第5話 彼らの居場所





「証拠の書類は?」


「男爵のトコ」


「いい仕事だぜ」


「ん」


 シェガルト男爵邸に衛兵が突入したときには、気絶した者以外なにもなかった。装飾品やらは全て回収済みで、それらしいものは一切残さなかったからだ。

 そして翌日、執務室に突如として悪事の証拠がばら撒かれたという寸法だ。タチが悪い。

 ヤスは悪く笑い、ヒトミは無表情だった。こっそりヒトミは満足しているのだけど、それに気付ける者は少ない。


 彼らのアジトたるこの場にいるのは6人。赤い髪をおろしたシラカシ、禿頭のジョウカイ、ふくよかなフキナ、痩身のヤス、小さなヒトミ、そしてもう一人、メガネをかけたあどけない少年だ。名をマトという。この中では年少側の14歳だ。長めの金髪を後ろで縛り、メガネの下にある瞳は青色で典型的なヴァール人に見える。それも美少年の類に。


「で、役に立ったろー、俺の魔道具」


「そうですね、助かりました。マトの作る道具には毎回助けられます」


「だろー!」


 マト少年は見た目と違って言葉遣いがくだけていた。それに返事をしたジョウカイは相変わらず穏やかなものだ。これで両者とも素だった。

 6人の気心は知れている。もう1年以上に渡って『活動』してきたメンバーだ。中には10年来の付き合いがあるのもいるくらいだ。



 会議室兼ヒトミの私室で会議は開催されている。なんで私室でかといえばヒトミが部屋を出たがらないというだけの理由だ。『お仕事』以外でヒトミは滅多に外には出ない。


 一人部屋のわりにはかなり広い。正方形で1辺が10メートル近くもある。床には毛の深い絨毯が敷き詰められ、テーブルや椅子は無い。そこにいる全員は当然のようには裸足だった。むしろ全員それがいいと思っている。

 端の方にキングサイズのベッドと小さなクローゼット、さらには大きめの本棚がある。収められた本の量は多くなかった。たまに誰かしらが本を手に入れてくるのだが、ヒトミのお眼鏡にかなう本はそうそうないのだ。


 異質なのはこの部屋に窓と扉が無いことだ。天井が薄く光っているため暗くはない。それもまたヒトミの趣味だ。日光は健康に良くない、彼女のモットーだった。

 出入りに使えそうなのは、ベッドと反対側の角にある上への階段だけだ。手すりもなく無骨な姿をさらしている。そこだけ異質だ。まるでアレは。


「おーいヒトミ、せめてトイレくらいさー」


「ん」


 マトの声に反応したヒトミが指さした先には、いつの間にか扉があった。だからといってマトがダッシュするわけでもない。ただ言ってみただけだ。それをスルーするヒトミも無表情のままだった。


「こらマト、ちゃんと行きなさい」


「えー。んじゃちょっと」


 笑いながらフキナがツッコんだ。それに笑い返しながらマトも席を外す。まあ仲良しということだろう。

 ヒトミはベッドに座って足をブラブラさせている。床に座った面々は胡坐をかく者、正座する者それぞれだ。禿頭で190オーバーの筋肉僧侶が背筋を伸ばして正座をしているのは、なかなか圧巻だった。



「お待たせー」


 マトが戻ってきて会議が再開された。


「さて収支というか、パクったブツだな」


 司会はこの場の最年長、ヤスだ。当人としてはやらされているとしか思えない。いつか誰かに押し付けるつもりだった。


「まず金貨やら銀貨だが」


「朝の内に配り終わったよ!」


「うむ」


 フキナが元気よく、シラカシは謹厳に返事をする。6人の中で体力があり隠密に優れているのがこの二人なのだ。

 男爵邸や盗賊のアジトから持ってきた金は、銅貨を除いて全部孤児院に渡した。正確には入り口に置いた。王都にある孤児院すべてが対象だ。上流は少なめに、下流は多めに。街壁の外にあるスラムにはこの後行く予定だ。


「スラムの連中も喜ぶだろうさ」


「ああ」


 ヤスの言葉にシラカシがほほ笑む。残った銅貨は全てスラムに放出だ。金貨や銀貨なんて、あそこでは厄介のネタにしかならない。


「わたしも久しぶりに会いに行こうかなあ。ねえシラカシさん、ついてっていい?」


「かまわんぞ」


 フキナがおねだりする。実はシラカシとフキナはスラム出身で、先に出た10年来の付き合いというコンビだ。バチバチやっていた仲でもある。



「じゃあ金についてはそういうことで。次は男爵邸にあった金目のものだがなぁ、半分はガラクタだった。絵画と彫刻はほとんど贋作だぜ、まったく」


「次の標的は売りつけた商人ですか?」


「ジョウカイ、落ち着け。それはまた今度だ」


 剣呑な気配を放つジョウカイとなだめるヤス。他は別にといった感じだ。そういうのは騙される方が悪い。

 妻子ある小悪党を平気で撲殺し、違法に平民の金を吸い上げるヤツは許せない。厄介で歪んだ正義感を持つ男、それがジョウカイだった。伊達に教会育ちはやっていない。


「疲れるなぁ。はっきり言って廊下に飾られてた燭台の方が価値ありだ。マルトック商会はしっかりしてるわ。なんで、量産してて足が付かなさそうなのは金に換えるぞ」


 誰も返事はしないが同意の空気が流れる。同時にそういうのはヤスにやらせとけという風潮も。


「はぁ。で、流せないブツと贋作だがマト、どうだ?」


「うーん、まあ仕分けしてみるよ。素材に使えたらいーな。ヒトミ」


「ん、もう出した」


「うえぇ」


 今頃マト専用倉庫はガラクタだらけになっていることだろう。想像したマトはげんなりしていた。



「ほいで最後がコイツだ」


 ヤスは懐から出した袋の中身をぶちまけた。ジャラリと音をたてて転がったのは金貨と銀貨だ。


「フキナが持って帰ってきたのにも混じってたぜ」


「えっと、アジトのアレ?」


「ああ……、コイツぁニセ金だ」



 ◇◇◇



「やっばいよなぁ」


 ヤスはアジトの屋上でタバコを吹かしていた。足元には蒸留酒の入ったグラスが置いてある。

 3階建ての屋上なので周りが開けて見えるのだが、あえて南西のスラム側を向いて煙を吐き出す。夜でも灯りが多くきらびやかな宮殿は苦手なのだ。特にさっきまでやっていた会議の内容を想うと、どうにも北東、つまり貴族側は見たくない。


「月が綺麗ですか? ってね」


「よせやい」


 やってきたのはフキナだった。彼女もまたくわえタバコで、手にはグラスを持参している。

 本人としては「月は出ていますか?」と言いたかったのだが、ヤスには通じなさそうだったので自重した。多分会話になるのはヒトミくらいだ。肩身が狭い。

 6人の中でタバコをヤるのはヤスとフキナだけ。だからたまに屋上で二人きりになる。そこにやましい関係はない。


「なあフキナ」


「なんです?」


「オレッチみたいのがよ、取り纏めやってるのって、おかしくね?」


「他にいないじゃないですか」


 本気で言っているようにみえるヤスに、フキナはため息を吐きながら返事をした。なお、ヤスは本当に嫌がっている。



「だってオレッチが一番弱いだろぉが」


「そうですか? ヤスさんに勝てそうなのって、ヒトミとマトくらいじゃないかなあ」


「オレッチがどうやったらフキナに勝てるんだよ」


「暗殺?」


 なんのコトもないようにフキナが言い放った。ヤスがガックリと肩を落とす。


「フキナやシラカシ相手だと、気配を察知されて終わりだろ」


「確かに」


 遠まわしにジョウカイになら勝てるという話になりかけているが、6人の強弱など限定ジャンケンみたいなもので、時と場所、条件次第で入れ替わる。要は言っても仕方ないということだ。


「でもどうしたんです、急に」


「お仕事のたんびに毎回言ってるんだけどなぁ」


 しょぼくれたおじさんが、さらにしなびた感じになった。


「それはおいといて」


「おくなよ。今回はヤベぇ気がするんだ。あっち側だからなぁ」


 ヤスはタバコを背後に向けた。フキナは振り向かずにタバコを吹かす。


「偉い人?」


「それですみゃいいさ。古城壁の向こうはぐっちゃぐちゃだ。ヘタすりゃ一番上までありえらぁ」


「王様が? ニセ金を?」


 流石にフキナも驚いた。

 古城壁の向こうとは貴族街と宮殿、そして一番上とは……。王が自分で贋金をばら撒く? 国が傾くのだが。


「さてなあ。だけどよ、今の王都ならそれくらいありえるって思わねぇか」


「むーん」


 悩んだ顔でフキナはグラスのワインを飲み干した。フキナはワイン派だ。


「よくわかんないから、寝ます」


「おいぃ、リーダー役の話は」


 フキナは聞こえないふりをして階段を降りた。タバコはとっくにマト謹製『携帯灰皿』に呑み込まれている。タバコは人がいないのを確認してから屋上で、吸い殻はキチンと処理する。そういう部分は健全だった。



「元チンピラが業界怖くなって逃げだして営業やってたんだぜ。はぁ、重たいなぁ」


 フキナが去っていった後もヤスは独りで屋上にいた。

 足元にあったグラスを拾い上げて、蒸留酒をあおる。


「まじぃ。時代か? 技術の差か? うまい飯、食いてえなぁ」


 タバコを口に移して空になった彼の右手には、いつの間にか黒い物体が握られていた。

 拳銃、オートマチック、一般人ならそう思うだろう。もしマニアなら『Cz75ショートレイル』とまで当てるかもしれない。


「剣と魔法と迷宮の世界で拳銃か。チートっちゃあそうなんだろうけど、あいつら見てるとなぁ」


 ふと彼の頭に数字が浮かんだ。『674』。6人のうちの4番目。


 わかってはいるのだ。身内には自分以外でトップをやれそうなのがいない。

 さっきまで誰が強いの弱いの会話していたが、ヤス自身は自分が一番弱いと思っている。そんな自分が暫定でも頭を張ってるのが、どうにも納まり悪い。


「ま、しかたねぇか。やるだけやるさ」


 ここに住む6人は同郷で仲間だ。何人かは最悪の出会いをしたが、今は仲良くやっている。

 そしてヤスを含む全員が面白くない前世を過ごし、こっちに来てもロクな目にあわなかった。なりゆきで『変なお仕事』にも手を染めたが、それはまあいい。


「居場所だからな」


 こんなろくでもない世界に飛ばされた、異世界転生者たちの。



 几帳面にタバコを消して、ヤスは階段を降りた。


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