少年と教師
ジージー、と木で虫が鳴いている。ジリジリとした暑さが肌を刺す中、様々な女性がブティックのウィンドウを見つめていた。
本日は新シーズンによるキャンペーン開始日である。
暑いこともあり、展示されている服は半袖、もしくは袖なしになっていた。
ワンポイントのエンブレムが施されたシャツやパンツ、スカートなど様々な服を着たマネキンが並んでおり、若い女性達は今年は何が流行になるのか、ということを題材に盛り上がる。
そんな女性達を眺めた後、レミア先生は通い慣れたカフェへと足を運ぶ。いつものように待っていた老人に挨拶し、そして憎たらしい悪友ジェイスと合流した。
老人が入れてくれたコーヒーを口に運びつつ、甘いチョコクッキーを頬張る。
まさに至福といえる美味しく甘い時間を楽しんでいると、ジェイスがこう切り出してきた。
「よくやってくれたよ」
その言葉を聞いたレミア先生はニンマリと笑う。ジェイスはというと、どこか疲れたような表情を浮かべていた。
どうやら事件の後処理が大変だったらしく、さらに上司にこってりと絞られたと彼は話す。
レミア先生にしてみればいつも大変な思いをするため、ざまぁみろという感情が非情に強かった。
「何はともあれ、君のおかげ事件は解決したよ。ホント、君のおかげだよ」
「もっと感謝してくれない? 私のおかげで解決できたんでしょ?」
「ああ、ホンット君のおかげだよ。いろいろ大変だったけど無事に解決できたのは君がいたからだよ。ありがとよ、このクソッタレ」
レミア先生は勝ち誇ったように笑う。恨み節を言われたとしても、自分がいなければ解決はできなかった。そもそもジェイスが自分でどうにかできないのが悪い。
そのことを理解しているのか、彼は悔しそうに唸り歯を軋ませるもののそれ以上の恨み言は言わなかった。
「ま、事件が無事に解決したからよかったよ。約束通り報酬を渡すよ」
「むふふ、まいどあり~」
レミア先生はウキウキしながら封筒を受け取る。今回の依頼を受けたのは、全てこのためだ。
いつもより多い報酬。美味しいものを食べたり、新しい服を買おう。たまには休みを使ってプチ旅行もいいかもしれない。
そんなことを考えながら封筒の中身を見る。だが、入っていたのは硬貨一枚だけだった。
「ちょっと、これ何よ?」
「君への報酬。見てわからないのかい?」
「いつもよりすっごい少ないんだけど!」
「君が大暴れしたからその修理費と迷惑料の支払いに充てたんだよ。それとも自腹でしかも自分だけでどうにかできた?」
ジェイスに言われ、レミア先生は顔が曇った。確かに責任その他もろもろはジェイスに押しつけたが、だからといって硬貨一枚はないでしょ、と思ってしまう。
レミア先生はため息を吐きながら仕方なく硬貨をポケットへしまった。
ひとまずやることはやったし、見たかったジェイスの苦しみ顔も見られたから満足したことにする。
だが、それでももう少し報酬をくれないかと考えてしまうのは贅沢な願いだろうか。
そんなことを考え、コーヒーを飲んでいると腕時計が震えた。
「あら、もうこんな時間?」
「急にどうしたんだよ? 何か予定でもあるのか?」
「大当たり」
「まさか恋人ができたのか?」
「その通りよ。これからデートなの」
「へぇー、そうなの。結構早くできたものだね」
「ふふ、いいでしょ。将来有望株よ」
「ふーん。それはそれは幸せそうだね」
ジェイスはやれやれと頭を振った。
レミア先生はコーヒーを飲み干すと、ジェイスから視線を外し立ち上がる。お気に入りのバックを持ち、鼻歌をこぼしながら動き出した。
そんな彼女の背中を見送るジェイスは、別れ際にこんなことを訊ねる。
「いい男かい?」
レミア先生はニッと笑う。
そしてこんなことを告げた。
「アンタなんかとは比べものにならないくらいにいい男よ」
レミア先生は楽しそうな笑顔を浮かべてカフェの外へ向かう。
そんな彼女を見た太陽もまた楽しそうに笑い、今日一番の輝きを放っていた。
◆◆◆◆◆
穏やかな風が吹き抜ける。青々とした芝がそよ風でなびく中、外を見つめている少年がいた。
白い丸テーブルにはノートとペンが置かれており、彼はずっとにらめっこをしている。だが、どれほど見つめていてもその手は動かない。
だんだんと顔が曇っていくその時、一人の老婆が声をかけてきた。
「マウロ様、レミア様がお見えです」
「ホントかい! すぐに通してバーヤ!」
バーヤは指示を受け、訪れた客人を迎えに向かう。マウロと呼ばれた少年は慌てて手鏡をポケットから出し、自分の顔と髪を確認した。
ちょっと乱れている髪型に気づき、手ぐしで直す。ワクワクが止まらないのかニヤついた顔が目に入った。それに気づいたマウロは、すぐに顔を引き締め、彼女が来るまで勉強に取り組む。
何もせずに待っていてもいいが、それでは彼女に怒られてしまう。それは嫌なのでわかりそうな問題を解き始めた。
次第にソワソワ感が消え、また集中し始める。
「やれやれ、いい女も大変だわ」
マウロが勉強に集中し始めた姿を遠目で確認し、レミア先生は微笑んだ。
必要になったら声をかけ、ヒントを与えよう。そう考え、見守っていると使用人であるバーヤが声をかけてきた。
「一生懸命でしょ? ああなれたのはあなた様のおかげですよ」
「それはどうも。でも、いいの? 私は彼の友達を殺したわよ?」
「不慮の事故です。それに、マウロ様も理解してますよ。いずれああなっていたと。だからあなたを受け入れたのです」
「ありがたいこと、として受け取っておくわ」
「ふふ、少し素直じゃないところがかわいらしいですよ」
レミア先生はどこか見透かしているバーヤに降参した。
この人はとてもやりにくい。だからマウロの傍にいるのだろう、と考えつつ彼に視線を向けた。何かの問題に詰まったのか、ちょっと困り顔で唸っている。それはそれでかわいいのだが、そろそろ助けてあげてもいいだろう。
そう考え、レミア先生はマウロが座るテーブルへ向かう。そして頭を悩ませている彼を後ろから抱きしめた。
「問題解けてるー?」
「わっ! 驚かせないでくださいよ、先生」
「ふふ、たまにはいいじゃない。それよりこれ、難しいの?」
「あ、はい。ちょっと解読に手間取ってます。ガラロ式だと思いますが」
「そう? もう少しよく見たほうがいいんじゃない?」
マウロはレミア先生のヒントをもらい、考え出す。
その集中している姿を見て、レミア先生は微笑んだ。
黄金の魔物から託された少年は、か弱い。とても優しく、どこか頼りない。
だが、一生懸命に学んでくれる。おそらくこのまま努力を重ねれば、いずれ日の目を見る機会が訪れるだろう。
なぜあの魔物は少年の願いを叶えようとしたのか。
それは少年の才能を見たからだ。
「あ、先生。またどこかで無茶しました?」
「ん? あ、そういや今日、包丁で指を切ったんだったわ」
「へぇー、料理するんですか」
「簡単なものしか作れないけどね。ま、このくらい平気よ」
「そんなこと言わないでくださいよ。今治しますから、手を出してください」
そう言ってこれはレミア先生の手を包み込んだ。握られた手はとても温かく、見つめているとほのかな光が放たれる。
レミア先生はその光を優しく見守る。そして、一生懸命な彼の顔も。
そのうち、光は消える。同時に握られていた手は離され、彼はニコッと笑った。
「治りましたよ、先生」
マウロは優しい。
頼りないが、その優しさが武器だ。だからこそこの癒やしを守り育てなければならない。
レミア先生はそう感じつつ、彼に笑い返した。
「ありがと、マウロ」
そんな二人を近くで見ていたサンは、静かに告げる。
「恋の予感がします」
少年と若き教師のラブロマンス。
そんなことを妄想しながらサンは熱が入る二人を見守るのだった。
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