私のお友達
もう嫌だ、とユーリは心の中で叫んでいた。
枯れ果てたはずの涙を流し、追い出された家を振り返ることなく駆け抜けていく。
このままあの子がいるあそこに行こう。そんな決意を固めて走る。
『ユーリちゃん!』
そんな彼女をリリアは呼び止めようとした。しかし、夢中になって走っているのかユーリは止まらない。
追いかけるクリスだが、なぜだかどんどん距離が開いていく。
『クリス、もっと頑張れない!?』
「これが限界っ」
『ああ、なんであんなに足が速いの!』
リリアの言葉にクリスは頷いた。
ユーリの見た目は十代前半。そのことを考えるとクリスとの距離を広げる要素は見当たらない。
クリスはそのことを踏まえ考える。もしかするとユーリは、とんでもない才能を持っているのではないか、と。
「リリア、魔術を使うよ」
『え、今!?』
「今使わなきゃ見失う」
『そうだけど、もしかして使う魔術って……』
「ギアチェンジ」
『ヤダァー! アタシ振り落とされちゃう!』
「頑張って」
クリスは腰に手を伸ばし、隠していたナイフを掴み取った。
その刀身は青く輝いており、ナイフの表面にはビッシリと文字が刻まれている。クリスはそれを確認し、異常がないと判断する。
そして、そのナイフを自身の太ももに突き刺した。
ちょっとした痛みが走り顔が引きつるが、その痛みはすぐに消え、その代わりに限りない力が身体の中から溢れてくる。
その力のままクリスは大地を蹴った。
直後、クリスは風を置いて走り出す。先ほどとは比べものにならないほどのスピードでユーリを追いかけ始めたのだった。
『ひぃぃやぁぁぁぁぁッッッ!!!』
そんな彼女の肩に乗るリリアは、飛ばされないように必死にしがみついていた。
しかし、リリアも女の子だ。勢いに負け、簡単に引き離されてしまう。
クリスはどこかに飛んでいく彼女に気づくことなく走った。
もう少し、もう少しで追いつく。
そんな思いを抱いた瞬間、何かが顔面に迫った。
「きゃあっ」
ギリギリのところで迫ってきた何かをクリスは躱した。
だが、咄嗟に躱したために身体を地面に打ち付けてしまう。転がり、痛みが身体中に広がるがそれでも彼女は立ち上がる。
『うぅぅぅぅぅっ』
犬のような唸り声が聞こえる。顔を向けるとそこには、真っ黒な毛皮で覆われた胴が長い狼のような犬がいた。
歯を剥き出しにし、眉間にシワを寄せ、怒りを込めて威嚇している。
クリスは敵意を向けてくるそれを見つめた後、視線を奥へ移したがすでにユーリの姿はない。
(見失った……)
思いもしない横やりによってユーリを見失ってしまった。
ひとまず警戒し、黒い犬を見つめながらクリスは下がる。
そんなクリスを見てか、黒い犬はその場で威嚇をし続けた。どうやら追撃する意志は持っていない様子だ。
ゆっくりと、ゆっくりとクリスは離れていく。とても悔しい思いをしながら彼女はその場から退いていった。
◆◆◆◆◆
『あたたたたっ』
クリスが魔術を使ったことで勢いに負け、肩から落ちたリリアは地面に転がっていた。
顔を引きつらせながら起き上がってみるものの、そこにはクリスの姿はない。
リリアは疲れたように息を吐き出し、仕方なく自分の足で村に戻ることにした。
『うぅ、遠いよぉー』
トボトボと、村長の家に向かう彼女だが今の身体ではあまりにも進みが遅いと感じていた。
クリスのように身体強化の魔術が使えれば、と考えるもののすぐにそれは消える。
『ナイフを太ももに刺すのは、嫌だなぁー』
何気なくリリアは自分の足を見た。とてもかわいらしい子ブタの足だ。
ここにナイフを刺すのは、さすがに怖い。
『はぁあ。転移魔術が使えたらなぁー』
クリスの魔術は諦め、彼女はため息を吐く。
そもそもリリアはクリスのような天才ではない。彼女が使えない魔術が扱えるが、それはたまたまの産物だ。
それにこの状況では全く意味をなさない代物でもある。
だから余計に疲れ、ため息を吐き出してしまった。
『あれ?』
いろいろ考えながらトボトボと歩いていると、リリアは妙なことに気づいた。
村長の家に向かっていたはずだが、なぜだか妙に暗い場所にいる。
見た限り洞窟のように思え、リリアはいつの間にこんな所に入ったかなと考えてしまった。
ふと、そんな暗い洞窟の奥が妙に輝いていることに気づく。
リリアは少し不思議に感じ、その光に惹かれた。そのまま進み、辿り着くとそこには一つの石碑が置かれていた。
『これ、何だろ?』
思わず頭を傾げる。とりあえず周りを見渡そうとしたその瞬間、石碑の前で何かが倒れていることに気づいた。
よく見るとそれはユーリだ。
『ユーリちゃん!』
慌ててリリアは駆け寄り、丸まっているユーリの身体を揺らす。
するとユーリはゆっくりと目を開き、彼女を見た。ゆっくりと起き上がると、そのままリリアを優しく抱きしめたのだった。
「いらっしゃい、子ブタさん」
『ユーリちゃん?』
妙な違和感をリリアは抱く。ひとまずユーリに『身体は大丈夫?』と訊ねる。
するとユーリは静かに頷き、何ごともないことを教えてくれた。
『よかった。じゃあ一緒に戻ろ――』
『ワン』
リリアが言葉を言い切る寸前、何かがそれを遮った。
振り返るとそこには、真っ黒な毛皮を持つ胴の長い狼のような犬がいる。
その犬を見た瞬間、暗かったユーリの顔がパァッと咲いた。
「おかえりー!」
ユーリはリリアを放り投げ、黒い犬の元へ走っていく。
転がる彼女はまた痛い思いをしながら身体を起こすと、笑いながら仲睦まじく黒い犬と触れあっているユーリの姿が目に入った。
リリアは思いもしない光景に呆然とする。
そんなリリアに気づき、ユーリが黒い犬のことを紹介してくれた。
「子ブタさんとは初めてだね。この子はアルヴィレ。私のお友達だよ」
その名前と思いもしない関係性を知り、リリアは目を大きくする。
アルヴィレ。それはこの村で水の神と奉られている存在だ。
そしてその水の神とユーリは友達らしい。
『え? マジ?』
考えもしなかった展開にリリアは驚くしかなかった。
そして彼女は知るよしもない――事態は思いもしない方向に進んでいくことに。
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