第14話 心のこもったお弁当
「ふんふんふ~ん」
「ミサキは随分と気合が入ってるな」
「まあね」
ミサキは父ミュドラスと一緒に厨房にいた。夕方の開店前のこの時間、普通は下ごしらえの手伝いなのだが、今日はもう少しやることが多い。
3人が弁当を受け取りにくる。17時の開店ちょっと前の約束なので、それまでにバッチリ仕上げてみせる。ミサキの包丁はいつにもまして冴えわたっていた。
「から揚げから揚げ~」
悩んだ末に追加の一品はミサキご自慢のから揚げに決めた。今回だけは遠慮しない。塩も胡椒も醤油も生姜も全力投入して納得いく仕上がりにするのだ。
9個の予定だった弁当はサービスで切りよく10個作ることにした。喜んでくれると嬉しいな。ミサキのテンションは上がっている。
「父さん、味見お願い」
「おう」
今日はミュドラス担当の料理もミサキが作った。メニューはミックス定食プラス1だが、弁当用スペシャルバージョンだ。
ダシや醤油の隠し味に気づいたシラカシだ。もっと驚いてもらおう。今回ばかりは料理談義につきあってもいいかもと、ミサキは覚悟を決めていた。
「おいおい、やりすぎじゃないか。別モンだぞコレ」
味見をした父が驚いている。
「お高くなるからお店では出せないんです、ってね。嘘じゃないし」
「まあなあ」
呆れるしかないミュドラスだった。
◇◇◇
「おーい、きたぜー」
マトの元気な声が開店前の『ポローナ』に響いた。
「いらっしゃいませー。待ってたよ。うわあ」
外に駆け出たミサキの目の前には荷車を引くフキナと、その横に佇んでいるシラカシがいた。二人とも普段の冒険者装備でシラカシはどこかピリピリしている様子だ。
「ど、どうしたんです? なんか物々しいですけど」
「それがシラカシさんがねえ」
馬代わりのフキナは苦笑いだ。
「安全かつ迅速に弁当を運ぶためだ」
「だそーだぜ」
キリッと表情を引き締めるシラカシと、それを面白そうに見ているマト。そういうことかとミサキは一応納得した。現金輸送でもあるまいに。
「言われた通り寸胴と大皿は用意してきた。それぞれに蓋はもちろん、保温の魔道具も揃えてある」
キリキリッっと音が聞こえるような顔でシラカシが宣言した。そう、宣言だ。
弁当といっても日本で見るようなプラや紙のパッケージがあるわけではない。大抵の場合木製か鉄製の箱を持ち込んで、それに中身をよそう感じになる。スープなんかは別容器を持ってきて、後で温めるなんてこともある。魔法万歳なのだ。
「じゃあミサキ、どんどん積もうか。やっぱり食べるなら出来立てだよね?」
「もちろんですよ。じゃあ一品ずつ持ってきますね」
言い残してミサキは店の中に駆け込んでいった。
「おう、よくきたな」
「これはミュドラス殿。此度の仕儀、このシラカシ感謝にたえん」
「そ、そうかい」
シラカシがどんどん謎の女武士モードに入っている。当然ミュドラスもビビる。いかな凄腕剣士であろうとも、人間の根源的な気には圧されるものなのだろうか。
「あらあら、楽しそうね」
サキィーラは力仕事担当ではないので、作業を楽しそうに眺めている。ただしシラカシとは微妙に距離をとり、マトを手招きしていた。彼と会話をすることでフィールドを作る気だった。流石は距離をとって戦う魔術師らしい作戦だ。
「まあそれなりに楽しいかな」
ミサキはそう言うが、実はとても楽しい。自分の料理を仲の良い人たちに食べてもらえる。家族以外では初めてだ。胸が高鳴るのは当然だろう。
◇◇◇
「シラカシさんっ」
「むっ」
弁当が全て荷車に積載された時だった。フキナが、続いてシラカシが反応する。
「浮かれていたか。不甲斐ない」
シラカシが顔を歪めた。普段の彼女ならあと10メートルは手前で察知できていただろう。
「どうしたんです、って、まさか」
「来やがったか」
さらにミサキ、ミュドラスも気が付いた。
路地の向こうから現れたのは20名ほどの衛兵だった。
「私は第2警備室第8分隊長ザルシャー士爵である。これは正式な捜査だ!」
文書を広げて衛兵の隊長を名乗る人物が述べている。ご丁寧に羊皮紙だ。
「先日王都に贋金が流通していることが発覚した。行政府は事態を重く見、実態を把握するために広く捜査を行うものとした」
要は抜き打ち捜査ということだろうか。ミサキは恨めしそうに隊長とやらの演説を聞くしかない。
「今回の捜査はその一環である。決してこの店が不正を為していると断定したものではない。周囲の者たちもそれを承知おきすることを望む」
「捜査を受け入れるのには文句はありません。だがひとつ聞きたいことがありますね」
ミュドラスが前に出て発言した。堂々としたその姿は多数の衛兵に対しても揺るいではいなかった。相手が士爵ということもあって一応敬語だ。
「なんだ、言ってみろ」
「なぜうちの店なのかを教えていただれば」
ここまでくれば捜査を免れないとミュドラスは諦めた。『ポローナ』である理由を聞いたのは少しでも情報を引き出すためだ。事前にこの可能性を聞いていたからこその機転だった。
ここには物音を聞きつけた群衆と、例の3人組がいるのだ。
「無作為である」
「……そうですか。好きにしてください。立ち合いは当然可能ですね?」
「もちろんだ。ついてくるといい」
隊長が無作為と言ったという事実もまた情報だ。フキナはミュドラスに感謝しながら衛兵の、いや新任副長の意図を想像するが、この場で結論を出すのは諦めた。
少なくとも今日まで捜査は行われていない。この店だけなのか、今日だけで数軒か、数日に分けるのか。どちらにしろある程度数が集まらないと傾向は読めないだろう。
「シラカシ、フキナ。俺とサキィは立ち会うことにする。すまないがその間ミサキを頼めるか」
小さな声でミュドラスが二人に願った。
「わたしなら一人でも大丈夫だよ」
「承知した。事が終わるまで我々もここにいよう」
ミサキは気丈に答えるが、シラカシは残ると言い切った。
「わたしたちも状況を知っておきたいの、ごめんねミサキ」
フキナが補足した。彼女らもことの推移を知っておきたい。衛兵たちがここでどこまでやるのか、それは命令か、それとも独断なのか。
◇◇◇
「そこのあなたに問いたいことがある」
「な、なんだっ」
シラカシが声をかけたのは店の入り口付近に立っていた衛兵だった。既に隊長他数名が店に入り、捜査は開始されている。残りの衛兵は店の周囲に配置されていた。
「いやなに、その腰の袋は何かと思ってな。他の衛兵はそのようなもの、ぶら下げってはいないようだが」
「貴様の知ったことではない! 冒険者風情がっ!」
「確かにわたしは冒険者だ。だからといって疑問を持ってはいけないのだろうか」
「知ったことか」
シラカシの圧に衛兵はそっぽを向いた。これ以上話すことはないという態度だ。
だがそれで構わないとシラカシは判断した。釘は刺したのだ。これで不用意な行動に出るのは難しくなっただろう。
「ミサキ、冷静にね」
「わかってます」
フキナはミサキの傍を離れない。ミュドラスに頼まれたのだ、動くわけにはいかない。
マトはそっと群衆の中に紛れ込んでいる。いざとなれば伝令役だ。
「それでもココはわたしの家なんです。何かあったら、ヤります」
「そうならないことを祈ってる。シラカシさんも黙ってなさそうだし」
覚悟の決まったミサキにフキナはため息交じりで答えた。
「わたしも一緒に暴れそうだしね」
「ありがとうございます。皆さんと知り合えてよかった」
「ほらほら、そういうこと言うと」
フキナが会話に罠を混ぜ込んだ。
ここで『フラグ』とか返事か返ってくればほぼ確定だが、ミサキはスルーした。さてどちらだろうかとフキナは保留する。
ミサキはミサキで今の会話にチリッとした違和感を感じた。本来言うべきことを言いそびれた気分だった。
30分くらい経ったころ、隊長を先頭に衛兵たちが店の外に出てきた。捜査にしてはずいぶんあっさりしたものだと、群衆の中には首を傾げる者もいる。
入口を通る時、隊長がちらりとそこにいた衛兵を見た。彼が首を横に振るのを確認してそのまま通り過ぎる。すましてはいるが一瞬歪んだ表情をミサキ、フキナ、シラカシは見逃さなかった。
「捜査の結果、この店に問題は見つからなかった。時間を取らせたことは申し訳なく思うが、これも王都の治安維持のためと考えて欲しい。戻るぞ!」
隊長の声と共に衛兵たちは去っていった。
「やれやれ。シラカシさん、どう思う?」
「限りなく黒だな」
「ですねえ」
フキナは肩を落とし、シラカシは目を細めた。これは面倒なことになりそうだ。
「シラカシさん、ありがとうございます」
「なに、食事のためだ」
返事がいかにもシラカシらしく、ミサキは思わず笑ってしまう。
「保温の魔道具でしたよね。これくらいなら大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないぜー」
いつの間にか戻ってきていたマトが太鼓判を押した。魔道具を作ってるのがバレるとフキナがマトを睨むが、彼はどこ吹く風だ。
「すまなかったな」
「ありがとう、助かったわ」
ミュドラスとサキィーラが3人に頭を下げた。
「いや、こちらこそ」
シラカシの頭は完全に弁当へシフトしている。
「明日感想伝えるね」
「楽しみだぜー」
フキナとマトは明るく言った。さっきまでの重い空気が晴れていく。
「うん。じゃあまた明日ー」
去っていく荷車にミサキは手を振った。
また明日なんて言葉がこんなにも楽しいなんて。ミサキの胸が温かくなる。
こちらに来てから得られた感情をミサキはまだ持て余していた。
◇◇◇
「なぁ、もう転生者ってことでいいんじゃね?」
箸を使ってから揚げを食べたヤスがボソっと呟く。
「うっ、うぐっ、ぐすっ」
マトが泣いていた。彼だけではない。フキナも泣いていたし、ジョウカイは微笑んだまま頬を涙で濡らしていた。シラカシに至っては静かに号泣だ。彼女の場合、単純に美味であることに感嘆していたからかもしれない。
「どっちでもいい。その子を守る」
小さいがそれでも凛とした声が部屋に響く。声の主、ヒトミは薄く笑いながら金の瞳を輝かせていた。
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