第8話 魔道具屋『ミゴン』
異世界転生者6人組のアジトは王都中流平民街にあった。
王都平民街は上流、中流、下流に分けられている。王都の北東部は古城壁に囲まれ、それに沿った大通りが北東から南西へ延びる。同じように上流の中心部にひとつ、上流と中流の間にひとつといった感じで、最外縁たる街壁沿いの通りまで含めて7本の大通りが弧を描いている。みっつくらいに切り取ったバームクーヘンを想像すれば分かり易いかもしれない。
それぞれの通りはさらに円に引いた半径を模したような道が多数交差し、結果として一区画は台形状に整備されていた。
元が古城壁だけだったところに人口が流入して拡張したとはいえ、なかなか計画的な区画整備だろう。もちろん他にも路地が多数存在していて、一歩区画に踏み込めば迷路紛いの場所もあるのだが。
そんな中流平民街の一角、大通りから一本入って少しのところに石造り3階建ての建物、魔道具屋『ミゴン』はあった。
店構え自体は普通の店舗の広さとそう変わらない。特徴的なのは大きな魔力強化ガラスがふんだんに使われているため店内には陽が差し込み、明るさを演出していることだろうか。如何にも異世界人がやりそうな発想だ。
「こんにちはぁ」
「おう、いらっしゃい」
「マトくんは今日も可愛いねぇ」
「お、おう」
推定20代後半くらいの女性二人が店に訪れた。『ミゴン』の店番はマトだ。交代などいない。
「おねーさんたち、今日はなに?」
「ウチの魔力ランプが壊れちゃったみたいなの」
「あたしは付き添い」
「そ、そうか」
女性客は基本お姉さんと呼べと、そう強く言い含められているマトだった。フキナの教えである。
「回路の焼き付きだったよ。部品ごと交換したから当面は大丈夫だろ」
「ありがとうね、マトくん」
「これでタダなんだから『ミゴン』はいいお店よね。ねえマトくぅん、こんどおねーさんたちとお食事しない?」
「あうっ、店番がいそがしーしなあ。こんど、またこんどな」
「つーれーなーいー」
二人はそう言いながらも店を出て行った。ため息を吐くマト。
「店で売ったモノは無料で修理、ねえ」
『アフターサービスてぇのは大切だろ』
こちらはヤスの提案だった。消耗系の魔道具もそれなりにはあるので、固定客が大切なのはわかる。わかるのけど、どうもおばちゃん、もといお姉さんが来店するケースが多いような気がするのだ。
金髪碧眼のメガネショタがいる店がある。中流平民街でそんな噂が、ひっそりと流れていていた。
◇◇◇
『ミゴン』は少々変わった形をしている。平民街によくある長方形ではなく、上から見ると『凸』形の建物だった。尖った箇所が表向きの『魔道具屋ミゴン』で、マトが店番をやっている。両隣の凹んだ敷地にはそれぞれ小さな建物が建っていて、他の店が入っていた。
通りの奥側にある大きな敷地と建物は、通りからは見えない構造になっている。
『微妙にアジトっぽい』
ヒトミは満足そうだった。
そんな奥側の建物は表と同じ石造りの3階建てで、真ん中には外から見えない中庭があった。
一応芝生敷なのだが、ところどころがハゲているのが悲しい。管理者のジョウカイが時々水を撒いているのだが、剥げる速度と追いかけっこだ。
中庭には芝生を荒らす元凶も含め、女性が二人いた。
一人は庭のど真ん中に立つシラカシ。相棒たる木刀を片手で肩に担ぎ、目を閉じたまま直立不動の姿勢を取っていた。そのままもう3時間も経っているから凄い。
本人曰く初心に立ち返っているそうだが、意味はわからない。
「ふっ、はっ、ほっ」
もう一人は軽い掛け声を出しながら、同時に足からどすんどすんと低い音を発していた。もちろんフキナだ。
大きく右脚を踏み込み大地を握る。足首から膝、骨盤を旋回させながら、その回転を背骨を通じて肩に送り込み、それが自然と右腕を前に押し出す。結果、右肘が打撃のインパクトになる。『芳蕗』が取りこんだ技のひとつ、裡門頂肘だ。
「よっ、ほいっ、やっ」
左右の踏み込みを交互に繰り返しながら、フキナは庭を周回していく。大地を握りしめることを旨とする動作と彼女の体重が見事に芝生破壊を成し遂げていた。
こちらももう2時間はやっている。春とはいえ、汗はだくだくだ。
武闘派女子たちは鍛錬を怠らない。
◇◇◇
「最近どうよ」
「ああっ? ぼちぼちだよ、ぼちぼち」
「機嫌悪ぃじゃねえか」
魔道具販売営業担当のヤスは、下流で後ろ暗い店を経営している男に会っていた。
王都のマフィアなんていうのはコネがあってナンボだ。30を前に幹部になっていたヤスは、特にそれを重視していた。当時築いた伝手の多くはマフィアが崩壊した今も残っている。
「どうしたよぉ、なんかあったのか?」
「ああそうだよ、悪かったなあ!」
「まあ落ち着け、どうしちまったんだ」
「……ここだけの話だぞ」
ここだけの話がここだけで済むはずもないが、それでも男は愚痴りたかったのだろう。
「贋金だ」
「贋金?」
「ああ、客につかまされた。多分貴族の使用人かなんかだろうな。知ってたんだか知らんのだか」
「なるほど、突っ返せねえかぁ。種類は?」
「ヴァルス銀貨で30枚くらいだ。大した額じゃねえがこんなモン持ってたら、なあ」
貴族関係者ならまだしも下流の平民がそんなものを持っていたら、まず間違いなくしょっ引かれて最悪消される。厄ブツでしかない。
30000バア。生活水準や個々の物価でレートは変わるが、30万円相当だとヤスは理解している。この店の規模なら大した金額でもない。
「それって客一人なのか?」
「違うだろうな。ウチの単価だと5人から10人ってとこか」
「だろうなぁ。てことは」
「やめろっ! それ以上は聞かんぞ」
お仲間でご来店ならまだいい。だがもしバラバラの客が持ち込んだとしたら。
「だなぁ、止めとこう。オレッチも気を付けるわ」
「お、おう」
「礼ってわけじゃねえが、コイツをやるよ」
ヤスは手持ちのカバンから取り出したモノを、男に手渡した。
「魔力ランプか?」
「見た目は普通だろ。ソイツはな、時間が過ぎると色が変わってくんだ。しかも七色」
「ほう」
「魔力消費は一分増しってところだ。どうだいスゲぇだろぉ」
「……なるほど、ウチの店には持ってこいってわけか」
「追加は要相談だぜぇ、まとめ買いならお安く、な」
伊達に前世で営業マンをやっていたわけじゃない。情報収集と商売を両立させるヤスは、なかなか優秀なのだ。だけどリーダーはやりたくない。
◇◇◇
「こんにちはー!」
「はい、こんにちは」
ジョウカイは下流にある、とある孤児院を訪ねていた。街壁近くのこの辺りになると治安もよろしくない。それでも巨漢の禿頭僧侶が歩けば道も開けるというものだ。
彼は下流の孤児たちが害されれば立ち上がる。こっそりとヤスに情報を貰って私的制裁を加えるのだ。たまにフキナやシラカシも、間接的にマトも手伝うことがある。魔道具は使い方次第で捕縛に力を発揮する。
『殺さない限り、殺しはしません』
殺しはしないがその手の連中は大抵スラムに落ちる。そこで待っているのはシラカシとフキナが鍛え上げたスラムネットワークだ。
心を入れ換えればいいが、イキれば緩慢な死が待っていた。スラムは甘くない。
なるべく殺すなと言ったのは実はヤスだ。ジョウカイは目立つ、ついでにフキナも。そんな連中が殺戮をくりかえせばさらに目立ってしまう。
要は彼らの力を隠すこと、ついでに『お仕事』のカムフラージュだった。死体すら消し去る『影隠し』と、半殺しの孤児院守護者。多分別口に見えるだろう。
ヤスとしてはやらないよりはマシ程度だが、ジョウカイの正義はどこかで発散しないと暴発が怖いから、そういうことにした。
「今日はホワイトブルの肉ですよ」
「あらあらジョウカイさん、いつもありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
ヤスの気苦労も知らず、ジョウカイは微笑みを浮かべていた。
以前は食事が終わってからジョウカイの説法があったのだが、今は省略されることになった。もっと言えば禁止だ。
とある孤児院でのことだ。お仕事の熱が残っていたのか、その日のジョウカイは饒舌だった。そして気合の入った説法をした。やたらめったら悪を滅する内容に孤児院長が待ったをかけた。
情報は王都中の孤児院に通達され、そういうことになったのだった。
「皆さん、美味しいですか?」
「うんっ! すごく美味しいよ!」
「それは良かった」
人々の心労を一身に背負いながら、それでもジョウカイは微笑んでいた。
◇◇◇
「くぁぁ」
ヒトミはあくびをしながら風呂に入っていた。湯舟は一度に5人くらい入れそうなほど大きい。でっかい風呂で身体を伸ばすのがヒトミのスタイルだった。
「ご飯食べた後だし眠い?」
声をかけたのはフキナだ。普通に一緒に風呂にいるわけで、突然登場したわけではない。
完全ひきこもり体質のヒトミなので、夕食は誰かが一緒することが多い。ついでに風呂もご一緒するとなると必然、フキナかシラカシになる。
ヒトミとしてはほっといてくれても構わないのだが、皆の親切に応えていた。実は結構楽しみにしているのだ。
「そういやさ」
「ん」
「ヒトミって今、数字なんぼ?」
「『5419』」
「へえ、凄いねえ」
「年の功。フキナは?」
「わたしは『823』だよ」
「なかなかやる」
「確かに数字が大きいとチートの効きがいいけど、これってそれだけなのかな」
「いずれ、わかる」
「適当言ってるでしょ」
「ん」
◇◇◇
「ふあぁ、沁みるねぇ」
「おっさんくせーぞ」
「おっさんだぜぇ」
彼らのアジトには風呂場が二つある。男湯と女湯だ。しかも両方10人くらいが湯舟に入れるサイズだった。夜空がみえる方がいいと皆が言ったので、風呂場は3階にある。天井と中庭側が魔力ガラスの開閉式になっていて、簡易式露天風呂になっているのだ。
ヒトミとフキナが入っていた風呂? アレは別口だ。
「中流でこの風呂ですからね。とてつもない贅沢ですよ」
水資源が豊富な王都には公衆浴場が多数存在している。ほとんどが上流から中流で、下流には数軒しかないが。貴族街なら一家にひとつ以上は当たり前だ。王都の民は意外と清潔だった。
だが平民街でこの規模で風呂を持つ家はそうそうないだろう。ましてや3階だ。
「俺の魔道具はすげーだろ」
「そうですね」
表面上も内面も穏やかにジョウカイが答えた。彼とて元日本人だ。風呂を愛する心は捨てられない。
普段の言動が正義の執行者みたいな感じだが、ジョウカイ自身、自分を正義だとは思っていないし、異教徒にも寛容だった。彼の判定する悪にちょっと過激なだけだ。
「水をくみ上げるのは苦労したぜー。浄化は原型あったから簡単だったけどな」
マトの自慢話は続いていた。たしかにこの風呂はマトの魔道具で成り立っている。無から水を生み出す魔法はこの世界に存在しないのだ。水操作魔法はあるが、その辺りはまた別の機会。
沸かすだけなら魔法でどーんとやることもできるが、スタイリッシュとは言えないだろう。『ポローナ』の親子は怒ってもいい。
「マトの数字って、魔道具を作れば上がるんだったよな」
「そーだぜ。正確にだと、目を使いながら作った時だけどな」
「『魔力を見る眼』か。すげぇよなぁ」
ヤスがマトを持ち上げた。
マトの持つチートは『魔力を見る眼』。文字通りの力だ。使えば発動する魔法の種類、規模を完全に把握できる。できるのだが阻止はできない。彼の身体能力では戦闘に向かない能力だ。
だが何事も使い方次第。マトは魔道具作成にチートを利用した。魔道具を動かすための魔力回路、普通の魔道具作成者なら現行のパーツを組み合わせる。研究者なら幾つものパターンを起こして試行錯誤する。
その点マトは余計な工程を必要しない。ただ魔力の流れを直視し、変質を察知できる。そこから最適解を導くのだ。得意なのは現行の魔道具を地球の科学と組み合わせて能力の向上、もしくは別機能を持たせる改造だ。
「よっ、王都一の魔道具職人」
「よせよー」
「数字はなんぼ?」
「『231』。まだまだだよなぁ」
風呂場にいる野郎3人も『数字』を持っていた。となれば当然、残るひとりシラカシもだ。
はたしてこれは異世界特典なのか、それともこちらの世界でも稀に存在する能力なのか。それはまだ、明らかではなかった。
異世界転生者たちのアジト、またの名を魔道具屋『ミゴン』の夜は更けていく。
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