第9話 冒険者たち





「2時」


 気配察知に鋭いシラカシが短く言った。


「『ファイヤ・ボール』」


 間を置かずジョウカイの魔法が飛ぶ。攻撃というよりは炙り出しだ。事実、森に火を点けないようにあえて地面を狙っていた。


「予定通りフォレストウルフですか」


「数は……、14。大きいのがひとつ、ボスだな。距離20」


 ジョウカイに続き、シラカシが敵戦力を確定させた。この距離でこの精度。彼女の索敵能力は本物だった。


「僕の出番はなさそうですね。援護でしょうか」


 フォレストウルフはとにかく速い。ジョウカイの身体能力と武器が錫杖では後手になる。


「ジョウカイさんはボスを抑え込んでてください。それ以外を先にわたしとシラカシさんでやります!」


 フキナが明るい声で注文をだした。ジョウカイに身を挺してボスを抑え込めと言ったのだ。

 それでも彼女の判断は正しい。今回の依頼は『殲滅』だ。ボスを倒して逃げ散られてはかなわない。シラカシも異を唱えなかった。


「了解です」


 ジョウカイもそれをあっさり受け入れた。


「じゃあ『クラッシャー』。戦闘開始!」


 フキナがノリノリで合図した。実は彼女がパーティリーダーなのだ。



 ◇◇◇



「バランスのいいパーティです」


 そう言ったのはフキナだった。


「いや、バランスどころか滅茶苦茶じゃねえか」


 言い返したのはヤスだ。


 異世界からやってきた6人はしっかりと職を持っている。でなければ生きていけないので当たり前だ。

 5人だったところにマトが加わり、さらにアジトが出来上がった1年程前、幾つかの変化があった。


 昔のコネで情報屋紛いをやっていたヤスは、魔道具屋の営業を始めた。マトはご存じの通り店番だ。ヒトミはずっと自宅警備をしていた。多分これからもだろう。

 フキナ、シラカシ、ジョウカイは冒険者パーティを選んだ。シラカシとフキナはソロで手抜き冒険者をやっていて、ジョウカイは僧侶として貧困層の冠婚葬祭を手伝っていが、このたびパーティを結成することにしたのだ。


 フキナとシラカシ、ジョウカイが組むとアタッカー2、タンク3、索敵2、魔術師2、ヒーラー1になる。3人パーティでこれだ。ヤスがツッコムのも無理はなかった。

 当初パーティ名を『黒き天秤』とか考えていたフキナは落ち込んだ。バランスは却下されたのだ。シラカシはどうでもよさそうだった。


 結局パーティ名は『クラッシャー』で落ち着いた。

 無難であるし、上を目指してる感じもあるし、現状を打破して、それでもってやってやるぜっていう意気込みを感じる、などとヤスが熱弁をふるったのだ。フキナはまだ落ち込んでいたが、メンバーにコードネームを付けようというところで復活した。

『クラッシャーフキナ』、格好良いではないか。『クラッシャーシラカシ』、悪くない。じゃあジョウカイは当然『クラッシャージョ』……。


 コードネーム案は廃棄され、フキナはヤケ酒に逃避した。ジョウカイは何がダメなのかわかっていなかった。



 ◇◇◇



「はい、間違いありません。報酬はどうしますか」


「今ください」


 無事仕事を終えた『クラッシャー』は、王都西門中流にあるヴァルファン西冒険者事務所にいた。


「相変わらずだな」


「そうですねぇ」


 シラカシとフキナがひそひそと会話をしているが、雑踏に紛れて他には聞こえていないだろう。

 もう夕方で獲物を持ち帰った冒険者も多いのだが、そこにあまり活気がない。ここはいつもこんな感じなのだ。


「冒険者ギルドじゃないもんなあ」


 フキナがため息を吐いた。


 この国は冒険者を犯罪者予備軍兼緊急時の兵力としか見ていない。なので適当に仕事を流して最低限食えるくらいはしてやるか、という程度の制度があるのだ。それが公立冒険者事務所。

 王都近隣から集められたモンスターの被害情報や、貴族や商人から出される素材回収依頼などを取りまとめて、ちょっと補助金を上乗せして討伐・収集を斡旋してくれるだけだ。

 冒険者ランクもパーティレベルもない。そこに国を跨ぐような冒険者互助組織は存在していない。


「いやいやなのが伝わってきますね」


 ジョウカイも苦笑している。

 ここの職員、一応は行政府からの配属なのだが、彼らにとってここは底辺職場として忌み嫌われている。懲罰的意味合いすら込められていた。目の前にいる冒険者が全滅すればいいと、本気で思っている節がある。


「力があれば儲からないわけじゃないけど、やりにくいなぁ」


「やりすぎると貴族に目を付けられる、だったな」


「そゆことシラカシさん。だからこんな格好なんでしょ」


「ああ、そうだったな」



 ダミーということで3人の装備は『お仕事』の時とは違っている。

 ジョウカイは蒼い僧服に錫杖。杖の使い方は下手くそだ。

 シラカシはみんな大好きバスタードソードの大きなやつを背負っている。そして腰には木刀『朱殷しゅあん』。これは絶対に手放さないと駄々をこねた結果だ。極東のお守りってことで誤魔化していた。カーキ色の革鎧を着こんでいる。

 最後にフキナだが鎧はシラカシとおそろい。大きなカイトシールドを背負って、腰には横抜きできるようにククリナイフが装備されていた。もう完全に趣味全開だ。



「わたしはシールド使えれば、まあ大丈夫だから」


 確かにシールドと『芳蕗』は相性がよさそうだ。踏み込みを応用すれば、多分アホみたいに強力なシールドバッシュを繰り出すだろう。すでにフキナは『芳蕗・盾式フサフキ・たてしき』とかいう傍流を狙っている。


「わたしも棒を振るだけだな」


 シラカシは鞘から抜く気もなさそうだ。バスタードソードを長めの棒と考えている節がある。


「僕は魔法担当ですので」


 そう言うジョウカイだが、フキナとシラカシは彼を肉壁と考えている。回復魔法が使えるから大丈夫。なんといってもそういうチートだから。


 ジョウカイのチートは『放出系魔法全般の才能』。ある意味定番と言えるかもしれない。いや、昨今だとここから捻るか。

 彼は身体強化魔法こそ不得意だが、それ以外をほぼ完全にこなす。特に回復系はお手の物だ。


「ジョウカイ、数字は」


「『485』ですね。そういうシラカシは?」


「『812』だな。フキナより少ない」


 フキナは今の時点で『825』。僅差ではあるが、シラカシとしてはライバルに負けているのはちょっと悔しいらしい。


 雑談をしながら3人は出口に向かう。



 ◇◇◇



「肉、肉、肉ぅ。急いで調達ぅ」


 事務所の出口をくぐってすぐ、一人の少女が突っ込んできた。


「むっ」


「あっ、とぅ!」


 危うくぶつかりそうになったところで、シラカシが斜め後ろに一歩引く。相手の動きを見切った最小限の動作だった。伊達に常在戦場はやっていない。

 対する少女は大きく飛び退いた。


「あれ?」


 小さく疑問の声を上げたのはフキナだった。


「ご、ごめんなさい! 急いでたので」


 少女が腰を折るくらい頭を下げて謝った。


「いや、お互い怪我がなくてなによりだ」


 シラカシが謝罪を受け入れる。


「本当にごめんなさい。じゃあこれで」


 そういって少女は素材販売窓口に向かった。



 冒険者事務所では素材の販売も行っている。特に中流から下流にかけてはモンスター肉が主流なので、肉類については専用窓口があるくらいだ。

 ただし一般向けでは販売していない。最低単位は銀貨から、つまり1000バア以上ということになる。銅貨なんぞ扱ってたまるかという気概が感じられた。


「窓口のおじさーん、肉、肉残ってます? 2000バア分で。あ、領収は『ポローナ』でお願いします!」


 販売対象は卸し、食堂、町内会他になる。町内会といっても数軒の家が固まって、食料のまとめ買いや薬の融通などをする自衛的集団だった。回覧板などない。


「あー、ギリギリダメなの出してきましたね。そういうの良くないですよ」


「ちっ。手違いだよ。待ってろ」


 なかなかたくましい少女だった。格好からすれば中流あたりの娘だろう。

 あたりの冒険者は微笑ましく見るか、それともいやらしい目つきを見せるかだ。


「やめとけ、ありゃ『ポローナ』の娘だ」


「なんだそりゃ」


「オヤジはあのミュドラスだぞ。クラゼヴォなら聞いたことあるな? ちょっかいかけてみろ。死ねるぞ」


「うへぇ」


 というわけで、その少女の正体はミサキだった。



 数分後ミサキは肉の入った袋を肩に引っ担いで、冒険者事務所を後にした。


「ちょっといいかな」


「はい? ああさっきの。少しだけならいいですよ」


 事務所を出た所でミサキに声をかけたのはフキナだった。

 横にはシラカシとジョウカイもいる。特にジョウカイはいるだけで威圧的になるものだが、ミサキは欠片も動じていない。それだけでフキナのミサキに対する評価が上がった。こりゃ肝が据わってる。


「大したことじゃないんだけどね、あなた何か武術みたいのやってる?」


 フキナが引っかかっていたのはそこだった。

 シラカシが避けたのだ。普通の人間なら気付かずまっすぐ突っ切る。逆にシラカシより先に回避行動などできるはずがない。

 つまり同時に避けた。フキナの目にはそう見えたのだ。


「あちゃー、わかりますか。まいったなあ」


 全然まいっていない表情でミサキが笑った。むしろ邪悪な笑みに近い。

『クラッシャー』の3人は気付いた。この笑い方、ヒトミに似ている。


「包丁術を学んでるんです」


「包丁、術?」


「縦横無尽に包丁を使って、敵を倒すんです」


 疑問符を浮かべるフキナに対し、ミサキは背を向けて、腰に装備した包丁を革鞘越しにポンポンと叩いてみせた。

 刃物を背中の腰に横刺し、しかも柄は右側だ。すなわちそれはフキナのククリナイフと一緒。右手の逆手で得物を抜いてからクルリと回して順手で構える。フキナはそんな一連の動作を幻視した。

 格好良いからやる、多分それだけの理由だ。フキナも練習していたからわかる。

 コイツ、できる。


「わたしはフキナ、こっちはシラカシ、そしてジョウカイ。あなたは?」


「わたしはミサキです。爺ちゃんが東方風に付けてくれました。包丁術も東方の流れで、爺ちゃんが教えてくれたんです」


 ミサキ渾身のカバーストーリーが発動した。包丁術など無いし師匠もいない。完全に我流だし。


「その爺ちゃんも、おととし……」


 そう繋いでミサキは空を見た。心の中ではガッツポーズだ。爺ちゃん、わたしはやったよ。


「そう……」


 と来ればフキナもツッコミに困る。シラカシとジョウカイは展開についていけていない。


「いいお爺さんだったんだ。ああ、引き留めてごめんね」


「いえいえ」


 ミサキとしては大満足の会話内容だった。いつかのためにストックしておいたかいがあった。


「あ、わたしのウチ、中流76番地で『ポローナ』って食堂やってるんです。お安いですから機会があったら是非。じゃあ!」


 調子に乗ったミサキは店の宣伝をして、それから駆け去った。



「確かにアレは中々だな」


「ですよね。王都も広いや」


 シラカシもミサキを強者とみた。

 だがそれはミサキが身体強化を常時発動させていたからだ。ミサキは人混みのあるところでは身体強化バリバリ派だった。しかも幼少から使いまくっているお陰で滅茶苦茶馴染んでいる。魔力を放出できない体質もあって、使っているように見えないのだ。看破するとしたらマトくらいか。


「ミサキって言ってたっけ」


 フキナが走り去った影を追うように呟く。


 王都にはヴァール人だけでなく東西南北、さらに先からも様々な民が集まる。本人が東方風と言ったのと包丁術の物語に気を取られて、ミサキが転生者である可能性がとんと浮かんでこなかった。


「中流76番地、『ポローナ』か」


 何故かシラカシはそっちの方を呟いていた。



 ◇◇◇



「ふんふんふ~ん」


 ミサキは上機嫌に走っていた。謎の武術者ムーブができたから。


 彼女にとって日本からの転生者など自分一人だ。最初は他にもなどと考えたこともあったが、13年間一度も出会わなかったのだ。今はもう両親と自分だけのことで十分。だからさっきの3人が同郷などと考えもしなかった。


「フキナさんはそうでもないけど、シラカシさんとかジョウカイさんって変わった名前だなあ」


 王都では聞いたことのない響きだったので、多分異国風の名前なんだろうなと、ミサキはそう思うだけだった。



 10分後、店に戻ったミサキは帰りが遅いと両親に叱られた。


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