チャレンジゲーム

 遡ること四時間前――クリスは一枚のルミナスコインを手にしていた。


 様々な騒動や事件を経験し、解決してきたことでいい感じにコインが溜まっていた。しかし、順調であるが貯金箱をいっぱいにするにはまだまだ足りない状態だ。

 期限は本日を終えるまで。一応、禁書に記されていた村の近くまで来たが貯金箱いっぱいにするには到底足りない。

 どうしたものか、とクリスは考える。このままではリリアを元に戻すことができないうえに、審判も受けられない。つまり苦労が水の泡となる。

 そんなことを考えているとリリアが声をかけてきた。


『クリス、大丈夫? ここ最近、あまり寝てないし』

「大丈夫。睡眠は契約の関係もあるから、それで欲が持っていかれてるし」

『でも、ちゃんと寝ないと身体に悪いよ? 眠くなくてもちゃんと休まなきゃ』

「そうすると契約を解除しないといけないかな。でもこの子と別れるのは惜しい」


『じゃあ、ちゃんと横になって休んで! 大丈夫、アタシが周りを見てるから!』

「大丈夫だから。あとリリアに任せたら隙を見て襲ってくるし」

『そ、そそそんなことしないよ! する訳ないじゃーん! アタシは女の子だよ。女の子のクリスを襲ってあんなことやこんなことなんてしないよ!』

「わかった、ちゃんと休むから襲わないでね」


 クリスはちょっと呆れ気味にため息をついた。考えることはやめ、リリアに言われた通り身体を休め始める。

 とはいえ、眠くない状態に変わりない。だからとても暇に感じながら空を見つめた。

 ゆったり流れていく雲は季節を感じさせる。爽やかな青い空の中を走る白いそれは、羊のようにモコモコとしていた。ふと、何気なく大きな雲を見つめると、それは熊のような形に変化する。

 真っ白な熊はなんだかかわいらしく丸々としていることもあり、さらにそのかわいさは引き立っていた。


 そんな雲の変化を見ていると、急に空が暗くなり始める。

 大きくて厚い雲が来たかな、と思い眺めるとクリスは空自体が暗くなっていることに気づいた。

 クリスは一瞬、理解が遅れる。だがすぐに少し離れた場所にいるリリアの元へ向う。

 まさか、と思い確認をする。するとリリアの身体は光に包まれており、その光と共に思いもしない存在が立っていた。


『ふむ、頑張って貯めたものだな』


 道化師の風貌をし、仮面を被った男バランズがなぜかここにいる。

 クリスは驚きのあまりに言葉を失っていた。なぜ、こいつがここに現れたのか。そもそも現れる理由があったのか。

 様々なことを考えていると、バランズは意識を失っているリリアをクリスへ投げ渡した。


『よく短期間で集めたものだ。とはいえ、このままでは話にならない』

「褒めてくれてありがとう。何も出せないけど」


『これ以上、出す必要はないさ。ゲームとは何かを懸けることで楽しめる遊びだ。それは勝敗なのか、金なのか、栄誉なのか、それとも命なのか。どれにしても手に入れれば甘美なる喜びを、そうでなければ苦々しく悔しさを味わうことになる』

「それで、何しに現れたの?」


『ゲームとはフェアでなければならない。勝敗も賞品も同様だ。まあ、小難しく言っても仕方ないから簡単な言葉にして告げよう。私はフェアを重んじる。そしてこのままでは面白味に欠けるのは明白。だから一つのサービスをしよう』

「サービス? それだとフェアには――」


『なるさ。少なくとも現状ではね』


 バランズは笑いながら告げる。クリスは少しムスッとしたがすぐにいつもの表情へ戻した。

 ひとまずサービスの内容について確認しよう、と考え訊ねる。


「それで、どんなサービスをしてくれるの?」

『何、簡単なことさ。これから私が提示するゲームに挑戦してくれればいい。つまりチャレンジゲーム。クリアをすれば貯金箱いっぱいのルミナスコインをプレゼントしよう。ただし、失敗すれば全てのコインをいただくがね』


「じゃあやる。早く言って」

『ハハハッ、なかなかの決断力だな。もう少し考えてもいいんじゃないか?』

「時間の無駄。だから提示したんでしょ?」


 クリスの指摘にバランズは額を押さえて笑った。それを見た彼女は、バランズが言葉を放つのを待つ。

 彼にとってクリスの行動は少し予想外だった。だからこそ面白く、会話する意味がある。


『いいだろう。少し悩んでもらい、時間をかけてチャレンジしてもらう予定だったが今回は私の負けだ』

「早く聞かせて」


『では、チャレンジゲームの内容を提示しよう。これから君達が訪れる村には、英雄に憧れた少年達がいる。君達には彼らを本当の英雄にしてもらう。ちなみにやり方は自由とする』


 なかなかに無茶苦茶なゲームだった。

 そもそも、英雄に仕立てるにしても事件が起きないと難しい。例え起きたとしても複数人を英雄にするなんて無理だ。

 そんなことを考えているとバランズが微笑んだ。


『何、心配する必要はないさ。本日、これからとびきりの事件が起きる。それは一人では絶対に対処できない事件さ』


 からかうように、楽しげに笑いながら告げるとバランズは背を向け手を振った。そしてクリスにこう告げて消える。

 それは思いもしない一言でもあった。


『君の頑張りを楽しみに見ているよ』


 バランズの気配が消え、空が色を取り戻す。クリスは険しい顔をしたままバランズの立っていた場所を見つめているとリリアが大きなアクビと共に目を覚ました。

 リリアは何か声をかけようとしたが、やめる。猛烈な眠気がまた襲ってきたからだ。

 だからクリスの腕の中でまた眠ることにしたのだった。

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