第29話 初夏の風は吹き
「ふーっ」
まくし立て終わったミサキが息を吐く。流石に疲れたらしい。
だが話はまだ終わっていない。
「御前にはお時間をいただき」
「かまいませんわ。わたくしの所感は明快。見事と言ってさしあげますわ!」
実際ユリュターナは感心していた。
本来関係ないはずの自分までもが、魂を揺さぶられてしまっていたから。貴族の血が為す説得力とはまた違う、言葉そのものの力を感じたのだ。
たとえ他国の前世を持つとはいえここまでとは。ミサキとかいうこの平民娘、デキる。シラカシが一目置いているという補正を入れても、それでも侮れないとユリュターナは認識した。
「ありがとうございます」
ミサキがすっと頭を下げた。それがまたごく自然で、ユリュターナの癇に障る。
だが話は終わっていない。彼女は先ほど言ったのだ。『ひとつは』と。
ユリュターナの心中は知らないが、ミサキはミサキで確信していた。いくら彼女がシラカシに入れ込んでいたとして、王都の貴族が自分の両親、つまり平民如きのために出張るなどありえない。
実はユリュターナ、理由があればいくらでも下向するのだが、そこらへんをミサキは甘く見積もっていた。つまり完全にミサキの買いかぶりだった。
それでも表面上、つつがなく話は続く。
「さて、もうひとつの『話題』ですわ」
気を取り直してユリュターナが手にする扇をパンと開いた。
「巷を騒がせた贋金騒動、その出所が確定いたしましたわ」
場の空気が固形化したかのように重くなった。『ナイトストーカーズ』はそうでもないが、ミサキ、ミュード、サキィの3人の眼光が凄いことになっている。
平民の圧力にユリュターナが後ずさりそうになるが、気圧されてなるものかと立ち向かった。
「バルナレラ伯爵、現財務卿ですわね」
財務卿とはこの場合、財務省のトップを意味する。
領地を持たない王都貴族は宰相、軍務卿、内務卿の3役が侯爵で、伯爵クラスがその直属として各省のトップに配置されている。
「よりによって天辺ですかい」
財務省のトップが贋金に関わっていたとなれば、これはもう小遣い稼ぎという話ではない。
内部腐敗なのか、財政が危ないのか、ヘタをすれば国家が関わるレベルの話だ。
「ご安心くださいまし。国策ではありませんわ」
そう言ってユリュターナは一枚ペラの紙をちゃぶ台に放り投げた。
彼女の父、ティスハリオス子爵は財務高官だ。今回の件については目の前の火事といえる。それだけに情報収集は簡単だった。
少なくとも宰相や王から降りてきた話ではないというだけで、ティスハリオスとしては安堵できる状況である。
逆に平民サイドは全然安心できていなかった。
特にミュードだ。男爵は聞いたことがある。目の前に子爵令嬢とか自称しているのがいるから、そういうのもあるんだろう。それで伯爵ってなんだ?
彼からしてみれば王の次は貴族、それくらいの感覚なのだ。
「そういう偉い人たちのゴタゴタに巻き込まれて死んだ者が沢山いる」
地の底から聞こえるような、ミサキの声だった。
「御前、情報を下賜してくださったということは、『いつものように』落としどころもまたあるわけですね」
ミサキが続きを言い出す前に、フキナが会話をインターセプトした。ついでに解説を添える。
ちょっとビビったユリュターナとしてもありがたい。
「消えてもらうべき者の一覧がそこにございますわ。あとは『あなた方の自由』ですわね」
これが『ナイトストーカーズ』と『御前』の関係だ。
御前は古城壁内の情報を流す。貴族筋なので確度は保証付きだ。
受け取った『ナイトストーカーズ』は独自判断で仕事をする。
御前のもたらす情報は当然子爵家にとって都合のいいモノではあるが、嘘はない。
もちろんヤスとヒトミがそれぞれの手法で確認する。その上で実行するのだ。
「……申し訳ございません、御前。ありがとうフキナさん」
わかっていた上で、それでも激高しかけたミサキは素直に謝った。まだまだ精進が足りないと反省しきりだ。
「平民のすることにいちいち目くじらなど立てませんわ。それよりミサキとやら、中々に美味な食を作ると聞きましたわ」
ちょっと気圧されたが、ミサキが謝ったことで気を良くしたユリュターナが食事を所望した。
シラカシが絶賛しているという情報は見過ごせない。話題作りのためにも、是非、是非是非。
2時間後、ミサキ特製の夕食を平らげた子爵令嬢は名残惜しそうに帰っていった。
彼女はその後、週イチくらいで『ミゴン』に現れるようになる。
◇◇◇
「裏は取れた。削除したのと追加もあったが、まぁこんなトコだな」
「聞いてはいましたけど、御前も随分都合がいいですね」
「わかってやってんだろうがなぁ」
5日後、ヤスがターゲットの絞り込みを終えた。容疑者リストには証拠不十分だがティスハリオス子爵の政敵が混じっていたり、逆に子爵派で真っ黒な者が抜けていたりしたわけだ。
毎度のことなので『ナイトストーカーズ』は驚かない。聞かされていたミサキも、そんなものかと納得した。こういうとき『だろう小説』を読みふけった経験が活きるのだ。偏るとはいうなかれ。
一昨日ミュードとサキィは下流に居を移した。新しい生活が始まったわけだが、さっそく今日の昼間にミサキは遊びにいった。その程度の距離感だ。
「さて首領、手筈は?」
「そんなのヤスさんとフキナさんに任せるに決まってます」
「へいへい」
「ちゃんと打ち合わせには参加しますから」
「真面目だねぇ」
ミサキとヤスが軽い調子で言葉を交わす。
首領としてのミサキがすべきことは単純明快、できる者に任せて、その後ゴーサインを出すだけだ。実に素晴らしいリーダー像だが、若年のミサキはそれが当たり前だと思っている。
それぞれ営業と総務をやっていたヤスとシラカシは、感動を禁じ得ない。ミサキでよかった。
「そいじゃまぁ、新首領を担いでの初仕事だ」
「しかも今まで最大のヤマ」
ヤスとフキナが皆を煽る。ヒトミ、ジョウカイ、マト、シラカシが気合をみなぎらせていた。
「良きにはからってくださいね」
ありがたい首領のお言葉だった。
◇◇◇
すっかり春になった王都の路を七つの人影が征く。
深夜の貴族街に人通りはない。随所に衛兵が配置されているが、彼らに気付く者はいなかった。
防音並びに認識阻害の魔道具に加え、路面が迷宮化されているからだ。
故に彼らは堂々と、はばかることもなく突き進む。
「ヒトミちゃん楽しそうだね」
「ん、一度やってみたかった」
ミサキが隣を歩くヒトミを見て言った。
地上の迷宮化はDP効率が良くない上に、魔法障壁の強い古城壁内だ。それでもヒトミはコスト度外視で実行している。
新たな首領の初仕事だ。まずは形から入る。気迫を持ったヒトミの意思に、誰も逆らうことができず今日を迎えてしまった。まあ全員こういう状況を楽しんでいる面もある。
「さて、みなさん。……お仕事だ」
自発的にスイッチを入れたミサキが口調を変えた。彼女だけが歩みを止めて、数歩先をいく背中たちを見つめている。
「首領が命ず。王都に涙を落とす者たちに成り代わり、ただ復讐を為せ」
ちなみに今回の仕事料、冤罪を受けたマルトック商会の金庫から出ている。『争乱の友』と詰所に保管されていた金を遺族関係や孤児院にばら撒いた残りだった。
手渡したのは旧名サキィーラ。マルトック商会長の妹だ。
「我々は仇を探せぬ耳目と、振り下ろすことのできない腕の代理人だ。そこに大層な自己満足と大切な狂気を加えよう」
少しずつ離れていく背中にミサキは語り掛ける。
「繰り返し首領が命ず。我が親愛なる夜を歩きし者たちよ、完遂せよ」
その言葉を受けて彼らが立ち止まった。
ミサキに向き直る大小六つの人影。彼女が信頼する同胞たち。
『クハルカの命を受け』
彼らの専属料理人が下した指令だ。成し遂げることこそ本懐。
「首領たるクハルカが命ず」
春なのに迷宮を駆け抜ける夜風は生温い。それを頬に受け、夜空を見上げミサキが嗤う。
「王都に巣食う、ろくでもなく高貴なる者たちよ。壁があろうとも、身分があろうとも、ついでに血が青かろうが、血抜きをすれば結果は一緒だ」
そして彼女も歩きだす。
「ゆけ、ナイトストーカーズ。ってね」
王都に七つの影が散った。
「ロールプレイは楽しいけど、やってみると結構大変だよね」
自らの獲物を目指し、ミサキは貴族街を駆け抜ける。
◇◇◇
「らっしゃーい」
「こんにちは、マトくん。今日もカッコいいわね」
「そーでもねーよ」
常連のおばさま方が『ミゴン』を訪れていた。微妙に引きつった接客スマイルでマトが注文を聞いている。そもそも魔道具屋に常連というのが意味不明なのだが、さて、今日はどんな要件だろう。
「ふいぃ、あっちくなったなぁ」
「あらヤスさん。こんにちは」
ヤスは下流の孤児院を訪問していた。サキィが扉を開けて出迎える。
「どうしたヤス」
「なぁに、通りかかっただけさ。調子はどうだ?」
「ボチボチだな」
厨房から出てきたミュードも気安い口をきく。
不定期ではあるが、時々ヤスはここを訪ねる。そして孤児たちやミュード、サキィの様子を見ていくのだ。下流で噂話を拾うのもまたお仕事。こういうマメなところは元営業の面目躍如だった。
「今日は7層でどうだろう」
「僕はかまいません」
「いいですよ」
シラカシの提案で冒険者パーティ『クラッシャー』の予定が決まった。冒険者ギルドがあるわけでもなし、事務所に寄ることもなく3人は徒歩で郊外を目指す。
「今日もわたしのククリちゃんが活躍しますよぉ」
「わたしのバスターくんも燃えている」
「お二人とも気合が入っていますね」
3人の装備は結局以前のままだった。いきなり換装しては逆に目立つということで、なあなあにした結果だ。しまいには名前までついている。
王都郊外のあぜ道は初夏の日差しに照らされていた。
「ん、ミサキ、もう夕方」
「ありゃ、もう買い出しの時間かあ。ヒトミちゃんも行く?」
「暑いのは苦手」
「どうせ寒いのもでしょ」
「ん」
ヒトミの部屋でアッチ側の会話を楽しんでいる二人は、以前にも増して仲良しだった。
たまに他のメンバーが混ざり、バカ話に花を咲かせることもある。
「バイバイ」
「ヒトミちゃん、そこはまたね、だよ?」
「ん、またね」
フィニッシュの言葉遊びをしてからミサキは階段を登った。
「ああ、もう夏だねえ」
王都ヴァルファンに初夏の風が吹く。
傾きかけた夕陽を見てから、少女が勢いよく駆け出した。
これにて第1章完結です。
第2章のネタも使ってしまったので、次章があるかは未定で一旦完結にします。
ゆけ、ナイトストーカーズ! ‐異世界転生者たち、笑って狂って悪を討て‐ えがおをみせて @egaowomisete777
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