1:迷信にすがる者

旅の始まりと旅立ちの日

 ギラギラと輝き笑っている太陽。放たれる熱線は熱いを通り越し、大地は地獄のようなうねりが広がっていた。

 そんな危険地帯を進む一人の少女がいる。

 雪のように白く長い髪を揺らし、普段は見せない色白の肌を出し、将来性を感じさせる膨らみ始めた胸に張り付いたシャツといった姿で歩いていた。


 だが、暑くてしんどいのか途中で立ち止まってしまう。

 何度か深く深呼吸した後、彼女は背負っていたバックパッカーを下ろすと一つの水筒を取り出した。

 フタを開け、少女は水分を摂取し始める。つかの間の休息は彼女にとって至福の時間だ。

 その僅かな休憩時間が終わると、少女は再び歩き始めようとする。だが、それを止める者がいた。


『クリス、ストーップ!』


 ピョコンと、バックパッカーから顔を出した子ブタがいた。しかし、妙なことにその子ブタの背中には穴がある。

 よく見るとその穴は硬貨がちょうど一つ入る程度の大きさであり、貯金箱だとわかった。

 そんな不思議な貯金箱に名を呼ばれた少女はどこか不思議そうな表情を浮かべる。

 何か怒られることしちゃったかな、と考えつつクリスは応答した。


「どうしたのリリア? バックパッカーの中、暑かった?」

『クリスが頑張って快適になるような術式組んでくれたから大丈夫! でも、クリスは頑張りすぎ!』

「時間がないから。それに急いで村を見つけないと――」

『だとしても頑張りすぎっ。それで身体を壊しちゃったら元も子もないでしょ!』


 リリアに言われ、クリスは黙り込んだ。

 確かに時間はないが、それで無理をして倒れてしまえばさらに時間が減ってしまう。それに期限に間に合ったとしても〈ルミナスコイン〉が貯金箱いっぱい集まっていなければ意味がない。


『間に合わせるのも大切だけど、他にもいっぱい大切なことがあるから。それを忘れないで!』

「わかった。ありがとね、リリア」


 リリアに注意され、クリスはしっかり休むことにした。

 しかし、辺りを見渡してみるがゆっくり身体を休められそうな木陰はない。

 よくよく見れば木も岩もなく、不思議なことに何にもない平地だ。妙なことに草花もなく、生物の気配も感じられない場所でもあった。


「なんだかおかしな所」

『そうだね。とっても広いのに何にもないって変な感じ』

「よく見ると地面がヒビ割れてるね。あんまり雨が降ってないのかな?」

『最近、いい天気が続いてたからねぇ。もしかしたらそれが原因かも』

「何にしても、ここだと身体は休められないかな」


 クリスは立ち上がり、バックパッカーに水筒をしまった。

 そのままバックパッカーを背負い、リリアを戻して進もうとしたその時だった。


「おーい、アンタ達ー」


 野太い声が耳に入ってくる。クリス達は反射的に振り返るとそこにはロバに繋がれた荷車とそれを運転する男性の姿があった。

 クリスとリリアは互いの顔を見やる。

 そして男性がやってくるまで待つと、彼はこんなことを訊ねた。


「もしかして歩きか? よかったら乗るかい?」

「いいの?」

「ああ、いいよ。行く方向は同じみたいだしねぇ」

『やった! ありがとう、おじさん!』

「お、喋る子ブタか。珍しいものを使い魔にしているね」

『違うよおじさん。アタシはこう見えても――』

「これからおじさんはどこに行くんですか?」


 リリアがおじさんを混乱させそうになったので、会話に割って入る。それに気づいたのか彼女は慌てて口を閉じた。

 おじさんはそんな二人の様子に気づくことなく、ちょっと考える。

 そして、考えがまとまるとこう言い放った。


「この先にあるコルコ村に行くんだ。行商のコースでな、そこに商品の卸しと仕入れをする予定なんだよ」

「聞いたことがない村ですね。そこって一体どんな所ですか?」

「水が潤ってて草花が生い茂る綺麗な場所さ。飯も美味いし、何より饅頭がいい。思い出すだけでも口いっぱいにヨダレが溢れてくるほどだ」

『いいわね。饅頭、アタシも食べたーい!』

「ははは、なら一緒に行こうか。どうせここら辺だと他に宿はないしな」


 興奮するリリア。そんな彼女を見て、クリスはおじさんの言葉に甘えることにした。

 ゆっくりと進む荷車に揺られ、クリスは空を見上げる。雲一つない太陽がギラギラと輝き、笑っている青空が広がっていた。肌を刺すような暑さだが、心地いい揺れがあってか眠気に誘われる。


 何気にリリアに目を向けると、おじさんと楽しげに話している姿があった。

 どうやらいい人のようだ。

 そう思いながらクリスの意識は心地いい揺れによって優しく奪われたのだった。


◆◆◆◆◆


 クリスとリリアが旅に出る三日前のこと。

 二人は仲のいい学生と教師に旅立ちを見送られていた。


「ったく、いきなり課外活動に行くって聞いて驚いたわよ」

「にしてもリリア、お前何つー姿だ。まさか子ブタになるとはな」

『うっさい黙れ! 好きでなった訳じゃないから!』

「ケンカはいけないよ、リリア。これから長い旅になるかもしれないし」


 二人は友達と楽しげに談笑する。そんな二人を見て、ミーティスは優しく微笑んでいた。

 一通りの楽しいやり取りを終え、クリス達は教師達から激励の言葉を受ける。どれもこれも二人の身を案じる言葉ばかりだ。

 しかし、レミア先生は違った。


「二人とも、私が徹底的にサポートしてあげるから大船に乗った気でいなさい! こう見えても私、解読が得意だし幹事経験も豊富だからね!」

「先生、解読には期待しますが幹事経験はあまり意味をなさないと思います」

『アタシは泥船に乗った気分ですよ……』


 不安になる二人だが、レミア先生はなぜか自信満々に胸を張っていた。元はといえば彼女が原因で課外活動という名目で旅に出るのだが、レミア先生はそのことを気にしていない様子である。

 そんなレミア先生にクリス達は呆れているとミーティスが声をかけてきた。


「これよりあなた達は大きな学びをするという名目で旅に出られます。ただ忘れないでください。あなた達は我が学園の学生であり、代表であることを」

「はい」

「あ、もし都市や大きな町についたらこれを使ってください。このバッジを使えば宿などである程度は割引してくれるはずですから」


 クリスは獅子が模られ、力強い造形が彫られたエンブレムバッジを受け取る。

 それを見たリリアは『いいないいなぁー』とうらやましがっていた。


「リリアさんの分もありますよ」

『ホント! ありがとうございます、校長先生!』

「どういたしまして。ただ、大変な旅路になると思います。体調には気をつけてくださいね」

「はいっ」

『はーい』


 二人は嬉しそうに返事する。

 これから始まる旅はどれほど大変なものになるのか。わからないが、大きな期待感があった。

 クリスとリリアはみんなに頭を下げ、門の前に立った。そして手を振り、見送ってくれる人々に元気よく出発を告げる。


「行ってきます」

『絶対に元の姿に戻ってくるからねぇー!』


 こうして二人の旅は始まる。

 ルミナスコインを見つけ出し、集め、リリアを元に戻すという旅が始まったのだった。

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