黄金の灯火

 この世界は誰が作り、どんな理由で生まれたのか。

 宗教に携わる者ならば神と答えるだろう。

 科学に勤しんでいる者ならば小難しい理論を並べるだろう。

 では、そうでない人ならばどう答えるだろうか。


「知ったこっちゃないわ」


 そこにあるのだから考える必要はない。 そもそも過去のことなんて考える意味はない。

 なぜなら今を生きている自分達のは関係がないからだ。

 しかし、それではいけない。過去から学ぶことはたくさんある。

 学ぶことで人は現在に立ち、未来へと歩んでいける。それは昔も今も変わらないことだ。


『マスター、羽の能力を理解しましたか?』

「バッチリ」

『私の能力は?』

「気持ち悪い光景が広がってる」

『十分です。なら、見えていますよね? 目の前にいる敵の未来が』


 それはかつて、醜い姿だった。

 黒ずみ、トカゲのように這い回り、ただ死肉を漁る日々だ。

 褒められることも貶されることも無縁の生活を送っていた。しかし、そんな魔物がある子供と出会いを果たす。


 それは魔力を持つ少年だった。

 上手く魔術が扱えず、魔力のコントロールも下手だったため人々から疎まれていた存在だ。

 ひとりぼっち。しかし、魔物とはその意味が違った。みんなから疎まれ、嫌われ、いわれのない罪を被され、なぜか恨まれる。

 何かあれば少年のせいにされ、袋叩きにされていた。そんな少年を見た魔物は、少しかわいそうだなと感じて寄り添う。


 すると少年は魔物に感謝し、食べ物を分けてくれた。そこまで必要ではなかったが、とりあえずもらっておいた。

 それから魔物は少年に様々なお願いをされるようになる。

 そのお願いを叶える度に何かをもらい、魔物は心が少しずつ裕福になっていく。次第に頼られる意味に気づいていくと、いつしかお願いされることが楽しみになっていった。


 だが、その生活は突然終わる。

 少年が村の真ん中で晒し上げられ、殺されていたのだ。

 服は剥ぎ取られ、全身は刺され、腕は切り落とされ、目は抉り取られていた。

 それを見た魔物は、感情が真っ白になる。何が起きたのか、遅れて理解すると同時に魔物は叫んだ。


 怒りと絶望が心を飲み込んだ瞬間、大きな悲しみが魔物に襲いかかった。

 ただ叫び、泣き、嘆き、感情のままに暴れる。

 気がつけばそこは更地になっており、地面は真っ赤に染まっていた。

 ふと、自身の身体を見るとなぜか美しい輝きがある。それは誰もが羨む黄金の輝きだ。

 だが、一番見せたい人はもういない。

 大きな虚しさを抱きながら魔物は彷徨うことになる。


「ろくでもないわね」


 目の前にいる従魔に向けてレミア先生は言葉を吐き捨てた。従魔はその意味を理解することなく、腕を振る。

 その攻撃に合わせ、羽をぶつけた。途端に拳を跳ね返し、まとっていた黄金が弾け飛んだ。

 黄金の欠片が飛び散っていく中、レミア先生は従魔の現在へ繋がる過去を見つめた。

 少年の死に、住処を変えたそれは新たな子供と出会う。

 今度は裕福な家庭に生まれた少年だったが、それでも魔物に優しくしてくれた。しかし、親である女性が仕事で忙しくなかなか相手にしてくれない。

 とても寂しい想いをする少年を見て、魔物はどうにかしようと動き出す。

 だが、悲しいことにどれも失敗した。力が足りないから上手くいかないんだと考えた魔物は、少年に契約して欲しいと頼んだ。


 少年は快く承諾してくれる。力を得た魔物は、再び少年のために動き出す。

 だが、思いもしないことが起きた。

 少年の母親が不慮の事故で死んでしまったのだ。しかも目の前で起きた事故である。

 助けられたはずなのに、できなかった。力がないから、と魔物は言い聞かせる。だが、力だけではどうにもできないことが起きた。


 少年が、あまりの悲しみに押し潰され命を絶とうとしたのだ。

 運よく早く発見し、どうにか命を繋ぎ止めた魔物。しかし、例え回復したからと言って少年はまた死のうとするだろう。

 根本的な解決をするために魔物は動き出す。それが今回の記憶狩りに繋がった。

 死んだ人間は生き返らせられない。

 ならば似た人間を作り出せばいい。

 元はわかっている。だから必要な記憶だけを繋ぎ合わせて作る。


 彼が悲しまないように。

 彼が思いっきり甘えられるように。

 彼が彼みたいにならないように。


 そのためにも、材料がいる。

 母親に似た者達がいる。


 そのために力を振るう。

 それが従魔となった魔物の務めだ。


「バカね、アンタ」


 魔物は、従魔は、守りたかったのだ。

 友達という存在を。

 その純粋な想いが悲劇を呼び、連鎖させた。

 そのことを知ったレミア先生は、悲しく思う。

 だが、罪は罪だ。

 害悪は害悪はであり、罪には罰を与えなければならない。

 だから選ぶべき選択は一つだけだ。


「断ち切ってあげるわよ、その苦しみを」


 レミア先生は突撃してきた従魔の身体を絡め取る。そのまま胸に触れ、一気に力を込めるとその身体は勢いよく後ろへ飛んだ。

 建物の壁を破り、柱を折り、家具を破壊し転がっていく。

 ようやく勢いが衰え、従魔が身体を起こす。全身が痛みで悲鳴を上げる中、あるものが目に飛び込んできた。


 それは大きな術式だ。まるで宙に浮かんでいるかのように見えるそれは薄いガラス片に刻まれていた。従魔はそれが何なのかすぐに気づき、離れようとする。

 だが、それはできない。


「悪いけど、逃がさないわよ」


 振り返った瞬間、レミア先生が突撃してきた。従魔はそのまま押し込まれ、ガラス片に身体を打ちつけた。

 歯を食い縛り、それはどうにか脱出を計ろうとする。だが、どれほど力を込めてもレミア先生を押し返せない。


『おのれ、おのれ!』

「チェックメイト!」


 レミア先生はガラス片に触れた。

 途端に周囲は光に飲み込まれ、すぐに黒煙と炎に包み込まれる。その黄金の身体はバラバラになり、炎に飲まれ、手足も千切れ転がっていく。

 口から青黒い液体を従魔が吐き出すと、青い空が目に入った。


『く、ははっ』


 負けた。このうえなく負けた。

 生きているのが不思議なほどボロボロだ。このまま死ぬしかない。しかし、大きな心残りがある。


「しぶといわね、アンタ」


 そんな従魔を見てレミア先生は呆れていた。従魔はというと、無傷の彼女を見て呆れる。

 だが、大きな清々しさがあった。


『頼みたいことがある』

「何よ?」

『守って欲しい子供がいる。いいか?』

「お守りは嫌なんだけど。まあいいわ、面倒見てあげるから、私の要望も聞いてくれる?」

『いいだろう』


 意識が薄れていく中、従魔は奪ってきた記憶を解き放った。その光景は幻想的であり、神々しくもあり、とても美しい光の泡でもある。

 レミア先生はその光景を見守り、空間に溶け込んでいくまで静かに見守る。

 それは従魔の命の灯火が最後の輝きを見せているかのようにも思えたのだった。

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