夢は懐かしい過去を見せる
温かな日差しに、楽しげに囀る小鳥達が舞い踊る。本日のお昼寝は最高であり、目覚めたリリアはとてもいい気分だった。
かの有名な少女とも出会え、さらにサインをもらえたのだ。これで最高の気分にならないほうがおかしい。
『ふぁー、よく寝たぁー』
リリアは気持ちよく起きた。飛んでいる小鳥達に見つめているリスなどに「おはよー」と挨拶をし、優しく微笑んだ。
そしてそのまま寝ぼけた頭で傍にいるはずのクリスにも挨拶をしようとした。しかし、どんなに周りを見渡しても彼女の姿はない。
『あれ?』
リリアは頭を傾げつつクリスを探す。
よく見れば乗っていた馬車の中ではないことに気づき、さらにヴァンやジェーンの姿もない。
寝ている間に一体何があったのか、と思わず考えていると近くで何かが蠢いていることに気づく。
なんだろー、と思い確かめに向かうと、そこにはアルヴィレが倒れていた。
『キャー! どうしたの!?』
『お前は、主の友か。すまんな、主は連れて行かれてしまった』
『連れて行かれたって、誰に? というかなんで?』
『話せば長くなる。だが、その時間もない』
アルヴィレは身体にムチを打ち、立ち上がろうとする。リリアはそれを止めようとするが、彼は聞いてくれない。
おそらくそれほど切迫しているのだろう。
そう感じ取ったリリアは、ある決意をする。それは魔術を使うという覚悟でもあった。
『動かないで。どうにかするから』
『時間がない。それにこれはただの回復では――』
『いいから!』
リリアはアルヴィレを黙らせ、傷ついた身体に触れた。
その傷はなかなかにひどいもので、肉が抉れ赤く染まった骨が見えるような状態だ。
だがそれ以上に、ひどく嫌な何かがかかっている。おそらくそれがアルヴィレの回復を阻害している原因だ。
『ひどい呪い。でもこれ、呪いにしてはちょっと変かも。何にしても、これならアタシに移しても大丈夫かな』
リリアは何かをつぶやく。それはアルヴィレでも聞き取れない言葉だ。
しかしその言葉を放たれた瞬間、アルヴィレの身体を優しい光が包み込み始める。
だんだんと傷が塞がっていく。それと同時に身体を蝕んでいた〈何か〉が消えていく。
アルヴィレは不思議な顔をして自身を見ていると、リリアがこう声をかけた。
『これでもう大丈夫!』
『何をした? ただの回復ではどうしようもなかったはずだが』
『かけられてたの私に移した。だからだよ』
『移しただと? なぜそんな無茶を――』
『そっちのほうが手っ取り早いから。それより何が起きたか話してくれる?』
アルヴィレは少し呆れ気味に息を吐いた。だがリリアは気にしていない様子だ。
おそらく彼女にとって当たり前の行為であり、その後の態度も当たり前のことなのだ。
そのことに気づいた彼は敢えて指摘することなく、求められたこうなった経緯について話し始める。
『主は、いやクリスは〈厄災ガルダン〉に連れ去られた。私はそれを止めようとしたが、見事に返り討ちに合ってしまったんだ』
『厄災ガルダン? 何それ?』
『人にとって厄災といえるモノを振りまく厄介者だ。普段はおとなしく眠っている存在だが、一度動き出すと止めるのが困難だ』
『そんなのがどうしてクリスを連れて行ったのっ?』
『正確には違う人物を連れていくつもりで、主は巻き込まれた形だ。ひとまず私はあいつの根城に乗り込む。友よ、悪いがここで待っててくれ』
『冗談じゃないよ! アタシも行くに決まってるじゃん! というかこんな所で待ってたらモンスターに襲われちゃうし』
『だが、向こうはもっと危険だぞ?』
『もう解析できたからそのガルダンのほうが安全だよ! だから連れて行って!』
リリアの言葉にアルヴィレは目を大きくする。
ガルダンが使う理解ができない〈何か〉を解析した。そう言い放ったリリアに、彼はその内容を訊ねたくなる。
しかし、そんな時間はない。だからアルヴィレはクリスを助けるためにリリアの言葉に従った。
『承知した。あなたの言葉を信じよう』
アルヴィレは頭を垂れた。リリアはアルヴィレをよじ登り、その背中に乗る。
目指すは厄災ガルダンの根城。クリスを助けるために、リリアが勇ましく追いかけ始めたのだった。
◆◆◆◆◆
『そうか、なんてかわいそうな娘だ』
それは、懐かしい光景だった。クリスはこれが夢だと認識したのはその懐かしさを覚えたためである。
まだ優しかった頃の彼は、そう言葉を口にして哀れんでいた。
今となって思えば、ただ同情されていたのかもしれない。だがそれでも、クリスはその言葉が彼の優しさだと感じ取る。
『もし君がよければ、僕を受け入れてくれるかい? 大きな代償がついて回るけど、どうかな?』
「代償?」
『ああ、そうだ。対価と言ってもいいかな。君の欲望がそれに当たる。もし僕を受け入れ、満たしてくれるなら君に僕の恩恵を与えよう』
「そんなのいらないよ。でも、困っているなら契約するよ」
『それじゃあ契約にならないよ。そうだね、ならこうするのはどうだい?』
彼は優しい声で契約内容を話していく。
今にして思えば、これが彼を狂わせた要因の一つだったかもしれない。だが幼いクリスは、そのことに気づくことはなかった。
「うん、いいよ。それなら契約する」
『ありがとう。じゃあ、僕の肩に手を置いて』
言われた通りにクリスは肩に手を置いた。
彼は聞き取れない言葉を口にしていく。どんな内容なのか意味がわからなかったが、今ならそれが何なのかわかる。
『いつか必ず、君は僕を超えるだろう。それだけの才能と力を秘めている。だからこそ、僕は君が成長するまで待とう。そして、成長したら僕を殺してくれ』
彼にとってその言葉は願いだったのだろうか。それとも、いつか訪れる決別の時に対する遺言だったのか。
どちらにしても理解したクリスは、そうならないで欲しいと願う。
寝ている今でも、願い続けるのだった。
◆◆◆◆◆
懐かしい夢と、心の奥底にしまい込んでいた願いを思い出しながらクリスは目を覚ます。
あれからどれほど眠っていただろうか。少なくとも日が暮れるほど時間が経っており、余裕で手足を拘束するだけの余裕があったことだけはわかった。
「お目覚めですか?」
どうしようか、と誰かが声をかけてきた。寝ぼけた頭のまま声がした方向に目を向けるとそこには、ヴァンの姿がある。
クリスは何かを言いかけたが、すぐにやめた。
目の前にいる少年は、クリスが知っているヴァンにしては若すぎる。そのうえ、背中には蝶のような羽があり、どこか幻想的な姿でもあった。それを見たクリスは考え、訊ねる。
「あなた、ヴァン?」
「ええ、そうです。ヴァンとして生きていました」
「じゃあ、本当のあなたの名前は?」
「忘れました。長いこと、ヴァンとして活動していましたからね」
彼はどこか懐かしむような顔をしていた。どうしてそんな表情を浮かべているのかわからず、クリスは不思議そうに見つめる。
そんなクリスを見たヴァンは、あることを告げる。それは思いもしない言葉だ。
「もうすぐ結婚式が始まります」
「結婚式?」
「ええ、我が主とジェーンの結婚式です」
クリスは目を丸くした。なぜ唐突にそんなことになったのか。
頭の中が疑問符で支配されていると、ヴァンはこう説明した。
「主は待っていたんですよ。彼女が成長するまで。そして本日、彼女が立派な大人になったことを確認したのです」
「もしかして、それが契約条件?」
「ええ。少々強引なことをしましたが、彼女は承諾しました。だから主は対価をもらいにきたんですよ」
とんでもない話だった。クリスはそれを聞き、ただただ唖然とする。
そんなクリスを見て、ヴァンはため息を吐いていた。
「全く、主は何を考えているのか。おかげで、とても有意義な時間でしたよ」
クリスは何かを伺っているヴァンを見る。まるで自分の怒りでも引き出そうとしているようにも見えた。
だからまどろっこしいことをしているヴァンに、彼女は訊ねる。
「ねぇ、本当は止めてもらいたいの?」
「どうしてそうお思いで?」
「だって、そう見えるから」
ヴァンはため息を吐いた。どうやら当たりのようだ。
そう考えていると、彼はこう言い放つ。
「私は長く人と過ごしすぎました。情が移ったといえばいいでしょう。だから、こんな形で彼女の幸せを奪われたくないんですよ」
「そうなんだ。ねぇ、ジェーンさんのことは好き?」
「好意は抱いています。ですが、それが何なのかはハッキリしませんよ。ただ、このまま主に娶られるのは気に入りませんね」
「そっか。じゃあ、契約しよっか」
クリスは心臓の鼓動を激しくし、魔力を血液に乗せた。その魔力を手足に集中させると途端に拘束していた肉の塊が弾け飛ぶ。
思いもしない光景にヴァンは唖然とする。クリスはそんなことを気にすることなく、彼に迫った。
「選択肢は二つ。敵になるか味方になるか」
「もし間違えたら?」
「死ぬだけ。でも、それでいいでしょ?」
「やれやれ、強引ですね。でもいいでしょう」
ヴァンはクリスの強引な提示に頭を振り、肩をすくめた。
どこか仕方ないという素振りを見せつつも、なぜだか安心しているような表情を浮かべている。
だからなのか、彼はクリスに頭を垂れた。
彼女はその選択を見て、ヴァンの肩に手を置く。そして、契約を始めた。
『あなたにとって助けたいものは何なのか。あなたの気持ちはあなたにしかわからない。だから正直になって手を伸ばそう。あなたの名前はヴァン。契約者クリスの名のもとに、あなたに名を与えよう』
ヴァンの胸にバラの模様が生まれる。ヴァンはこうしてクリスの仲間となり、かつての主が行おうとしている結婚式場へ乗り込むことになる。
そう、これから始まるのは盛大な駆け落ち。
かつての主を裏切り、大切な人の幸せを守るための戦いが始まる。
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