死神は笑い、野心家は嗤う
怨嗟とはいつまでも続いていく。その連鎖を止めるには、どうすればいいだろうか。
そんな答えがないようである問いかけを、カドリーはしていた。
わかっているのだ。この血で血を洗う戦いの止め方を。
わかっているのに、この終わりが見えている戦いをやめられない。
カドリーはかつて仲間だった者達に刃を剥き出しに、振るっていた。互いの信念を理解しつつも、だがわかり合えないことに苛立ちつつ戦う。
悲しいことだ、とカドリーは心の中で言葉を吐き捨てた。かつての仲間と戦う意味などない。そのはずなのに刃と拳を交えている。
無駄だ、と思った。思っているのに止められない。それどころか仕方ないと諦め、その首にナイフを突き立てている自分がいた。
「疲れましたね……」
守らなければならない人がいる。そのために背中を預けていた仲間を殺す。
これを虚しいと思わないでなんと思うだろうか。
カドリーは少しウンザリしながら転がっている死体を見る。自分のために向ける刃は虚しい、と師匠である英雄は言っていたことを思い出す。
言い訳をし、偽り、彼女のために刃を突き立ててきた。
だがそれは全て、自分のためだ。そうしなければカドリーは壊れてしまっていただろう。
それほどまでに彼は、終わらせられない戦いに疲れていた。
「まだ諦めませんか。そろそろ引いてほしいものですね」
やれやれ、とカドリーは頭を振る。
命懸けであるのはわかるが、無駄ということをわかってほしい。そんなこと考えつつ、カドリーは息を吐き出した。
ふと、顔を上げると妙な構えをする兵士がいた。その構えは自己流のものであり、よくカドリーがおかしいと笑っていたものだ。
懐かしみながらナイフを握り直し、臨戦態勢を取る。互いに牽制しつつ、ゆっくりと近づいていく。そして相手の間合いに踏み込んだ瞬間にカドリーが先手を取った。
喉を狙った急所を抉る一撃。
真正面からやり合う相手はその攻撃速度に対応できず、沈んでいく。
しかし、対峙する敵は難なくその一撃を躱した。
お返しとばかりにそれは頭と身体を切り飛ばそうとする。
その攻撃をカドリーは身体ごと足を回していなし、そのまま敵を蹴り飛ばした。
そんな攻撃を受けたにも関わらず敵はすぐに体勢を立て直し、突撃する。
まるで全てを知っているかのような動きを見て、カドリーは笑う。
懐かしい。そう感じながら彼は次に打ってくる手段を思い出していた。
対峙する敵もまた、戦いを楽しんでいる様子だ。
まるで戯れているかのような、そんな戦闘だった。
いつしか攻防の応酬は単なる殴り合いとなり、カドリーと敵は持っていたナイフを互いに弾き飛ばし、失っていた。
だが、それでよかった。懐かしい思い出を蘇らせながら戦う。
この疲れ切った心を癒やし、身体を奮い立たせるにはちょうどよかった。
いつしかカドリーは足を取られる。
そのまま殴り倒されると、馬乗りされてしまった。
大きく振りかぶった拳が顔面に迫る。
カドリーは目を瞑ることなく、抵抗することもなくその攻撃を受けようとした。
だが、拳は顔面に当たらない。
すぐ横を通り過ぎ、大きな音を立てて床を殴りつけていた。
「なんでだよ」
その声は思っていた人物のものだった。
仲間想いで、悪友ともいえて、なのに曲がったことが大嫌いというまっすぐな友人。
カドリーが部隊を抜けることを一番に反対し、そして対立したライバル。
そんな一番の親友が、カドリーを見下ろしながら声を震わせている。
「お前、何をしたんだよ。ゆっくり暮らすんじゃなかったのかよっ」
「ゆっくり暮らしてましたよ。事情が変わったのは、そちらです」
「だとしても、なんでこんなことになったんだよ! どうにかできただろ!」
「昔なら、できたかもしれません。でも、それはもう昔です」
何かを諦め、疲れ、立ち止まった。
そんな自分を嫌になりつつも、カドリーは目を閉じる。もし殺されるなら、一番の親友ならいいか、と考えて。
しかし、彼は納得できない。カドリーの選択を、カドリーがしてきた選択を。
納得ができないからこそ、その胸ぐらを掴んだ。
「守るんじゃなかったのかよ!」
親友は知っている。カドリーという人物と、その決意を。抱いた覚悟はそう簡単に折れるはずもなく、鍛え上げられた牙はそんなに簡単に欠けるものではない。
だが、カドリーはこう答える。
「私は歳を取りました。長い時間、変わらない彼女と一緒に過ごしました。全てが穏やかであり、時間があっという間に過ぎましたよ。衰えも感じ、歳を感じ、変わらない彼女と一緒に幸せな時間を過ごしました。だからこそ、もういいと感じてます」
「お前……」
「あの子は、私がいなくても生きていけます。あの子は、変わることはありません。それに思い出しても待っているのは悲しみだけです。このまま、別れさせてください」
「勝手なことを言うんじゃねぇ! お前は、俺達よりあの子を選んだんだろうが! なら、それにふさわしい戦いをしやがれ。華々しく勝ってもいい、無様に散ってもいい。だけど、こんな終わり方を俺は認めねーぞ!」
「あなたらしいですね。ホント、変わっていません。私は、変わってしまったかもしれませんね。あなたのように強くなりたかった」
弱々しい言葉をカドリーは口にする。
かつて最強のアサシンと呼ばれていた男が、何もかも弱くなった。それは時間の経過によるものなのだろうか。
否定をしていた親友は、そんなカドリーを見て奥歯を噛んだ。
とても悔しい顔をし、強く睨みつけていた。
だが、カドリーの穏やかな顔は変わらない。何もかも諦めているかのような笑顔は消えない。
だから親友は、カドリーの顔面を殴った。
「もういい」
それは何を意味する言葉なのか。
カドリーはすぐに理解できないで彼を見つめる。すると親友は、こう吐き捨てた。
「お前は死んだ。俺の中からも、部隊からも。強かったお前はもういない。だから死んだ」
「アレック……」
「弱くなったな、お前は。ホント、嫌になるぜ」
何かが抜け落ちたことに気づく。だがそれに気づいたところで、もう意味がない。
カドリーは親友アレックを見た。彼は怒りつつも、疲れたような表情をしていた。
「あばよ。もう二度と、姿を見せねぇさ」
その言葉を聞き、カドリーは気づく。
アレックの失望と、もう意味がないという嘆きに。
何かを取り出し、アレックは連絡を取り始める。カドリーはそんな去っていく親友の背中を見つめながら、弱くなった自分の手を見た。
疲れた。だが、また生き残ってしまった。そう感じながら、拳を握る。
『よくやった。これよりプランをBへ移行する』
「プランB? なんだそれ?」
『お前が知る必要はない。それにちょうどよく、そろそろ封印の解除がされるところだしな』
「何を言ってるんだ、隊長? 俺の質問に答えろ!」
『いう必要はない。もうそろそろ身を持って知るだろうからな』
アレックが何かを叫ぼうとした。だがその瞬間、強烈な光が一瞬にして広がった。
思いもしないことにカドリーすらも顔を上げる。
思わず彼を見ると、その身体を貫いている赤い手が目に入った。何が起きたのかわからず、カドリーは言葉が出せなかった。
力なく手を垂らす親友。その身体から腕を引き抜き、乱暴に捨てる一人の女性の姿がある。
カドリーはその姿を見て、懐かしさを覚えた。だがそれは、すぐに恐怖で書き換えられてしまう。
「ああ、まだゴミがいるのね。片付けなきゃ」
目の前に立つアルナは、楽しげに笑う。
カドリーはそれを見て、顔が歪んだ。
『悪いなアレック、私はこの国を変えるために全てを利用させてもらうよ』
そのアルナは、憎しみに染まっていた。
何もかもを憎み、破壊する死神となっていた。
命を刈り取られたアレックは、動かない。まるで魂を食い荒らされたかのように、転がっていた。
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