第19話 夜に歩きし者たち





「くっ、隙が見当たらない」


「いや、結構隙だらけにしているのだが」


「……言ってみたかっただけです」


 転生者たちが王都で噂の『影隠し』だと判明した翌日早朝、ミサキはシラカシと対峙していた。


 徹夜で語り合いたいと迫るヒトミをフキナやヤスが諫めて、『ミゴン』の2階に一室を借りたミサキだったが、朝早くからシラカシの部屋に突撃したのだ。

 シラカシは武士的でミサキは料理人として朝方タイプだった。フキナはまだ寝ている。曰く寝るのもまた強くなるための手段とのこと。実に芳蕗フサフキ的だ。


「まあいい。こい」


「はいっ!」


 だらりと木刀『朱殷しゅあん』をぶら下げてたシラカシに向かって、刃引き包丁を手にしたミサキが襲い掛かる。実に物騒な字面であるが、ミサキは真面目に全力だった。


「温いな」


「そういう強者っぽいセリフ、最高ですよシラカシさん!」


「む? そうなのか」


 今一つミサキのノリについていけないシラカシだが、どうやら褒められてると思えば悪い気もしない。ミサキとしても別におだてているわけでもないので、両者とも損はなかった。


「おうるぅあぁ!」


「せいっ」


 全力で身体強化と包丁チートで飛び込むミサキだが、シラカシは最小限の動きでそれを捌いていく。しかもチートは使っていない。二人の実力差は明らかだった。



「ぶはー、疲れたぁ」


「ミサキも中々ではないか。料理屋の娘とは思えん」


「時々猪狩りやってましたから」


「なるほど、ジビエというやつか」


 どうしても食にシフトしがちなシラカシと、武に燃えるミサキ。お互いをリスペクトする、中々良いコンビだった。



 ◇◇◇



「ごちそうさまでした」


 ジョウカイが微笑みを浮かべながら手を合わせた。他のメンバーもそれぞれ後に続く。


 普段はバラバラで適当に買い食いをしているメンバーだが、昨夜の内に朝食を予告されていたこともあって全員集合だった。

 和と洋どっちとミサキに聞かれた全員が、和を選択したのは言うまでもない。


「ごはんとみそ汁、干し魚に卵焼き、ほうれん草のおひたし。実に見事な朝食だった。感謝するぞ、ミサキ」


「いえいえ」


 食事となると饒舌なシラカシがメニューを解説してくれた。早朝稽古に続いてミサキの中でシラカシの株が上がっている。

 そんな二人の様子を見て、ヒトミとフキナがそれぞれ微妙に嫉妬する。亭主関白とその妻かと。


「夕方の稽古はわたしが相手するよ」


「ミサキ、夜、お話ね」


 かくもミサキは大人気であった。



「そいで、一晩考えてどうなんだ?」


 苦笑を浮かべつつヤスが確認するのは、もちろん今後の話だ。さすがにミサキも表情を引き締める。


「変わりません。わたしは奴らを殺します」


かたくなだなぁ」


 ミサキは殺したいでもなければ殺してくださいとも言わなかった。あくまでも自分の手で成し遂げるという姿勢を隠さない。


「で、どこまでだ?」


「最低でもウチを襲った全員。できれば命令を出した上もです」


 警備室の副長、すなわち貴族殺しすらいとわないとミサキは断言する。覚悟の決まった目がギラギラと光を放っていた。


「どうやってだ? それが決まらなきゃ意味ねぇぜ」


「はい……」


 意志だけで物事は動かないと、当たり前なコトをヤスが言う。

 ならば詰所に押し入る? だけど誰が犯人かもわからない。衛兵とて色々だ。真っ当なのもいれば、今回の犯人のようなロクデモナシまで色とりどり。無差別に殺しまくるわけにもいかない。ミサキはテロリストではないのだ。

 まずは情報だ。今回の事件に関わった者たちのリストが要る。


 そのためには目の前にいる6人と協力体制を取るのが一番だ。

 復讐のためには手段など選ばない。ミサキの心はとっくに決まっていた。



「俺さー、ミサキの気持ちわかるんだよな」


 口を開こうとしたミサキだったが、そこに割り込んだのはマトだ。

 今世を貴族に汚された彼は、元々ミサキに同情的だった。昨日は情報をリークしたし、今回は真っ先に味方する。


「ゲス貴族の勝手でクズ親を殺されてスラムに放り出された、ってだけならミサキとはけっこー違うけどよ」


 知ったような口をきくなとは誰も言わない。皆マトの苦痛を知っている。

 事情を知らないミサキだったが、マトの真剣な目を目の当たりにすれば黙って続きを聞くしかなかった。


「そういうコトじゃねーんだよ。滅茶苦茶悔しかったんだ。腹が立つのに、自分なら殺せるかもしれないのに、相手がどこのどいつかもわかんねーんだ」


 マトはゲス貴族の顔を未だに忘れられない。

 だがあの時の彼では相手が何者で、どこにいるのか知るすべがなかった。殺傷性の高い魔道具だって作れたかもしれないが、振るう相手が見えなかった。

 だからスラムで大の字になって絶望していた。


 そんなマトを救ってくれた者たちがいた。


「俺はミサキに協力するぞ。みんながなんと言おうと、俺はやるぞ!」


「……マト君、ありがと。わたしも皆さんに頼りたいです。お願いしますっ!」


 思わぬマトの援護にミサキが目を潤ませて願う。


「あいつらは普通に生きていたわたしたちを、自分たちの勝手な都合で踏みにじった」



「マトが勝手なこと言ってるけど、仕事する時に決めてる条件があるの」


 否定じみた物言いだがフキナの瞳は優しかった。困った弟と妹を見るような、そんな目だ。


「ひとつは当たり前だけど、目の前に被害者がいること。貴賤は問わない。だけどわたしたちはその人の心を知りたい」


 雨の降るスラムで死んだような目をして倒れていた少年。

 熱に苦しみながら、うわ言で両親の名を呼ぶ少女。

 恨みのこもった沢山の声。


 そして目の前にいる少女の苦しみと覚悟。



「もうひとつは全員の賛同です」


 そう言うジョウカイはすでに手を挙げていた。

 シラカシとヒトミが続く。少し遅れてフキナとヤスも。最後になったのは、いいところを持っていかれたマトだった。


「最後は当然コレだ」


 親指と人差し指で輪を作ったヤスが笑った。



 直後、ジャラジャラとした音がちゃぶ台に響いた。


「全部持っていってくれて構いません。足りなければなんとしてでも都合します」


 そう言ったミサキの目はキマっていた。


「ただし条件があります」


「ほう?」


 それを聞いたシラカシが楽しそうに口端を吊り上げる。


「わたしを参加させること。最低でも『ポローナ』を襲った実行犯は絶対です」


「我々の仲間になるということか?」


「それはわかりません」


 ちょっと期待していたシラカシの眉が下がる。

 そんな顔をされてもミサキの両親は健在だ。復讐こそ必ずやり遂げるが、その後はわからない。


「でもたまになら、ご飯くらい作りに来ますよ」


 だけどそれくらいなら。


「のった!」


 シラカシが叫び、銀貨を一枚抜き取り懐に納めた。

 それに習い、皆が一枚ずつ銀貨を手にしていく。

 フキナなんかは指で弾いて宙に浮かせてからパシリと握りしめた。微妙に訓練された所作に見えるのは気のせいではないだろう。

 もはやその辺りは美学だろう。ミサキにもよくわかる。思わずうんうんと頷いてしまいそうなくらいの定番だ。



「どうした? ヒトミ」


 シラカシが怪訝そうに言った。

 相手は最後の一人。ヒトミはまだ手を伸ばしていなかった。その目はミサキに向けられている。


「ボクからも条件がある」


 ゴクリと喉を鳴らしたのは誰だろう。ヒトミが条件を言いだすなどとは考えてもいなかった。


「『影隠し』『バブリースライム』『バブリースライム・カッコカリ』」


 並べられた単語は彼らの俗称だった。ただし自称したことはない。

 最後のはなんなんだろうとミサキが首を傾げる。


「どれも味気ない」


 味気とはなんぞやだが、ヒトミは真剣だ。


 実はこの件、ヒトミの中では深刻な問題になっていた。正確にはフキナも勝手にヒトミから命名仲間にされているので二人の悩みだ。

 こういうのに向いていると自任するヒトミとフキナが色々考えたのだが、どうもしっくりくるのが浮かばなかった。出てきたのは著作権的にマズいのとか、前と後ろに『十字架』が付きそうなのばかり。特に後者はフキナ案だった。


 かといって他の連中は頼りにならない。ヤスに任せればアバウトなものになってしまうだろう。マトはめんどくさいで逃げるだろうし、シラカシは料理名を持ち出しそうだ。ジョウカイなんかは仏教用語を提案するに決まっているが、そっち方面を敵に回しそうなので却下だ。


 この場合における命名とは、魂が込められていて、それでいて格好良くなければ話にならないとヒトミは決断していた。ならば新しい風を呼び込むべし。



「だからミサキ」


「外様のわたしが?」


「これは試し」


 試練と言わないあたりがヒトミのこだわりだった。


 ガチモードのヒトミを感じ取ったミサキは、あ、これ本気だと察する。こういうのがわかってしまうのがミサキなのだ。

 それにしても試しの儀は2回目だ。中々ヒトミは厳しいらしい。


 ぶっちゃけ『影隠し』でもいいんじゃないかなあ、と思うもそれは許されない。ヒトミはそれ以上をお望みだ。

 必要条件は彼らにマッチするように、格好良いけど影があること。そこそこ自虐的だといい感じかもしれない。まかり間違って世間に広まってしまうことも考慮せねば。

 漢字で書いてルビがカタカナも悪くないが、どうせ読みの方ばかりが流布されるだろう。意味合いは薄い。

 むむむとミサキの持つ灰色の脳みそが大回転する。


「そういえば『バブリースライム』って?」


 平民街では聞かなかった『バブリースライム』という名前。死肉漁りの意味合いだろうとミサキはあたりをつける。蔑称だろうか。


「上がつけたみたいだね」


 フキナの言葉に気付く。ああ、官憲側のコードネームだったか。なるほど嫌味な名前を付けるはずだ。


「蔑称、蔑称かあ。あ、降りてきた」


「ほう」


 言ったのはシラカシではない。わざとらしく腕を組んだヒトミがミサキを見ていた。どれ、ボクが採点してやろうと目が語っている。



「『ナイトストーカー』」


「……その心は」


 ヒトミが返す。響きだけではダメなのだ。そこに込められた意味こそが重要であり必要だから。

 周りは遠巻きに様子見している。一部が引き気味なのはご愛敬だ。


「貴族やらが蔑称で呼ぶならそれでいいじゃないですか」


「ん」


 ミサキの暴言気味のセリフに対し、ヒトミは先を続けろと返す。


「そもそもみなさんのお仕事は、悪い人たちに忌み嫌われて当たり前。だったらもっともっと嫌われていいんです」


 ミサキの舌が回り始める。元々こういうのは大好きなのだ。饒舌にもなろう。


「もっと巨大に、もっと忌まわしく、もっと沢山、もっと恐怖を王都の夜に」


 両手を振り上げるミサキを見てフキナとヤスは確信する。やはりコイツは逸材だ。


「迷宮浅層をはいずるモンスター。実に結構」


 シラカシとマトが熱気に当てられ、のめり込み始めた。ジョウカイの笑みが深くなる。


「しかしてその実態は、本性こそそのままに、深く深く迷宮下層を彷徨うナニカ。地上からも空からも見通すことができない、夜を歩く者。正体不詳の闇の化け物。それがあなたたちだ」


 まくし立てたミサキが息継ぎをする。それを見守る6人が、最後の言葉を待っていた。



「その名は『ナイトストーカーズ』。夜に歩きし者たち」


「……見事」



 ヒトミは合格判定を下し、指先で一枚の銀貨を抜き取った。


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