第7話 異世界転生者たち





「そんなわけで衛兵詰所のお偉いさん、お亡くなりになったそうだ」


「なんで?」


 ヤスの報告に、マトがクエスチョンマークを頭に浮かべた。

 先のお仕事から10日後、『バブリースライム』やら『影隠し』なんて呼ばれている6人は、毎度ヒトミの部屋に集まっていた。


「それがなあ、心労のあまり病気休養、そのままポックリだとさぁ。跡継ぎはいるから、まあお家はなんとかだな」


「表向きはわかりました。本当のところは?」


 こういうお約束に聡いのはフキナだ。シラカシは脳筋、ジョウカイは結果主義、マトはまだ幼い。ヒトミはよくわからない。


「情報屋が詰所の噂を拾ってくれた。どうやらそのお偉いさん、オレらが漁り損ねた金貨をポッケに入れたらしい。馬車か盗賊の鎧あたりに紛れてたかなぁ」


「悪党ですね」


「ジョウカイは落ち着け。そんなのをいちいち咎めてたら貴族が滅ぶぜ」


「なるほど、清浄な世界ですか」


 どこまでもジョウカイはジョウカイだった。無政府主義者ではない、ないのだが。周りは呆れている。


「まあいいや。んでな、その金貨が贋金だったらしい」


「やらかしましたねえ」


 フキナは何が起きたかなんとなく想像できた。


「で、バレた。今頃上のほうじゃ金庫の総点検やってるかもなぁ。衛兵のお偉いさんは御家存続と引き換えに、贋金ならぬニセ酒を飲み干したってわけだ」


「詰所は大混乱。次の偉い人はまだ。『バブリースライム・カッコカリ』の捜査は中断、ですか」


 フキナの推測は全部正解だったらしい。ヤスがうんうんと頷いて肯定した。


「書類で匂わすのはよかったけど、贋金の現物が出ちまったよ。こいつぁ予定外だ。やべぇかなぁ。これからどうしようかねぇ」


 最後にヤスがボヤくように言った。まとめにすらなっていない。

 お仕事の後はいつもこんな感じだ。全部が予定通りにはならないし、不測の事態だってある。


 それでもまあ、待っていれば次のヤマがどこかからやってくるだろう。



「最初の仕事から4回。もう1年になるか」


 珍しくシラカシが話題を振った。いや、独り言か。

 彼女のことだ、昔を思い出すより1年の間でどれだけ自分が強くなれたかを反芻しているだけかもしれない。彼女はそれくらい人を斬ってきた。


「むぅ。昔話はいーじゃん!」


「む、すまん、マト」


 面白く無さそうなマトに、少し慌ててシラカシは謝った。

 こちらに来てからの話は、ここにいる全員がそれぞれ重い。その中でもマトの傷はつい最近のものだった。


「いーよもう。吹っ切れてんだからさー」


 そう言ってマトは笑った。シラカシがホッとした顔をする。

 コイツ中々成長してやがるとフキナやヤスは感心した。残り二人はあんまり考えていなかった。


 さらに言えば、彼らは前世でもあまりよろしくない人生を送っていた。



 ◇◇◇



 事件が起きたのは、とある地方中核都市のスクランブル交差点だった。

 集団失踪事件、いや集団消失事件といった方が正確か。


 地方都市といっても200万近い大都市だ。そのド街中で人間がいきなり消えた。目撃者多数、監視カメラでも消えた瞬間が捉えられていた。

 マスコミがこぞって報道する。警察に突撃をかけて、とにかく人物の特定を迫った。


「お知り合いと一緒に行動していた中に、失踪した方はいませんでした」


 1週間後に行われた警察の記者会見を聴いていた記者たちはガックリきた。インタビューをする相手がいないではないか。


「証言やカメラから失踪者は5名から10名程度と考えています。事件の起きる前も併せて、現在までに提出された捜索願の中で身体的特徴が合致した方は2名、近隣の職場に勤務している方が1名となります」


 一人は天谷成海あまたになるみ28歳、長身で禿頭、寺の跡取り。

 もう一人は古船吹奈ふるふねふきな21歳、巡業で来ていたプロレスラー。

 職場が近い一人は八ツ木白樫やつぎしらかし24歳、会社員で総務課勤務。


 当然マスコミは行動する。結果、天谷家の寺からは追い出され、八ツ木家では爺さんに叩きだされた。両家とも失踪者当人とは折り合いが悪かったらしい。

 それは最後の古船吹奈も一緒だった。両親とは断絶状態。だが巡業中のプロレスラーで師匠は有名人だ。そのプロレス団体に取材が殺到した。


「そうですね、異世界でも行ったんじゃないですか」


 平然とした顔で報道陣に対し言い放ったのは団体の看板、日本最強女子の肩書を持つ女、芳蕗文香ふさふきふみかだ。古船吹奈の師匠はヒールらしく悪い顔だった。



 実際のところは捜索願が出されていない人物もいた。

 山下ヤスやましたやす37歳、親類無し、会社員で営業職。

 式田真人しきたまと14歳、中学生、片親で母との関係はボロボロ。

 多宮瞳たみやひとみ11歳、引きこもり、両親との折り合いは最悪。


 そしてもう一人。17歳の女子高生も。


 全員が闇を抱えていた。これまでの人生、生活環境による歪み、本人の資質などなどを混ぜて煮詰めた感じのを。

 そんな連中がある日たまたま一か所に集まった。闇の力が結集して、そして奇跡が起きたのかもしれない。


 彼らは異世界へと旅立った。



 ◇◇◇



 転生者は誰一人として神様に会わなかった。説明なしで生きろということか。

 彼らに共通していたのは記憶が戻るタイミングだった。現地年齢で5歳。はたしてそれまでの生存が約束されていたかは不明だが、なんとか自己判断で行動できる年齢なところに意地悪さを感じる。


 最初に目覚めたのはヒトミ。場所は王都近郊のダンジョン最下層だった。物語的にはありがちだが酷い。

 次にヤス、そこから順にジョウカイ、シラカシ、フキナ、マトとなる。ヒトミの現地年齢は実に97歳。本人曰く「永遠の11歳」は、彼女渾身の持ちネタだ。

 つまりヒトミは例外として、日本で消失した時の年齢差で生まれたことになる。それ故ヤスはくたびれたおじさんで、マトは若さに溢れた状態で出会うことになったのだ。



 そんな転生者たちだが、こちらでは全員両親不明の孤児スタートだった。


 マトは魔道具商人に拾われ、養子になった。幸せな部類だろう。

 フキナとシラカシはスラムの孤児だった。それぞれ別グループに所属しながら持ち前の武術とチートでブイブイいわせて、最後はスラムに影の組織を作りあげた。

 ヤスは下流で悪さをしていたマフィアに拾われ、ジョウカイは教会の孤児院でそれぞれ育った。こちらもチートでのし上がっていく。ヤスはしまいにマフィア組織を壊滅させて逃亡した。ジョウカイも能力がバレてカルト教団に狙われたことがある。

 ヒトミに至っては説明不要だろう。もはやジャンル違いだ。


 それでも彼らは生前の知識や技能、得られたチートと黒光りする心の強さを支えに生き抜いた。たとえ他者の命をどれだけ奪っても。


 それぞれに物語があった。



 ◇◇◇



「もういーんだよ、あんなクソ両親」


 ヒトミの私室という名の会議室で続いていたのは、すでに雑談だった。


 彼らの最初の仕事、依頼者は初対面のマトだった。内容は復讐。金ならいくらでも払うからヤツらを潰してくれ、といった感じだ。


 最初こそ後継者のいない両親はマトに愛情を注いでいたのかもしれない。それに応えるようにマトは魔道具作成者として頑張った。チートフル活用で頑張ってしまった。

 結果、両親は目がくらんだ。そして貴族相手にドジを踏んだ。マトの両親を疎んでいたライバル商会の手引きもあった。


『こんなガキならいくらでも差し上げます!』


『わたしだけでも助けてっ!』


 そう叫びながらマトの両親は殺された。その時見せた貴族の笑い顔があまりにも醜悪で、マトはいまだに忘れることができないでいる。

 その貴族は両親の言葉を信じていなかった。こんな子供に魔道具など作れるはずがない。もう手に入らないと思った魔道具の代わりに、ガキを絶望させる愉悦を選んだだけだ。王都貴族らしいやり方だった。

 事が済んだあと、マトはスラムに捨てられた。


『死にたいのか? 生きたいのか?』


 死んだような目をして横たわる少年に声をかけたのはシラカシだった。


『どっちでもねーよ。ただ、あいつらだけは殺してー』


 その時にはもうシラカシ、フキナ、ジョウカイ、ヤス、そしてヒトミはお互いの素性を知り、徒党を組んでいた。

 マトが異世界転生者で同郷だと知ったのは、仕事が終わった後だ。


「むしろあのクソ貴族やバカ商人の死にざま見れて、すかーっとしたぜ」


 マトは強がる。だが本当にそういう気持ちになりつつもある。

 ここにいるのは同郷者とはいえヤバい連中の集まりだが、それでも構わない。それにマトはなんとなく思うのだ。自分もまたこいつらの同類だと。



「そうだよね。わたしとシラカシさんは長いけど、マトに会ってまだ1年くらいなんだよね」


「そーだぞ」


 マトの思索をフキナが中断させた。まあマトにしても明るい方がいい。


「そういやさ、あの時の交差点、たくさん人いたよね。マトもそうだったし」


「フキナ、おまえまさか」


 フキナの言葉をヤスは理解した。


「いや、全員とは言いませんよ。わたしたちみたいのがゴロゴロいるわけないし。あ、でもこの世界中にバラバラだったらあり得るかもだけど」


「おいおい」


「だってヤスさん、この街だって、もしかしたらまだ」


「『異世界転生者は引かれあう』」


 ぼそりとヒトミが呟いた。口元がピクピクしてるのは、言ってやったぜってところだろう。


「四部かよ」


「いいですよね、四部。個人的には二部だけど」


 ヤスは世代的にフキナは趣味的に通じた。

 シラカシとジョウカイはマンガを読まない。マトはジェネレーションが違った。


「四部のアレって10年スパンの話だったかぁ?」


 ヤスのツッコミはスルーされた。



 ◇◇◇



「ふおぉぉぉ! 切れる。今日も切れてるぞおぉぉ!」


 その頃ミサキは包丁を振るって食堂の仕込みをしていた。


「数字、数字上がってえぇぇ!」


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