第18話 日本人だから





「……嬢ちゃん。人を殺したことは?」


 たっぷり10秒くらい経ってから、やっとの感じでヤスが口を開いた。


「ありません」


 ミサキとしては正直に答えただけだが、対面している6人は全員が大量殺人犯だ。

 ついでにいえば、悪さをした人間を返り討ちにしたところでなにも問題にならないのが王都だった。平民街の下流やスラムでは日常に殺人が同居している。

 たとえミサキが殺しをしたことがあると言っても、多分誰も驚かなかっただろう。ここはそういう世界なのだ。そんな王都でミサキは手を血に染めずに生きてきた。


「よく聞いてくれ。確かに嬢ちゃんたち親子は賊に襲われて、『ポローナ』も燃やされた。だけど命は残ってる。それと」


 ヒトミが懐から小さな革袋を取り出して、ミサキに手渡した。

 中を覗けば、結構な数の銀貨が入っている。なるほど、そういうことか。


「店のお金まで回収してくれたんですね。ヤスさん、ヒトミちゃん、本当にありがとうございます」


 ミサキは素直に頭を下げた。


「なぁに、火事場泥棒が腐ってる頃だろうさ」


 手をひらひらさせてヤスが軽く言うが、これは彼なりの賭けでもあった。


「じゃあ賊の狙いは、わたしたちの命だったってことですね」


「気付いちまうか。なぁ、その金持ってよ、親父さんの故郷で暮らすってぇのはどうだい?」


「ポローナ村でなにかに怯えながら、ですか」


 この世界の情報伝達速度は遅い。だがそれでもいつか、もしかしたらはある。



「ヤス、わたしからもいいだろうか」


「……まあいつかは知ることだなぁ」


 会話にシラカシが割り込み、ヤスはため息を吐いた。だが次の情報もミサキは知っておくべきだ。


「今日の午前中、警備部から正式に発表があった」


 これもミサキにとっては爆弾になるだろう。それでもシラカシは説明を続ける。


「昨夜マルトック商会に賊が入った。駆けつけた衛兵が店についた時には賊はすでに姿をくらまし、金品は奪われ、その場にいた全員が殺害されていたらしい」


「そう、ですか……」


 ミサキの叔父、マルトック商会の現会長マーカストはサキィーラとミュドラスの結婚に大反対をした。冒険者ごときと結婚などと。だが結局認めた。

 二人が『ポローナ』を開店したいと相談したときも反対した。冒険者上がりの料理屋などと。だが結局それも認めて、ミサキの祖父クランブルから開店資金を引っ張った。

 ミサキを育てると聞いた時も反対した。異国人を養子などと。だが3日くらいで認めてしまった。ついでに誕生日のたびに贈り物が届くようになった。


 そういう人物だ。そんな叔父が賊に殺された。


「そちらも殺したいですね」


 心の中で炭火が燃えるような、そんな熱を感じながらもミサキは冷静だった。


「続きがある」


「聞かせてください」


「現場を調査した衛兵が大量の贋金とそれを流通させた証拠書類、さらに地下で贋金作りの設備まで発見した」


 白々しいなとミサキは思う。


「巷に流れた贋金の噂は真実であり、企んだ商会はおそらく雇っていた賊と仲間割れのうえ殺された。逃走した賊は目下捜索中。それが発表だ」


「付け加えるなら、同じ夜にもう一軒、雑貨屋が燃やされた、くらいか」


 ヤスが補足して、シラカシの報告は終わった。


「なるほど」


 ミサキの短い言葉には理解の色があった。



「一晩で3件の強盗ですか。王都じゃ珍しいわけでもないですね」


 どこまでも冷静に言葉を紡ぐミサキだが、それを見ている周りの心中は穏やかではない。


「他はわかりませんが、ウチを襲ったのは冒険者や傭兵じゃないと思います」


「何故そう思う?」


「多人数で少数を相手にするのに慣れていました。わたしや母さんの足を止めたやり口なんかは特に。それにただの賊程度、父さんが負けるわけがない。斬れない理由があったんです」


 ヤスの問いにミサキが淡々と答える。


「先に父さんを誘って、それから時間差でわたしたちを包囲した。ご丁寧に防音の魔道具まで使って。証拠はないけど、こんなの自白してるようなもんですよね」


 官憲の仕業だと断定するミサキに周囲は黙ってしまう。

 命の危機にも関わらずそこまで見えていたかと、結果として両親が生きていたとはいえ、そこまで考えられるのかと、感心する者、呆れる者、そして危うさを感じる者。特にフキナの危機感は大きい。


「身に覚えはあるのか?」


「わかりません。だけど母さんはマルトック商会の血筋です。ありえるならそっちかもしれませんね」


「口封じか、怨恨か」


「どうでもいいですよ、そんなの」


 微妙に話を逸らそうとしたヤスだったが、ミサキはその流れをぶった切った。どんな理由があったところでやることには変わらない。もしミュドラスに非がある恨みだったとしてもミサキはやるだろう。それくらいの覚悟だった。


「叔父さんは冤罪で殺された。父さんと母さんも一回殺された。それをやったのは偉い人」


 詩をそらんじるようにミサキは言葉を紡ぐ。


「平民娘を舐めるなって話です」


「どうしてもかい? 嬢ちゃんだって元日本人だろ、それでもヤるってのかい?」


 ヤスの言葉はほとんど最終確認だった。さてここからどうしたものかと、彼は悩んでしまう。

 昨夜の内に情報を集めたヤスは、今回の一件についてとある結論に達していた。



「なーちょっとまってくれよ。二つが火事で二つが血縁だろ?」


 あまりに空気を読まないマトの発言だった。口を開こうとしていたミサキがそこで留まる。

 その隙をついてマトは言葉を続ける。逆なのだ。彼には彼の意思があるからこそ、あえてここで長口上を打つ。


「マルトック商会は贋金事件の生贄だよな」


 マトの中でもマルトック商会は冤罪を被せられたで確定していた。ゆえに確認するような言い方だ。


「じゃあおんなじ日に燃やされた『ポローナ』ともう一軒はなんなんだろーな。ミサキの話じゃ『ポローナ』を襲ったのは衛兵なんだろ?」


「全部が同じ人間の指示だと?」


 シラカシはまだマトの出した答えに至っていない。当然彼の思惑にも気付いていない。


「マルトック商会に罪を被せるにしたって、同じ日にわざわざやるか? 都合でもあったのかねー」


 シラカシの疑問にマトが続けた。

 マトの考察、そして狙いに気付いたフキナは渋い顔だ。ミサキは推移を見守っている。


 マルトック商会の顛末を仕込みだと考えれば、深夜に衛兵が査察に入ったタイミングが出来すぎなのも理解できる。物別れになったという賊も商会が雇っていたなどおかしな話だ。雇う必要がない賊が登場するのも黒幕の存在を匂わせる。

 そしてミサキの見立てが本当なら、同じ時間帯にわざわざ別の衛兵が『ポローナ』を襲ったことになる。もしかしたらもう1件の火事でさえ。


「都合ですか。どういう都合でしょうね」


 今度はジョウカイだった。普段通りに見えるがその笑みはいつもより深く、目は細められている。


 そしてミサキが気付く。そういうことかと。



「ダメですよ。『ポローナ』の件はわたしがやります。譲れません」


「……嬢ちゃんときたら全くもって」


「ヒント出し過ぎです」


 ミサキの宣言にヤスはため息を吐いた。


 以前までのミサキならいざ知らず、今の彼女は灰色の精神を持っている。絶対に殺すという激情と、そのために必要な冷静さが同居したからこそ、結論に辿り着いた。

 答えは見えた。だからこそ譲れない。


「たとえ1年でも10年かかっても、わたしが殺します。どんな手段を使ってでも」


 殺せる殺せないではない。確実に殺す。ミサキにはそれを為す決意があるのだ。

 誰にも譲ってたまるか。


 たとえ目の前の人たちであろうとも。


「その前に親御さんが起きちまうだろうなぁ」


「あ」


 だからといって万能ではなかった。人間だもの。



「なあ、先ほどから何を言っているんだ?」


「もうちょっとでわかりますよ。もうちょっとですから」


「そ、そうなのか」


 ピュアなシラカシだった。そんな彼女をフキナは少し羨ましく思う。回りくどい会話は、なんかもう疲れたよ。


「シラカシがご所望だ。マトぉ、答えを言ってやれ」


 ヤスがマトを促した。顔にはもうめんどくせぇと書いてある。


「あー、半分だけにしとくよ。これは罠ってゆーか、多分『挑戦状』だなーって思う」


「勿体ぶってもほとんど答えじゃねぇか。ほれミサキ嬢ちゃん、マトがご指名だぜ」


 ラストパスが送られた。


「皆さんが『影隠し』だったんですね!」


「ここらで一服、茶でも飲まねぇか? あと、タバコ休憩させてくれや」


 ミサキドヤ顔の結論は、やさぐれた感じのヤスに流された。



 ◇◇◇



「どうするんです?」


「嬢ちゃん次第だなぁ」


 屋上で煙を立ち昇らせながらフミナとヤスが会話をしていた。

 休憩とは言ったが、実際は最終打ち合わせだ。ここにいる二人は一応、メンバーの頭脳担当だから仕方ない。


「あのですねヤスさん、わたしの知ってるミサキってああじゃなかったんですよ」


「……見ちまったのかなぁ」


「そうかもしれませんし、正体を隠していただけかもしれません」


 お調子者で天真爛漫の看板娘。それがフキナの知るミサキのイメージだった。

 そんなミサキが両親の死を見たとしたら。今のミサキはそれが原因だとしたら。


「前にみんなで話したことありましたよね、わたしたち全員の共通点」


「転生者は全員、どっか『壊れてる』、か」


「もうそれでいいかなあって、わたしは思ってます」


 ミサキが壊れていようとなんだろうと、彼女はもう答えを知ってしまったし、決意もしてしまっているとフキナは感じた。ならばそこからはミサキの道だ。

 フキナは自分の意思で芳蕗フサフキ門下になったし、こっちでは沢山殺した。ミサキもそうすればいい。


「わたしはあの子を助けてあげたい」


「殺しの手伝いでもか」


 面倒くさいおじさんだなと思いつつ、フキナはトドメを刺しにいく。


「それにほら、ミサキってリーダー向きだと思いません? 結構明るくてマトもヒトミも慕ってるみたいだし、多分ジョウカイさんも認めてる。シラカシさんは言わずもが。それでいて冷静な判断と洞察。本当に殺しをためらわないなら、採用しちゃっても」


「……ミサキ嬢ちゃんには借りがある。助けてやらねぇとな」


「その心は?」


「一宿一飯って言うだろ? オレたちゃあの子の弁当食っちまった」


「あはは、そうでしたね」


 結局は彼らも壊れているのだ。



 ◇◇◇



「せっかくのキメどころだったんですよ。『真実はいつもそこにある』みたいな」


「おおう」


 湯呑を持ったヒトミが目を輝かせる。


 大きなちゃぶ台を囲んだ皆が、それぞれ茶をすすっていた。

 達筆で『悪滅』と文字が書かれた湯呑はジョウカイ作だ。火炎魔法の練習で大量に在庫が眠っている。



「戻ったぜぇ」


「お待たせ」


 そこにヤスとフキナが戻ってきた。

 すかさずミサキがお茶を注ぐ。使うのはジョウカイ、マト共同制作の『魔力急須きゅうす』だ。保温とデザインに優れた一品である。『一撃必殺』と書かれているがミサキは見なかったことにした。


「それで……、どのあたりでわかった?」


 ずずっと茶をすすり、ヤスが聞く。もう正体を隠す気はないという意思表示だ。

 ついでにミサキの『性能』を確認しておきたいというのもある。


「えっと、わたしのことは殺しても構いませんから、両親だけは」


「それはもういいって」


 ヤスがため息を吐いた。フキナは中々の天丼だと、ミサキの図太さに感心する。


「そうですね、決定的だったのはやっぱり、皆さんが日本人だったってとこでしょうか」


「ほう?」


 隠した強さとか状況ではなく日本人ときたか。ヤスは続きに期待する。


「平民街の人たちの涙を背負い、王都にはびこる悪を消す。いかにもじゃないですか」


「なにがだよ」


「もしかして、被害者とかその関係者から依頼料もらったりしてません?」


 話を聞いていたヒトミがニヤリと笑った。やっぱりミサキはわかってる。


「『仕事』のお代はいくらでしょう」



「時価だよ、ちくしょう」


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