第13話 こちら側になることはない
「おもしれー連中だったな」
「面白い?」
『ポローナ』からの帰り道、マトが妙な感想を言いだした。どういう意味かとシラカシが尋ねる。
「シラカシやフキナは、あのおっさんとミサキがつえーって思ったんだろ?」
「まあ、そうだな。ミサキはまだまだだが、ミュドラスは冒険者でも上位だろう」
「シラカシとどっちが強いんだ?」
「わたしだ」
シラカシはミュドラスやミサキより自分が強いと言い切った。事実、シラカシの実力はそこらの冒険者など相手にもしない。もちろんチート無しでもだ。
当然フキナもそう思っている。この二人、強い弱いにはかなり敏感なのだ。負けん気が強い。
「じゃあサキィーラさんは?」
フキナはマトが3人と言ったのが気になった。
「ああ、あのおばちゃん、おっとおねーさんはなー、なんかもったいなかった」
「どういうこと?」
「ちゃんと練習したら、つえー魔術師になると思うぜ」
魔力の流れを目視できるマトだからこそ、その言葉には真実味があった。
「魔術師の素質か。だがあの方は素質と関係なく聡明で穏やかな気質を持っているように感じた」
「うん、それはわかる。サキィーラさんって話しやすかったし」
シラカシとフキナはそれぞれサキィーラをいい人認定していた。
「だけどさ、俺が一番すげーって思ったのミサキなんだよな」
「どういうこと?」
マトの意外な言葉にフキナが聞き返した。
「フキナもシラカシも気づいてねーだろ、ミサキな、ずっと身体強化かけっぱなしだったぜ」
「なにっ!?」
「え、全然気づかなかったんだけど」
身体強化をかけた人間は、見る人が見れば大体わかる。
魔力放出の圧や強化独特の不自然な動きなどで判別することができるのだ。ミサキはシラカシにもフキナにもそれを感じさせなかった。これはちょっと異常だ。
「ミサキの魔力なー、全然外に漏れてないんだよ。俺もあんなの初めて見たぜ」
「では動きの方は」
「わかんねーよ。よっぽど練習したり、普段からずっと使ってるんじゃねーかな」
「なるほど」
シラカシは一応納得した。フキナは未だに首を傾げている。そんなことありえるのか?
「もしかしてだけどさ、ミサキって転生者かもなー」
「どうしてそう思ったの?」
マトの唐突な言葉だったが、フキナはそれほど驚かなかった。彼女も今まさにその可能性を考えていたから。
「身体強化もそうだけど、メシの味付けはアレだし。それにんーと、たぶん養子だろ、ミサキ」
「そうだね。肌の色とかあの子は南方系だし、ご両親はどう見てもヴァール人だったし」
「あとミサキって名前はさー」
「東方系の命名って聞いてたからねえ」
「わたしはミサキが転生者であってほしくないな」
シラカシがぼつりと言った。
「どういうこと?」
「アレの目はわたしたちに似ている。特にフキナに」
「……詳しく聞かせてもらっても?」
流石にフキナもマジモードになる。自分に似てたか? あの子。
「自ら進んで力を得て、それを使いたがっていると見た」
「ぐむっ……」
「生き残るため、押し付けられたから、様々な強さがある。気にすることはない」
「わかってます。わたしは自分の勝手で強くなりたかった」
「ミサキはどうなのだろうな」
3人の足取りは微妙に重たくなっていた。どうにもシラカシは固くていけない。
◇◇◇
「行きと帰りで話が変わってるじゃねぇかよ」
「そりゃ『情報を渡してきましたよ、向こうは秘密を守ってもらえそうな人たちでした』で終われば良かったんですけどね」
すでに定番となったヒトミの私室に6人全員が集まっていた。
ヒトミはベッドに座って足を垂らし、ジョウカイは正座、それ以外は全員あぐらをかいている。女性二人もだ。
「で、どうしたいんだ」
「様子見、です」
「理由を教えてくれや」
詰問ではない。むしろヤスは面白そうにフキナの話を聞いている。
「ミサキが今、幸せそうだったからだ」
シラカシがズバっといった。
「なるほどなぁ。だけど同郷がいるってくらい、教えてもいいんじゃねぇか?」
「分かっていて聞くな。わたしたちは後ろ暗い」
「だなぁ」
皆はキッチリと自覚をしている。彼らは悪を倒す正義の味方などでは、決してない。
ここにいる全員が何らかの形で殺人を犯している。たまたまとかうっかりではなく、意志を持って人を殺した。これからも殺すだろう。
「いつバレて、消えるかもわかんねぇ連中が同胞かぁ」
自虐的なことを言うヤスだが、彼を含めて誰も動じていない。覚悟はとっくに決まっている。
殺したいから殺す、目標の為に殺す、流されて殺す、恨みがあるから殺す、信念で殺す、なんとなく殺す。各人バラバラではあるが、結果として殺すことに変わりはない。
「ですが彼女の心がこちら側を望んでいたら、どうします?」
ジョウカイが無神経な言い方をした。それが彼の気質で良し悪しではあるが、この場でそれを言うのはどうだろう。
そもそも『望んでいたら』という言い方が卑怯だった。彼は状況ではなくミサキの性根を語っている。自分たちと同じだったとしたら。
「それをどうやって計る?」
「そうでしたね。失礼しました」
ジョウカイはシラカシに頭を下げる。シラカシも軽く頷いてみせた。
皆もわかっているのだ。この世界で確認された転生者は、今のところここにいる6名だけで、その全員が『どこかおかしい』。皆があの日あの交差点に集まった人間なのは確認がとれている。ならばこれは偶然か、それとも選別か。
「ミサキとやらが転生者かもわかってねぇままじゃ、グダグダやっても始まらねぇよ」
ヤスが肩をすくめる。
「で、何かあるんだろ?」
いたずらを期待するような顔をして、シラカシたち3人に聞いた。似合わない顔だなとマトは思ったが、多分それはヤス以外みんなだろう。
◇◇◇
翌日夕方。
「いらっしゃいませー。おひとりですね」
「ああ、ここのメシが美味いって聞いてなぁ」
「この時間だとカウンターですけど、構いませんか」
「もちろんさぁ」
貧相なおっさんはカウンターに座った。
さらに次の日。
「いらっしゃいませー。おひとりですか」
「ええ」
「混んでるので、カウンターでもいいですか」
「ええ、もちろん。こちらの食事が美味しいと聞きまして」
巨漢で禿頭な青年がカウンターに着席する。
そして次の日。
「あ、いらっしゃい!」
「きたぜー」
「こんにちは」
「うむ」
『ポローナ』に現れたのはマト、フキナ、シラカシの3人だった。
今日は全員が魚定食を注文した。
「やはり川魚か」
「はい。苦手でしたか?」
「何度か食べたことはあるが、ちょっとな」
「ウチはヴァルヤマメを使ってるし、ワタも抜いてるから、泥臭いってことはないと思いますよ」
「なにっ!?」
ミサキは再びシラカシにとっ捕まり、料理談義に付き合わされることになった。マトとフキナは生暖かく見学だ。
「そういえばお弁当の件、どうなりました?」
なんとか話題を変えようと、ミサキが必死にフキナに振った。
「ああそれそれ。3日後に九つでいいかな」
「お届けにも行けますけど、どうします」
「いや、取りにくるよ。……それと気を付けてね。変わったことはないみたいだけど」
「はい。ありがとうございます」
目の前の3人が気にしてくれているのを感じて、ミサキは笑って礼をした。
「わたしは食事をしに来ただけだ」
「俺もー」
◇◇◇
「副長、こちらの方は」
「傭兵団を雇った。申請を通しておけ」
「……かしこまりました」
書類を受け取った副長付文官は、ちらりと上司の横にいる大男を見てから去っていった。
「羽振りのよろしいことで、なによりでさあ」
「まったく困ったものだ。私に押し付けるのは仕方ないが、金くらい好きにさせてもらわなくてはな」
第2警備室副長に納まったベラース男爵は至って普通の中年だった。40に届くかどうかで平均的な身長、褐色髪、紫目。どこにでもいるヴァール人という感想しか出てこないだろう。
逆に彼の横に立つ男は大きい。身長は190手前で身体には厚みがある。特に横幅は身長以上に目立つかもしれない。茶色の髪は短く刈り揃えられて、単なる無頼漢ではない雰囲気を出していた。
傭兵団『争乱の友』団長、名をジェルタという。
「しかしニセ金の尻拭いたあ、閣下も貧乏くじですなあ」
「まあそうだな。だが言われた以上をやれば、文句も出まい」
平民は貴族たちをやりたい放題の執政者と見ているが、内情はもっと酷い。様々な軸線でできた派閥争いは、ちょっとしたミスで失脚や御家の取りつぶしを招く。逆に手柄を立てればそれはそれで妬まれ、陥れようと画策される。
ベラース男爵の場合は、父親がやらかしたというアホらしい理由で没落した。それでも10年前に終結した北方ハーザリト戦役で功を立てたが、義理と借金という二重の借りで消えた。まだ返済は完了していない。
「これ以上落ちようもない家だ。閑職で無駄飯も悪くないが、こうして表舞台に立たされた。精々働くとしよう」
皮肉気に言うベラース男爵にジェルタはちょっとした不安を覚える。この人は自分を含めて貴族を嫌っている。だからといって平民を大切にするわけでもない。貧乏傭兵団を養う立場でなければ、こんなのの依頼なんぞ。
「心配するなとは言わんが、後ろにはあの方がついている」
「あの方ねえ。ですが今回の件、俺らの出番なんぞあるんですかい?」
贋金事件に始末をつけるのが目的のはずだ。武力など衛兵で十分のはずだとジェルタは踏んでいる。建前では護衛ということになっているが、どうにも胡散臭い。全部貧乏が悪い。つまりお国が悪い。
「贋金の件は算段をつけてある。もちろんお前にも出張ってもらうが、本命は別だ」
「別、ですかい」
ジェルタの中で不安が高まる。
「贋金事件を囮に使う。本命は『バブリースライム』だ」
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