神様になった少女の選択
ここは水の潤いを取り戻した村。だが、神様の加護を失った村。
その村に住む男は、逃げ出していく人々に頭を抱えていた。
借金をわざと作らせ、逃げにくくするもののあまり効果がない。気がつけば村にはほとんど人はおらず、唯一残ったのは娘ただ一人だけ。
しかし、その娘は旅商人の若い男に恋をしていた。そしてある日、一緒に逃げようと声をかけられる。
父親のことが気になりつつも、生活がままならない状態でもあった。
だから娘は若い男の提案に乗る。
「させるか、そんなこと!」
秘密裏に村を出ていこうとしていると、娘は父親に見つかってしまった。包丁を向けられ、一直線に娘を刺そうと駆ける。
だが、身を挺して若い男が守ってくれた。そのせいで彼は大ケガをし、動けなくなってしまう
「さあ、どうする? こいつの命か、それとも自分の命か?」
若い男を人質に取られた娘は、選択を迫られた。
選ぼうにも選べないそんな選択を。
もし選ぶなら、と考え村に残る選択をしようとする。しかし、行動に移そうとしたその時に、低いうなり声が響き渡った。
「なっ!」
人質にしていた若い男が、突然姿を変えたのだ。
全身が毛皮に覆われ、人だった目は獣のようになる。
ワーウルフへと変貌した若い男は、父親の腕を掴む。そして容赦ない一撃を顔面に放った。
鼻から血を噴き出して倒れる父親は、すっかり静かになってしまう。
娘はというと、変貌した恋人の姿に身体を震わせていた。
『せっかく美味い食事にありつけそうだったのによ。ったく、全てが台なしだ』
世界は非情だ。いつ、どこで、どんな残酷な真実が待っているかなんて教えてくれない。
今回も世界は黙っていた。だから何の覚悟もしていなかった娘は、ただ腰を抜かすしかなかった。
『ククク、まあいいさ。これから楽しもうじゃないか、リップル』
ワーウルフは娘に近づいていく。彼女は懸命に逃げようとするが、できないでいた。
鋭い爪がある手が振り上げられる。
もうダメだ、と彼女が目を瞑った瞬間、肉が裂ける音が響いた。
「大丈夫? お姉ちゃん」
娘は目を開く。そこにいたのは、綺麗な服に身を包んだ妹の姿だった。
思いもしない人物との再会に彼女は驚く。
妹はそんな彼女を気にすることなく、力なく倒れたワーウルフを無視して父親の元へ近寄った。
「久しぶり、お父さん」
「……あ、なぜっ」
「私、神様になったんだ。すごいでしょ、お父さん」
思いもしない言葉だったのか、父親は目を大きくした。
そして同時に様々なことが腑に落ちる。なぜこんな状況になってしまったのかを。
「ひ、ひぃっ」
「怖がらないで。お父さんを殺そうとは思ってないから。でも、ひどい目にはあってもらおうかな」
「来るな! 俺は、俺はぁ!」
「私はあなたを許さない。でも殺したくもない。だから、あなたがしたことをいろんな神様に話してあげた。あなたがどうなるかは知らないけど、話を聞いた神様がどうするかも知らない。ただそれだけだから」
妹は悲しげな顔をしながら笑う。
そんな妹を見て、父親は震えていた。
その言葉が何を意味しているのか理解できないまま、ずっと。
「じゃあ、もう行くね。さようなら、お父さん」
「待って、ユーリ!」
どこかに去ろうとする妹を娘が呼び止めた。だが、妹は振り返らない。
少しだけ動きを止め、まっすぐ前を向いたまま彼女にこう告げた。
「さようなら、お姉ちゃん」
気がつけばその姿は消えていた。
娘は妹の名前を叫び、周りを探す。しかし、どんなに探しても妹は見つからなかった。
◆◆◆◆◆
雨が止み、太陽が顔を出した空の下。爽やかな風が吹き抜ける中、クリス達は歩いていた。
あの後、ユーリがどんな選択をしたのかわからない。
気になりつつも、これ以上は踏み込めないと考え進んでいた。
『ねぇ、クリス。結局ルミナスコインが手に入らなかったね』
「そうだね。でも仕方なかったかも」
『かもねぇ。まあ、期限までにいっぱい集めればいいからいっか!』
気丈にするリリアに、クリスは微笑んだ。
頭に乗って揺られる彼女を落とさないように進み、次の目的地へ向かう。
ふと、怪しい空模様が目に入る。どこかに雨宿りしようか、と考えるがいい隠れ場所がなかった。
「リリア、バックバックの中に入って」
『えー、でもぉー』
「風邪引きたい?」
『わかったぁー』
クリスに言われ、リリアはバックバックの中に逃げ込む。だがその瞬間、チャリンという甲高い音が響いた。
彼女達は思いもしない音に顔を合わせる。
もしかしてと思い、リリアを持ち上げて降るとまたチャリンチャリンという音が響いた。
「これ、ルミナスコインかな?」
『いつの間に!? あ、もしかしてクリス、アタシが寝ている間に入れたな!』
「そんなことしてないよ」
『じゃあこれは何? なんで私の中にルミナスコインがあるの!』
「だから知らないよ」
こうしてクリスとリリアは入れた入れないといった言葉の応酬が始まる。なかなかに無駄なやり取りだが、二人にとって楽しい時間だった。
旅はまだ始まったばかり。
果てしなく続くその道を、二人は今日も元気に進んでいくのだった。
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