第28話 我らがクハルカのために
「あのよぉ、オレたちゃミサキを受け入れるって言ってねぇぞ」
「ヤスっ、このわたくしが讃えたのですよ。お控えなさいまし!」
そう言えばそうだった。まだ『ナイトストーカーズ』の同意は得られていなかったとミサキが反省しかけたが、見事ユリュターナが場をかっさらった。ヤスはミサキたちを向いて言ったのだが、それでは足りなかったらしい。
「シラカシ、頼まぁ」
「……ゆ、ユリュターナ」
「なんですのっ!? なんでも言ってくださいまし!」
シラカシの振りにユリュターナが素早く反応した。
こういう場合、シラカシが動員されることになっている。当人が納得しきれていないのが残念だ。
「これはそう、通過儀礼」
「通過儀礼!?」
「そうだ。わたしたちが結束するために必要なことなのだ」
「わかりましたわ! 平民たちの言うところで仁義をきるという行いですわね」
「そ、そうだ」
言い含めれば普通にシラカシ抜きでも大丈夫な感じだが、ユリュターナにとってこれは大切なやり取りなのだ。
全然できていないが平民に理解ある貴顕、それが彼女の目指す場所だった。
「ミサキ、オレッチはお前が入ってくれると凄く助かるんだ」
ユリュターナが大人しくなったのを確認して、話を再開するのはヤスだ。微妙に情けない顔をしている。
「お前の才能はホンモノだ。腕っぷしじゃねぇ。ウチはほら、オレッチかフキナが頭だろ?」
「はあ、でも」
ヤスさん必死過ぎじゃないかと思うミサキは腑抜けた返事をしてしまう。
「そこなの。ミサキは明るくって冷静だから、いてくれたらわたしもヤスさんも助かるんだよ。それと鍛えて強くしてあげるからさ。おねがい」
「そ、そうでしょうか」
フキナまでもが懇願を始める。なんか必死な二人の目が濁っているような気がして、ミサキはビビり気味だ。
そもそも自分を入れたところで頭脳と関係ないのでは。
「ほらー、ミサキが引いてるじゃねーか。俺はミサキがいると楽しいぜ。美味いメシも食えるしな!」
ストレートなマトに癒される。
「うむっ、ミサキの料理は絶品だ。わたしも鍛錬に協力しよう。汗を流した後の食事も悪くない」
シラカシは結局食路線だ。ブレない。
「ミサキさんは食事だけではありませんよ。僕は貴女の明るく素直で、そして冷徹な心を高くかっています」
坊さんらしいことを言うジョウカイ。だけどその目はちょっと怖い。
彼は第8分隊殺しを最初から最後まで見届けて確信していた。ミサキは一流になれる。ジョウカイの理想を体現したような存在になれる。
「ミサキは友達、仲間、同胞、同士。もう逃がさない」
最後になったヒトミが欲望丸出しでミサキに迫った。いざとなれば『迷宮』を使いそうな勢いだ。
「ミュード、サキィ、あげる。さっきのよりすごい」
「これはっ!?」
ヒトミが懐から取り出したボトルを見てサキィが息をのんだ。
「シュリブールの487。保存状態は良好」
迷宮のワインセラーで寝かせていたのだ。最上で当然。
「さ、サキィ、凄い酒なのか?」
「520でも10万バアはするわ。487なんてオークションに出せるくらいの」
ミュードがサキィに聞いてみれば、震える声で返ってきた答えはとんでもない内容だった。
ちなみにユリュターナの目がキランと光ったが、必死に我慢をしている。これは平民どもの大切な仁義なのだ、高貴なる者として黙して見守るがその責務。
だがワインは欲しい。あとでヒトミに相談しようと彼女は決めた。もちろんシラカシを通じてだ。
「……ミサキ、いい仲間を持ったな」
「父さん!?」
最後の最後で台無しになった。
「こっちが乞うて入ってもらうんだ。もちろん特典もつけるぜぇ」
ヤスが怪しげな通販番組のようなことを言い出した。もみ手をしているような仕草つきだ。
「当然だが賃金は専属料理人として払う。だけどそれだけじゃない。なんと今ならだぜぇ」
溜める。コマーシャルを挟むくらいには溜めた。
「役職手当を出そうじゃねぇか」
「役職?」
ミサキが訊き返す。料理人なのは想像できたが、まさか料理長にでもしてくれるのだろうか。
「ヒトミぃ。言ってやれ」
「ん、ミサキは『首領』。『ナイトストーカーズ』の首領」
「いきなりトップじゃん!」
ミサキだけではなく、ミュードとサキィまであんぐりと口を開けていた。
『ナイトストーカーズ』の面々は合意が取れていたので笑顔だった。それはそれで怖い。
「『首領手当』が出る」
「なにそれ!?」
ヒトミのしたり顔にミサキがビビる。そもそも首領に手当とは。
「役員待遇ってことだよ。これがわたしたちに出せる精一杯ってとこかな」
「ちょっと意味がわかんないですけど」
言葉少ななヒトミに代わってフキナが説明した。それでもなにかがおかしいが。
そもそも『ナイトストーカーズ』に役員がいただろうか。
「大丈夫大丈夫、肩書だけのお飾りだからさ」
「うわぁ」
フキナのぶっちゃけにミサキがちょっと引く。
「それっぽい時に訓示してくれたらそれでいいから。ほら得意じゃない」
「だよなー、ミサキの話って面白れーし、俺もなんかやる気でたもん」
マトが乗ってきた。目がキラキラしている。
「ミサキさんの説法は一聴に値すると思います」
ジョウカイなどは微笑んだまま首を垂れる。頭部がキラりと光った。
シラカシとヒトミがうんうんと頷く。
「こうもまあミサキは皆の心を掴んでしまったわけです。当然わたしも大賛成」
「なあフキナ、とっ捕まったときにミサキを差し出すとかしないだろうな」
スケープゴートは御免だとミュードが釘を刺した。
「ありえない」
ヒトミが断言する。
「そもそも捕まるなんてありえない」
ありえないが繰り返されるが、ヒトミの言うことはある意味事実だ。彼女がコスト無視で本気を出せば、古城壁の魔力結界すら突き破ることが可能だ。つまり王都でヒトミの手から逃れるなど、事実上不可能なのだ。
「ボクはヒトミ。迷宮、ヒトミ=ワードナー。ミサキだけじゃない。『ナイトストーカーズ』の守護者」
『守護者』とは言ってみたかっただけのフレーズだが、それでもヒトミはマジだった。『
「鉄砲玉、ヤス=ピースメーカーだ。一応『ナイトストーカーズ』のリーダーやってるがなぁ、肩の荷が下りてせいせいしてらぁ」
ヤスもまた名乗り、そして減らず口を叩く。
「だからこそだ。リーダーなんぞ二度と御免だからよ、ミサキには首領で居続けてもらうぜ」
「僕は大魔導師、ジョウカイ=セイクァーです。持てる魔法の全てをミサキさんのみならず、『ナイトストーカーズ』に捧げましょう」
「錬金術師、マト=アルキミアだぜ。ミサキの装備はまかせてくれよな。すっげーのを考えてるんだ」
「き、機動剣士、シラカシ=アーエールだ。柄ではないが、剣の師として尽力することを約束しよう。料理に期待している」
「最後にわたしはプロレスラー、フキナ=フサフキ。わたしもミサキを強くする。どんな時でも生きて帰ってこれるようにしてみせる」
ジョウカイ、マト、シラカシ、そしてフキナがそれぞれの覚悟を語る。上っ面ではない。彼らは本気でミサキを必要としているのだ。
それが伝わってしまうから、ミサキはもう断れない。すかさず両親に目くばせをして同意を得た。ならばだ。
「お受けしましょう。そして、わたしが首領となったからには、そこに妥協はない」
その口調でわかる。ミサキにスイッチ入った。
マトとヒトミの目が輝き、フキナやシラカシの背筋がゾクゾクとする。ジョウカイの微笑みが深くなり、ヤスの口端が吊り上がる。こうでなければと。
ミュードとサキィが娘の変貌に驚き、ユリュターナはミサキに圧される。
「ぶちまけろ」
「やれ、ミサキ」
ヤスとヒトミが言葉でもってミサキの背中を押す。彼女はこくりと頷いた。
「我々の為すべきことは、悪の駆除ではない。自己満足だ。納得だ」
付き合ううちにミサキは彼らの本性を感じ取った。
奴らはもちろん正義の味方ではないし、一部楽しんでいるのもいるが悪の殺戮者でもない。では何者でもないかといえば、そうではなかった。
「目の端にとまった、どこかから聞こえてきた、なんとなく匂った、そんな不快感を消し去る者たちだ」
ただしやると決めれば徹底的にだ。
「それにわたしは同意する。街が、官憲が、貴族がなんと言おうとも、わたしは皆に賛同する」
不敬だ。ユリュターナの目の前で言っていいのだろうか。結構マズい気もするが、それでもミサキは止まらない。
「我々は『ナイトストーカーズ』。迷宮の底から地上を見上げるバケモノ。夜を徘徊するモンスター」
自らをバケモノと呼び、モンスターとし、嬉しそうに笑顔をみせる。それが今のミサキだ。
「王都にはびこる気に入らないモノを消し去る者たちだ。わたしはその先頭を歩こう」
ミサキは彼らの理解者にして首領だ。ちゃぶ台を囲む仲間たちの心に熱が入り、火が灯る。
「この包丁に誓おう」
ミサキは腰に佩く包丁を抜き去った。その銘を『クハルカ』。遠き異国の言葉で料理人を意味する、祖父から贈られた逸品だ。
「わたしは料理人、ミサキ=クハルカ。『ナイトストーカーズ』が首領である。……看板ですけどね」
高らかにミサキは宣言する。夜の亡霊たちが、自らを束ねる者を得た瞬間だった。
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