不機嫌な水の神様
いつまでもどこまでも輝く太陽が笑い転げる中、クリス達は村を見て回りながらリップル達が住む家へと向かう。
しかし、なかなかの暑さのためか放たれる熱線がジリジリとクリスの肌を焼いていた。
大粒の汗が滴り落ちる中、何気に彼女は地面に目を向ける。すると大地はすっかり乾いているのか、ヒビ割れているうえに地表がめくれている状態だ。
おそらく長い間、雨が降っていないだろうと彼女は率直に思った。
『なんだかいろんなものが干上がっているね』
「そうなの、子ブタさん。ずっとずーっと雨が降ってないから、こんなことになっちゃってるの」
『そんなに雨が降ってないの?』
「ええ。困ったことに三ヶ月ほどは降っていませんね」
「だから何もかもが乾いているのか。よく耐えられたものだな」
『そうだね。アタシだったらすぐに違う町に行っちゃうよ』
「そうしたいのは山々だけど、できないんだー」
ユーリの思いもしない返答に、リリアは目をパチパチとさせた。
つい『どうして?』と訊ねると、これまた思いもしない言葉が放たれる。
「アルヴェレがいるから。だから離れられないの」
ユーリが放った単語にリリアはまた目をパチパチさせる。
困ったようにクリスに振り返るが、彼女も彼女で知らない単語のため頭を傾げていた。
そんな二人を見たリップルが助け船を出すように説明をし始める。
「私達が奉り讃える神様の名前です。水の神様でもあるんですが、どうにも最近不機嫌のようで、なかなか雨を降らせてくれないんですよ」
『へぇー、水の神様かぁー。信仰しているなら下手に離れられないね』
「ますます不機嫌になってしまうかもしれませんね。とはいえ、大地が干上がるほど不機嫌なのは珍しいです。何かあったのかとさえ考えてしまいますよ」
「もしかしたらこの前のお供え物が気に入らなかったかも。お父さん、健康にいいものをって言ってアルヴィレの大嫌いな食べ物を置いてたし」
『どんな食べ物をお供えしたの?』
「うーんとね、生のタマネギにピーマン、ブロッコリーにセロリ、あとはー」
『子どもが嫌いな食べ物オンリーだね。アタシが神様だったら確かに食べたくないけど』
「でしょー。アルヴィレは甘い食べ物が大好きなのに、変なものばっかりお供えしちゃったし。そりゃ不機嫌にもなるよ」
『全くその通りだね! アタシもクリスに嫌いな食べ物を食べさせられることがあるからわかるよ、その気持ち!』
「リリアはいいお年頃だからしっかり食べないとダメだよ」
『そういってまたアタシにナスを食べさせるつもりなんでしょ! 乗らないからね、アタシャあ!』
話の方向性がだんだんズレていく。
クリスはそれに少し困りつつ、ついでにリリアをなだめて脱線した話を戻すことにした。
「それにしてもずっと雨が降ってないのは困りますね」
「そうねぇー、このまま降らないとさすがに水不足で困りますね。なんとかならないかしら?」
「さすがに村全体の水を運ぶのは骨が折れるな。やってもいいが、相応の代金をもらわないといけなくなるよ」
「そうですよねぇー。さすがにそんなお金、村にはありませんし」
頭を抱えるリップル。そんな彼女を見ていると、突然リリアの身体が輝きだした。
クリスが思わず見つめると、リリアもまた思いもしないことに戸惑っている様子を見せる。
「どうしたのリリア?」
『わかんない。でもなんか身体が光ってる』
「うん、それはわかる。なんで光ってるの?」
『わかんないって言ってるじゃんっ』
不思議な現象にクリスとリリアは頭を傾げていた。
ふと、唐突に何かが頭の中で囁いてくる。なんだろう、と思っているとその声がだんだんハッキリ聞こえてきた。
意識を集中するとそれがレミア先生の声だとクリスは気づく。
「先生?」
『あ、やっと返事してくれた! もぉー、一時間前から声をかけているのに。どうして反応してくれなかったの!』
「どうしてって私、寝てたし」
『起きてよー! 結構大きな声で呼びかけてたんだからね!』
「善処します」
『あ、それ絶対に改善しないよね! そうだよね、絶対にそうだよね!』
「ところで、何か用ですか? 通信魔術って特別なことがない限り禁止されているじゃないですか」
クリスは食らいついてうるさいレミア先生とのやり取りを切り替え、本題に入る。
レミア先生は少し不満げにしていたが彼女の意図をくみ取ったのか、そのまま本題に入ってくれた。
『禁書を読んでたら面白いことがわかったのよ。リリアちゃんがいるでしょ? 彼女の身体が輝いたらルミナスコインが近くにあるみたいなの。だから身体が光ったらその周りを探してみて!』
「そうなんですか。先生にしては珍しく有益な情報ですね」
『私は優秀なの! もぉー、私の進退はあなた達にかかっているから頑張ってね!』
レミア先生はそう会話を終わらせて、乱暴に通信を切った。
ちょっと頭に痛みが走るクリスだが、とてもめずらしいことに有益な情報をもらったのでリリアに伝えることにした。
『そうなんだ。じゃあこの近くにルミナスコインがあるんだね!』
「そうみたい。もしかしたらこの村にあるかも」
『ちょっと範囲が広いね。でもあるならなんとしてでも手に入れなきゃ!』
やる気を出す二人。そんな二人を見て、リップルは微笑んでいた。
それぞれに悩みや目的がある。
そんな光景を見て、一緒に進んでいたユーリがみんなに声をかけた。
「着いたよー!」
声をかけられ、全員が一斉に振り向く。
目に入ってきたのは、とても質素な木造の建物。他の家と比べれば大きい部類に入るが、誰がどう見てもとても古い。
そんな家を見てリリアが訊ねた。
『ここがユーリちゃんの家?』
「うん!」
「正確には私達の父である村長の家ですね。あ、もちろん私達も住んでますよ」
『言い方が悪いかもしれないけど、大きいけどちょっとボロボロだね。大丈夫なの?』
「貧乏には慣れてるから大丈夫!」
明るく返事をするユーリに、リリアはどこか不憫さを覚えた。
村長の家でかなり年季が入っていてボロボロだ。そう考えるとさらにお金がない村人の家はもっとひどいかもしれない。
ひとまずこれ以上のツッコミを入れないでおこう、とリリアは誓うのだった。
「ま、まあ、内装は綺麗にしていますから安心してください!」
「そうそう。寝泊まりには困らんし、美味い飯も食えるからいいぞここは」
「リリア、ワガママ言っちゃダメだよ」
『何よ! みんな寄ってたかって! アタシはただ正直に言っただけじゃない!』
リリアはプンスカと怒る。その正直に言いすぎるのがよくないのだが、ひとまずクリスは指摘しないでおいた。
なんせクリスも家を見て、同じように感じていたからだ。
「とりあえず、入って入って。お父さんが待ってるよ」
「はいはい、そう急かさないの」
「お邪魔するよー」
みんなが姉妹を追いかけるように家に入る。
クリス達も続き、ちょっとボロボロな家の中へ入った。中はリップルが言ったとおりに綺麗にされており、外とは全く違う清潔な印象を持った。
そんな内装を見渡しながら進んでいくと、唐突に大きな物音が響く。クリスとリリアは互いを見やった後、建物の奥へ急いだ。
「落ち着いてくれカーターさん! すぐに俺達は出ていくから」
「余裕がないんだよ! なのに、客人を泊まらせたいだと? ふざけるな、よそ者!」
「落ち着いてって言っているでしょ、お父さん! ユーリはただ善意で――」
「出ていけ! お前ら、全員出ていけー!」
それは思いもしない光景だった。
へたり込み、左の頬を赤く腫らせたユーリ。それを殴りかかろうとしている男を止めようとおじさんとリップルがなだめている。
何が起きたかわからず、クリス達は唖然としていた。
「わかった」
大騒ぎが起きる中、ユーリは立ち上がる。そのまま腫れた左頬を押さえ、涙を流しながらクリス達の横を駆け抜けていった。
クリスはどうするべきか一瞬考える。だが、リリアが『追いかけよう』と声をかけ、ユーリを追いかけることにしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます