真実のカケラを紡いで
黒い狼みたいな犬に邪魔され、ユーリを見失ったクリスはトボトボと歩いていた。
ふと、肩にいたはずのリリアはどこかに落としたのかその姿はなく、結果的に散々な状態である。
クリスは小さくため息を吐き出しつつ、村へ戻ると待っていたリップルが出迎えてくれた。
「クリスさん! 大丈夫ですかっ?」
「はい。ですがユーリちゃんを見失いました」
「いえ、あなたがご無事ならそれでいいです。ああ、お父さんはなんてことを……」
「そういえばお父さん、どうしてユーリちゃんにあんな態度を取ったんですか?」
「それは――」
リップルが言葉を詰まらせた。
その反応からして何かあるのは明白だ。しかし、リップルはその隠しごとを言うかどうか迷っている様子でもある。
クリスは彼女の言葉を待つ。しかし、待っているとそれを邪魔するかのようにこの騒動を引き起こした張本人が現れた。
「リップル、何してるんだ!」
「お父さん。その、お客さんと話を……」
「とっとと戻ってこい! せっかくあいつを追い出したんだ。俺の仕事を手伝え!」
「……はい」
リップルは村長である父親の言葉に従い、クリスの元から離れていった。
得られそうだった情報を手に入れられなかったクリスは、ユーリを怪訝に扱う村長の背中を睨みつける。
だが、村長は気づいていないのか振り返る素振りすら見せない。
そのまま村の奥へ消えていく二人を見送り、クリスはこれからどうしようかと考え始める。
その瞬間、一緒にこの村へやってきたおじさんが声をかけてきた。
「嬢ちゃん、こっちに来てくれ」
目立たないように隠れているおじさんが、クリスを手招きしている。
一体どうしたのだろう、と思いおじさんの元へ向かう。するとおじさんはクリスの身体を引き寄せ、誰もいないことを確認してあることを告げ始めた。
「悪いお嬢ちゃん。こんな荒々しいことしちゃってよ」
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、この村はヤバい。いや、ヤバいなんて言ってられないほどだ。早く出ていったほうがいい」
「どうしてですか? なんでそんなに――」
「今この村は、神様の機嫌を損ねているんだ」
それは思いもしない言葉だった。
クリスはおじさんが知り得た情報を聞くことにする。
すると思いもしない事態になっていた。
「水の神様がいるだろ? カーターが何かしでかして、機嫌を損ねちゃったらしい」
「何かって、何をですか?」
「わからない。だけどそのせいで村には雨が全く降らなくなった。さらに神様はモンスターから村人を守らなくなり、結果的にここは加護なしだ」
「加護なし……」
加護なし。それはつまり村は安全ではなく、むしろモンスターから狙われやすい格好の餌場になっている状態。つまりとんでもなく危険な場所ということだ。
普通、村や町、そして都市にはその地を守る神様から加護を受けている。万が一その加護がなければモンスターへの対抗手段を持っていなければならない。
しかし、この村の代表者である村長が神の不興を買い、加護を失った。
これがどういう意味になるのか。
クリスは身をもって知っている。
「それは確かに危険かもしれませんね」
「悪いが俺は逃げる。お嬢ちゃんはどうする?」
「リリアを探さないといけないのでもう少しここにいます。おじさんの無事を願いますね」
逃げ去っていくおじさんとの話を終えたクリスは、少し考えていた。
確かに神は勝手だ。だが、人が住む場所に加護を与えている存在が不機嫌になったからといってそう簡単に加護を取り消すだろうか、と思った。
その存在は少なからず人が好きだ。だからちょっとした粗相なら目を瞑ってくれる。
「あの人は何をしたんだろう?」
まだ知らない何かがある。
そう思い、クリスが行動をしようとしたその時だった。
目の前に数人の男が立っている。全員がクリスを睨みつけており、明確な敵意を剥き出しにしていた。
「何?」
一応、訊ねてみる。しかし、男達はクワやスコップを構えるだけで何も答えてくれない。
クリスは一度息を吐き出して身構える。すると男達は一斉に飛びかかった。
一人は頭を狙い、一人は逃げた先で待ち受け、一人は彼女を絡め取ろうと迫る。
だが、そんな行動を取った男達にクリスは容赦しない。
「リフレクションバリア」
クリスは一つのビー玉を三つほど放り投げる。
途端に白い文字がビー玉から伸び、それぞれが繋がると同時に一人の男がクワを振り下ろした。
クリスはその攻撃を躱す素振りを見せない。代わりに宙に浮いていたビー玉がクワへ突撃した。
「なっ」
男は驚きの声を上げる。
弾き飛ばされるように舞うクワに視線を向けていると、クリスが男の胸ぐらを掴み頭を引き寄せた。
そのまま掌底で顎を打ち抜き、力なく倒れていく男を確認する。
そんな彼女の後ろから違う男が殴りかかった。だが、それも浮いているビー玉から発生した見えない壁によって防がれる。
メキメキ、と嫌な音が響いた後、殴りかかった男は悲鳴を上げた。
クリスはそれを確認することなく、機会をうかがっていた男へ顔を向ける。
「ひっ」
その顔は恐怖で染まっていた。
クリスがそんな男に足を一歩踏み出す。すると男は持っていたスコップを落とし、背を向けて逃げてしまう。
彼女はそんな男を追いかけることなく、蹲っている者へ声をかけた。
「痛いですか?」
「ひっ! わ、悪かった。悪かったよ! 俺達は村長に頼まれただけなんだよー!」
「村長? あの人が襲えって言ったんですか?」
「そうだよ! そうしなきゃ借金の利息を増やすって……」
「どうしてそんなことを?」
「贄が必要なんだ。神様の、機嫌を直すための贄が!」
男の言葉を聞き、クリスは考える。
何かを知っていそうな感じがする、と。
だからクリスはある取引を持ちかけた。
「お兄さん。知っていること全部話してくれたら私の持っている道具をあげますよ」
「なっ! そんなことをしたら――」
「加護にも匹敵する魔術道具です。悪くないと思いますよ」
男の顔が歪む。しかし、神の加護と同等の力を持つ道具と聞き、迷っていた。
クリスは待つ。すると男は観念したのか、口を開く。
「わかった、知っていることを話す」
クリスは男から話を聞く。
そして知ってしまう。ユーリの身に何が起きたのかを。
「それ、本当ですか?」
「ああ、本当だよ。あの子はもう神様のものになったんだ」
「でもそのやり方は――」
「人として踏み外しちゃいけないやり方だ。俺も感じているよ」
ユーリを救わないといけない。そうしなければ、彼女が浮かばれないと感じるほどだった。
だが、そうするには神と対峙しなければいけない。
「村長はもう一度、神へ捧げようとしていた。今度はよそ者のアンタをだ。おそらく、あの子にしたことをしようとしていた」
「それは怒りを逆なでさせます。人が好きな神様なら、特に」
「大昔の迷信を信じすぎたんだ。俺だってあんなの、もう見たくないよ」
男は泣いていた。悲しく、だけどどうしようもなく。
クリスはそんな男から視線を外す。
このどうしようもない状況をどうにかできないかと、考えながら。
「やるしかない」
自分と似たようなことをユーリが受けた。
だが、彼女は自分とは違う末路を辿っている。
だからクリスは、決意した。
ユーリが安らかに眠れるように、次元の違う相手との交渉をすることを。
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