オドオドする少年の恋模様
そんなこんなでチャレンジゲームに挑むことになったクリス達は目的の村に辿り着いた。
そこで英雄について情報収集しているとあることが判明する。それはこの村に英雄アクセルの末裔がいるというものだ。
もしかすると、と思いその人物がいる酒場へ訪れる。するとその男性はまだ明るいにも関わらずお酒を飲みに飲みまくっていた。
「一人はあの人で間違いなさそう」
『でも、複数人いるんでしょ? ということはどこかにまだいるってことだよね?』
「そうだね。でもどこにいるんだろう?」
クリスはリリアと一緒に頭を捻る。
道化師バランズは「英雄に憧れた少年達」という言い回しをした。つまり、飲んだくれの男性以外に英雄になりたいと思っている人物がいるという意味だ。
そしてこの言葉には他にも絞り込める情報がある。
「あいつの言葉通りなら、全員男の人だと思う」
『どうしてそう言い切れるの? 女の子だっているかもしれないじゃん』
「あいつは〈少年達〉って言った。もし女の子も含めるなら〈子ども達〉って感じの言い回しをするはず」
『確かに。なら英雄に憧れてそうな男の人を探してみよう!』
やることは決まった。探す対象もだいたい絞れた。
ということでリリアが意気揚々に動き出そうとしたその時、妙な騒ぎが耳に飛び込んでくる。
思わず振り返ると一人の大柄な男に絡まれている少年がいた。
メガネをかけ、耳が隠れるほど黒い髪を伸ばしており、パッと見ると女の子のように見える。そんな少年の胸ぐらを掴み、鼻息を荒くして憤っている大柄の男はこんなことを叫んだ。
「やれるもんならやってみろ、てめぇ!」
怒りのまま、大柄の男は少年の身体を放り投げた。背中を地面に打ちつけ、彼は顔を歪める。大柄の男はそんな少年にさらに追い討ちをかけようとした。
それを見たクリスはナイフを抜く。そのまま放り投げ、大柄の男の頬を掠めさせた。するとそれは驚いたのか、一瞬だけ動きを止める。
何が起きたかわからず、傷口に触れていた。
「そこまで。次は外さない」
クリスがそう言い放つと大柄の男は小さな悲鳴を上げた。少しだけ殺気を放ち睨みつけるとそれは背を向け、慌てて逃げていく。
そんな大柄の男を見送ったクリスは尻もちをついている少年に目を向けた。服についた土埃を叩き落としながら立ち上がり、彼は俯いたままこう口にする。
「あ、ありがとう」
少年は逃げるようにクリスの前から去っていく。そんな彼を見つめているとリリアが少しつまらなさそうな顔をした。
『何よあれ』
少し怒り気味に言葉を吐き出す。
クリスはそんなリリアを見て、優しく抱き上げた。
「大丈夫だよ、リリア。でも、何か事情がありそう」
『あっても知らない。あんな奴、知らないから』
「優しいね、リリアは」
『関係ないよ、クリス。あー、ムカつく! せっかく助けてあげたってのに!』
プンスカとリリアは怒る。それはそれはかわいらしいもので、クリスは思わず身体をギュッと抱きしめたくなった。
リリアは彼女がそんな気持ちになっているとは知らずに怒る。せっかくクリスが助けてあげたのに、と呟く。
ふとクリスは何気なく地面を見た。そこには赤いペンダントが落ちており、それには小さな宝石がはめ込まれている。
「これは……?」
『何それー?』
「詳しく調べないとわからないけど、これたぶん魔宝石かも」
『魔宝石? 何それ?』
「魔術道具を作るのに必要な素材。私のナイフとかにもあるよ。ペンダントにしてるから、何かの御守りかもね」
『ふーん。もしかしてそれ、さっきのあいつが持ってたの?』
「かもしれない。でも――」
クリスは何かを言いかける。だが、すぐにやめた。
もしこのペンダントの持ち主があの少年であるならば、探している一人かもと考えたからだ。
「リリア、行くよ」
『行くってどこに?』
「あの子の元にだよ」
『えー!?』
英雄に憧れた少年達。
その一人かもしれない少年を追いかける。
確認をするために、クリスは彼の背中を追いかけたのだった。
◆◆◆◆◆
昔々、とある村に一人の少年がいました。その村は平穏で、特に事件という事件は起きないと穏やかな場所でした。
そんな故郷に住む少年でしたが、大きな事件が起きます。それは魔物達が徒党を組み、大暴れしながら行進するモンスタースタンピードが発生したのです。
村に駐在する騎士、村人で結成した義勇軍が対応しましたがその行進は止まりません。
どうしたものか、困っている村長を見た少年は村を守るためにモンスタースタンピードを止める決意をします。
村の仲間を集め、限りある時間の中で作戦会議や準備をしました。そして、もうすぐそこまで迫ってきていたモンスター達と激突します。
逆転などあり得ない圧倒的な数の差。
絶望的ともいえる戦いになるはずでした。
しかし、少年は勇ましく剣を振るいます。どんなに厳しい戦況でも諦めずに戦います。
そして、少年はモンスター達を退けました。そう、モンスタースタンピードを止めたのです。奇跡としか言いようのない出来事に村人達は歓喜しました。
仲間も少年を称えました。いつしかその話は噂となり、王様の耳に入ります。
もし本当に少年の力でモンスタースタンピードを止めたのであれば、と考えた王様は特別に少年を王城へ招きました。
そしてその目で少年の持つあり得ない力を確かめます。
そう、これは始まりの物語。英雄アクセルが誕生した物語のプロローグです。
彼の活躍は始まったばかり。だからこそ、宣言しましょう。
これは単なる始まりでしかない、と――
◆◆◆◆◆
「あぁ、こうなりたいなぁー」
少年は一冊の書籍の中身から目を離した。
どうしてこんなにも称えられるのか。
自分と違うのか。
怖くなかったのか。
勇ましさとは何なのか。
様々なことを考えながら赤く染まり始めた空を少年は見つめる。自分とは違う少年だったアクセルに、大きな羨ましさを覚えた。
「まあ、僕とは違うか」
そんなことを考え、感じるが断ち切るような言葉を吐き捨てる。
自分とは違う。そんな言葉を放ち、言い聞かせるように呟く。しかし、どんなに言葉を口にしても羨望の想いは消えない。
だから少年はついため息を吐き、頬杖をついた。
「こうなりたいなー」
英雄は英雄、自分は自分。
どんなに願おうとも、どんなに望もうとも英雄にはなれない。そのことがわかっているからこそ、少年はうなだれた。
そもそも自分には力がない。勇ましさなんてないし、頭もそんなによくない。もし英雄のように戦えたら、と考えるがいつもいじめてくるガキ大将に太刀打ちできない時点であり得ない話だ。
「アクセルなら、あいつなんて一捻りだったのかな?」
英雄のようになりたい。そんな想いが募る。
いじめっ子になんて負けないぐらい強くなりたい、と考えてしまう。
しかし、叶わないものは叶わない。
大きなため息を吐き出していると一つの影が差した。振り返るとそこには、先ほど助けてくれた少女がいる。
「えっと、何か?」
「落とし物」
少女から差し出された手を見ると、そこには大切にしているペンダントがあった。少年は慌てて身体を触り、ようやく落としたことに気づく。
「あ、ありがとうございます! 落としてたなんて……」
「どういたしまして。それよりあなた、名前はなんていうの?」
「え? 名前ですか? 僕は、その、フィーロです」
少女はおどおどしているフィーロを見て微笑む。それはかわいらしく、可憐であり、一輪の花のように思えた。
「いい名前だね。私はクリス。そのペンダント、大切にね」
「は、はい! ありがとうございます!」
ペンダントを握り締め、フィーロは去っていくクリスの背中を見つめた。ずっとずっと見つめ、その姿が消えるまで立ち尽くす。
また会いたいな。そう考えるほどフィーロの頭はクリスでいっぱいになったのだった。
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