第11話 想像上の暗雲





「そんなに美味しかったんですか」


「ああ、だが不満だ」


「えー、美味しかったんですよね」


「だからこそだ」


「意味わかりません」


 夜、ヒトミの部屋でフキナとシラカシの謎会話がなされていた。ヒトミはそれを黙って聞いている。


「ちょっとだけなのが、もどかしい」


 そしてぼつりと呟いた。


「それだっ。流石はヒトミ、わかってくれるか」


「ん」


「なんですそれ。わたしがダメダメみたいじゃないですか」


 姦しかった。



「ねっ、今度ヒトミも一緒に行ってみない?」


 無理だろうなあと思いつつもフキナが提案した。たまには外の空気を吸ってほしい。


「行ってみたい」


「なにっ!?」


「えっ!?」


 シラカシとフキナが驚愕した。あのヒトミが、このヒトミが、どのヒトミなのかわからないくらいの混乱っぷりだ。


「ならば夕時遅くだな。あの時間は空いていた」


「一九三〇くらいが狙い目でしょうか」


 シラサキが慌ててプランを立てはじめる。フキナに至ってはお仕事言葉になりつつあった。


「中流76番地ならコストも軽い」


「チート使うんかい」


 フキナがツッコンだ。


 魔道具屋『ミゴン』は中流34番地。意外とご近所さんだった。



 ◇◇◇



「この度の司会並びに作戦指揮はわたくし、フキナがやらせていただきます」


「勝手にしてくれ。なんならずっとでもいいぜぇ」


「お断りします」


 フキナがヤスのちゃちゃをバッサリと斬り捨てる。


 昨夜の女子会を経て、ヒトミをお食事処に連れていこう作戦は、正式に立案、実行されることになった。まずは意思統一のために全体会議だ。場所はもちろんヒトミの部屋だった。


「前提としてヒトミのチートは却下です」


「……ん」


 ヒトミがちょっと不満そうだ。


「ですがそれ以外、我らの総力をもって事にあたります。草案となりますが、直掩前衛はシラカシさん。直掩後衛はジョウカイさんとわたしです」


「おいおい」


 ヤスのボヤキは黙殺された。


「先行偵察はヤスさん。できますね?」


「……やればいいんだろ」


「それでいいんです。最後に近接直掩としてマト」


「俺もかよー」


 留守番だと思っていたマトが驚いた。こんなの『お仕事』でもそうそうない。


「魔道具の全面使用を解禁します。それとヒトミ専用装備の作成。特に日光遮蔽と認識阻害を重視してください」


「えー、めんどくさい」


「ふんっ」


 ごねるマトの目の前でシラカシが素振りを始めた。直接的示威行動だ。


「わかったよ! わかったって! 作るからさー」


「よろしい。決行は10日後。作戦開始時刻は一九〇〇」


「陽ぃ暮れてんじゃん」


「それは……、今後も役立つかもしれないからですっ!」


 フキナは誤魔化した。



「それでは詳細についてですが」


「おっ、ちょっと待ってくれ」


 ヤスがポケットから何かを取り出した。


「あ、それって俺の」


「おう『魔力アラーム』だぜ」


 一見クレジットカードサイズの金属板にしか見えないそれは、小さく震えながら一部が赤く点灯していた。作成者は当然マト。本人としては音声通話が最終目標だ。


「えっと3番はタヌキかぁ。やべぇかな、こりゃ」


 マジモードに入ったヤスを見て全員が納得した。どうやら遊んでいる場合じゃないらしい。


「ちょっくら行ってくらぁ。すまんな」


「いえ、気を付けて」


 切り替えたフキナがヤスを気遣う。


「イザとなったら見捨てて逃げるさ」


「僕も行きましょうか?」


 ジョウカイが名乗りをあげた。接触する相手が怪我をしていたなら、彼ほど心強い者もいない。


「んにゃ、タヌキはこっちのメンバーを知らねえ。カードを晒すのはまだ先だ」


 そう言ってヤスは階段を足早に登っていった。



 ◇◇◇



「なんてえザマだよ」


「すまんな。ドジを踏んだ」


「いいさ、毎度世話になってるからなぁ。外をうろついてたのは気絶させといたから、移動するぞ」


 王都中流の小さなボロ小屋でヤスとタヌキはひそひそと会話をしていた。昨日の内にタヌキの行動予定を聞いておいたので簡単に落ち会えた。

 荒い息を整えながらタヌキが頷く。幸い彼に怪我はない。ならば即脱出だ。


「衛兵どもを4人も気絶か。相変わらずすげえな」


「なあに。そっちは情報、こっちは喧嘩ってな」


 なんのことはない、ヤスはマト謹製の『魔力テーザーガン』を使っただけだ。やたらと射程が短いのが悲しいところだった。

 ヤスはこちらに来てから相手の背後を取る技術ばかりが伸びている。彼のチートにマッチしまくりなので腕も上がるというものだ。



「ここでいい」


「おうよぉ」


 何食わぬ顔で街壁通用門をくぐった二人は、スラムにある隠れ家に逃げ込んだ。


「で、どうしたよぉ」


 ここまで黙って逃走に協力してきたヤスが、タヌキこと情報屋に迫った。マフィア時代からの腐れ縁だ。もう持ちつ持たれつの関係だった。


「警備詰所でちょっとな」


「新任が決まったのかぁ?」


「ベラース男爵だ。元第1警備室副長。とはいえ3番目だけどな」


「大降格じゃねぇか」


「ああ、貧乏らしくってな」


 第1警備室の管轄は貴族街だ。美味しいポストなので何故か副長が3人いた。ベラース男爵はその序列3番目。それでも貴族的には第2警備室の副長よりマシだ。勤務地が平民街など、高貴たる血が穢れるわ、くらいのことを本気で言うのが王都貴族である。


「だが有能らしい」


「おいおい」


 この場合の『有能』とは捜査能力や指揮力、ましてや武力を指さない。貴族的に物事を解決する能力を意味する。

 そういう汚れに慣れているため、便利な駒として上からの覚えもめでたいはず。なんでそんなのが降りてきた。ヤスの脳みそがアラームを鳴らしていた。



「なあヤス、金の件って知ってるか?」


「ああ……、ニセ金だろ」


「そっちまで知ってんのかよ」


「手は長いんでなぁ」


 軽口を叩きあうが、警戒度はすでにマックスだ。

 たかが第2警備詰所の新任副官を知っただけでタヌキがこんな目にあうか? 


「聞いちまったのかよぉ」


「ああ、聞こえたよ。あの衛兵、余計なことまで言いやがって」


 タヌキが鼻薬をかがせていた平民衛兵が、小金になると漏らした情報は爆弾だった。


「上は贋金に目を付けた。『解決』するつもりだ」


「解決なぁ」


 贋金の件を知った上で新任副官の着任を鑑みれば、その人事はあからさまだ。


「タヌキよぉ」


「わかってる、俺はしばらく姿を消すさ。ヤスのところは?」


「ああ、ウチは仕分けし終わってるぜぇ」


 仕分けどころか山ほど贋金を確保しているが、見つかるわけもない。


「情報ありがとよぉ、ほれ」


 ヤスは大銀貨をポイと投げた。10万円相当、スラムなら血の豪雨になるくらいだが、この場合は安いのか高いのか。


「んじゃオレッチはいくわ」


「おう、お互い無事でな」



 ◇◇◇



「そうですか。『甲12号作戦』は残念ながら延期ですね」


「いつそんな作戦名になったんだよ」


『ミゴン』に戻ったヤスの説明を受けてフキナは肩を落とした。ヒトミは相変わらずだが、心の内はいかばかりか。


「どうするのです。『仕事』ですか」


 何も考えていなさそうなジョウカイが聞いた。


「相手はまだ何もしてねぇ。『仕事』になるかよ」


「そうですか」


 ちょっと残念そうなのはいかがなものか。



「ヤスさんの予想は?」


 フキナが今後の予定を聞いてみた。


「ガサ入れがあるかもなぁ」


「ガサって……、まさか無差別ですか?」


「どうだかなぁ。まぁウチは大丈夫だろ、詰所にはキッチリお中元とお歳暮渡してあるぜ」


 ジョウカイを説き伏せるのが大変だったとヤスは思い出して苦笑いする。

 店を新規開店したとき、それから定期的に詰所を詣でるのは平民街の基本だ。さすがに下流となるとお互いに近づかないが。


 新任副長さんは大手が詣でた後だなとヤスは心の中で判断した。どうせ他の情報屋が売りにいくだろう。ウチみたいな弱小はそれからで十分だ。


「マト、店の奥のは全部ヒトミに渡しとけぇ。念のためだ」


「わかったー」


 当たり障りない店頭販売品以外は隠しておけということだ。それくらいヤスが警戒していることを実感して皆の顔が固くなる。



「それほどか」


「ああ、ヤベぇ気がする」


「そうか。手口は?」


 普段は口を出さないシラカシも、流石に聞いてしまった。


「オレッチが副長ならニセ金の入った袋を見つけるだろうなぁ。ガサ入れした店でよ」


「当てがあるということか」


 この段階でヤスの言葉の意味が分かっていないシラカシだった。こういうことに関してはピュアなのだろう。逆にフキネはもう顔をしかめている。


「どうだか。別にどこだってアリだぜぇ。ニセ金を持参すりゃいいんだからよ」


「なっ!?」


 ここでやっとシラカシも気づいた。マトも絶句している。表情を変えていないのはジョウカイとヒトミだけだが、二人の心中はもちろん別だ。


「わたしたちはどうしたらいいです?」


「『クラッシャー』がいきなり仕事を止めるのもまずいなぁ。出るのは2日に一度、それと一人を残してってくれ」


「わかりました。目立たない程度で軽めの仕事を見繕います」


 こういう話になるとヤスとフミナはツーカーだ。頼もしいヤツだとヤスがちょっと安らいだ。



「そいで周りだが、どうしたもんか」


 ヤスが気に掛けたのは平民街の人たちだ。彼らとて知り合いはいる。情報をどこに、どこまで流すか。


「出所を探られるのは、正直勘弁だ」


 後ろ暗い稼業を持つ身としては、たとえ別件だとしても目を付けてもらいたくない。


「孤児院には必要ないでしょう。教会を敵にすることは流石に」


 孤児院担当のジョウカイが断言した。皆も頷く。


「オレッチの知り合いは放置だなぁ。ヘタしたら情報を売られる」


 ヤスの関係者にはヤバいのが多い。奴らとて覚悟して商売をやっている以上、自衛できなければそれまでだ。


「スラムは問題ない」


 シラカシが言い切った。確かにこの件でスラムは影響を受けないだろう。フミナも黙って聞いていた。


「ん」


 ヒトミは、まあ。なんだ。アレだ。


「やっぱ俺んとこの客だよなー。どうする?」


「どうしようもねぇな。根拠はないけどガサがあるかもしれないから気を付けろって、マト、お前ボカして言えるか? 『ミゴン』が出所だってバレないようにだぞ」


「ムリに決まってるじゃねーか!」


 ボカしてでも『ミゴン』の客に言おうものなら、間違いなく街中に噂が流れるに決まっているのだ。そしてココが発信点だと割れる。

 残念だが仕方がない。遠くの知り合いより近くの身内だ。それくらいは彼らにだってわかっている。



「結局誰にも言えねーってことだろ。悔しいなあ」


 マトが拳を握り込んだ。

 彼の過去を考えればその憤りは当然だった。貴族に難癖をつけられ、義理とはいえ両親に裏切られた。この中で一番貴族を嫌っているのは、確実にマトだろう。


「マト、ここはそういう世界なんです」


「ジョウカイ……。なんとかならねーのかよ」


「僕たちは個人であれば強いでしょう。ですが相手は組織です。もっと言えば国そのものが」


 マトとジョウカイの会話にヒトミ以外が驚く。ジョウカイってこんなマトモなこと言えたのかよ。てっきり両手にメイスを持って貴族街に押し入るかと思っていた。


「ですからマト、機を待ちましょう。幸い貴方の作る魔道具の可能性は無限です。いつかは王族ごと宮殿を」


「やめい」


 ジョウカイの遠大な野望はフキナのツッコミで一時中断された。



「ヤス。一か所、ひとつだけだ。知らせたいところがある」


「どしたぃ、シラカシ」


「シラカシさん、まさかっ」


 首を傾げるヤスと、気付いてしまったフキナ。それでもシラカシは続ける。



「あの食堂、『ポローナ』に、このことを伝えさせて欲しい」


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