5:英雄に憧れた少年達
運命を変える黒
月が顔を隠し、星が主役となる闇色のキャンパスの空の下。無数の美しい輝きが世界を見守る中、一つの村があった。
石造りの建物が並ぶその場所では、温かな光と賑やかな太鼓の音が響き渡る。
よく見ると人々は腰に木剣を携えており、それぞれが手合わせと称して実戦に近い試合をしていた。
戦いが終われば互いの健闘を称え合い、大人は酒を、子供はお菓子やジュースを飲み交わす。
村ではそんな祭りが行われていた。
祭りの名前は英雄生誕祭。かつて存在したアクセルの故郷の村で毎年行われている祭りである。
そんな村にクリスはいた。
「やあやあ、旅の方。楽しんでおられますか?」
子供達が元気で勇ましい声を放ち、木剣を叩き合いながら戦っている姿を見ていると一人のおじさんが声をかけてきた。
頬は赤く染まり、左手には酒が入った木のジョッキがある。どうやら酔いが少し回っている様子だ。
クリスはそんなおじさんに微笑みを浮かべ、正直な感想を述べた。
「はい、結構楽しんでます。結構激しい試合をしてますね」
「戦うことで英雄アクセルの魂は楽しまれ、満足すれば帰られる。もしそうでなければ作物は荒れ、不作となるといわれております。ですが正直そんな迷信より日頃のストレス発散が目的の主となってますよ。普段は言いにくいこともこの祭りの試合を通して言ったりする者もおりますからね。中には夫婦が戦って、互いの不満をぶつける者達もおりますよ」
「円満に過ごせそうですね」
「ええ、秘訣の一つかもですね。ちなみにですが、奥さんを叩く訳にはいかないので夫が降参しますよ」
「それはそれは。一度見てみたいですね」
他愛もないやり取りをしつつ、クリスはジュースを口へ運ぶ。ふと、何気なくリリアへ目を向けてみると、彼女は美味しく甘いリンゴやオレンジを頬張っていた。
とても幸せそうな表情を浮かべるリリアに微笑みつつ、次の試合に目を向けようとする。すると隣に一人の男性が座ってきた。クリスは目を向けると、そこには酒をグビグビ飲む姿がある。
見た限り、どうやらスッカリ出来上がっている様子だった。
クリスはひとまず触れないでおき、試合に視線を戻す。現れたのは一人の少年と巨漢といえる男性だ。
見た限り少年は怯えたような表情を浮かべ、握っている木剣がカタカタと震えていた。
「おーい、何ビビってんだ? 勝負はまだ始まってないだろう!」
そんな少年を見て、隣の男性がヤジを飛ばした。
確かに男性の言う通りだ。始まる前から怯えていたら勝てる試合も勝てなくなってしまう。
だが、少年の震えは終わらない。それどころかますます震えていた。
この勝負はもう着いている。
そう感じたクリスは視線を隣の男性に変えた。
「なんだ?」
「飲みすぎはよくないですよ」
「うるせぇ。てめぇはミルクでも飲んでろ」
どこか冷めたような言葉を吐き捨て、ウェイトレスを呼び止めて男性は酒を注文する。
クリスは木のジョッキに注がれる酒を眺めつつ、座っててもフラついている彼に言葉を放った。
「何か悪いことでもありました?」
「さっきからなんだてめぇ。飲んでちゃ悪いのか?」
「いいえ。ただ飲みすぎは身体によくないと思いますよ」
「俺の勝手だ。それともその理由を聞きたいのか?」
「特には。でもいい暇潰しにはなりそう」
飲んだくれの男性は忌々しげに舌打ちをする。クリスはそんな彼を見つめ、語るのを待った。
すると男性は一口、酒を味わった後に饒舌に昔のことを語り始める。
「俺はな、英雄アクセルの末裔なんだ」
「本当?」
「嘘なら真面目な顔していうか。まあ、信じるか信じないかはお前次第だけどな」
「それで、それがどうしたんですか?」
「……昔は村のヒーローだったさ。悪さをするガキ大将を懲らしめたり、困っているガキや年寄りも助けたりしてた。そのまま大人になって、みんなを守る騎士になろうとした。まあ、身分が低い俺だと一般兵からだったけどな。それでも頑張って出世して、ここの領事官になろうとしたよ」
「立派な心意気ですね」
「昔はな。だけどそれはバッキバキに折れちまった。十五年前にモンスタースタンピードが起きた。その対応をするために、俺は部隊に招集された。その時の俺はそれなりに出世していて、困らない生活を送ってたよ。さすがに領事官になれるほどの頭はなかったけどな。まあ、そんな感じだから小隊を任されたんだ。名前しか知らない奴らだったし、初めてに近い討伐戦だったから緊張した。そんな俺を隊長と呼んで、部下は命令を聞いてくれたよ。ただ、俺は大きなミスを犯した」
「…………」
「モンスターを数匹取り逃しちまったんだ。殲滅しなきゃならんのに、やってしまったんだ。その時は知能が低いし、たいした強さじゃないからいいかと思った。上にも作戦成功したと報告したんだ。だけど、それが間違いだった。取り逃したモンスターは確かに弱いし、頭も悪い。だが、マヌケじゃなかったんだ。仲間を殺した俺達の顔をしっかり覚えてやがったんだ。だから帰り道、残党にやられちまった」
「部隊は全滅したんですか?」
「いや、さすがにそんな被害は受けてない。だが、一部の被害は起きた。俺の部下が全員、殺されたんだ。俺はみんなに守られたから生き残ったが、その光景は今でもしっかり思い出せる。もし、取り逃さなければ。もし、ちゃんとした報告をしていれば。そんなことばかり考えちまうよ」
「責任を取ったんですね」
「取らざるを得なかったさ。一部とはいえ、部隊に被害を出した。報告も間違った。そして、部下はみんな死んだ。引き留めてくれる奴なんていなかったさ。途方に暮れたし、やることもなくなった。村に戻ったら戻ったで噂としてみんなに知れ渡ってる。だから飲むしかなくなったんだよ」
「現実から目を逸らすためにですか」
「そうだ。今じゃ俺はただの飲んだくれだ。ヒーローでも何でもない、ダメ人間さ」
男性は笑いながら言う。しかし、その顔は悲しさが支配しており、どこか虚しさもあった。
クリスはそんな顔から視線を外し、試合を見る。
だが、それはとっくに終わっており、少年が仰向けになって倒れていた。
見逃したことにクリスは少し残念さを覚える。だが、男性の少し面白い話が聞けたのでよしにした。ひとまず、クリスは次の試合を観戦しようとする。
しかし、唐突にそれは終わりを迎えた。
「大変です、村長!」
誰かが慌てた様子で走ってきた。振り返るとまだ若い男性が血相をかいている。どうしたのかと思い、見つめていると村長の顔色が変わった。
あまりにもよろしくないことを聞いたのか、青白くなっている。
「本当か?」
「本当です! 村の広場にあるクリスタルが黒くなってるんですよ!」
「そうか、わかった。よく知らせてくれたな」
村長は見つめているみんなに振り返る。
そしてこんな宣言をした。
「本日の祭りはこれまで。みんな、今日はもう家に帰ってゆっくりしてくれ。ああ、それと酒を飲んでない男衆は集まってくれ」
あまりにも唐突な宣言に、人々はザワついた。だが、すぐに気がつく。
あまりよくないことが起きようとしている、と。
クリスは何が起きようとしているのか村長に訊ねようとした。だが、それを飲んだくれの男性に止められる。
「やめとけ。どうしようもねーから」
「何か知ってるんですか?」
「デカいクリスタルが村の広場にあっただろ? あれは予見する能力があんだ。黄色ならちょっとヤバい騒動、赤なら危険な事件が村に起きるって感じで報せてくれる」
「黒は、何を意味しますか?」
「どうしようもない滅亡。つまり、村は何かによって蹂躙されて消える」
逃れられない運命。それがこの村に訪れる結末だ。
しかし、それを聞いたクリスは立ち上がる。一度リリアに顔を向け、互いを見て頷いた後に飲んだくれの男性こう告げた。
「なら、その運命を変えにいきましょう」
男性の手が止まる。
思わずクリスに振り返ると、彼女は小さな笑みを浮かべていた。
「英雄になりたかったんですよね。今がそのチャンスですよ」
「お前……本気で言ってるのか?」
「はい。私はそのために来ました」
クリスがそう告げると、男性は目を大きくする。すっかり酔いが覚めてしまったのか、ただ呆然としていた。
そんな彼に、ご飯を食べ終わったリリアがこう告げる。
『やるかやらないか、なんて選択肢はないよ。おじさんは強制参加だから』
本日は英雄アクセルの生誕祭。
その故郷である村が消える日。
だが、そんな運命をねじ曲げ、新たな英雄が生まれる日である。
クリスはその手伝いをするためにここに来た。
それが、二人に課せられた審判の内容だ。
そんなことを知らない男性は、ただ口を広げていた。
「おじさん。名前を聞いてもいいですか?」
「お前、本気で……」
「もう一度聞きます。名前は?」
「ラインだ。お前は?」
「私はクリス。こっちは友達のリリア」
『よろしくねぇー』
「私達はあなたをサポートします。だから、立ち上がってください」
「立ち上がってってお前――」
「よろしくね、ラインさん」
思いもしない展開にラインは戸惑った。だが、差し出された手を見て、諦めたように大きなため息を吐く。
そう、これは堕落した男性が英雄になる物語。
そしてこれは、そんな男性を支える少女達の物語となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます