4:運命とは偶然と必然が混ざること

レミア先生の休日

 青々しく広がる空。ゆったりと流れる雲は綿菓子のようにまんまると太っており、食べたら本当に美味しそうと思えるほどふわふわとした形をしていた。

 そんな空の下にある町は、少しだけ熱い空気に包まれている。雨季が終わり、少しずつだが湿気が多い夏を迎えようとしているのだ。


 暑さが増してきたということもあってか、町で活動する人々は半袖もしくは短パン、その両方の姿をしている者が増えていた。

 しかし、完全な暑さ対策ができている訳ではない。ダラダラと額から汗を垂れながらしている人物がおり、その姿から暑さが物語っている。

 いつも通りの仕事をしている様子だが、暑さに身体が参っているようでもあった。


 そんな人物が何気なく顔を上げると、颯爽と通り過ぎていく女性の姿が目に入る。スラリと伸びた手足に、バッチリなスタイル。形が良さそうで大きい胸と艶のある黒髪がより魅力を引き立たせ、かけているサングラスがどこかでプロ活動してそうなモデルかと思わせた。


 揺れる短めのスカートに白いブラウス、飾りとしてつけられているネクタイがクールさを引き立たせており、耳で輝く高価そうなイヤリングがお金を持っていそうという印象を持たせる。

 そんな女性に目を引かれ、男性は運送の仕事をすっかり忘れてしまった。


「こら」


 見とれていると上司である男性に小突かれてしまった。男性は顔を歪め、痛む頭を押さえつい上司を睨みつけてしまう。

 すると上司はため息を吐き、「手を動かせ」と注意をしたのだった。


「ちょっとぐらい、いいじゃないですか。こんな暑さの中、朝から仕事してんですよ!」

「それは俺も同じだ。ったく、鼻を伸ばすのはいいがしっかり仕事しろ」

「へいへい。にしてもあの人、キレイっすね。どこかのモデルですか?」

「ああ、レミアさんか。あの人はこの町にある学園の教師だよ」


「教師!? ってことは、魔術師でもあるってことですか?」

「そうだ。ま、簡単にいえば俺達にとっちゃとんでもない高嶺の花って人だな」


 へぇー、と男性は感心しながら彼女の背中を見つめる。その背中もとてもキレイで、自分の奥さんとついつい比べているとまた上司に小突かれた。

 さっきより力が強く、そのゲンコツを受けた男性は思わずうめき声を上げながら頭を押さえてしまう。

 上司はそんな彼を見つめつつ、やらやれと頭を振った。

 こんな調子では将来どころか今日の仕事すら思いやられる。


「とにかく働け。また手を止めたら奥さんにどやしてもらうぞ?」

「うぅ、卑怯っすよ……」


 こうして男性は本日もあくせくと働くことになる。


 そんな彼のことなど知ることなく、レミア先生はある場所へ向かっていた。本日の仕事はお休み。お持ち帰りもなく、完全なフリーな日である。

 だからレミア先生は楽しみにしていたウィンドウショッピングをしようとしていた。いろいろなことがあったが、どうにか学園にはいられたし禁書の解読も一応順調だ。

 旅に出たクリス達も無事であるし、憂いもない。ということで本日は優雅に楽しみつつ羽を伸ばす予定である。


 ルンルンとしながら中心部にある大通りへ彼女は向かう。

 多くの人々が楽しげに会話を交わし、時には笑い合い、中には大ゲンカをしている。そんな景色を眺めつつレミア先生は進んでいく。

 今日はどんなものを買おうか。ここ最近、ずっと缶詰となっていたからストレスが溜まりまくっている。どうせならパァーッとお金を使ってしまおうか。

 そんな他愛もないことを考えていると、唐突に妙な声が聞こえた。


『たすけてぇー!』


 それはとても不思議な声だった。頭の中に響くような、身体全身で受け止めたようなそんな声だ。

 レミア先生は思わず声が響いた方向に顔を向ける。するとそこは、いかにも怪しそうな裏路地に続く入り口だった。

 少し顔をしかめさせ、ちょっと考えた後に気づかなかったフリを決め込むことにした。だが、そうするには遅い。


『そ、そこのあなた! おねがいします、助けてください!』


 レミア先生は目を大きくした。どうやら相手には気づかれてしまったようだ。

 だが彼女はそれでも無視をしようとした。そのまま立ち去ろうとした瞬間、声はこんなことを言い放った。


『おねがいします! もし助けてくれたら、あなたのねがいを一つだけなんでも叶えてあげます。だからたすけて!』


 どれほど必死なのだろうか。

 レミア先生はそんな文言を言い放つ声に呆れたため息を吐き出した。

 せっかくの休日なのだが、ここまで頼み込まれたのなら仕方がない。ちょっとだけ時間を割いて助けることにした。


「はいはい、わかったわかった。助けてあげるから、私の願いをちゃんと叶えてよね」

『あ、ありがとうございます! はい、あなたが理想とする男性を用意します。おねがいしますぅ~!』


 声の言葉を聞き、レミア先生はため息を吐いた。

 まだ何も言っていないが、自分の願いを把握している様子だ。少しだけ期待を持ってもいいかもしれないが、とても怪しいことに変わりない。


 一応警戒しつつ、レミア先生は裏路地へ足を踏み入れる。

 そこで思いもしない出会いが待っているとは知る由もなく――

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