第20話 案内状は送られる





「ヒトミがいいなら、いいんじゃね」


 ヤスがあっさりと認める。


 ヒトミは最年長にして見た目最年少、そして最強のチート持ちだ。メンバーの中でもとりわけ過酷な異世界生活を経験してきた彼女は、皆に労われ敬愛されている。

 格好つけて二本指、しかも人差し指と中指で銀貨をつまむヒトミを見て、ミサキまでもが和んでしまった。恐るべきはその吸引力を持つあざとさだ。


 周りもいい感じで納得していた。ミサキの熱弁とヒトミの許可が彼らを説得してみせたのだ。



「んじゃ、名前も決まってめでたしめでたし。ついでにミサキの依頼も受理ってコトでいいな」


 ヤスの結論に周りが一斉に頷いた。

 ミサキ案件がついで呼ばわりだが、それもまた気安い冗談だ。受けてもらえるならミサキに否は無い。


「それにしてもミサキ嬢ちゃん、いや、もうミサキでいいか。上手いことアジるなぁ」


「どうなんでしょう。ノリノリでやっちゃいました」


「若い才能は眩しいぜ。じゃ、こっからはマジメに作戦会議だな」


 まるでここまでが不真面目だったと言っているようだが、確かに新名称談義は長すぎた。

 彼らが仕事を引き受けてくれるのは確定し、ミサキは気合を入れ直すわけだが疑問もある。


「わたしは依頼者で参加者ですけど、あの、聞いててもいいんですか? 手順とか秘密とか」


「いいんじゃない。秘密は守ってくれるんでしょ? 言われる前に釘刺しとくけど、命は要らないからね」


 真っ先に情報開示を認めたのはフキナだった。ついでにミサキの天丼が阻止される。

 フキナにはミサキを信じると同時にちょっとした思惑もある。会議にミサキを参加させたら、なにか面白いことになるんじゃないかと。

 ヒトミに続けてフキナまでかと、ヤスはちょっとミサキに同情した。



「さてとまずは情報整理だ。昨日の内に色々当たってみたんだが、まっ昼間から抜き打ち捜査をやったのは第7と第8分隊だった」


 第8分隊については調べるまでもなかった。なにせここにいる内、4人が見ている。第7分隊の方も名乗りを上げたせいでバレバレだ。


「マルトック商会の査察をやったのは第1と第3分隊。夜中から出かけて明け方のご帰還だ、堂々としたもんだったそうだぜ」


「ミサキの見立てだと『ポローナ』を襲ったのは衛兵だったよね」


 フキナの確認にミサキは黙って頷く。

 ここまで出てきた4つの隊の内、アリバイがあるのは第1と第3だけだ。


「わたしの見立てでは、第8はクロだ」


「シラカシの目を疑いたかねぇが、それは昼間の話だろ。まぁ怪しいけどな」


 結局は第2警備室全部が怪しいのだ。もちろんその筆頭は。


「ほぼ真っ黒なのが第2警備室の副長、ベラース男爵だな」


「『マルトック商会』の件に関わってないわけないもんね」


 フキナの言う通り、正式に衛兵が出動した以上、ベラース男爵が指示を出したのは確定だ。

 だがもし他に黒幕がいたとしたら? 男爵が騙されていたとしたら? 疑えばキリがない。



「その男爵様なんだがよ、どこぞの傭兵団を雇ったらしいんだ。『争乱の友』とかいう貧乏どもの集まりだ」


「その傭兵団、なぜ雇われて、なにをしていたのでしょうね」


「そこだジョウカイ。『マルトック商会』を襲った賊は何者なんだか。雰囲気あるねぇ」


「今はどうしているのでしょう」


「昨日の夜なんだがな、物騒な集団が下流の宿でどんちゃん騒ぎをしてたらしいぜ」


 迂闊な話だとミサキは思うが、王都の悪党などこの程度だ。

 ましてや今回は『挑戦状』の可能性が高い。ベラース男爵とやらがワザと手駒を泳がせているのは十分あり得た。


 登場人物は大体揃った。だが全ては疑惑でしかない。



「ところでひとつだけ確実なのがあってなぁ」


 こういう話の持って行き方に慣れているメンバーはいいが、ミサキはちょっとげんなりする。早く言えよと。


「あの夜もう1件火事があったろ。アレは第7の仕業だ」


「ほんとかよー?」


 マトが突っ込んだ。

 話を聞いていた彼の中で『ポローナ』を襲った犯人が、第8分隊で確定しつつある。


「『キツネ』が近くにいた。一部のバカが支給のブーツを履いてたらしいぜ。隊章付きのな」


 ヤスの情報網は広い。タヌキに続きキツネの登場から想像するに、その内動物園になりそうだ。

 それはそうとして、ミサキは己の経験不足を突かれる思いだった。なるほど全部を見渡せば証拠っていうのはあるものだ。今後に活かせと戒める。


「はてさて、誘いなのかガス抜きなのかは知らねぇが、無茶をしてくれたぜ」


 うっぷん晴らしで放火強盗殺人とはたまらない。これまで王都で起きた数々の事件、どれくらい官憲が絡んでいたのだろう。

 ミサキの中にある冷静で狂った殺意が高まっていく。もう今回関わった連中だけじゃなく、全部殺していいんじゃないか。



「さぁいつもならここでヒトミの答え合わせか、『御前』の登場だ」


 彼ら『ナイトストーカーズ』には情報収集の切り札がいくつか存在している。そのひとつがヒトミのチートだ。『御前』についてはそのうち。

 やることは簡単。ヒトミの『迷宮』を使って身体能力に優れるフキナが潜入、証拠を調べて後はドロンだ。


「ん、やる。それと」


 いつになくやる気を見せるヒトミだが、まだ続きがあった。


「ミサキ、手伝って」


「わたし?」



 ◇◇◇



 その日の夕方、つまり『ポローナ』が襲撃された2日後、第2警備室副長ベラース男爵は自らの執務室に戻ってきた。

 彼に指示を出した『上』が主催した晩餐会に参加し、一応の報告を終えた。これで贋金騒動は貴族側の後始末になるだろう。平民街でもう何件か摘発する必要があるかもしれないが、男爵としてはすでに終わった話だった。最低限の義理は果たしたのだから。


「むしろここからだな」


 もちろん獲物は『バブリースライム』だ。副長として本来の仕事ですらある。

 かの連中にどれほどの情報収集能力と知能があるかはわからないが、釣れればよし。そうでなければ繰り返すだけだ。


「さて、どちらが先に音を上げるかな」


 戦争経験者のベラース男爵は知っている。どれだけ長く水に顔をつけていられるか、彼が仕掛けたのはそういう戦いだ。

 このまま『バブリースライム』の暗躍を止められなければ、そう遠くない内に男爵も更迭されるだろう。もしかすればそれを足掛かりに、贋金の真相を知る彼は消されるかもしれなかった。



「ん?」


 それなりに豪華な椅子に座ろうとしたとき、ベラース男爵は違和感を覚えた。いつもの執務室なのだが、なにか違う。

 周囲を見渡せば答えが簡単に見つかった。窓と反対側の壁に紙らしきものが『突き刺さって』いたのだ。男爵はハンカチを取り出し、ソレを抜き取った。


「魔道具でも毒でもない、か」


 日本風に表現すれば、それは名刺大のカードだった。片面が黒く塗られ、もう一方には文字らしきものが書かれている。



【官憲呼称『バブリースライム』はこの程、正式名称を『ナイトストーカーズ』と決定いたしました。つきましては関係各所への周知徹底と、記載書類等の修正をよろしくお願い致します。今後とも変わらぬご愛顧を賜りますようお願い申し上げます】



「ははっ、うはは、うわははははは!」


 当主になった時にはもう御家は没落していた。戦争に勝っても上の犬のまま。彼を見下す貴族など枚挙にいとまがない。

 ベラース男爵もまた壊れているのかもしれない。彼にとって貴族社会での地位など大した問題ではないし、そんな舞台で足掻きまわる貴族共などどうでもいいと考えている。そして同じくらい平民も塵芥ちりあくたな存在だ。

 彼は自分も等しく価値の無い人間であることを自覚し、自虐しながらただ嘲笑う。


「ウィランド、ウィランドはいるか!」


 ベラース男爵は楽しそうに文官を呼びだした



 ◇◇◇



「どうなったかな」


「様式美は大切」


 ミサキとヒトミがとても楽しそうだ。

 そんな二人を見て、冷徹な悪乗りを楽しそうにやってのけるのがミサキだと周りも理解し始めた。それに釣られてヒトミが本性を発揮しつつあることも。


 名称談義と同じく、カードの文面でも結構モメた。

 フキナ発案の『迫りくる夜に怯えよ』とか、ヒトミの『月はいつもそこにある』とか。後者はかなり危ない。マイクロウェーブを浴びそうなくらいヤバかった。


 結局、こういうのは丁寧過ぎるくらいの方が脅しっぽくて素敵、というミサキ案が通った。

 フキナとヒトミの中でミサキの評価がさらに上昇する。フキナなんかは今回の件が終わったら、本気で勧誘すべきなんじゃないかと、決意を新たにしていた。



「シラカシさんも文面協力、ありがとうございます。さすが元会社員ですね」


「い、いや」


 ミサキが考えた嫌味な内容をレターに仕上げたのがシラカシだった。

 元総務課勤務であることをヒトミに指摘され手伝ったのだ。頼られて嬉しいが、これは喜ぶところなのかとシラカシは悩む。できればもっと武力的な部分で頼って欲しいのだが。


「そういえばココの経理ってどうしてるんですか? シラカシさんですか」


「い、いや、わたしは総務であって経理ではなかったのでな」


 実はジョウカイがやっているのだが、シラカシのプライドにちょっとだけ傷が入った。



 そうして待つこと1時間程。


「戻りましたあ」


 元気な声で扉を開けたのはフキナだ。

 彼女もこれまた楽しそうだった。結局フキナもミサキやヒトミ側なのだ。


「ちゃんとカードは刺してきたよ」


「ナイスフキナ」


 ヒトミが小さな親指を突き立てた。フキナも同じくやり返す。


「カードはいいけどよぉ、証拠は見つかったのか?」


「あの日の夜、臨時名目で第7と第8が夜警に出てました。ご丁寧に夜勤手当付きですよ」


 ヒトミの手引きで衛兵詰所に潜入してきたフキナが報告する。


「それと倉庫で装飾品を見つけて、よくよく見たら『マルトック商会』のタグが付いたまんま。不思議ですねえ。それでもっかい書類を漁ったら、善意の第三者が届けた証拠品の買い上げ、だそうです」


「どうでもいいコトで律儀だねぇ」


 ヤスはため息を吐く。賊の換金を官憲が手引きしましたよと、フキナはそう確定させたわけだ。


 さあ証拠は揃った。啖呵も切った。



 ◇◇◇



 翌日、王都平民街の各所に辻札が立てられた。行政府の正式な刻印が押されたそれに曰く。

 王都を騒がす悪逆非道の賊、『バブリースライム』について、近日一斉捜査を行うため住民は協力すべし、的な内容が記載されていた。


「あえて『バブリースライム』ときたかぁ。これは挑戦受けて立つ、ってことでいいのかね」


 ボケっとした顔で見上げているのはヤスだ。


「オレッチが情報出したら、金一封……。いや、マークされるだけなんだろうなぁ」


 すでにガセ情報を持って詰所に並んでいる連中がいるだろう。そして叩きだされているのも想像できる。


「くわばらくわばら」


 看板に背を向けヤスは歩き出した。



 王都に吹く風は春めいているが、夜はまだまだ冷えることだろう。


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