押しつけた者の末路
悲劇とはどんなことを表現する言葉なのか。
そんなこと一度も考えたことなんてないアルヴィレは、その光景を見て言葉を失っていた。
横たわる何かは何度も突き刺されたのか、青黒い液体が傷口から漏れていた。空間を染め上げる青黒さと、支配するツンとした刺激的な臭いがその悲惨さを物語っている。
しかし、それ以上にクリスの姿を見てアルヴィレは呆然とする。
おそらくこの惨劇を引き起こしただろう張本人だが、おかしなほどに綺麗な姿だった。返り血はなく、当然ながら服も汚れていない。
まるで何ごともなかったかのような格好だが、それが逆にアルヴィレの身体を震わせた。
『クリス!』
アルヴィレの背中に乗っていたリリアが駆け寄った。
恐ろしさを感じていないのか、と思いつつ彼はリリアの後を追うようにクリスへ近づく。ふと、その手にナイフを握りしめていることに気がつく。
それはよく見ると百合の模様が刻まれており、すぐにフローラのナイフだとアルヴィレは気がついた。
『大丈夫、クリス?』
「うん、どうにか。対抗策があってよかったよ」
『そうじゃないから。ちゃんと抑えられた?』
「……見ての通りかな。また暴走しちゃった」
事切れて起き上がることのない死体をクリスは見つめていた。
今回の出来事は相手が悪い。勝手に能力を与え、勝手に契りを交わし、勝手に自分だけが幸せになろうとしていた。それは許されることではない。
だが、クリスはこの状況を見てこうも感じる。
自分は相手の悪さを利用して衝動に身を任せた。相手は確かに許せないことをしたが、だからといって自分も同じことをしてはいけない。それにそんなことをしていては自分もこれを同じになってしまう、と。
他に道はなかっただろうか、とも考えた。
しかし、リリアがそれを否定する。
『でも、クリスが無事ながらそれでいいよ。それにこいつが全部悪いんでしょ? 好き勝手にいろんな迷惑なことをしてたみたいだし。なら自業自得だよ』
「そうかな?」
『そうだよ。どんな行いをしてきたかはその時はわからないけど、必ず返ってくる。だからこうなったんでしょ?』
「リリア……。リリアにしては、的を得たことを言うね」
『前にクリスが言ったことじゃん! それにアタシがこんな姿になったのは納得できないけどね!』
「ふふ、いつも私にイタズラするからだよ」
楽しいやりとりを二人はする。それを見てアルヴィレは小さくため息を吐いた。
クリスには何か強力な存在の気配がする。それを感じ取っていたが、まさか厄災ガルダンを倒すほどだとは考えていなかった。もし敵に回したら、と考えるとアルヴィレは末恐ろしくなる。
ひとまず、事切れたガルダンに目を向ける。するとその死体は次第に光の粒子となって空間へ溶けていく光景があった。
ガルダンの死、いや終わりがアルヴィレの目の前で起きている。
それを見て、彼は少し感傷的になった後にクリス達へ振り返った。
『これからどうする? 一応、ここは目指していた町だが』
「目指していた町?」
『うん、そうだよ。なんでかわからないけど目指してたとこなんだよ』
クリスは辺りを見渡す。薄暗さもあって気づかなかったが、よく見るとステンドガラスにシャンデリアなど豪華な装飾がある。他にも女神像に木の字型のエンブレムなど、聖堂や教会にしかない装飾品や置物があった。
なぜこんなところをガルダンは拠点としていたのか。
クリスは頭を傾げるが、死んでしまったため聞き出せないと結論づけ考えるのをすぐにやめたのだった。
『にしても、親玉がやられたらみんな逃げちゃったね』
『元々一枚岩ではなかったからな。しかし、ここまでとは思ってもいなかったが』
『それよりあいつ、何かしてたの? 寂れた教会なのに妙に飾り付けがされてたし。気味が悪かったけど』
「結婚式をしようとしてたよ。あ、そういえば二人は無事かな?」
クリスは二人を探そうとした。しかしそれを、アルヴィレが止める。
不思議そうな顔をしている彼女は、アルヴィレを止めた理由を訊ねた。
だからアルヴィレはこう答える。
『二人はもう遠くに行ってしまったよ。私が感知できないほど遠くにね』
「そんなに行っちゃったんだ。別れの挨拶ぐらいしたかったな」
『アタシもぉ~。でも、もしかしたらまた会えるかもしれないからいっかな』
「そうだね、また会えるかもね」
騒動が終え、クリスはリリアを抱き上げる。
自分を閉じ込めていた建物を出て、眩しい太陽を浴びる。本当に目指していた町なのか確認した後、建物がどんなものなのか見た。
外壁が剥がれ落ちている。白かっただろう壁はくすみ、中が見えるぐらい崩れていた。よく見ると教会の面影があるが、それよりも廃墟という言葉がしっくり来るほどボロボロな建物だ。
そんな場所を見て、クリスはあることを思い出す。
それはジェーンから預かっていた手紙のことだ。
『それ何ぃ~?』
「ジェーンさんから預かってた手紙。ヴァンさんに渡してって言われてたけど、渡しそびれちゃった」
『ふーん。ねぇ、どうせ捨てちゃうんだから中を見ちゃおうよ』
「ダメだよ、リリア。たぶん見ちゃいけないよ」
『ちょっとだけ! ほんの少しだけ! ちょっとでいいから! ホントちょっと!』
「ダメっ」
クリスは聞き取れない言葉を発し、魔術を発動させる。途端に持っていた手紙は燃え、一瞬にして灰になってしまった。
思いもしなかったのか、それを見たリリアは『あー!』と悲鳴に似た叫び声を上げる。
とても悲しげな顔をしている彼女を見て、クリスは少し楽しげに微笑んでいた。
『ひどいー! 読みたかったのにー!』
「今度私が手紙を書いてあげるよ。ダメ?」
『むぅー、そうじゃない。そうじゃないけど、わかったそれで我慢する』
アルヴィレはそのやり取りを見て、いいのかと心の中でツッコミを入れた。
何にしても事件は無事に終える。ガルダンから逃げた二人が幸せになることを祈り、クリスの旅は続きを迎えるのだった。
――チャリーン
そして、誰にも気づかれることなく貯金箱の中にコインがまた一枚入れられたのだった。
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