ゆけ、ナイトストーカーズ! ‐異世界転生者たち、笑って狂って悪を討て‐
えがおをみせて
第1章 我らがクハルカのために
第1話 食事処の看板娘
「いらっしゃいませー!」
王都の一角、限りなく下流に近い中流に元気な声が響いていた。声を上げているのは一人の少女だ。濃い灰色の髪をポニーテールで纏め、動きやすそうなベージュにワンピースにエプロンを纏っている。
時刻は夕方17時を過ぎた頃、陽は傾いて街並みは赤く染まっている。
「やあミサキちゃん。今日も元気だねえ」
「ダールおじいちゃん、いらっしゃい。さあ座って座って」
「はいはい」
木の地肌が良くわかる仕立ての木造2階建て。テーブルが4つ、カウンターを併せても全部で20人くらいで満席になる小さな食堂。それがミサキの仕事場兼自宅、お食事処『ポローナ』だ。由来は父の生まれ故郷らしい。
メインターゲットは食事を作るのが面倒な人たち。もちろん後ろ暗いのはお断りだ。
「今日は魚だねえ」
「いつものだね」
『ポローナ』のメニューは少ない。肉メイン、魚メイン、量が自慢の芋メインとそれを合体させたミックスの4種類だけだ。一律で30バア。銅貨なら3枚、半銅貨や賤貨で払う客もいる。
近所の店と似たような値段だが、わりと味がいいと評判で客付きは悪くない。
「はい、お待たせー」
「おうおう、いつも美味しそうだね」
ダールと呼ばれた爺さんが顔をほころばせた。
独り暮らしのお年寄り、もしくは仕事終わりで結婚前の野郎ども、それとこれからお仕事に向かうお姉さん方。そんな人たちがこの店でちょっとの時間を交錯させる。
ミサキはそんな食堂と両親が大好きだ。血がつながっていない上に、自分が『日本』の記憶を持っていたとしても。
◇◇◇
大陸南東の雄、ヴァールスターン王国の王都ヴァルフォンは人口30万を謳う巨大都市だ。その大都市は広大な壁に全てを囲まれている。それ故ヴァルフォンは大陸有数の城塞都市としても知られていた。
王都には大きくふたつの壁がある。宮殿と貴族街は古城壁と呼ばれる壁の内側、そこから街壁までの間が平民街区だ。
都市の水資源を支えるスキリム河は街壁の内側を北東から南西へと続く。ヴァールの丘を背にしたスキルトラント宮殿、別名水宮殿を経由して、貴族街から平民街を抜けて最後はコラード大河に合流するわけだ。
それ故上流とか下流なんて表現がされている。同時に住民たちの経済事情もそんな感じだった。
「広い平野と大河か。そりゃ文明も発展するんだね。教科書どおり」
閉店後の厨房でミサキは自分と両親の夜食を作っていた。食堂の料理は父親、朝食、昼食、夜食はミサキというのがルールだ。
他の地方は違うのかもしれないが、王都の平民は基本、朝と夕の2食だった。『ポローナ』の3人は、朝昼夜の変則3食で生活している。一般的な朝を分割して3食にしただけで、暴食というわけではない。朝と夜だけだと間隔が長いとミサキが主張してそうなった。
生前がそうだったから、というのは内緒だ。
「しっかし流石は文明の結節点。食材豊富だし」
ヴァールスターンは東西南北全てと交易をしている。特に船が使える東と南は食材流通が盛んだ。
「トマト、ジャガイモ、米に醤油、味噌がある。しかも胡椒の産地だもんね。さあ仕上げるか」
「おおっ、今日は豪勢だな」
父親が声をあげた。
トンカツ、唐揚げ、白身フライ。ポテトサラダ、ポテトフライ、卵焼きにミニハンバーグ。ミサキがオードブルを意識して作った。それに白パンと具沢山スープ、ワインが付く。アルコールが苦手なミサキはブドウジュースだ。
店では出したことがない料理ばかりだった。
「誕生日だものね」
「料理作ったの、わたしだけどね」
「いやあ、どれから食べればいいやら」
「迷っちゃうわねぇ」
ミサキの両親は大袈裟に驚いたフリをしている。
父はミュドラス、母はサキィーラという。父は褐色の髪に青い瞳、母は綺麗な金髪碧眼だ。二人とも典型的なヴァール人だった。
それに対しミサキといえば、黒に近い灰色の髪と、ほぼ同色の瞳。なにより肌が褐色じみていて、南方アフラ人を連想させる。少なくとも両親との間に血の繋がりは感じられない。
「誕生日かあ」
「いいじゃない、ミサキがウチの子になった日なんだから」
サキィーラが嬉しそうに言う。そういうことだった。
15年前、初春のある朝、開店してからひと月も経っていない『ポローナ』の店先にミサキは倒れていた。年の頃は2歳にもなっていなかったようで、言葉も話せなかった。
「そうだね。うん、ありがとう。本当にありがとう、父さん、母さん」
どこからどう見ても異国の血を引く少女だ。王都では主に教会が孤児を引き取るが、その後が中々難しい。文化的には異国人にも寛容だが、はたしてまともな職に就けるのか。両親はそこまで考えてしまった。
結婚して5年、子供はいなかった。当然周りは反対した。特に店の出資者たるサキィーラの父親、つまりミサキの祖父が猛反対だったそうだ。
結局その少女は祖父に溺愛された。凄まじい掌返しだ。その間、なんと5日。少女も見事に懐き、世話の半分は祖父がやっていた。
『この子はミュサキィ、いや東方風にするか。『ミサキ』だ』
ミサキと名付けたのも祖父だった。微妙に両親の名前にあやかっているあたりが祖父らしい。そういえば名前を付けるのを忘れていたと、両親は快諾した。
両親と祖父に守られながらミサキはすくすくと育ち、言葉も覚えていった。
そして3年後、ミサキは前世を思い出した。
◇◇◇
「ぐうぜんなのかなあ」
推定5歳、『ポローナ』の娘になって3年になる彼女は呟いた。ちなみにこっちの言語だ。すっかりしみついてしまっている。
ミサキの前世の名は
「いせかいてんせいモノ」
三咲はそっち側の知識を持っていた。オタ具合はかなり極まっていたかもしれない。
それ以外にも色々理由はあったが、三咲はミサキであることを受け入れることにした。
まず彼女はやらかさなかった。
いきなり神童ムーブをカマさなかったのだ。理由はある。
「どんなしゃかい、ぶんかかわからない」
しょせんミサキは元高校生だ。どんなにネットで情報を得ていても、本当の意味で社会の怖さを知らない。
同時に異世界転生小説やらを読み、転生後の世界を想像したこと多数でもあった。教室にテロリストが現れたら的発想だ。
一番怖かったのは基本的な文化だ。正体がバレれば『憑き者』扱いで墓場行きどころか、晒し首までなんていう展開もありえた。ミサキとしては、せっかく拾ってくれた両親や祖父には迷惑をかけたくない。
なので色々リサーチした。最初は祖父に。
「おじいちゃん、きぞくってなあに?」
「どこで聞いたんだ。儂らには関係ないから、気にしなくていいぞ」
貴族は多分アウトだった。
「おじいちゃん、かみさまってだれ?」
「神様は神様だよ」
これもしばらく関わらない方がよさそうだとミサキは考えた。そして焦れてきた。
彼女の祖父はジジ心でもってはぐらかしていた。当然だ。5歳の孫に貴族や教会の闇を教える爺様がいたら怖い。なのでミサキは作戦を変えた。
「とーさんとかーさんにあいたい」
ミサキと祖父がいるのは食堂の2階。両親までは階段を使っても10メートルの距離だった。
祖父はすごく悔しそうだが、それでも笑顔を見せた。
ミサキは特段両親に会いたいわけではなかった。会いたくないわけでもないが。
「わーい、とーさん、かーさん。きたよー」
ミサキは一応両親に媚びを売ってから、大人しくカウンターの一角を陣取った。情報収集の開始だ。顔は両親や祖父を見ながら、耳だけを客に向けた。
「まーた、出やがったぜ。ゲルダァのトコだ」
「聞いたよ。3人やられたってなあ」
客の会話に祖父が時々顔をしかめるが、ミサキは何食わぬ風をキープした。子供だからわかんない状態だ。
日々をカウンターで過ごしている内に色々な情報も得られたが、時に日本ではちょっと信じられないような出来事もあった。
「ちょっとこい。表だ!」
父親が男の首根っこを引っ掴んで、外に出ていく。手には長剣があった。お代をごまかすどころか、客に突っかかって怪我をさせたチンピラが引きずり出されていった。
一応客やミサキに配慮して外に行ったらしい。
「殺しちゃいない。あとは知らん」
少しして戻ってきたミサキの父親、ミュドラスのセリフだ。父が元冒険者だと知ったのは、しばらく後だった。
それ以上に驚いたのは官憲、この街では衛兵というらしいが、彼らが事実上黙認したというコトだ。一応衛兵が一人ついてきて客に事情を聴いていたが、すぐに帰っていった。証拠もへったくれもない。調書すら書かないんじゃないかとミサキは思った。
ケースこそ違ったが、それからも似たような事件が何度も起きた。その内ここはそういう文化なのだとミサキは納得した。
◇◇◇
「魔法、モンスター、冒険者、貴族、あり。レベル、ステータス、スキル、いまのとこなし。声を出さないでも使えるスキルはあるかもしれない。とりあえず魔法は使ってみたいかな」
店の裏手でミサキは紙を見ていた。現在7歳。この2年で憶えた文字が書かれている。祖父と両親向けにあえてたどたどしい。もし見つかったら、物語とか言って誤魔化す予定だ。
ヴァールスターンには植物紙が東方から流れてくる。とはいえそれなりのお値段なので、母から貰った。店の帳簿かなにかに使っていたのだろう、表には数字が並んでいた。当然そっちもチェックずみ。
「そしてチート、あるかもしれない」
ミサキは夜空を見上げた。月もあるし星もある。だけどここは地球じゃない。
生前、小説を無料で投稿、閲覧できるサイトがあった。『キミも小説家だろう』。
ミサキも読んでいたし、なんなら投稿しようとしたこともあった。アップする直前に読み直して悶絶してから現実逃避した。20年後に出直そうと決意したのも今では懐かしい。
「ホント……、『だーろっぱ』っぽいよなあ、ココ」
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