第12話 技名に賭けて





「なるほど、やっとシラカシさんの言いたいことがわかった」


「そうか」


「どーゆーことだよ」


 閉店間際の『ポローナ』で会話をしている3人は、フキナ、シラカシ、マトだった。今日はテーブル席にいる。

 前回の味が本当だったか確かめると言い張るシラカシに乗せられて全員が肉定食ライスを注文し、今さっき食べ終わったところだ。閉店間際を狙ってきたのでもう他に客はいない。


「マトはどう思ったの?」


「んー、そこらのよりはウマいなって思った」


 具体的な言葉が出てこないあたり、こいつはまだまだ子供舌だなとフキナは思う。今度甘いモノでも探してあげよう。


「そう、その違いだ。そもそも」


 だがシラカシは違った。マトが美味いと言ったのが嬉しかったのだろう。

 そしてフミナは察知する。これは長くなる。危険だ。


「シラカシさん、ちょっと待って」


「ん? ああ、そうだったな」


「お待たせしました」


 そこに登場したのはミサキだった。そのタイミングにフキナが心の中で喝采を送った。



「父さんと母さんがあっちで話を聞くそうです。けど」


 ミサキが言い難そうだが、フキナには伝わった。


「ミサキさんはここに残って二人の相手をしていて。ご両親にはわたしが話をするから。それとこっちは武器無しだね」


 フキナは大盾とククリナイフを鞘ごと隣のテーブルに置いた。

 ここにいる3人の客はシラカシとフキナが冒険者、マトは大家の子供ということになっている。たまたま儲かったからマトに奢ってやると連れてきたという設定だ。


 それでもミサキは警戒してしまう。目の前にいるシラカシとフキナは強い。マトという子はそんなことはなさそうだけど、どこまで安心できるだろう。

 なまじシラカシとフキナが規格外に強く、それに気付けるだけの目を持つミサキだけに厄介な状況になっていた。



「ならばこの子を預けよう」


 シラカシが立ち上がる。バスタードソードはとっくにテーブルの上だった。その手には木刀の中ほどが握られていて、シラカシはそのまま腕を突き出す。

 ミサキもここで空気を読めないわけではない。この木刀、相当の思い入れがあるとみた。


「いいんですか?」


 シラカシの気迫に押されたミサキは思わず聞き返した。


「ああ、ここの料理はわたしに可能性を感じさせてくれた。これからも味わって進化を見届けたい」


 だから危害を加えるつもりはない、と続くのだろう。もはやシラカシは語らず、ミサキの瞳を見つめるだけだった。

 ミサキもシラカシの目に穢れを感じない、わけでもなかった。殺意とかではなく妄執じみた色を感じとってしまったのだ。やっぱりシラカシさんってどこか怖い。


「はい交代交代。ミサキさん、わたしの目を見て」


 フキナが割り込んだ。そしてミサキを見つめる。

 なんで繰り返すかなあと思いつつ、ミサキはフキナの瞳を見た。確かに殺気は感じない。だけどどこか胡散臭い。なんなんだろうこの人たちは。


「もー、めんどくせーな。フキナとシラカシが強盗だったら、武器持ってるうちにやってるって」


 焦れたマトが滅茶苦茶真っ当なことを言った。確かにもう客がいない以上、こんな茶番じみたことをする必要もない。



「確かにそうですね」


 ミサキも息を吐いた。そして表情を和らげる。


「話はカウンターで聞くそうです」


「うん。じゃあわたしは行ってくるから。マトは大人しくしてなさいよ」


「うっせーよ」


 マトの悪態を背にフキナはカウンターに向かった。


「ところでさー、シラカシが固まってんだけど」


「あ、受け取ります」


 腕を突き出したまま静止しているシラカシから、ミサキは木刀を受け取った。何とも赤黒い物体をミサキはちょっとキモいと思ってしまって反省した。



 ◇◇◇



「あっちのねーちゃんのコトは覚えてるよ。随分とウチのメシを褒めてくれてた」


「そうだったんですか。今日ここに来たのは彼女、シラカシの意思みたいなものです」


 カウンターを挟んでフキナとミサキの両親ミュドラス、サキィーラが対峙していた。


「で、話ってのは」


「ひとつは贋金、ニセ銀貨と金貨が出回っています。どれくらいかはわかりません」


「なっ!?」


「まあ」


 ミュドラスとサキィーラがそれぞれに驚いた。


「あなた、わたしが話すわ」


「……おう」


 話が金銭となればサキィーラの出番だ。ミュトラスの役割が護衛に変わった。


「それで終わりじゃないんでしょう?」


 サキィーラの反応にフキナも安心する。この人なら話が早そうだ。


「古城壁にある警備詰所はご存じですよね」


「ええ、もちろん」


「先日あそこの偉い人が交代したそうなんです。なんでもその人、事件を解決するために赴任したとか」


 ミュドラスはなんでそんな話をするのか理解できない。精々貯めている銀貨を確認しておこうと考えたくらいだ。だがサキィーラは違った。顔色を変えている。



「続けます?」


 サキィーラの顔を見ながら一応フキナは確認した。


「……続けて」


「ここまでは噂で聞いただけで、ここから先は知り合いの想像です」


「構わないわ」


 念を押してからフキナはヤスの想像を語った。



 ◇◇◇



「なにやってるわけ」


 フキナが疲れた声を出した。奥から出てきたミサキの両親も呆れている。

 食堂で繰り広げられていたのはミサキとシラカシのバトルだった。一応誰の目から見てもスローな模擬戦ではあったが、それにしても食堂でやることだろうか。


「いや、包丁術に興味があってな」


「シラカシさん、絶対木刀が本命ですよね」


 お互い転生者とは気付いていない両名が、しっかりと己の技を伝え合っていた。フキナは頭を抱える。なんのための冒険者カバーだったのか。


「いーじゃん、二人とも楽しそうだったぜ」


 マトが気の抜けるようなコトを言った。ミサキとシラカシはうんうんと頷いている。


「えっと、俺たちはシラカシの技を見なかった、ってことでいいのかな?」


「すみませんミュドラスさん。そういうことでお願いします」


 なぜ自分が謝らなくてはならないのか、フキナは大いに不満だった。


「それで、話はすんだのか?」


 けろりとした顔でシラカシが言う。フキナは軽い殺意を抱くが何とか封じ込めた。ココには強者が多すぎる。笑顔だ笑顔。


「終わりましたよ」


「そうか、気がかりがひとつ減った。感謝するぞフキナ」


 シラカシは真っ直ぐに、心からフキナに感謝した。長い付き合いだ、フキナにはそれが伝わってしまう。だからこれ以上は言えなくなるのだ。



 ミサキはミサキで二人のやり取りを見てちょっとうらやましいと思っていた。

 そういえばこちらに気安い知り合いなんていなかった。店の手伝い、頭の数字と包丁術、なにより異世界から飛ばされて、こっちに対応するのでいっぱいいっぱいだったのだ。

 なんていうのは言い訳だなと、ミサキは苦笑したくなる。勝手に今の生活に没頭したのは自分自身だ。なにをいまさら。


「また食べに来るから、その時もよろしくね」


 そんな考えに浸っていたミサキに、笑いながらフキナが言った。


「ああ、何度でも来よう」


「俺はまあ、たまにならだなー」


 シラカシとマトが続いた。二人も笑っていた。


 普通の挨拶だ。だけどそこになにかあったような気がしてミサキは嬉しくなる。同時に自分の黒い部分を思い出して怖くもなった。だけど今は抑えよう。


「はいっ、またのお越しをお待ちしてます!」


 ミサキも精一杯笑ってみせた。



「こらミサキ、話を終わらせるな」


「そうよ。ミサキ」


「え? まだあるの?」


 聞き返してからミサキは驚いた。両親の目がキマっている。こんなのは狩りの最中でしか見たことない。


「感謝している。対価が思いつかないが、どうする?」


「ええとですね、実はここの料理を食べたがってる子がいるんです。ただ、ちょっと表に出れない状況で」


 ミュドラスの確認に対してフキナは変化球を返した。

 今回の贋金騒動はいつ終わるかもわからない。乗り気なヒトミを待たせるのは忍びないと、フキナは考えていた。ならばそれを交換条件にできないだろうか。どうせ金をもらうつもりもなかったし。


「なら弁当でどうだ? そっちの言うだけ作るぜ」


「それは助かります」


『弁当』! まさかっ? という展開にはならなかった。王都には普通に弁当文化がある。寝坊の職人や冒険者向けがメインだ。


「だけどそんなもんでいいのかい? 俺としては」


「弁当、いいじゃないですか! みんなに聞いて今度注文しにきます」


 フキナが本当に喜んでいるように見えてミサキも両親もほっとする。情報の押し売り屋という心配はしていなかったが、それでも貸し借りは無い方が安心できるというものだ。


「じゃあその時はオマケで一品追加しますね」


 ミサキは弁当の中に渾身の一品を追加しようと決心した。

 なんとなく目の前の妙な3人が気に入ってしまったのだ。この人たちが気遣っている子のためにも力を込めよう。



「最後にキチンと挨拶しないとな。俺はミュドラス、ミュドラス=クラゼヴォ。聞いた情報は絶対に漏らさないと約束しよう」


「ありゃ、父さんが『技名わざな』を名乗るの初めて聞いたよ」


「ミサキ、この人たちは俺たちを心配してくれたんだ。礼を尽くして当然だろ」


『技名』とは、何かしら自信を持って誇れる技能をあやかった名だ。平民なら冒険者、傭兵、様々な職人、芸術家などなど。貴族はそれを下賤としつつも、たまに自称している数寄者もいたりする。

 大抵は他人が言い始めた通り名を流用するが、これまた自分で付けてしまう痛い人も結構いる。どちらにしろ技名を自分から名乗ることは滅多にない。それをミュドラスは名乗った。


「その誓い、受け止めた」


 代表してシラカシが答える。こういうのがとてもお似合いだ。


「わたしはサキィーラ。技名は無いけど誓わせてもらいます」


「わたしはご存じの通りミサキです。そのうち絶対、技名をもらいます。あ、約束も守ります!」


 続けてサキィーラとミサキも約束する。だが、サキィーラには続きがあった。


「あなた方はご存じないかもしれませんが、わたしはマルトック商会の娘です。現会長の妹ということになりますね」


「あー、知ってる。上流の大商会じゃん」


 マトがちょっと不用意な発言をした。

 フミナがちょっと眉をしかめる。中流の子供がそんなことを知っているわけがあるか。後でシメる。


「ですが伝えません。ここのお客にも誰にもです」


 サキィーラはマトのセリフを聞かなかったかのように続けた。決意が伝わるように、心がこもっているように。

 横にいるミュドラスは不動で、ミサキは嬉しそうに胸を張った。



「なんだか重たい話になってますけど、所詮はただの噂話ですからね。特に後半は」


 フキナが会話を換気した。贋金の話は本当でも、そこから先は悪い想像でしかない。


「なので黙っていることに罪悪感とか必要ないですよ。明日世界が崩壊するかもしれないって言いふらします?」


「そうね。そういうことにしましょう」


 サキィーラが楽しそうに返事をした。どうやらフキナの物言いが気に入ったらしい。


「それでも、それでもよ。わたしたちとあなた方の出会いを、わたしは嬉しく思っているわ。だから約束したの。それと」


 サキィーラはちらりとミサキを見た。ミュドラスもだ。


「お店に来たらミサキと仲良くしてあげてもらえますか」


「えっ? えっ?」


 ミサキが慌てる。


「もちろんですよ」


「ああ」


「メシ食いながらの雑談ならまー、毎日やってるし」


 フキナ、シラカシ、マトの快諾する声がミサキの耳に入った。

 なんだこれってミサキは悩む。心に沁み込むような温かい何かだ。



「では、わたしたちはこれで」


 フキナが辞去の言葉を告げて背中を向けた。


「フキナ……、いいだろうか」


「……いいんじゃないですか」


 妙な雰囲気に何が始まるのかと周りが身構える。


「わたしの名はシラカシ。シラカシ=アーエールだ」


 唐突に技名を付けてシラカシが名乗った。つまりは誇りを持って名乗り返したかったということだ。シラカシにとって挨拶は、特に技名を使ったソレはとても大事なのだ。


「ああ、受け取ったぜ。格好良い名じゃないか」


 ミュドラスが楽しそうに返事をした。


 実は例の6人組は全員技名を持っている。もちろん自称だ。

 冒険者をやりながら技名の話を聞いた時、これは付けるしかないとフキナにスイッチが入ってしまった。ヒトミも乗っかり、二人の監修でみんなの技名を考えてしまったのだ。


「わたしは恥ずかしいので、また今度」


「俺もだなー。その内にな」


 フキナとマトは辞退した。身内で付けた技名を名乗るのは、どうにも恥ずかしい。


 そうして3人は去っていった。



「面白い人たちね」


「そうだね。あ、母さん、情報の話聞かせてよ」


「そうね」


「とりあえず夜飯にしよう。その時に教えてやろう」



 ミサキの心はなんとなく温かいままだった。


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