第6話 黒い心を纏って





「また『バブリースライム』か」


「はっ!」


 古城壁の『外側』に貼り付くように第2警備詰所はあった。

 ヴァルファンにおける治安維持は基本、行政府警備部管轄となっている。さらに言えば平民街を担当するのは第2警備室。室長はいるが看板だけで、実質業務は副長が担っている。一応複数の衛兵隊を指揮する立場だ。


 その副長は今、頭を抱えていた。これで4度目になる王都大量虐殺事件。犯人の手がかりは現状皆無だった。

 別に副長は正義に燃えているわけでも、職責を全うするために奮起しているわけでもない。ただひとつ、このままでは首が寒い。それだけだった。ちなみに男爵当主でもあり、お家もヤバい。


「確かなのだろうな」


「犯行現場は4か所、シェガルト男爵邸、南8番通用門、南西のケッファ村近郊、ペロタ山中腹の小屋です。状況からみれば同一犯かと」


 副長が煩悶しているだけでは埒が明かないと、担当文官が状況説明をしている。だが彼も心がこもっていない。

 衛兵でも役職がある連中以外は、悪党が消えたからいいじゃないかとお気楽な者、今度は自分の番かとビビる者、そんなのばかりだ。


「ペロタ山では死体が見つかりましたが、焼失していて死因は不明。ケッファ村では血痕のみです。おそらく殺されてから馬車で8番門に移送され、それから始末されたと思われます」


「なぜわかった」


 そんなコトもわからないのかと文官は心でため息を吐いた。これまでの3回と一緒だろうに。だからこそ『バブリースライム』の仕業だと断定したんだろうが。


「痕跡、残されていた『影』の数です」


「……そうだったな」


 副長にとって死因などどうでもいい。必要なのは結果だ、功績だ。

 そのためには地道な努力が必要なのだが、そういうコトを考えるのは部下のやることだと、彼は本気で考えていた。


「『泡泥』めがっ!」


 迷宮浅層に現れる死体を漁り溶かしつくすモンスター、『バブリースライム』は蔑称に近い。警備部は犯人どもにその名を与えた。だが、それだけだった。



 ◇◇◇



「とったあ!」


「うおっ、やられたな」


 ミサキの包丁が彼女の父、ミュドラスの首に添えられていた。

 お馴染みの食堂裏訓練場でミサキはミュドラスと模擬戦闘をやっていたのだ。片や木剣、もう一方は刃引きの包丁で。母サキィーラは見物だ。別に柱の陰に隠れたわけではなく、堂々と椅子に座っていた。


「あなた、手加減はしていないでしょうね」


「してないしてない。奥の手を使わなかったくらいだ」


 サキィーラの念押しに、ミュドラスが両手を上げてバンザイした。


「瞬間的に身体強化を上げたよな。しかも包丁がなんか変な動き方したぞ。あれはなんだ」


「42の必殺技のひとつ『蛇包丁』」


 ミサキが繰り出したのは、相手の刀身に合せて包丁を滑らせる技だ。精一杯の身体強化と包丁チートは伊達ではなかった。


「確かに蛇っぽかったけど、42もあるのか」


「世界の真理だよ」


「そ、そうか」


 ミサキはそういう気質だった。ちなみに技はまだ数個しかない。



「で、約束だったよね」


「むう、仕方ないな。サキィもいいか?」


「仕方ないわねえ」


「やったあ!」


 ヴァールスターン王国で採用されている暦には1週間が存在する。月の日、火の日、水の日、木の日、金の日、土の日、そして日の日だ。ネタか?

 そんな世界ではあるが『ポローナ』には定休日がある。毎週日の日だった。

 その日は店の大掃除や、会計、材料の棚卸などをやっているのだが、たまに両親が狩りに出ることがある。王都西部の森に入って猪型モンスターなんかを持って帰ってくるのだ。経費節減は大切なのだ。


「くくくっ、包丁がうずうずしておるわ」


 約束とはその狩りにミサキを連れていってもらうということだった。



「ほへー」


 ミサキは食堂裏手の特訓場横にある風呂に入っていた。彼女の強いリクエストもあり、両親と3人で石を積み上げて作ったものだ。

 ちなみに裏庭は高さ2メートルくらいの石垣で囲まれているから安心だ。


 店から上水を流し込んで湯舟に溜める。沸かすのは木炭でもできるが、普段は母、サキィーラが担当している。それこそ魔法でドドンって感じだ。

 父は元冒険者で腕っぷしがある上に中々の料理人、母は商人の娘でこの街では知識層、さらに魔法もこなす。そして娘は包丁の使い手。


「いや、血は繋がってないけどさあ」


 ミサキが頭に浮かんだ妄想に、セルフツッコミを入れた。

 そんな彼女は現在も小出しに知識チート発動中だ。『ポローナ』の帳簿は完全に把握できているし、この街にある材料を駆使して地球料理の開発にも勤しんでいる。


「楽しみだなあ」


 明日は『日の日』でお店はお休みだ。そして念願の狩りの日でもある。



 ◇◇◇



「いいかミサキ、最初は怖いと思うだろうから後ろで見ているんだ」


「わかった」


「わたしなんて今でも捌けないの。ミサキも無理はしないでね」


 3人は馬車で西の森を目指していた。馬車はもちろんレンタル。賃料以上に稼がねばとミサキは燃えていた。

 そして同時に暗い炎も身に纏っていた。



 ミサキの前世、久峰三咲ひさみねみさきの人生は美しいものではなかった。2歳の頃に両親を事故で失い、彼女だけが生き残った。母方の叔父が引き取る形になったが、すでにそこには家庭があった。5歳の従兄妹は手のかかる妹を疎ましく思ったらしい。自分の両親が『他人』を構っているのだから当然だ。ここまでは間が悪かったといえたかもしれない。二人がもっと大きくなれば。


 更なる悪循環は三咲自身がもたらした。


『なにやってんだよ!』


『え? カエルが死んでる』


 三咲にはそういう癖があった。虫やカエル、時には轢かれた猫の死体をじっと見つめていることも。叔父夫妻が諫めたが、三咲の行動は収まらなかった。

 普段は至って普通の高校生。かなりオタク傾向はあったがそれなりの友人もいて、学業もしっかりこなしていた。だがそれが逆に白々しく見える。いつしかそんな三咲を家族全員が恐れるようになっていた。


 嗜虐癖ではなかった。生物が苦しむ姿を見たいとは思っていない。

 あの日交差点にいたのもそうだ。信号待ちをしていたのは事実だが、たまたま暇だったので何度も何度もぐるぐると信号を渡り歩いていたのが真相だ。何かが起きないか、と。


 最初は記憶に残っていないあの事故、2歳の三咲が多分見ただろう、血を流して動かない両親。



 ◇◇◇



 こちらに来てからミサキは抑え込めている。時々漏れ出してはいるがそれなりに。

 異世界に放り込まれた興奮もあったのだろう。それ以上に両親と祖父の存在、そして包丁チートだとミサキは思っている。包丁を持つと自然と安らぐのだ。ある意味ヤバいチートだった。


「ミサキ、ミサキ?」


「あ、ああごめん母さん。ちょっと緊張してるかも」


 とっさにミサキは誤魔化した。


「大丈夫、ミサキの身体強化は本物だ。盾をもってれば問題ないさ」


「うん」


「山が見えるでしょ、あれはペロタ山」


「山の手前にある森が目的地だ」


 ミサキの緊張をほぐそうとしてくれたのだろか、両親が地理講座をはじめた。

 その後も植生やモンスターの種類、分布なども。母は商売視点で、父は冒険者観点でそれぞれに語った。


 そんな時間が続けば森まではあっという間だった。ミサキの初ハンティングが始まる。



「森の深くまでは入らないぞ。ブッシュボアを狙う」


「わかった」


 陣形は先頭がミュドラス、その後ろにミサキとサキィーラが並んでになった。

 全員が革鎧で、武装はミュドラスが幅広の両手剣。現役の頃はどうやら生粋のアタッカーだったらしい。サキィーラは短剣だが、本命は左手首につけた金属製の腕輪だった。魔法効果増加の魔道具だ。そしてミサキはといえば50センチくらいの木でできた丸盾、それと皮鞘に納めた包丁だ。繰り返す、包丁だ。


 両親もミサキが包丁を持つ時に強くなるのを知っている。今回ミサキが持参したのは刃渡り25センチほどの肉切り包丁、所謂牛刀だった。物置に眠っていたのをミサキが発掘してきたのだ。

 昨日の夜、薄気味悪い笑みを浮かべながら包丁を研ぐミサキが両親に目撃されている。



「ん」


 30分ほど探索したところで、ミュドラスがなにかに気付いた。その場でしゃがみ込み、地面に耳をつける。ミサキはなんかプロっぽいと大興奮だ。


「間違いないと思う。ただ」


「どうしたの?」


 煮え切らない夫にサキィーラが首を傾げた。


「2頭いる。たぶんつがいだ」


 この3人でいっぺんに2頭は、実は大した問題ではない。片方をミサキが牽制すればいいだけの話だ。むしろ夫婦二人だけの方が面倒だったろう。

 だが初めての狩りで、娘にそれをやらせる親がいるだろうか。


「わたしは父さんの指示に従うから」


「ミサキ……」


 本当はミサキもすぐに戦いたい。彼女が考えなしならとっくに駆け出していただろう。

 だけど両親を心配させるような真似はしたくない。今回ここに連れてきてもらっただけでも、ミサキにとってはありがたい話だから。


「近づく。それから判断しよう」


 そんなミサキの意思が見えたのか、ミュトラスは折衷案を提示した。



「あれだ」


 5分後、木の葉の隙間から3人は獲物を見ていた。黒い猪としか形容できないソレは間違いなくブッシュボアだった。それが2頭。

 さてどう判断するのかと、ミサキは父親の言葉を待った。ミュドラスは目をつむっている。そして数秒。


「ミサキ、包丁を抜け。盾を置け」


「あなた……」


 サキィーラが呆れている。

 その横でミサキは素早く盾を外し、包丁を右手に握った。


「ミサキやれるか? 俺の想像だと……」


「楽勝」


 ふてぶてしくミサキが笑う。


「だな。ただし普段通りならだ。だから俺が先につっかける。サキィは片方を牽制だ」


「わかったわ」


「相手が戸惑ったところでミサキだ。だが俺の指示が出てからだぞ」


「うんっ」


 心から湧き上がる感情、ミサキはそれを身に纏った。それは歓喜だ。

 両親が自分の出番を考えてくれている。お荷物じゃない。ちゃんと戦力として計算して、そして気遣ってもくれている。

 ミサキの心にある黒い何かが包丁と一緒に燃えているようだった。白く塗りつぶされるような柔いモノじゃない。彼女はそれを抱えて戦いに挑む。



「しっ」


 最初に飛び込んだのはミュドラスだ。序盤は静かに、相手に察知される距離からは最速で。ブッシュボアの注意が一点に集まった。その間にミサキとサキィーラも距離を詰める。


「サキィ、やれ!」


「『ウィンド・ダガー』」


 ミュドラスが片方の獲物に剣を叩きつけ、サキィーラは魔法を放った。2頭のブッシュボアが完全に分断される。


「……いけ、ミサキぃ!」


 父がゴーサインを出した次の瞬間、ミサキはすでに最高速だった。身体強化を最大に、フェイントもなにも無しで真っすぐ獲物に突き進む。父親が担当しているもう片方など気にも掛けない。

 標的まで2メートル、そこでミサキは急激に進路を変えた。直後ブッシュボアの顔面に『ファイヤ・ボール』が直撃する。母娘で特訓した必殺のコンビネーションだ。


「おらああぁぁ!」


 完全に相手の横をとったミサキが雄たけびを上げる。

 やることはシンプルだ。すぐに血抜きもしなきゃと考える余裕すらもって、彼女は包丁を振り抜いた。



「やったな、ミサキ」


「すごいわ、ミサキ!」


 ミサキがブッシュボアを倒した時には、もう片方もミュドラスの手にかかっていた。

 両親がミサキの下に駆け寄ってくる。


「急いで血抜きだね!」


 少しの返り血を顔に浴びたミサキは明るく言った。


「ははっ、そうだな。急ぐとしよう」


 頭の数字は『67』になっていた。



 その日ミサキは前世と今世を合せて初めて哺乳類を殺した。モンスターたるブッシュボアが哺乳類なのかという問いは、この際ヤボというものだろう。


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