第16話 灰色の覚醒
「ん?」
アジトの2階にある私室でフキナは目を覚ました。
「なんだろ」
どこからか声が聞こえてくる気がする。肌がピリつく。どうにも心が落ち着かない。いやな予感がとまらないのだ。
そう感じたなら即行動するのがフキナだ。寝間着のまま部屋を駆け出し、屋上に向かった。
「きたか」
「シラカシさん」
屋上にいたのはシラカシだった。なぜか垂直になった木刀の上に立っている。どういうバランスだろう。
彼女は手をかざし、紅い目を細め周辺を探っていた。
「燃えている。場所は多分……、『ポローナ』の辺りだ」
「え?」
「行け、フキナっ。わたしは下から追いかける」
「わかりました!」
シラカシとフキナの速度を比べれば、後者に軍配が上がる。
フキナの持つチート、その名も『ソゥド
3階屋上から飛び降りたフキナは心と全身に力を込める。『ソゥド力』とは意思の力だ。信じるという想いが彼女に強大な筋力、瞬発力、反射神経、身体制御能力を与える。
そのままフキナは駆け出した。疾風のように路地を切り裂きながら走る。目的地はそう遠くない。
『ピコピコピー、ピコピコピー』
魔道具屋『ミゴン』に警報音が鳴り響く。マト特製の魔道具で、アジト内にだけ聞こえるように設定されている。鳴らしたのはもちろんシラカシだった。
『全員ヒトミの部屋だ!』
拡声されたシラカシの声が響く。
1階はマトとヤス、2階はフキナとシラカシ、そしてジョウカイが部屋を持っていた。すでに行動を開始したフキナ以外の全員が『地下』にあるヒトミの部屋を目指す。
「なんだよー」
「どうしたってんだぁ」
一緒に階段を降りてきたマトとヤスが状況説明を求める。
「『ポローナ』の辺りで火災だ。フキナはすでに向かっている」
「おう」
シラカシの簡単な説明にヤスが即反応した。
「行くのはオレッチとシラカシ、なによりジョウカイだな」
「ん……、できた」
ヤスが出撃メンバーを選抜した直後にはもう、ヒトミは仕事を終えていた。
彼女が造ったのは、部屋から『ポローナ』までを繋ぐ地下通路。
「それと『双方向テレポータートラップ』」
「やってくれるぜぇ」
ヒトミの的確な行動をヤスが賞賛する。
準備はできた。後は行くのみ。
「絶対に助けて」
「ああ、全力を尽くす」
いつになく感情のこもったヒトミの声にシラカシは答え、いつの間にか現れていた魔法陣に飛び込んだ。ジョウカイ、ヤスも続く。
「頼んだぜー!」
マトの声はすでに届かない。そんなことはわかっていても、それでも彼は言わずにいられなかった。
「ホントに頼んだぜ」
◇◇◇
「たくさん燃えてる。ちっ、『ポローナ』もかっ」
火災現場に辿り着いたフキナは真っ直ぐ『ポローナ』を目指した。辺りを逃げ回る人も建物も当然のように無視する。彼女は優先順位を間違えない。
「どこだ、どこだどこだ、ミサキ」
『ポローナ』はもう完全に炎に包まれていた。すでにフキナでは消すことができない。
それでも後から来るだろうジョウカイならなんとかする。ならばとフキナは裏手に回った。
「ミサキっ! ミュドラスさん、サキィーラさんっ!!」
そこでフキナの見たものは、血にまみれで倒れ伏す3人の姿だった。
フキナが駆け寄り3人の脈を取る。
「ミュドラスさん、サキィーラさん……」
ミサキの両親はすでにこと切れていた。
「ミサキは……、生きてる。まだ生きてる」
震える指をミサキの首に当てたフキナは確かに鼓動を感じ取った。ミサキは生きている!
だがそれは、彼女がまだ死んでいないだけを意味していた。今この瞬間にも彼女は確実に死に近づいている。
「早く、早く」
フキナが祈る。
「『エンチャント・マジック』『エンハンスド・ウィンド・アトモスフィア』」
燃え盛る『ポローナ』から男性の低い声が聞こえ、直後、炎の一部が消え去った。
「せいっ!」
次は女性による気合の一声だった。壁の一角がバラバラになって吹き飛ぶ。
「行け、ジョウカイ」
「お待たせしました」
シラカシの声に押し出されるように、壁の穴からジョウカイが登場した。
「遅いよジョウカイさん。ミサキは重体、ご両親は、もう」
「わかりました。『エクストラ・ヒール』」
フキナの声に冷静に返事をしたジョウカイは上位回復魔法を行使した。対象はミサキ。
みるみるうちに傷が塞がり、ミサキは静かな寝息を立て始めた。
だが、まだ終わりではない。むしろここからが本番だった。
ジョウカイは魔法を紡ぐ。
「『エンプロイ・チート』。……『リザレクション』」
魔術チートのさらに奥、ジョウカイ第2のチートともいえる究極の回復魔法。
死後10分以内かつ重大な欠損が無い場合のみ効果が発揮されるそれは、すなわち『復活』だった。
僧侶としてこの行いは是なのか非なのか。
◇◇◇
ミサキは白と黒がまだらな空間で思考していた。
表面上だけ白くて、黒い部分を家族に知られて気味悪がれていた前の世界。
新しい両親と祖父が可愛がってくれて、沢山の白に包まれたこちらの世界。時々溢れ出る黒色でさえ呑み込んでくれた人たち。
ミサキの心にあった蓋が開く。何度も抑え込んでいた黒が白を侵食していく。
やっぱりこうなったかと諦めた。前世と今世、どっちの世界でもいつかこうなるんじゃないかって生きてきたから。
強大な怒りと悲しみによって、抑え込んでいた無感動と冷徹さが混じり合った黒色が、明るさと楽しさと表現豊かな無邪気さを内包した白色に混じり合っていく。
まあいいやと思った。どっちの色も自分だし、案外黒も悪くない。
もし黒くなれたなら、両親の仇をとりやすくなる気もするし。
だが真っ黒にはならない。彼女の持つ白は染め切られるほど薄くはなかった。
もしかして白と黒のいいとこ取りが最高なのでは。けど中二くさいし中途半端になるかもしれない。
その間にも侵食と融合は進む。
ああもうなるようになれ。
そしてミサキは灰色になる。
◇◇◇
「えっと、ここは?」
ヒトミの部屋でミサキは目覚めた。
「わたしたちの住んでるとこよ」
「あ、フキナさん。フキナさんたちが助けてくれたんですか」
ベッドに寝かされたミサキは首を傾けて状況をゆっくり観察していく。
「シラカシさんも、それと、えっと?」
「ひとみ。ひらがなみっつで、ひとみ。呼ぶ時はひとみちゃん」
「そう、よろしくね、ひとみちゃん。泣きゲーかい!」
「ん……、通じた」
ネタをぶっこんだヒトミが薄っすらと笑った。それを見たシラカシとフキナが驚く。ヒトミのこれはかなり嬉しい時の表情だ。
「今のやり取りはわからんが、ミサキ、気分はどうだ?」
「体調なら大丈夫そうです、シラカシさん」
「そうか、それなら良かった」
ミサキは上半身を起こした。両手を何度も握って確認する。確かに身体に問題はなさそうだった。
さて、あれからどれくらい経っているのか。
「今は?」
「……『ポローナ』が燃えてから半日くらいね。昼過ぎだよ」
フキナが言葉を選ぶように返した。
「燃えた……、あの後火をつけたのか。半日なのに怪我が治ってる。回復魔法?」
「そうだね」
フキナの中で疑問が追加されていく。
なぜこの子は冗談が言えた? なぜここまで冷静でいられる? 両親のことに気付いていない?
さっき彼女は言った。体調は大丈夫だと。なら気分は?
「父さんと母さんは……、死んじゃいましたね」
ぽつりとミサキがこぼした。
「いや、ご両親は無事だ。ただ目を覚ますまで、もう少し時間が掛かるだろう」
「そうなんですか?」
シラカシはボカしながらもミュドラスとサキィーラの無事を伝えた。まだ『復活』の存在を教えるわけにはいかない。
フキナはフキナで警戒していた。ここまでの会話、表面上は普通に感じる。だがおかしい。ミサキはこんな雰囲気を持つ子だったか?
「でも良かった。父さんと母さんが無事で良かった」
そう言って薄く笑うミサキの頬を涙がつたう。
やっとシラカシも気付く。ミサキはこんな笑い方をする気性だったか?
「しばらくは休むといい」
シラカシが心を隠して穏やかな表情で言う。
「あの、父さんと母さんには会えますか?」
「それは……」
「ん」
言い淀むシラカシをよそに、ヒトミが指さした先には扉があった。
「ヒトミ」
「大丈夫」
シラカシが微妙な表情を浮かべるが、ヒトミは自信ありげだ。どこに根拠があるのだろう。
「ヒトミちゃん、行ってもいい?」
「ん」
一応確認をとってからミサキがベッドを降りた。柔らかな絨毯をはだしで歩いて扉を目指し、躊躇なく開けた。
「……うん、生きてる。生きてるよ」
そこは小さな部屋だった。天井からの薄い光が差し込む中、ベッドに横たわる二人は小さく胸を上下させていた。
「目覚めるまで、10日ほどかかると聞いている」
「……そうですか」
シラカシの説明を聞いて、ミサキは胸に手を当てた。それからぎゅっと握りしめる。
「だけど戻らないかあ。そうだよね、あんな思いをしちゃったら、仕方ないね」
「ミサキ?」
意味不明なことを言いだすミサキを見て、フキナが思わず声をかけた。
「ごめんなさい、フキナさん。心配させちゃいましたね」
「そんなことないけど、どうした、の?」
とっさに返すフキナだったが、ミサキの目を見て口ごもる。
灰色をした彼女の瞳がギラギラとした光を帯びていた。
「お話しできますか? 必要だったら他の方も一緒に」
◇◇◇
「あれ、お二人もだったんですね」
「憶えてたのかよ」
「お二人とも目立ち……、お客さんの顔を覚えるのも仕事です」
「おいおい」
ヤスは苦笑いをしている。
会場になったのはもちろんヒトミの部屋だ。ミサキを合せて7人が座っている。ジョウカイに正座仲間が一人加わった形だ。
「まずはお礼ですね。助けてくれてありがとうございました」
「好きでしたことだ。気にするな」
6人を代表してシラカシが言った。
「それと、この中にいらっしゃるかわからないけど、父さんと母さんを『生き返らせてくれて』ありがとうございます」
「……どうしてそう思った?」
もはやシラカシでは対応できない。ヤスが代わりに聞いた。
「目に焼き付いて離れないんですよ。胸の傷は致命傷でした。あれだけ血を流して生きていられるわけがない」
「それでもなんとか助かったってのじゃぁ、ダメかい?」
「ヤスさんでしたね、ありがとうございます。だけど自分の目で確認しちゃいましたから」
内心でヤスは舌打ちをする。
自分も重傷を負ってたというのに、それでもミサキは両親の状況を把握していた。目の前にいる少女は見た目通りじゃない。どれだけの人間が自分の両親の死を『確認』したなど言えるだろうか。
「それでですね、必要だったら殺してくれて構いません。できたら両親はこっそり逃がして、わたしは火事で死んだってことにしてもらえると助かります」
「……」
ヤスたちが困った顔になった。ヒトミはもちろんそんな顔をしないし、困ってもいない。
特にリーダーたるヤスは悩む。ミサキは『復活』の存在を確信している。だから知ってしまった自分を消せと、わざわざ自己申告してまで、彼らに誠実であろうとしているのだ。
あの弁当に絆されていた部分はあった。だが大半は勢いだったのだ。シラカシとフキナがガチだった上に、あのヒトミまでもが積極的に動いた。ならばとヤスとジョウカイまでもが……。
結果として『リザレクション』は行使された。どうするよ。
「確かにまぁ、あけっぴろげにはできないな」
「なら」
「必要ない」
ミサキの声を遮ったのはヒトミだった。
「ヒトミ? まさか料理」
「それもある」
ヒトミはヤスのセリフを最後まで言わせなかった。
こんなヒトミは初めて見る。ジョウカイは微笑み、ヤスは訝しげだが、それ以外は唖然とした表情だ。
「ミサキはボクの仲間」
なんとヒトミはボクっ娘だった。この際それはいい。
仲間? それはミサキが日本人だということか? だがそれなら『ボクの仲間』という表現は違うような気がする。
「それと多分日本人」
ヒトミの口から爆弾が飛び出した。確かに推測はしていたがここで言い切るのか。しかも、ついでのように。
「もしくはオタ外人」
なんだそれ。意味不明の絞り込みに周りはついていけない。
『ああ、そういうことか。なるほど『ひらがな』。ヒトミちゃんはそうなんだ。皆さんも日本人なんですか?』
気付いたミサキが日本語で質問する。
「泣きゲーは世界を越える」
ほんの少しのドヤ顔でヒトミがキメ台詞を放った。
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