3:愛しく大切な人

辺境に建つ教会

 世界は美しい。彼女はそう教えられ、ずっとそれを信じてきた。

 しかし、現実は違う。確かに美しいが、醜くもある。そのことを彼女は知らない。

 その醜さを知っている男性は、血の繋がらない娘にそれでも世界は美しいと教えた。なぜそう教えたのかは彼にしかわからない。


 何かの意図があったのか、それとも微かな願いを込め、希望を託したかったのか。その真意は誰にもわからないが、それでも彼はそう教えた。

 これは、世界の真実を知らない少女と真実を知りながらも美しいと教えた男性の物語。その物語の一部始終にクリス達が関わったエピソードである。


◆◆◆◆◆


 白い雲が縦長に伸びる空の下。もうすぐ雨が降りそうな気配を感じながら緑が広がる道を進む少女達がいた。

 雪のように白い銀髪を揺らし、少し傷んだメガネをかける少女は何気なく背負っているバックパックに目を向ける。

 その中では気持ちよさげに眠っている子ブタの姿をした友人がおり、背中にはコイン一枚が入りそうな穴があった。


 いつもと変わらない寝ぼすけな少女を見て、彼女は胸を撫で下ろす。いつもの確認を終え、雲が重なってくる空を見て少女は急いだ。

 だが、当然のように雨が降り出す。仕方なく雨宿りできる場所を探してみるが、背の高い木すらない状況で結果的にずぶ濡れとなってしまった。

 それでも移動し、雨をしのげる何かを探す。このままではバックパックの中まで染みてしまう。それを裂けるためにも彼女は探し続けた。


 そしてずぶ濡れになりながらも一つの教会に辿り着く。

 一番高い場所には鐘があり、外壁は白を基調としている。地方ということもあってか、なんだか質素な雰囲気が漂っていた。


「すみませーん」


 ひとまず少女は雨宿りできないか交渉してみることにした。教会のドアを叩き、中に人がいるか確認してみる。

 するとドアはゆっくりと開いた。僅かな隙間から覗いているのは、まだ幼い少女だ。


「どうしましたか? こんな雨の中、ここに訪れるなんて」


 どこかしっかりとした口調を聞き、銀髪の少女は少し驚く。

 見た目はまだ十歳前後ぐらいなのだが、見た目よりもしっかりしているように思えた。

 ひとまず銀髪の少女は自身について話し、ここを訪れた目的について明かす。


「実は旅をしてて。その途中、大雨にあってしまったから、雨宿りさせてほしくて立ち寄ったんですよ」

「そうなんですか。ちょっと待っててください」


 誰かに相談しに行ったのか、幼い少女はドアを閉めて奥へ引っ込んだ。言われたとおりに銀髪の少女が待っていると、再びドアが開く。

 今度は少女ではなく一人の男性が立っていた。


「これはこれは、ひどく濡れてますね。さ、中にお入りください」


 神父の姿をした男性の誘導に従い、銀髪の少女は中へ入る。

 建物の中はとてもシンプルな空間だった。シンボルである女神像が目立つところに置かれており、神父の説法を聞くための長椅子が並べられている。

 天井を見ると質素な照明が飾られており、暗い空間をほのかな光で照らしていた。

 そんな空間を見つめながら奥へ進むと、白いテーブルクロスがかけられたこれまた長いテーブルがあった。そのテーブルの奥へ座るように促され、彼女は腰を下ろす。


「疲れましたでしょう。今すぐに用意できるもので申し訳ありませんが、これで身体を拭いて休めてください」


 渡されたふんわりとしたタオルを受け取り、銀髪の少女は頭を拭き始める。ふと気づくと熱々のスープが目の前に置かれ、それに加えて少し硬そうなパンが傍に置かれた。

 思わず凝視していると彼女のお腹の虫が鳴き始める。

 ちょっと恥ずかしさを覚え、神父に顔を向けると彼は楽しげに笑った。


「ハッハッハッ、どうやらお腹を空かせていたようですね。遠慮なく食べてください。まだまだ蓄えはありますから」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 こうして優しい温かさをもらい、彼女は冷えた身体を温めていったのだった。

 食事を終え、元気になった頃に神父はあることを訊ねてきた。それはどうしてこんなところを歩いていたか、という内容だ。


「旅をしていると聞きましたが、ここはなかなかの辺境。未開拓の地があるとはいえ、いつ他国が攻めてくるかわからない場所でもあります。なぜここに来たのですか?」

「探しものをしてまして。その探しものがこの近くにあると噂を聞きつけたので訪れました」

「探しもの、ですか? それは一体?」

「コインです。ルミナスコインというもので、それを集めています」

「ほう、聞いたことないコインですね」


 少し興味を抱いたのか神父は考え込み始める。

 そんな神父を見て、銀髪の少女は自分の名前を名乗ることにした。


「まだ名前を言ってなかったですね。私はクリスと言います」

「おっと、私も名乗っていませんでしたね。私はカドリーと申します。こちらはアルナです」


 クリスは神父カドリーの隣に立つアルナへ顔を向けた。

 彼女は表情を変えることなく会釈し、ジッとクリスを見つめる。なんだか不思議な雰囲気を感じ取るクリスは、ひとまずカドリーへ視線を戻した。


「しばらく雨が降り続くと思います。止むまで身体を休めていってください」

「ありがとうございます。あ、まだ紹介していない人がいます。よろしいでしょうか?」

「お連れ様ですか? もしや外に?」

「いえ、ここにいます。ただまだ眠ってて」

「眠っている? ほう、どこで眠っているのですか?」


 クリスが足下に置いていたバックパックに目を向けようとしたその時だった。モゾモゾと、閉じていたフタが蠢き出す。

 そしてそのフタが開くと中からとても明るい声が放たれた。


『よく寝たぁぁ!』


 カドリーは声に驚き、足下のバックパックに視線を向けた。

 そこには赤く小さな子ブタがおり、おかしなことに人の言葉を扱っている。


『クリス、おはよー。ところでここ、どこ?』

「教会。よく寝れた? リリア」

『うん! すっごく気持ちよかった!』

「なんていうことでしょう。ああ、女神よ……」


 思いもしない光景にカドリーは祈りを捧げ始めた。そしてそれも思いもしない姿だったのか、隣に立つアルナは驚いた顔をする。

 いつしかアルナは楽しげに笑い始め、この奇妙な空間は明るいものへ変化するのだった。

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