第2話 チートを求めて





 モンスターと戦う冒険者、振るわれる剣と飛び交う魔法。舞台は日本的視線で見た中世ヨーロッパだが文明、慣習、技術などはチグハグで、時に厳しく時に優しい世界。ジャガイモやトマトもある。

 異世界からやってきた人物が、時に勇者に、時に一般人に、時には魔王になる、そんな世界。

 そういう感じの小説が集約してごった煮になって、あふれ出した謎の共通認識。


「それを称して『だーろっぱ』!」


 他ならぬ異世界転生者ミサキは、そう判断した。

 もちろんこれはミサキによる一方的解釈だ。ジャンルやカテゴリー、主題により状況は大きく異なる。

 他意はない。これは便宜上の表現なんだとミサキは念のために心の中でつぶやいた。いいね?


 新たな両親を得て5年、前世を思い出して2年。

 知識を蓄え、文字も習得した。計算もできるが、それはまだ内緒だった。


「そして何よりチートがある。チートだよねこれ?」


 食堂裏で気味悪くほくそ笑む異国風の少女がいた。彼女は数分後、祖父に連行されることになる。



 ◇◇◇



「ねえ母さん、頭に数字とかある?」


「うーん、7」


「それって適当に思い浮かんだ数字でしょ。それでさ、頭に数字があったら変な人?」


「なにそれ。そんなのあるわけないでしょ」


 8歳になったミサキは悩んでいた。

 脳内にこびりついた『2』という数字がハッキリクッキリ思い浮かぶのだ。

 ミサキが多分チートを持っていると判断した材料がコレだった。この脳内数字が増えれば何かが起きる。


 その正体を確かめるべくミサキは両親や祖父に聞いてみた。ただし他の人間には秘密。

 もしかしたら教会あたりが『頭に数字がある子供』を秘密裏に攫うなんてことをしているかもしれない。ミサキは慎重だった。



「秘密は包丁にあった! ってね」


 ミサキが記憶を取り戻した5歳時、数字は『0』だった。それが『1』になったのは厨房にあった包丁を握った瞬間だ。

 驚いたミサキが包丁を落として、その音を聞きつけた両親が突撃してきた。結果、父親ミュドラスが母親サキィーラに怒られて、それ以降刃物はミサキの手が届かない場所に配置されてしまった。


『1』が『2』になったのは1年後だった。

 またしてもミサキが包丁を握った時だ。父親の片づけが遅れた隙をミサキがついたのだ。

 正確には握っても数字は変わらず、軽く振ったら『2』になった。それを見かけたサキィーラが激怒し、ミュドラスは平謝りして、刃物はさらに遠のいた。



「いろいろやるしかない」


 頭の数値にはなにかしらの意味がある。ミサキの妄想でない限り、それは多分間違いない。


「カルマとかじゃないよね?」


 数値がある程度、たとえば『100』になったら破滅するとか、良くない事態になるなんて小説もあった。しかも数値が変化したのは2回とも包丁絡みだ。料理チートかはたまた妖刀か。


「刃物適性なのかな」


 とはいえミサキ8歳は両親によって刃物から遠ざけられている。ならば色々試してみるという結論に到達するのは必然だった。



 それからミサキは努力した。ランニング、筋トレ、正拳突き、木の棒を持って素振り、石を拾っては投擲、なんでもやってみた。剣術の真似事をやったときは父親が大喜びで付き合ってくれた。

 だけど数値は変わらなかった。


 魔法関係もあるかもしれないと、そっちにも挑戦してみた。この手の話にありがちな、幼少期から魔力を育てるというのも興味があったミサトは、以前から座禅で精神集中なんかもやっていた。

 こちらについては母が積極的に教えてくれた。


「がっかりしないで、ね」


「……うん」


 ミサキは根本的に才能が無かった。初歩の初歩、魔石に魔力を流し込むところで躓いたのだ。魔力はあるが放出が苦手で魔法を発動できない。

 だがしかし体内魔力のコツは掴んだ。そこからミサキは身体強化を駆使する殴り系に進むことになる。

 だけど数値は変化しなかった。


「方向性が違う」


 包丁ってことは技術系かとも考えて、絵を描いたり、粘土をこねたり、歌を歌ってみた。普通にヘタだった。


「額縁はあったかな」


 祖父が喜んでミサキの絵を持って帰った。

 だけど数値は上がらなかった。



 10歳を過ぎた頃、頼み込んで包丁を使わせてもらった。もちろん両親監督の下で。

 慎重にタマネギを半分に切ったら『3』になった。ミサキ大勝利の瞬間である。


「これから父さんのお手伝いするよ。がんばるからね!」


 そう言われてしまえば両親も頷かざるを得なかった。『お食事処ポローナ』の新名物、身体を鍛え抜いた上に魔力による身体強化までを使い野菜を切り刻む少女、ミサキの誕生だ。

 数値は順調に上がり始めた。


 時は流れる。



 ◇◇◇



 ずごっ!


「ぐぎゃあぁぁ!」


「そういうの困りますよ、お客さんだった人。楽しい誕生日の翌日だってのに」


 みすぼらしい格好をした中年の右手を柱に固定したのは、もちろんミサキだ。釘の代わりは包丁だった。ミサキの表情がちょっと怒っているようにみえる程度ですんでいるのは、彼女の順応によるものか。そんな17歳だ。

 おっさんの手から、巾着がずり落ちた。


 ついでにミサキの頭の中で数値がピコンと上昇した。現在『63』。


「はい、マィオばーちゃん」


「すまないねえ、ミサキちゃん」


「いえいえ」


 巾着をマィオばーちゃんに手渡し、ミサキは男を開放してやった。手加減なく無造作に包丁を引き抜いただけだが。


「出入り禁止ですからね」


「わ、わかってる。二度とくるかあ!」


 逃げていった男を見送っていたミサキの頭に何かがぶつかった。


「ほら、拭きなさい」


 雑巾だった。サキィーラ、ミサキの母も慣れた。大人しくミサキは柱に垂れた血を拭いとる。包丁は古くなって料理に使っていないガラクタなので、後で洗えば十分だった。

 この状況を日本で説明するなら、店に来た客が他の客のサイフを盗んだので、店員が大流血レベルの過剰制裁をしたあげく警察への通報すらしなかった、という異常な流れた。常識の違いというのは恐ろしい。


「ほらミサキちゃん、これ」


「わあ、ありがとう!」


 マィオばーちゃんからお菓子をもらったミサキはニコニコだった。ついでに『数字』があがったのも嬉しい。



「多分熟練度かなんかだと思うんだけどなあ。他の人は持ってないみたいだし」


 前世の記憶に目覚めて13年、ミサキの考察は続いていた。この街の風習や禁忌なんかはおおよそ習得したつもりだ。最近はもっぱら脳内の数字ばかりで、暇さえあれば包丁を持つ始末だった。マイ包丁に語り掛けるその姿は、ヤバい人だろう。


「包丁限定とかさあ」


 夜、ミサキは店の裏手で日課の修練を積んでいた。相棒は15歳の誕生日に祖父が贈ってくれた高級包丁だ。銘を『包丁ブレード』改め『クランブル』。ミサキが名付け、後の祖父の名を授けた。

 ミサキの祖父は大店の商会長をやっていた。娘が独立するからと『ポローナ』に出資してくれたのもそれが理由だ。そんな祖父、マルトック商会会長クランブルは去年亡くなった。ミサキは大泣きした。この世界に目覚めてからずっと幸せなミサキにとって、数少ない不幸せだった。


 祖父が包丁に与えた本当の銘は、未熟で恥ずかしいからまだ使えない。



「ほいっ」


 あらかじめ地面に立てておいた棒の先端部分がスッパリ切れた。

 ここはミサキ専用の秘密特訓場だ。両親がよく登場しては手伝ってくれるのだが、それでも秘密で専用なのだ。


「よっ」


 投げた包丁が標的のど真ん中に突き刺さった。


「包丁チートと知識チートで料理無双か。若かった」


 12歳くらいの頃、ミサキは料理に挑戦した。この世界にない『日本』の料理に。結果として定番のトンカツが見事にできあがったわけだが、父と祖父に止められた。


 父の理屈は共存だった。中流でも下にある『ポローナ』は庶民の店だ。安価でこんなものを出したら他の店がどうなる、と。ウチの店はちょっと美味いくらいでいい。確かに他者の職を奪うような真似はしたくない。ミサキも納得した。


 祖父の心配はもっと深刻だった。お貴族様の存在だ。変に噂が流れて物好き貴族に見つかったらどうする、と。実際にそういうのがいるらしいから恐ろしい。

 王都の貴族にとって、平民などそこらの雑草と変わらない。欲しければ持って帰り、気に入らなければモギるだけ。貴族には関わるな、教会は礼拝場まで、そういう風にミサキは教えられていた。


 結果、料理チートは封印された。ミサトの料理を気に入ってしまった両親と祖父は例外だった。



「それっ!」


 最後とばかり放り投げた木の枝を8等分にして、ミサキは格好良いポーズをした。これにて本日の訓練は終了だ。


「爺ちゃん、いい包丁をありがとう」


 2年前、包丁をもらったあの日から、ミサキは修行の最後にそう呟くようになった。


 包丁チートに目覚めて以来、ミサキは修練を欠かさない。料理はもちろん体力向上、魔力向上に加えて謎の包丁武術も熱心に。祖父がいなくなってからはもっと気合を入れた。

 だけど数字は滅多に上がらない。昼間の出来事で『63』になってからそのままだった。

 それでいいとミサキは思う。たまに上がるから楽しいのだ。


 それよりなにより、包丁を振り回してザクザクやるのは『三咲とミサキの性にあってる』から。


「わたしの他にもいるのかな」


 夜空を見上げてミサキは呟く。チート持ちか、それとも異世界転生者がこの世界のどこかに。


「くっ、ククククク」


 月を背に、ミサキは歪んだ笑い声をあげていた。どこか狂気をはらんだ声で。



 ◇◇◇



「またあったらしいよ」


「へぇ。怖い怖い」


 翌日の朝、客がヒソヒソと噂話をしていた。お仕事明けのお姉さんたちが中心だ。

『ポローナ』が開店するのは朝の8時と夕方5時だ。この地の風習に合せて朝食と夕食を提供している。ミサキ一家は7時、13時、20時の3食だけど。


「どうしたんですか?」


 給仕をやっていたミサキは何となく聞いてみた。


「それがね、ミサキちゃん。出たのよ」


 出たそうだ。


「そう出たみたい」


 先を促したいが、聞いたのはこちらからだ。答えを待つしかない。

 だがミサキには想像できた。ここ1年くらい、この手の話が何度も繰り返されているから。


「『影隠し』だって」


「また出たんですか」


 想像通りの答えにミサキはやっぱりかと納得した。


「南の通用門だってさ」


「どっかの男爵邸も大騒ぎらしいわよ」


 このお姉さんたちはどこから情報を持ってくるのだろう。流石は夜に生活を置く人たちだ。ミサキは感心しきりだった。



『影隠し』。そこにいたはずの人たちが影だけを残して消える。そんな事件だ。

 恐ろしい話だが王都に住む平民はそれほど怯えていない。消えた連中というのが大抵ろくでもなしか、業突商人、悪徳貴族、要は嫌われ者ばかりだったからだ。


「またオマケ付きなんですかね」


「ちょっと楽しみね」


 苦笑するミサキにお姉さんたちは笑い返した。

 この場合のオマケ。消えた連中が働いていた悪事の証拠やら、孤児院の入り口に置かれる金貨袋のことだ。


「やってることがまるっきり義賊だもんねえ」



 ウチにも金貨が届かないかなあ、などと思いつつミサキは仕事に戻った。


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