループが身代金を引き上げて、応じられなかった家の子供が殺された。さらには模倣犯まであらわれ王都は騒然となった。


 一応警備室も仕事なので調査をしたが、いつも通り衛兵の動きは鈍かった。

 もはや慣例のごとく副長が交代し、さらに混乱は拡大する。


 これが下流やスラムだったら日常茶飯事すぎて事件扱いにもなっていなかっただろう。だがそこは平民とて上流層、貴族関係に繋がりを持つ者も多かった。

 そして頼った相手が悪かった。陳情を受けた某男爵が犯人側についたのだ。上前をよこせと。


 もうグダグダだった。



 その辺りで転生者たちが動いた。

 誘拐犯のアジトと裏で糸を引いていた商人が消され、攫われた子供たちは開放された。この仕事を持って彼らは官憲呼称『バブリースライム』の名をいただくことになる。


 転生者たちは手分けをしてアジトを潰していったわけだが、その内のひとつを担当したシラカシはひとりの少女を救い出した。

 妙に身なりのいいその娘は高らかに子爵令嬢を名乗ってみせた。お忍びで平民街を歩いていた時にとっ捕まったらしい。犯人たちも扱いに困って手出しをできない。


『妙な服を着てらっしゃいましたけど、その姿はわたくしを颯爽と救い出す騎士様でしたわ』


 そういうことだった。



 ◇◇◇



「それがわたくしとシラカシ様の馴れ初めですわ!」


「いいですね! 凄くいいと思います」


「貴女、わかってらっしゃいますね」


「応援します!」


「あの時からわたくしユリュターナ・ティスハリオスは、ユリュターナ・ツバキ・ティスハリオスとして生まれ変わったのですわ!」


 話を聞いたミュドラスとサキィーラは何ともいえない顔をしていたが、ミサキは絶賛した。こういうのは大好物。他人事なのがさらに良き。シラカシの情けない視線がミサキを襲うが気にしない。

 ちなみに口調については貴族語を使う必要はないと、事前に言われていた。



「そういえばだけど、ユリュターナ様ってどこまでチート知ってるの?」


「ほぼ全部」


 再びミサキとヒトミの密談だ。チートを明かしていると聞いてミサキは驚く。


「大丈夫なの?」


「ん、首元」


「アレって、チョーカーのこと? 随分豪勢だけど」


「『誓約のチョーカー』。約束を破ったら首が飛ぶアーティファクト」


 約束を破ったらヤバいタイプの装備だった。それにしてもアーティファクトとか、やっぱりヒトミだけ別ゲーの世界だとミサキは唸る。


 前述のとおり『ナイトストーカーズ』は表の仕事を持っている。その中でヒトミは自宅警備を専任しているわけだが、収入に関してはダントツでトップだった。なにせ懐から出てくるブツを一品でも売り渡せば3年は食っていける。

 長きにわたり苦労をしてきた当然の報酬ともいえるが、今のヒトミは幸せなのだ。


「本人も納得ずみ。シラカシから渡したらイチコロだった」


「そ、そうなんだ」


 もう影の支配者ってことでいいんじゃないかな。



「さて御前。ご用件は」


 なんとなく気取った神妙さでヤスが訊いた。


「ひとつは登用ですわ。……ミュドラス、サキィーラとやら」


 やたら高級な平民服の内側からメモらしき紙を取り出したユリュターナは、ミサキの両親の名を告げた。どうやらシラカシ以外は本当にどうでもよさそうだ。

 呼ばれたミュドラス、サキィーラは返事をできないでいる。


「わたくしのモノにおなりなさい」


「御前……、なり替わって説明させていただいても」


「よろしくてよ」


 ヤスが通訳をするということだった。微妙に楽しそうなのはなぜなのか。


「御前は下流で『孤児院』を経営してるんだ。シラカシの一件で平民登用にお目覚めになられてな。そこにいるアカリヤもだったか」


 アカリヤと呼ばれたのは壁の花と化している護衛だ。またの名を『ももんが』。数少ない古城壁内からネタを得ることのできる情報屋でもある。



「孤児院? どういうことだ?」


 なにが言いたいのかとミュドラスはヤスに説明を求める。


「直接召し抱えるワケじゃないってことさ。御前は孤児院を拡張する予定らしくてな。経理ができて書き読み計算を教えられる、もひとつ料理ができる人材をご所望だ」


「このままだと、わたしたちに居場所がないのね」


 サキィーラがしみじみとこぼした。

 今はまだ警備室がゴダゴダしているからいい。だがいずれマルトック商会の関係者であると割れてしまえば、狙われる可能性は十分にある。貴族の一部は贋金事件の終息を願っている。証拠隠滅というヤツだ。


「ヤスさん?」


「大丈夫だよミサキ。悪いようにはしないから」


 安心させるように言ったのはフキナだ。


「詳細な条件次第になりますが、その話、お受けしたく思います」


 視線だけでミュドラスから了承を受け取ったサキィーラが返答した。



「よろしい。ではそこな二人に名を授けますわ。以後ミュード、サキィとお名乗りなさい」


 ユリュターナがずばっと言い放ち、アカリヤが持っていたカバンから3枚の書類を取り出した。

 王都民としてミュード、サキィ、そしてミサキの名が記されている。なぜかミサキだけ元の名前のままだった。


「王都住民証書ですわ。ミサキという名は面倒なのでそのままですわ」


 プイっとユリュターナがそっぽを向く。実にヘタクソな演技だった。

 ああこれは同胞たちが手を回したんだと、ミサキもその両親も気が付いた。


「もちろん『ホンモノ』だぜぇ」


 悪い笑顔でヤスが付け足した。

 ティスハリオス子爵家現当主は王国財務省の高官だ。管轄違いではあってもこれくらいはやってのける。もちろん足跡などは残されていない。


「1週間の猶予を与えますわ。それまでに出仕の準備を整えなさい」


「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」


 言葉がわからないミュードに代わってサキィが礼を言った。

 ミサキも併せて3人が首を垂れる。ただしちゃぶ台越しだ。



「あれ? わたしは?」


 ユリュターナの言葉の通りなら孤児院に勧誘されたのはミュードとサキィだけだ。ならばミサキはどうなるのか。


「お好きになさいませ」


「はい?」


 ユリュターナに放り出されたミサキは動揺する。どうしたらいいんだろう。


「わたしたちが御前に願ったのだ」


 シラカシがマジ顔でミサキに向き直った。


「ミサキ、『ミゴン』で雇われないか。料理を任せたい」


 真面目な表情であるが、その瞳には欲望の色が溢れている。ダダ漏れだとミサキにはそう見えた。しかも全員。

 だが食事だけの問題ではない。珍しく、本当に珍しくマトとヒトミが駄々をこねたのだ。

 ミサキを『ミゴン』に引き込めるかもしれないとなれば、以前した別離の決意など速攻で吹っ飛んでいた。


「そんな条件もありましたね。じゃあ孤児院を手伝いながら、こっちの食事も担当でいいですか?」


「よっしゃー」


「んっ」


 ミサキの言葉にマトとヒトミが喜びを見せた。年少の二人だけではない。笑みを堪えて口をヒクヒクさせているシラサキを筆頭に、全員が嬉しそうにしている。


「ミサキ、寝泊りは?」


「ええ?」


 目の輝きを増したヒトミが確認する。完全に誘っている状態だ。

 ミサキは両親の顔を伺った。


「世話になっておけ。こっちのほうが俺たちも安心できる」


 ミュードはそう言って笑った。『ミゴン』は魔道具マシマシの簡易要塞だ。下流に住むのとは比較にもならないだろう。


「わかった。ありがと、父さん、母さん」


「なあに、家を出るのは遅いくらいだ」


 王都のみならず王国の就業年齢は低い。13歳で当たり前に家を出るし、15歳で結婚もごく普通の光景だ。ミサキが17で実家暮らしなのは、食堂をやっていたから以上の理由などない。

 ましてや孤児院の手伝いを否定されたわけでもない。親子ともに少し寂しくもあるが、ごく当たり前の話だった。



「それとねミサキ、あなたはどうしたいの?」


「え?」


 唐突なサキィ問いだった。

 ミサキは反応できないでいる。これ以上なにかあったか?


「『ナイトストーカーズ』になりたいのかってことだ」


 ミュードが取り繕う隙間もないくらい明確な言葉にする。ミサキがずっと言いたくて、言い出せなかったことを。



「なりたい。わたしはなりたい。でも……」


 いつ消されるかもわからない、と続けられない。ミサキが口ごもる。


「やりたければやれ。ミサキ、お前は俺より強い。もっともっと強くなるだろうな」


「心だってそう。あなたは今でも明るく振る舞えてる。心底でしょ? 本当に強いのね」


 ミュードとサキィからすれば、ミサキは驚くほどに強くなった。これが転生というものの力かと。


 ミサキは改めて気付かされる。この世界の常識と両親の強さ。

 両親の顔は曇っていなかった。微妙に漏れ出しているのはミサキの身を案じるという、単純な想いだけだ。


「どうせ一度はやったんだろう。俺たちはそれを認めた。なにをいまさらだ」


「父さんの言う通りよ。おやりなさい、ミサキ」


 証拠こそないものの『ナイトストーカーズ』は国に目を付けられた存在だ。いつか正体がバレて消される可能性は十分高い。それでもミュードとサキィはやれと言う。


 死ねというのではない。貫けと、そう言っているのだ。


「うん。……うん」


 ミサキが感極まる。格好良い両親が誇らしくて仕方がなかった。



「天晴れな心意気ですわ! 平民なれど意志の強さ、力量を併せ持つ者がいる。やはりわたくしの『孤児院』は間違っていませんわ」


 高貴なる者が通じ合っている親子に割り込んだ。

 いつの間にか立ち上がり、手には広げた扇が握られている。



「そしてもちろん、シラカシ様は別格ですわ!」


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