友達という意味
そして数時間後、フィーロはある想いを胸に抱いて奉りに挑んでいた。もし、これから始まる試合に勝てたらあの人を探して声をかけてみよう、と。
だが、その願いはいとも容易く打ち砕かれてしまう。
なぜなら試合相手がいつも自分をいじめている男だったからだ。
「へっへっへっ、覚悟しろフィーロ」
フィーロは戦った。勇気を振り絞って戦った。
だが、いや当然のように男の力押しに負け、気がつけば満天の星空を見つめていた。
美しい星が心配そうに見つめる中、フィーロは絶望する。
勝てなかった、あの人に声がかけられない。
起き上がり、そしてガックリと肩を落としていると村長がいる場所で何やら騒ぎが起きていた。どうしたのかと思い見つめていると、村長が急に「家に帰りなさい」と言い始める。
酔っ払っていない男衆を集め、何かをしようとしていた。フィーロも当然呼ばれたのだと思い、立ち上がった。だが、そんなフィーロを見た村長の側近がこんなことを言う。
「君は帰っていいよ。試合をしたばかりだろ?」
え、とフィーロは思った。男衆に目を向けるといじめっ子の男がいる。それなのに返っていいと言われてしまった。
だからフィーロは気づいてしまう。弱い奴には用はない、ということに。
「で、でも僕はお酒を飲んでません。それにさっき戦った――」
「身体を休めなさい。君はそんなに強くないだろ? ならしっかり休んでおかないといけない」
「……わかりました」
フィーロは引き下がった。引き下がるしかなかった。
それがなんだかとても歯がゆく、悔しい。弱いからのけ者にされている気がして堪らなかった。善意で言ってくれていると気づきながらも彼は弱い自分を恨んだ。
もし、本に載っている英雄のようになれたら。勇敢に立ち回れたら。
そんなことを考えていると誰かが声をかけてきた。
「ねえ、どこに行くの?」
「どこって、家に――」
振り返るとそこには、先ほどペンダントを届けてくれた少女がいた。
名前は確か、クリス。とても素敵な名前だ、と思い出しつつフィーロは見とれる。
そんなフィーロにクリスは不思議に思ったのか、真顔で「どうしたの」と訊ねた。すると彼は自分の本心を隠すために慌ててこう言い放つ。
「え? いや、その、帰り道ですか?」
何を聞いているんだ、と自分の言葉にツッコミながらフィーロはクリスの反応を待つ。そもそも帰宅指示が出ているため、みんな家路につくところである。
そう考えていると彼女は思いもしない言葉を口にした。
「ううん。あなたを探してた」
「あ、そうなんですか。じゃあ一緒に――え?」
フィーロは目を大きくして彼女を見つめる。なぜ、自分を探していたのか。どうして彼女はそんなことを行ったのか。わからないが、とても嬉しさを覚えた。
悟られないように心の奥底で喜んでいるとクリスは唐突に手を掴んだ。
「一緒に来て。あなたが必要だから」
「ええっ!?」
もはや昇天しそうなほど嬉しかった。
よくわからないが、美人でかわいい女の子に言い寄られている。ひとまず頷くと、彼女はフィーロの手を引いて移動し始めた。どこに連れていかれるのか、どうなるのか。そんなこと考えることなく幸せいっぱいのまま彼は進んでいく。
ふと、見覚えのある宿屋の前に立った。というのもこの宿屋は村で唯一の施設だ。
なぜこんなところに連れてこられたのか、と考えていると彼女はこう告げた。
「協力して欲しいことがある」
「協力? 何をですか?」
「詳しくは中で話す。協力してくれる?」
「簡単でいいから説明してください。そうじゃないと返事ができませんよ」
そう訊ねると、彼女は少し考えていた。おそらくどう噛み砕き、説明するか考えているのだろう。
そう考えていると、クリスはこう言葉を切り出した。
「フィーロ、あなた英雄になりたくない?」
思いもしない言葉だった。
どうしてそんな言葉が出たのかわからない。考えてみてもわかるはずがなかった。ただ、力強い目で見つめる彼女を見て、フィーロは惹かれる。
もし、なれるのなら。もし、なれたのなら。
そう考えているとクリスはこう言い放つ。
「今、村には大きな危機が迫ってる。それをどうにかするにはあなたの力が必要。だから、力を貸して」
望んでいたもの。
待っていた展開。
しかし、それを自分ができるのか。
そんな疑問が僅かの時間だけ生まれる。しかし、そんなものすぐに消えた。
なりたい自分になれる。それだけでフィーロの心は燃え上がった。
「いいんですか? 僕は、弱いです」
「私が支える。それに、あなたがいなきゃダメ」
「わかりました。何ができるのかわかりませんが、協力します」
こうしてフィーロは宿に入り、クリスの部屋へ招かれる。そこには子ブタの姿をした生きている貯金箱と、いつも昼間から酒を飲んでいるおじさんもいた。
そんな一同を見て、フィーロの目は点となる。
「あの、この人達は?」
「私の仲間。みんなで挑むから」
「え、えー?」
こうしてフィーロはクリスの仲間になる。
そして、村に迫る魔の手と戦うことになった。
◆◆◆◆◆
村唯一の宿。そこは村が誕生した時代から存在する由緒正しき古さを持つ施設だ。古さを感じさせる軋む床にちょっと寂れた雰囲気、壁は所々修繕されており痕が残っている。
そんな宿屋の一室にリリアはいた。
ひとまずクリスが集めてきたおじさんと少年に目を向ける。飲んだくれのおじさんは酔いが覚めているがまだまだ身体がおぼつかない。少年はというと、とても頼りなくずっとオドオドしている。
そんな二人にリリアは感じたことのない不安を抱いていた。
『ねぇ、クリス。本当にこの二人なの?』
「だと思う」
『思うって……おじさんはともかく、あいつは関係ないじゃん』
「ペンダントを持ってた。だから関係あると思う」
リリアは友の言葉を聞き、さらなる不安を抱いた。
おじさんは英雄の末裔らしいのでこの際、大目に見る。しかし、少年フィーロに関しては関連するものがない。
確かにアクセルの英雄譚を読んでいたが、それだけで関係があるとは言えなかった。
「英雄に憧れた少年達――それがあいつのヒント。おじさんもあの人も英雄に憧れを持っていたと思う。その証拠にアクセルにしがみついているしね」
『じゃあ仮にあの二人が必要な人達だとするよ。これから大きな事件が起きるんでしょ? 私達はその情報を持ち合わせてないよ。どうやって手に入れるの?』
「それも当てがある。だから大丈夫だよ」
本当に大丈夫なのか、とリリアは思った。
大きな心配を抱きながら彼女は話している飲んだくれと少年を見る。二人は始め、ギクシャクしていたが英雄アクセルの話になった途端に意気投合する。
英雄アクセルの偉業について話し始め、気がつけば議論し始め、いつの間にかケンカしては仲直りするような仲になっていた。
二人はとても楽しそうな顔をしている。
それはまるで古くからの友人同士のように思えた。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
リリアが二人を眺めているとクリスが動き出す。
どこに行くのか訊ねると、彼女はこう答えた。
「村の広場。未来を予測するクリスタルがあるって村長が言ってたでしょ?」
『ああ、村の危機を知らせるなんとかって言ってたね。そんなの見に行ってどうするの?』
「未来の情報を手に入れる」
リリアはクリスの言葉に目を大きくする。
何を言っているのか理解が追いつかず、どんな言葉をかけようかと考えていると彼女はこう言い放った。
「どこで何が、どんなことがあって村が滅亡するのか。それを見に行くよ」
リリアは忘れていた。彼女が自分とは比べものにならないほどの魔術師だということを。
そして、とんでもない無茶をする人物だと言うことも。
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