第17話 にぎやかな食事
ミサキ日本人疑惑が確定に変わり、その場の空気がなんとなく弛緩したわけだが、逆に話題が増え過ぎた。自己紹介やら前世や今世の話、いや、ミサキの今後についてもある。どれから切り出したものかと各人はちょっと考え込んでいた。
「えーっと、あの、今って何時くらいですか?」
「え? んっと、16時だね」
誰ともなしににミサキが聞いた。フキナが答えたわけだが、懐から取り出したそれは盗品だ。仕事で奪った銀の懐中時計は、きっちり彼女が愛用していた。
「なら、いったん食事にしませんか」
つらっとした顔で提案したミサキに対し周りの面々はといえば、ギンと音がするくらいの目力で肯定を表明した。
「うむ、確かに空腹では判断力も損なわれよう。ミサキの行く末に関わる重要な会談だ。ここは一度落ち着くべきだろうな。そういった意味で食事は最善だろう。賛同するものは挙手を願えるだろうか」
必死に抑制された早口でシラカシが発言する。
直後にはヤスを除く全員が手を挙げていた。
「お前らなぁ」
そう言いながら遅れてヤスも手を挙げた。
◇◇◇
「金に糸目は付けん。一番良い肉を所望する。いや、一番から五番目までだ」
「あのさシラカシさん、大昔の成金みたいですよ」
「一向に構わん」
冒険者事務所の素材販売窓口に立ち向かうシラカシは、有体にいって面倒くさい客になっていた。フキナが諫めるも、効果は認められない。
今頃ジョウカイとマトは野菜や調味料などを買い漁っていることだろう。ヤスとヒトミにも任務が与えられた。
「時間がないのだ。急げ」
「お前なあ」
「ご託はいらん。そちらも仕事だろう。ならば責務を果たせ」
窓口で文句を垂れようとした担当者に、シラカシの鋭い視線が向けられた。紅い瞳は今や真っ赤に燃えている。ビームが発射される直前の様相だ。
5分後、窓口に大銀貨を置いたシラカシはフキナを伴い颯爽と事務所を出た。
闘気をまき散らすシラカシと、担当者を宥めすかすフキナという地獄絵図が展開されていたわけだが、シラカシ的にはやむを得ないコトだったらしい。
あまり目立つと仕事がやりにくくなるなあ、というフキナの思いはスルーされた。
「シラカシさんも気付いていますよね」
「まあ、そうだな」
事務所からの帰り道、大きな荷物を抱えた二人が会話をしていた。
浮きたってはいるものの、さすがにここでボケるシラカシでもない。フキナの言いたいことは理解していた。
もちろん話題はミサキのことだ。
「一時的なものではないか?」
「そうかもしれませんけど、ご両親が生きてるってわかってからもあんまり変わらないんですよ、あの子」
「落ち着きが増したという気がする。だが明るさは以前のままだ。確かに不自然ではあるな」
むにゃむにゃといった風にシラカシが私見を述べる。人の機微にかかわるような話は、あまり得意でないのだ。通じる言い方だったか自信がない。
「そうなんですよ」
フキナが同意してくれて、シラカシはちょっとだけホッとした。
「ポローナで会ったミサキはもっと軽いというか、どこにでもいる街娘って思ったんですよ」
「目覚めた時に取り乱して当然、か」
「そうです。なら今のミサキは」
「ここまでにしておこう。推測ばかりで疑念を持っては食事が不味くなる」
「あははっ、そうですね」
帰るべきアジトはもう目の前だった。
◇◇◇
「ヒトミちゃんもヤスさんもすみません」
「いい、それよりご飯」
「その前に洗わないとね」
「ん」
「お前ら仲いいなぁ」
ヒトミの部屋に隣接した厨房で3人がやっているのは調理器具と食器洗いだ。
なぜそんなことをしているかといえば、ここにある食器やら器具は全部『ポローナ』からの持ち込みなのだ。焼け跡から持ち出されたので、土や煤で薄汚れてしまっていた。
『ミゴン』本来の厨房は1階にあるわけだが、誰も使っていないせいで埃だらけだ。こちらにしても綺麗ではあったが『ガワ』しかなかった。
「いやあ、それにしても助かりました」
「ん」
「いいってコトよ」
ヤスが姿を消したと思えばヒトミがポコポコと鍋やら包丁を取り出したはついさっきのことだ。
ミサキは驚くよりチートすげーという感想を持つ。同時に感謝もした。料理のついでかもしれないが、それでもこの人たちは自分を気遣ってくれている。
「美味い料理を頼むぜぇ」
謎のおっさんツンデレにはいはいと思いながらも、ミサキは洗い物を続けた。ここまでしてくれたのだ。これはもう料理で応えるしかない。
「おーい、買ってきたぜー」
「お待たせしました」
マトとジョウカイが戻ってきたのは丁度3人の洗い物が終わった頃だった。それぞれ木箱を抱えている。ジョウカイに至っては両脇で2個だ。
この二人、店を巡っては『端から端まで一通り全部』という伝説のお買い物をやってのけたのだ。シラカシもシラカシなら彼らも彼らだった。
バリバリに目立っていたが、今後の『お仕事』に出る影響はまったく考慮されていない。いいのだろうか。
「あー重かった。ジョウカイ、魔道具持ってこよーぜ」
「ええ、わかっていますよ」
言い残して金髪ショタと禿頭巨漢は厨房を出て行った。
「魔道具?」
「あぁ、色々揃えてんだよ」
「そうなんですか」
ヤスはそう言うが、具体的にどんなものかは見ればわかるといった風だ。
今一つよくわかっていないミサキは曖昧な返事を返して、木箱を漁ることにした。
「戻ったぞ」
「お待たせ」
今度はシラカシとフキナのご帰還だった。
彼女たちが大きな革袋を降ろす。ドスドスと音がするが、どれくらい買ってきたのだろう。大量であることは間違いなかった。
「あのそれ、全部お肉ですか」
「無論だ」
シラカシが胸を張る。
「牛、豚、鳥、羊、カエル。一通りは揃えてある」
「そ、そうですか」
ミサキは一度に食べきれるわけがないだろうとツッコミそうになったが、なんとか自制した。
彼女は悩む。せっかく買ってきてもらった肉だ。腐らせるわけにもいかないし、ここは魔法の出番だろうか。あと、カエルをどうしようとも。
「ほーらほら、どいたどいたー」
再び元気よく厨房に突撃してきたのはマトとジョウカイだ。なにやら大きな箱を抱えている。
「ん、それはそこ」
ヒトミが指をさしながらテキパキと指示をだす。箱形の物体が置かれ、厨房はみるみると姿を整えていった。
「あの、これってまさか」
「すげーだろー。『魔力冷蔵庫』だぜ」
厨房の片隅に置かれたひと際巨大な物体を見てミサキは唖然としていた。そんな彼女を見たマトが誇らしげに言う。
確かにそれは冷蔵庫だった。ミサキの知る家庭用冷蔵庫より二回りは大きい。両開きのツードアで、上には冷凍庫、下には野菜室らしきドアまでついている。ご丁寧にも白く塗られたソレは艶やかに光り輝いていた。残念ながら電源ケーブルは付属していない。魔力動作なので当然だ。
「へぇー、初めて見るけどお貴族様はこんなの使ってるんだ。って、あるかいっ!」
ミサキ本日二度目のツッコミであった。
「すげーだろ、俺が作ったんだぜ」
「作った?」
ミサキはそっと辺りを見渡す。ジョウカイとシラカシ、ヒトミは普段のままで、残り二人はあちゃーって顔をしていた。
「あ、えーっとですね、わたしは死んでも構いませんから両親だけはお助けを」
「それはもういいって。そうだぜ、マトは優秀な魔道具職人だ」
「そうですか。墓の下まで持ってきますね」
「そうしてくれや」
ミサキとヤスは微妙に通じ合う会話をしていた。
「こっちもみてくれよ、ミサキー。ほらほら『魔力オーブン』だぜ。そして本命はなんてったってこの『魔力コンロ』だ!」
「へえ、すごいんだねえ」
ミサキの声が微妙に平たいが、マトは自慢げに紹介を続けた。なんといっても厨房魔道具シリーズはここの住人にウケなかったのだ。風呂とかクーラーは大喜びされたのに。
「もうこれは立派なキッチンだね、うん」
「だろー!」
マトの中でミサキへの好感度が急上昇していた。
それを見るフキナは微笑ましく思いながらも、マトから自分たちの秘密情報がダダ漏れになる可能性にちょっとビビる。今のミサキなら会話にトラップを挟むくらいはやりかねない。
各人の思惑が交差するカオスな空間が形成されていた。
◇◇◇
「もうどうでもいいわあ」
ミサキの手料理を食べ終わった後のフキナの感想だ。もうこっちの手札全部と引き換えに、毎日料理してくれないかなあとまで思ってしまう。
ヤスも正直似たようなものだった。
前回の弁当と同じくマト、ジョウカイ、シラカシは涙を隠していない。ヒトミは非常に良い笑顔だった。今まで見たことのないヒトミの雰囲気にフキナはちょっと嫉妬を覚えた。
「ごちそうさまでした。大変美味しくいただきました」
「お粗末様です」
手のひらを合せて礼をするジョウカイに、ミサキは嬉しそうに返事をした。
「うん、うまかったぜ!」
「見事という他あるまい」
マトとシラカシも賞賛の言葉を忘れない。
彼らが食したのは『しょうが焼き定食』であった。
「絶妙な厚みをもった肉の巧妙な焼き加減、それに絡められた豪放にして繊細なタレ、適切で均等に千切りされたキャベツもまた見事な食感であった」
食後のまったりした空間でシラカシの感想戦が行われていたが、ミサキ以外は多分誰も聞いていない。当のミサキも右から左に聞き流していた。
場所は変わらずヒトミの部屋だ。どこから持ち込んだのか、ど真ん中に大きなちゃぶ台が置かれている。食事ももちろんこの上でだった。各人が正座やらあぐらやら、それぞれくつろいでいる。
食事もそうだが、食後もこうでなくてはならない。まこと和の心であった。
「ん」
そんなミサキの前にトコトコと近寄ってきたヒトミが、懐からあるものを取り出し手渡した。
これにはシラカシも語りを止める。微妙な緊迫感が場を支配した。
「これは……、『クランブル』」
それはミサキが祖父より贈られた包丁だった。そういえば賊に襲われてからどこにいったか、彼女も忘れていた。
「とっておいた」
「そう、ありがとう。で? 合格ってことでいいのかな?」
「ん」
ミサキとヒトミがニヤリと笑いあう。
賊を思い出して暗くなることもできるが、ここはそうじゃない。貴様っ、このわたしを試していたのかムーブの場面だ。お互いにそれを理解できる波長だからこそのワンシーン。
こやつデキるとミサキは確信する。それはヒトミもまた同様だった。
◇◇◇
「うまいメシをありがとなぁ、ミサキ嬢ちゃん」
それから少し時間が過ぎて、ヤスがまとめに入った。すっかり忘れていたがミサキの今後に繋がる話だ。
「いえ、こちらこそ色々助けてもらいまして。これくらいじゃお返しにもなりません」
「それはまぁ、こっちが勝手にやったことだ。ちょっとだけ気にかけといてくれりゃ、それでいいさ」
事も無げにヤスが言い、周りもそれに被せてこない。ミサキは彼らが本気でそう思っていると判断し、そして危うさを感じた。
彼らのしてくれたことがどれだけ凄いことか。教会を頼ればどれだけボられるか、ミサキには想像もできない。
同郷と発覚したのはついさっきだ。ちょっとした知り合いでしかないミサキたちに、ここまでしてくれた理由が見つからない。もしかして自分たちの力に無頓着なのだろうか。
ヤスたちからしてみれば、ほぼ確定で日本人のミサキを助けるのは当然だった。ましてやあの弁当を食べた後だ。ヒトミを筆頭にミサキを守ると決意を固めていたところにあの出来事。たとえ能力を使ってでも助けるのは当たり前だった。
出会って間もない両者の行き違い。よくある話ではある。
「で、ミサキ嬢ちゃんはどうする? 当面はココにいてくれても構わんぜ」
だからメシを作ってくれという続きは言わない。
周りから、特にシラカシ辺りから強烈な圧を感じるが、ヤスとしてはそこまで厚かましくなれなかった。相手に借りを作りたくない彼の習性がそうさせていたのかもしれない。
「そうですね、とりあえず殺します」
ちょっと風呂入ってくるわ、くらいのノリでミサキが言った。
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