栄光の中で見た闇

 クリスが崩れた橋を直してもらうために召喚したネズミ達がいそいそと働く。そんな光景を眺めていると一つの声が彼女の頭に響いた。

 それは偵察をしてくれているアルヴィレだ。


「どうしたの? 何か見つけた?」

『一応な。報告しておいたほうがいいと思って連絡した』

「警戒すること?」

『基本的には必要ない。だが、下手に手出しはしないほうがいい代物だ』


 妙に含みがあるアルヴィレの言葉だ。

 クリスは少し目を鋭くさせながら、彼の言葉を待った。するとアルヴィレはある例えを引き合いに出し始める。

 それはクリスもやっている契約についてだ。


『クリス、君は様々な者達と契約しているみたいだな。人は普通、多くても三体が限界だがそれを有に超えている』

「そうだけど、それがどうしたの?」

『契約条件には面倒な存在もいるはずだ。君にだっているだろ?』

「……もしかして、契約が関わっていること?」

『察してくれてありがとう。私は立場上、詳しいことは言えない。だが、君達をずっと見ている存在がいる。だから一つ注意を言っておこうと思ってね』

「手を出したらどうなる?」

『全力で排除しに来るだろう。言っておくが、奴は私ではどうしようもないほど強く厄介だ』

「わかった。できる限り気をつける」

『そうしてもらえたら嬉しい。私もあれとの戦いは避けたいからね』


 アルヴィレはそう言い終えると、そのまま通話を切った。

 クリスは彼から言われた言葉を考える。アルヴィレは守り神として君臨していた存在だ。それよりも強いとなると、厄災といえる存在がずっと見ているかもしれない。

 できる限り関わりたくないと考えつつ、クリスは働いているネズミの大将に声をかけた。


「進み具合はどう?」

「いい感じだぜ。今のところ順調だ。といっても急ぎだから平常で使うには強度が足らんが」

「今通れればいいよ。無理言ってごめんね」

「いいってことよ! まあ、契約報酬はしっかりもらわんといかんから、今晩は頼むぜ」

「うん。たぶん大丈夫だから。この先に町があるし」

「お、そうなんかい。そういやここは東カートンか。とすると美味い酒が置いてそうだな」

「うん。道なりに進めばそのカートンってところに着く予定だよ。ご飯が美味しいって聞いてる」

「かぁー、いいねいいねぇ。じゃあ今晩はそこで頼むぜ。酌を注いでくれよ」

「わかった。じゃあみんなの分も用意しておくね」


 大将が働いている部下達に声をかける。

 美味しいご飯が食べられ、お酒が飲めるということを伝えた途端、みんなが張り切り出し、作業が急ピッチに進んでいく。

 クリスは頑張るみんなに微笑みつつ、昼寝しているリリアを見た。とても気持ちよさそうな寝息を立てており、ちょっと楽しい夢を見ているのか怪しく笑っている。

 後でその夢の内容を聞いてみようかな、と思いつつ彼女の頭を撫でているとジェーンが声をかけてきた。


「ねぇ、あなた。魔術師なんだよね?」

「そうですけど?」

「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、いい?」


 お願い、と言われクリスの表情が若干強ばる。

 ジェーンはそんな彼女の変化に気づいていないのか、お願いについて話し始めた。


「これ、町についたらヴァンに渡してほしいの」


 差し出されたものをクリスは見る。そこには一つの手紙があった。

 クリスはそれを見て、一気に警戒を解く。だが代わりにちょっとした疑問が浮かんだ。


「どうして町に着いてからですか?」

「私にも事情があるのよ。それに彼との契約は町に着いたら終わるし」

「契約、ですか。なら今のうちに渡しても――」

「それができないのよ。だからあなたにお願いしたいの」


 なぜ、どうしてできないのか。

 問いかけたい言葉が口から出そうになるが、クリスは飲み込んだ。何かしら事情があると言っていることもあり、彼女は「わかりました」と引き受ける。

 ジェーンはそんな彼女の返答を受け、ちょっと安心したかのような表情を浮かべていた。


「頼んだわよ、魔術師さん」


 ジェーンはそう言い残し、馬車へと戻っていく。

 不思議そうにしながらクリスは彼女の背中を見つめていると、ネズミの大将が声をかけてきた。

 何気に振り返ると、少し真剣な面持ちをしている。どうしたのだろう、と思っているとこんな言葉をかけられた。


「悪い嬢ちゃん。対価は明日でいいよ」

「どうしたの?」

「いやな、今日はちっとした約束があってな。それを思い出しちまってよ」

「そうなの。じゃあ明日にするね」

「悪いねぇ」


 ネズミの大将がとても申し訳なさそうな顔をしている。どうしてそんな表情を浮かべているのかわからないが、クリスは敢えて聞かないことにした。

 ネズミの大将が作業に戻ろうとする。その時、彼から妙な言葉がかけられた。


「嬢ちゃん、気をつけろ。あいつはアンタを見ている」


 クリスはネズミの大将の背中を見る。だが彼は振り返らない。

 去って行くネズミの大将はそれ以上語ることなく、仕事を始める。

 一体何がクリスを見ているのか。どうしてそんなことを伝えたのか。

 クリスは気になりつつも、橋が完成するのを待つのだった。


◆◆◆◆◆


 ネズミの大将とその部下達が頑張ってくれたおかげで橋は完成した。

 時刻は昼下がり。馬車も通れるようになり、クリス達は日が暮れる前に町へ急いで移動し始める。

 だがその前にネズミの大将からある申し出をされた。


「やっぱ納得できんから、キチッと完成させてくよ」

「そう? ここら辺は危険なモンスターはいないから、大丈夫だとは思うけど」

「何、ヤバくなったらすぐに逃げるさ。それよりも嬢ちゃん、道中気をつけなよ」

「わかった。大将も気をつけてね」


 クリス達は作業するために残ったネズミの大将達と別れ、町へ向かい始める。

 馬車は少し揺れながらも急いで進んでいく。心地いい揺れがクリスに襲いかかる中、何気なく眠っているリリアを見た。

 今度は悪い夢を見ているのか、ちょっと苦しい顔をしている。

 クリスは彼女の苦しみを少しでも和らげるために頭を撫でていると、唐突に身体が輝き始めた。

 思いもしない出来事にクリスは驚く。

 向かい合っていたヴァンとジェーンも思わずリリアを見つめると、クリスにこう訊ねた。


「唐突にどうしたんですか?」

「もしかして、何かの病気?」


 心配する二人を見て、クリスはちょっと困ったように微笑む。

 ひとまず事情を説明しようと考えていると、唐突に馬車が止まった。


「おや、もう町に着きましたか?」

「そんな訳ないでしょ。まだ緑が広がっているし」


 妙なことが起き、ヴァンは頭を傾げていた。一応確かめるために馬車の外に出ていく。

 ヴァンの姿を見送り、クリスは考え始めた。

 アルヴィレとネズミの大将から言われた気をつけろという意味の言葉。それほど危険な存在に狙われているのか、と考えてしまう。

 一体そんな存在が見ているのか。どうして狙っているのか、と思っているとジェーンが声をかけてきた。


「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「聞きたいことですか?」

「あなた、私の歌を聴いたことがある?」

「いえ。申し訳ないですが」

「そう。そっか、まだそんな人がいたんだ」


 ジェーンはクリスからの思いもしない返答に意外な表情を浮かべていた。そんな彼女の顔を見つめていると、ちょっと安心したかのように笑顔を浮かべる。

 クリスが不思議そうに見つめていると、ジェーンは自分のことを語り始めた。


「私、昔とんでもないバケモノに襲われたことがあったんだ。どうにか助かったけど、とんでもない呪いをかけられたことがあったのよ」

「呪い、ですか」

「そっ。何も見えない聞こえないしほぼ感じない。そのうえに声も出ない呪いよ。幼い頃は何をしてすごしていたかわからないわ」

「そうなんですか。大変でしたね」


「ええ。でもヴァンと出会っていろいろ変わったわ。私、彼に助けてもらったのよ」

「解呪ができたんですか?」


「みたいね。あまりよく覚えてないけど、でもおかげで昔が好きだった歌が歌えるようになったし、みんながすごいって言ってくれた。不思議なことにとっても身体が軽くなったし、いろんなことをした。ほんといろんなことしたから、充実した毎日だったわ」


 楽しげに語るジェーン。しかし、その顔はだんだん暗くなっていく。

 まるで何かを知ってしまったがための絶望に染まった表情だ。


「楽しかった。本当に楽しかった。でも、楽しいだけじゃやっていられなかったわ。だから私、いろんなことが嫌になって逃げたの。いろんなことから、何もかもから」

「…………」

「決まってた公演からも逃げたし、スタッフからも逃げた。応援してくれる人達からも逃げちゃった。私は、私を守るために逃げちゃったわ。ほんと、情けないわよ」


 どんな出来事があって失望に顔が染まっていただろうか。

 クリスは疲れているジェーンを見て、ただ静かに言葉を聞いていた。

 彼女にとって、見てきた世界はどんなものなのかわからない。ただクリスは大変だったんだな、と感じ取る。

 ジェーンは意気消沈し、外を見た。つまらなさそうな顔をし、最後に「ごめんね」と小さな声で言い放った。


「つまらない話だったわね。ごめんね」

「いえ。でも、大変だったんですね」

「まあ、ね」


 彼女は何をクリスに伝えたかったのか。よくわからないままクリスも外を見る。

 何を見て、何を知って、何を感じてきたのか。クリスはその断片を知り、少しだけ満足した。


「うわぁぁ!」


 唐突に悲鳴が響き渡った。

 クリスは思わず立ち上がり、外を確認しようとする。だがそれよりも早く馬車が揺れた。

 まるで何かに持ち上げられたかのような浮遊感が襲ってくる。

 思わず外を見ると、大きな目が中を覗き込んでいた。


『待っていたぞ、我が嫁よ』


 その目はそう告げると、嬉しそうに微笑み始めた。

 クリスは何かやられる前に魔術を発動させようとする。だが、それよりも早く目は睨みつけた。


『邪魔するな、呪われし花嫁よ』


 どくんッ、と心臓の鼓動が跳ねた。途端にクリスは胸が苦しくなり、思わず押さえてしまう。

 何が起きたかわからないでいると、その目はジェーンを見つめ始める。


『約束を果たしに来てくれたのだな。ずっと待っていたぞ』

「やく、そく?」

『ああ、そうだ。お前と交わした約束だ』

「な、何よ。何の約束よ!」

『くく、忘れているのか? なら魂に刻んだ言葉を思い出してもらおうぞ』


 窓から何かが伸びてくる。それがジェーンの胸を貫こうとした瞬間、クリスがナイフを放り投げた。

 そのナイフが回転し、何かを切り落とす。思いもしないことだったのか、目は大きな悲鳴を上げる。


『オノレが! 見逃してやろうと思っておったのに邪魔しよって!』


 何かの標的がクリスに変わり、その全身を貫こうと迫る。

 だが、それを止める存在がいた。


「お待ちください!」


 その勇ましい声は、ヴァンのものだった。

 途端に攻撃の手が止まり、目はクリス達から外れる。助かった、と思っていると馬車がまた揺れ始めた。


「今度は何っ?」

「助けを、呼んだ。どうにか、なるかわから、ないけど……」


 遠吠えが響き渡る。

 途端に目が激高し、叫び始めた。

 激しい音が外で響く。だが何が起きているのか全くわからない。

 そんな中、クリスは意識が闇に溶けていく。


「まずっ……今、寝た、ら……」


 クリスは抗う。しかしどんなに抗っても闇はクリスの意識を溶かしていく。

 そしてどうすることもできないまま彼女は眠りにつくのだった。

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