涸れた湖に住む姉妹
リリアと旅を初めて三日目。頼りにならないと思っていたレミア先生はやっぱり頼りにならず、用意してくれたはずの宿では「そんな予約はない」と追い返されたことがあった。
こうしてクリスとリリアは二日間は野宿しなければならなくなる。
仕方なく雨風をしのげる場所で寝て過ごし、本日を迎えたのだった。
だから疲れが溜まっていてもおかしくない状態だ。
クリスは心地いい揺れを受けながら小さな寝息を立てて眠る。ゆっくりと進んでいく荷車はそんな彼女をさらに深い眠りに誘おうと走っていく。
そんな荷車を運転するおじさんに、リリアは旅立ってからの三日間について話していた。
おじさんはそれに大笑いをし、リリアはちょっと怒りながらも一緒に大笑いをする。
楽しくほのぼのとした時間だ。だがそれはあっという間に過ぎ去ってしまう。
「着いたぞー」
馬車が止まり、同時にクリスの意識が引き戻される。目をこすりながら起き上がると、そこには木造家屋が並んでいた。
大きく背筋を伸ばし、クリスが起き上がる。
だが、妙なことに馬車を運転していたおじさんが頭を傾げていた。
「どうしたんだこりゃ?」
クリスは何気なくおじさんの視線に合わせる。するとそこには広く深い穴があった。
その穴の底を見ると、ほんの少しだけ水たまりがある。
水の中には苦しそうに呼吸している魚がおり、それが何を意味しているのかクリスはすぐに理解できなかった。
『おじさん、どうしたの?』
「いやな、ここに湖があったんだけどな」
『湖? にしても水なんてほとんどないよ?』
「だからおかしいなーって思ってよ。どうしたんだろうな?」
「おじさん!」
不思議そうな顔をして湖だった場所をおじさんは見つめている。
リリアも一緒にそこを見つめていると、誰かが声をかけてきた。
振り返るとそこには一人の少女が立っている。
耳が隠れるほどの長さのある赤みが強い茶髪に、栗色に染まった瞳が印象的なクリクリした大きな目。まだ十代前半なのか、小さな体型でありとてもかわいらしい。
そんな少女を見て、おじさんの顔が明るくなった。
「おお、ユーリじゃないか。元気にしてたか?」
「うん、元気にしてたよ! ところでその人達は?」
「ああ、こっちに用事があるから一緒にな。名前はえっと――」
『アタシはリリア! こう見えても美人なのよ。そんであっちはクリスよ!』
「すごーい、子ブタが喋ったー」
「そこのお嬢ちゃんの使い魔だとよ。いやー、最近の若い子は才能があっていいもんだねー」
「お姉ちゃんの使い魔!? というか魔術師なのっ?」
キラキラとした羨望の目がクリスに向けられる。
彼女はちょっと苦笑いをしながらユーリに「まだ学生だからたいしたことないよ」と告げるが、その視線は消えない。
そんなクリスを見てリリアは少し不満げにしていた。同じ立場のはずなのに一向に憧れの視線は来ないためだ。
ひとまずヘソを曲げてそっぽを向くと、クリスはそんなリリアを見て微笑ましく感じた。
「ねえねえ、お姉ちゃん。よかったら魔術を見せて!」
「ごめんね、魔術はおいそれと使えないの。それに私の魔術はとても地味だから、期待に応えられないよ」
「えー?」
「アッハッハッ。ユーリ、それは聞けない頼みだっての。魔術師にとっての魔術は仕事の種だ。下手に情報開示したら、もしかすると足をすくわれて死んじまうよ」
「そうなの? でも、見たいなぁー」
「ごめんね。私、旅をしているからあまり見せたくないんだ」
「むぅー」
ユーリはとても残念そうにしながら唸った。
それがなんだかかわいらしく、クリスはつい微笑んでしまう。
おじさんはそんなふて腐れているユーリを見て笑った。
するとユーリは余計につまらなく思ったのか、頬を膨らませてさらにふて腐れてしまう。
楽しい時間だ。そんな時間を過ごしていると、また誰かが声をかけてきた。
「あら、お客さん?」
振り返るとそこには、ユーリとよく似たとても美人な女性がいた。
背中にかかるほどの長い髪に、純白のワンピース。健康的な肌色にクリスよりも大きな胸を持つその人物は太陽に負けない輝く笑顔を向ける。
もしかするとユーリが成長すると彼女のようになるかも、とクリスは考えながら返事をした。
「こんにちは。あの、あなたは?」
「その子の姉、リップルと申します。えっと、あなた方は?」
「私はクリス、こっちはリリア。ちょうどおじさんと同じ方向でしたので、ここまで乗せてきてもらいました」
「あら、そうなの。それはご苦労様」
微笑むリップルの笑顔は、同性であるクリスでも心が射貫かれそうになるほど素敵なものだった。
何気なくリリアに目を向けると、完全に射貫かれてしまったのか仰向けになって倒れている。
やれやれ、と思いながらクリスは笑っているとユーリがこんなことを言い放った。
「ねぇ、お姉ちゃん達。よかったら私の家に泊まっていかない?」
『いいの!?』
「おじちゃんはいつもだし、一人ぐらい増えても大丈夫だよねお姉ちゃん?」
「うーん、聞いてみないとわからないけどたぶんいいと思うわ」
「じゃあ決まりだね!」
リリアとユーリが元気よくハイタッチする。
突然の提案に、クリスは戸惑ってしまった。思わずリップルに顔を向けると、彼女は微笑む。
その微笑みは大丈夫、と言っているようにも見える。ここで断るのも無碍なもの。だからクリスは二人に甘えることにした。
「じゃあ、お願いします」
こうしてクリス達はリップル姉妹の世話になる。
喜ぶユーリと手を繋ぎ、二人の家に向かったのだった。
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