第15話 理不尽なる暴力





「出てきたのは7件か」


「はっ」


 古城壁脇にある第2警備詰所の副長室で、部屋の主ベラース男爵が文官からの報告を受けていた。手元にあるリストを指で叩きつつ思考するが、こんなものに意味は無い。


 最初から本命を引き当てるのは流石に白々しい。今日の捜査は一段階置いただけの建前作りだ。

 上からのお達しで仕掛けた『ポローナ』への嫌がらせは失敗したが、それを知っているのは副長本人と担当した第8分隊だけだ。目の前にいる文官も知らされていない。


「上の意向で掻き回されるのはつまらんな。早々に動くか」


「はっ、ご指示を」


 文官は副長が何を言っているのか今ひとつわからなかったが、一応肯定の返答をした。それが組織で生きる道というものだ。特に相手が貴族様である以上、下手はできない。

 それよりもう19時だ。すぐにでも退勤したいというのが彼の本音だった。



「今夜、仕掛ける」


「はっ?」


 思わず間抜けな返事になってしまった。

 それを見たベラース男爵は笑みを浮かべる。こんな茶番はとっとと終わらせるに限る。本命はあくまで『バブリースライム』だ。


「本日の捜査とは行き違いになったが、贋金について内部告発があった。出所は『マルトック商会』だとな」


「大手ではありませんか!」


 はてどこからの情報かと文官は疑問を持つが、出所などを気にして藪をつつくつもりはない。


「第1と第3分隊で査察を行う。日付の変わった3時だ。第2と第4は詰所待機」


「担当分隊長を呼び出します」


 文官は夜警が疎かになるのではとは言わなかった。副長は第2と第4を敢えて待機と言ったのだ。変事の補助として考えておられるのだろう。


「それと本日の捜査を担当した第7、第8分隊長だ。彼らも労ってやらねばな」


「はっ!」



 ◇◇◇



「何事だ」


「情報を持ってきた」


 日付の変わった深夜1時、平民街上流にあるマルトック商会。建物の裏に設置されている扉が叩かれた。

 大手ともなればそれなりに後ろ暗いこともある。この扉にしても表に出したくない人や物品をやりとるするため、一目ではわかりにくいように偽装をしてあった。ノックの仕方は規定通りで、事実店の夜番が覗き窓から確認できたのはいつもの情報屋だった。


「言え」


「ここに査察が入る」


「……贋金の件でか」


「そうだ」


 扉の担当者はそれなりに事情が知らされている。

 なぜマルトック商会なのかはわからない。少なくともウチは積極的に排除して、商館の中には仕分けした最低限の贋金が保管されているくらいだ。あてずっぽう? いや自分の判断など不要だ。会長に伝えるのが担当者の仕事だった。


「わかった。お代はいつものように」


「ああ。ぐあっ」


「どうしたっ!?」


 担当者の目の前で、扉越しに情報屋が倒れていた。背中には矢が刺さっている。



「そいつは騙されただけで、俺たちとツルんでたわけじゃねえぞ」


「なっ!」


 木々の間から現れたのは30人程の男たちだった。担当者はすぐに悟る。奴らは強盗の類だ。最低でも友好的な連中ではない。

 手元にある警報魔道具を押そうとした瞬間、激しい音をたてて扉が砕け散り、その時にはもう担当者の胸には剣が突き刺さっていた。



「押し込み強盗ってのはやっぱり裏口からだなあ」


「まったくでさ」


 巨大なウォーハンマーで扉を砕いたのは傭兵団『争乱の友』団長、ジェルタ。突き刺した剣を鞘に戻しながら返事をしたのは副団長のナムロスという。


「さあて手前ら、お仕事だ」


「目撃者を残すな。皆殺しにしろ」


 ジェルタとナムロスの指示を得た傭兵たちが商館に押し入っていく。


「稼ぎどこだな。精々気張るとしようか」


 暴力に高揚したジェルタが獰猛に笑う。所詮はそういう人種なのだ。



 2時間後の午前3時、深夜に緊急査察を行うべくマルトック商会に訪れた第1分隊と第3分隊が見たものは、商館のそこかしこに転がる死体だった。執務室では商会長マーカスト夫妻とその子供3名までもが、斬殺死体で発見された。

 その場に散らばる帳簿や書類は血にまみれて赤黒く染まり、開け放たれた金庫には大量のニセ金貨が残されていた。



 ◇◇◇



 時間は遡り午前2時。平民街上流にある雑貨店が燃えていた。


「店の連中は全員始末したな!?」


「はい、隊長」


「隊長と呼ぶな」


「そうですか。ならお頭、一掃できたと思いますよ」


「思うで済ますな。もう一度確認してから火を放つ」


 30分もしない内に王都の一角で火災が発生した。一軒の店が全焼、中にいた店員は全員が死亡した。鎮火後調査が行われ、店の金品が奪われていたことが発覚し、第2警備室は強盗による仕業と発表することになる。


「第7分隊か」


 だが王都には様々な目が存在していた。怪しい情報屋や、近隣の住民、果ては貴族家に雇われた調査員たち。

 得られた情報がどう取り扱われるかは、それぞれの立場次第だ。



 ◇◇◇



 同じく午前2時。中流76番地にある、とある食事処に迫る複数の人影があった。


「こんな遅くにどうしたんですかい? こっちは明日も商売なんですが」


 裏手にある石垣を乗り越えた彼らを待っていたのは、剣を肩に担いだ一人の男だ。


「どうやって事前に知った」


「知ってるわけないでしょう。気配をまき散らして迫ってくる連中がいたから表に出てきただけでね」


「……まあいい、やることは一緒だ」


「ところで顔を隠しているようですがその歩き方、憶えてるんですよ。なあ、隊長さん」


「緑2発、信号上げろ。防音結界。やれっ!」


 ミュドラスと対峙していた第2警備室第8分隊長、ザルシャー士爵が命令した。



 りぃんと鈴のような音が響き、街の音が消えた。


「ずいぶんと御大層な結界だ。準備がよろしいようだが、出所はどこかな」


 ミュドラスは敬語を捨てた。ザルシャーは何も答えない。


「まあいいさ。強盗の類から身を守るのは民の務めだな」


 軽口を叩くがミュドラスの心中は穏やかではなかった。目の前にいる敵を片付けて、逃がしたミサキやサキィーラと合流する。


「私たちは仕事柄慣れていてな」


「ほう、認めるわけだ」


「犯人逮捕の包囲はな、時間差をつけて誘導するものなのだよ」


 ミュドラスの指摘を無視してザルシャーは残酷な事実を言い放った。


「そう、表側だ」


 そんな言葉に誘われて後ろを振り向くようなミュドラスではない。だがそれでも気配を探ろうとした。

 熱を感じる? 夜中なのに影がある!? しかも前に。



 反射的に距離をとり、ミュドラスは一瞬だけ背後を見た。


「街に火をつけた、だと!?」


 炎である確信はあった。だがミュドラスの想像を超えていたのは、燃えているのが付近の住宅だったということだ。ここまでやるというのか。


「俺たちをどうしたいのかは知らん。だがなぜここまでする!」


「昼間の失敗を挽回したかったのでな。もうひとつは」


 捜査で袋を使えなかったのはザルシャーの失態だ。ベラース男爵は責めなかったものの、評価は落ちただろう。それを取り戻す。それに。


「上の方からのお達しだ。理由は知らんが妙な恨みでもかったか?」


 ザルシャーがここまで喋るのも、ここで一家を確実に消すという意思表示だ。


「さて、やるぞ。取り囲め!」



 ◇◇◇



「なんで」


 ミサキは唖然としていた。横にいるサキィーラもまた。

 彼女たちの目の前で街が燃えていた。付近の住民たちが逃げまどっているのが見える。


「……母さん、下がって」


「ミサキ?」


「音が聞こえない。それに」


 炎を背に布で顔を隠した人影が現れた。数は20に届くか。

 それになにより、賊の発する気配がまずい。


「こいつら、わたしたちを殺す気だ。母さん、何人くらいならっ!?」


 ミサキがサキィーラを抱えて飛び退いた直後、元いた地面が抉られた。


「『ウィンド・バースト』?」


 サキィーラも理解する。相手はこちらを殺しにきている。



「色々と惜しいが、命令なんでね」


「くっ」


 この数相手に真っ当に戦うのは無理だ。いかに身体強化お化けのミサキといえど、サキィーラを守ったままでは限界がある。


 その逡巡が仇になった。


「がぁっ!」


 数名がバラバラに魔法を放ったのだろう。ミサキの右腕が焼かれ、サキィーラは吹き飛ばされた。


「それぞれ囲め」


 賊が距離を詰めてくる。ミサキは必死にサキィーラの下へ向かおうとするが、背中にもう一発をもらってしまった。


「ミサキっ!」


 転倒するミサキを見たサキィーラが悲鳴を上げるが、その時にはもう二人は完全に分断されていた。それぞれ10名近い賊が二人を囲む。


「足だ」


 賊の誰かが言った次の瞬間、ミサキの足に激痛が走る。


「ぐぎゃぁぁ!」


「ああぁぁぁ!」


 ミサキとサキィーラが同時に叫び声を上げた。

 彼女らの太腿には剣が突き立てられ、地面に固定される形になっている。もう逃げることすらできない。


「もうひとつもだ」


 もう片方の足にも剣が刺さる。ミサキとサキィーラはただ蠢き、苦痛の声を上げるだけの存在に成り果てていた。



「ぐっあぁぁ!」


 叫び声を上げながらもミサキの脳は沸騰していた。


 なにが身体強化だ。なにが『包丁術』だ。

 どれだけ練習しても、モンスターを倒しても、大人数の前ではこのザマだ。

 逃げて助けを呼べと父さんは言った。それを達成できていない。母さんを頼むとも言われた。だけどそれも守れなかった。

 だがらせめて。


「があぁぁぁ!!」


「うおっ、ってえ。コイツ、噛みつきやがった!」


 ミサキは動かすことができる全部を使って反抗する。

 右手の包丁をデタラメに振り回した。


「斬る斬る斬る! 殺す殺す!」


「ちっ、黙らせろ」


「ミサキぃぃ!」


 思考すらおぼつかないミサキにサキィーラの叫び声だけが届き、強い衝撃が彼女の意識を奪い去った。



 ◇◇◇



「やるな」


「ふー、ふーっ」


 店の裏では戦闘が続いていた。


「噂では聞いたが驚くべき強さだ。『クラゼヴォ』を名乗るだけのことはある」


 ミュドラスは全力で戦い、さらに奥の手まで使った。身体強化はミサキほどではないが、素の動きと瞬間的に組み合わせることで変幻自在の剣戟を繰り出すことができる。


「だが殺せないようではな」


 家族を守るためならば、ミュドラスは平気で相手を殺すだろう。だが今相手をしているのは衛兵だ。殺すどころか怪我のひとつでさえ、後でどのような難癖をつけられるかもわからない。

 だからミュドラスはミサキとサキィーラが、もしかしたら助けを呼んでくれる可能性に期待して時間を稼ぐように戦っていた。


 ふとシラカシやフキナの顔が浮かんだ。彼女たちならもしかしたら。



「届いたようだな」


「なに、を」


「愛しき家族だ」


「っ!」


 食堂の向こう側から引きずられてきたのはサキィーラとミサキだった。意識を失い、生きているのかも疑わしいくらいの血を流している。

 ミュドラスの視界が赤く染まった。


「貴様ああぁぁぁぁ!」


「なに、生かしてある。教会に駆け込めば間に合うかもしれないな」


「あ、あぁ」


 ミュドラスが二人に駆け寄ろうとした。それは戦士らしからぬ、完全に隙だらけの行為だ。



 ザルシャーが背後からミュドラスの胸に剣を突き刺した。


「戦士とてこうなるか。私も気を付けねばな」


 動かなくなったミュドラスから剣を引き抜き、ザルシャーは次の命令を下す。


「女を殺せ。娘の方はそうだな、放っておけ。死ぬも良し、生きて絶望するもまた一興だ」


「はっ!」


 意識の無いサキィーラにもまた、胸に剣が突き立てられた。ミサキはその場に転がされたままだ。


「店に火を放て。撤収するぞ」


 与えられた『任務』を終えた第8分隊は、素早く去っていった。



 ◇◇◇



「あ、ああ?」


 火災の熱気を感じたせいか、単なる偶然か、ミサキは目を覚ました。


「あああああ!?」


 彼女の視界に入ったのは最初に血だまり、次に胸から血を流しピクリとも動かない両親の姿だった。これで『二度目』。


「あああ、ああ……」



 再びミサキは意識を失った。心のどこかでもう二度と戻れないだろうと、そう感じながら。


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