モヤがかったバケモノ

 若い女性が多く集まるブティックが並んだ大通り。

 スカートに帽子、バッグといったおしゃれアイテムが展示される店が並んでいる中、一つだけ異質な店があった。

 そこはおしゃれとはある意味ほど遠いちょっと古びた木造の建物である。


 かわいい赤と白のバラソルに、これまたかわいらしい小さな丸テーブルがテラスにたくさん置かれ、中を除いてみるとバーかと思わせるようなシックな雰囲気が広がっていた。

 その店のオーナーである老人は、鼻歌をこぼしながらコーヒーの豆を機器で砕いていた。ほのかに香ってくるいい匂いに頬を緩めていると、誰かの訪れを知らせるベルが響く。


「おお、これはこれは」


 老人は入ってきた客人に目を向け、顔を緩ませた。

 そんな老人を見たレミア先生は、ちょっと安心したかのように微笑む。

 幼い頃からお世話になっている人ということもあり、いわゆる顔なじみの人物だ。友人が何か悪いことをし、それに巻き込まれたレミア先生をよく庇ってくれた人でもある。

 レミア先生はそんな人のカフェへとやってきた。

 仕事が忙しいのと、最近やってしまった失敗によってなかなか来ることができなかったが久々に老人の優しい顔を見てつい顔を綻ばせる。


「久しぶり、おじいちゃん。元気にしてた?」

「ああ、してたとも。レミアちゃんは見ないうちにキレイになったね。小さかった時はとってもかわいらしかったけど、もうホントキレイだよ」

「もう、おじいちゃんは口が上手いんだから! でもありがとっ」


 楽しげに笑う老人に、レミア先生も釣られて笑った。

 これから談笑でも楽しもうかな、とさえ考えてしまう。だが、すぐにそんな時間はないことに気づいた。


「あ、そうそう。ジェイスくんが来てるよ。用事があったんだろ?」


 ジェイスという名前を聞き、レミア先生の顔が曇った。

 あまり聞きたくない人物の名前だ。いつもいつも自分を何かしら騒動に巻き込んでくる男性であり、腐れ縁の友人であり、どこか抜け目のない人物でもある。

 そんな嫌な相手から呼び出されたレミア先生は、疲れたような息を吐き出していた。


「どこにいる?」

「一番奥のテーブルにいるよ。あ、コーヒーを飲むかい?」

「あいつが帰ったらお願いするわ」


 老人から案内されたテーブルへ移動し、レミア先生は久々に会う悪友の顔を見た。

 いつものように目に隈があり、ちょっと疲れているように見える。その手には妙なカードがあり、よく見ると星が描かれていた。

 レミア先生はすぐにそれがタロットカードだと気づく。また変なことでも始めたのか、と思いながら見つめていると友人ジェイスが声をかけてきた。


「お、来たか。久しぶりだな、レミア」

「アンタが呼び出したんでしょ? こう見えても忙しいのよ私は」

「にしてはショッピングを楽しんでいるように見えるな。そういや恋人とはよろしくやっているか?」

「別れた。正確にはフラれたけど」

「あー、そうなのか。まあ、前々から相性が悪そうだったしなー」


 レミア先生はイラつく。ジェイスは何かと素直である。だから気遣いをすることは少ない。

 特に自分には全く気遣ってくれない。古い友人ということでもあるが、もう少し言葉に気をつけて欲しいとレミア先生は考えてしまう。

 だが、そんな注意をしてもジェイスは変わらないだろう。

 なぜならジェイスはそんな男だからだ。


「っで、何の用事で呼んだのよ? まさか私の交際関係を聞くためだけじゃないわよね?」

「まさかまさか。お前の状況を聞いても面白くないし」

「早く言ってくれない? さっきも言ったけどそんなに暇じゃないのよ」

「わかったわかった。わかったからそう焦るな。俺だって暇じゃないんだしな」


 そう言いつつ、ジェイスは優雅にオレンジジュースをグビグビと音を立てて飲んでいた。レミア先生はすごくイラつきながら飲み終わるのを待ってみる。

 するとジェイスの腕時計が鳴り始めた。それを聞いた彼は、先ほどと違って鋭い目つきへと変わっていた。


「どうしたのよ?」

「待ってたものが来た。たぶん、そろそろ始まるよ」

「始まるって何が?」

「奴の狩りが、だよ」


 レミア先生はジェイスが言っている言葉の意味を理解できなかった。

 ひとまず一緒に窓の外へ目を向けてみる。

 すると楽しげにブティックのウィンドウを見ていた若い女性が目に入った。


 一人はワンピースが似合う清楚な印象が強い女性で、もう一人はボーイッシュな見た目、三人目はいかにも働き盛りといったスーツが似合う人物だ。

 タイプが違う三人を見ていると、妙な濁りが見えた。影のようにも見得、何か曇っているようにも見え、どこかモヤがかかっているように見える。

 そんな怪しい何かが、女性達の真後ろにいた。


「なっ」


 レミア先生は思わず身体を乗り出した。だが、それをジェイスは止める。

 明らかに危険な状況にも関わらず、見ていろと目配せした。


「できるか、バカ!」


 レミア先生は魔術を発動させようとした。だが、やるには遅すぎる。

 怪しい何かがキャリアウーマンとおぼしき女性へもたれかかった。そのまま身体を包み込むと、彼女は突然倒れてしまう。


 思いもしないことに友人である二人が慌てて駆け寄り、声をかけながら身体を揺すった。

 しかし、何も反応がない。二人は慌てて周囲へ助けを求め、倒れた彼女の介抱をする。

 そんな光景を見ていたレミア先生は呆然としていた。観察をしていたジェイスは、何か考えごとをしている様子だ。


「これは厄介だな」

「何が厄介よ。目の前で起きたのよ!」

「魔術を発動させても間に合わなかったよ。仮に間に合ったとしても、たぶん無駄になった」

「無駄になったって、そんなの――」

「あれは従魔だ。おそらく、高位のね。並大抵の魔術は効かないよ」


 何か知っているかのような口ぶりだった。

 レミア先生はそれに気づきながらも、一旦自分を抑える。

 ひとまず倒れた女性が心配になり、振り返った。するとジェイスはこんなことを言い放った。


「肉体には害はないさ。ただ、彼女は大切なものを失ったよ」

「大切なもの? それって一体何を?」

「記憶さ。たぶん、次に目覚めたら赤ちゃん同様の状態になっていると思うよ」

「アンタ、それを知ってて見てたの?」


「いくつか案件が来てる。だけどこの目で見たのは今回が始めてさ。三日に一度、そんな状態になった女性が病院に運ばれてくる。どれもこれも、バリバリに仕事をしているキャリアウーマンらしい。試しに被害者に会ってみたけど、みんな幼い子どものようになってたよ」


 ジェイスの言葉を聞き、レミア先生はため息を吐いた。

 どうやらこの奇怪な事件は知らないうちに起きていたようだ。そして、なぜ彼がレミア先生に声をかけたのか気づく。

 そう、恋人と別れバリバリに仕事をしている彼女だからこそちょうどいいということだ。


「アンタ、前々から思っていたけど最悪な男ね」

「察しがよくて助かるよ。あと仕事熱心だと言って欲しいな」

「統治機関に所属しているからなおさらよ」

「ハハハッ。それでどうする? 引き受けてくれるなら、たぶん被害は減らせるよ?」

「アンタがやれ。私を巻き込むな」


「やりたいのはやまやまだけど、あの従魔は女性の前にしか出てこないんだ。仲間に頼んだけど、中途半端な腕前だと狩られて終わった。僕の知りうる限り、一番有能な君に頼みたいんだよ」


「ものの頼み方があるでしょ? ったく、言ってもやらないだろうけど」

「よくわかってるね。でも今回は結構ヤバめな被害だから、報酬は弾ませてもらうよ」

「どのくらい弾むのよ?」

「正式依頼かつ、いつもの十倍」


 その言葉を聞いたレミア先生は目を大きくした。正式依頼ということは、報酬もちゃんと約束されたものになる。

 そのうえでいつもの十倍だ。驚かない訳にはいかない。


「なるほど、結構手詰まりなのね」


 レミア先生は考えた。もっとつり上げられないか、と。だが、正式依頼でそれだけ出してもらえるのだからそんなことしなくてもいい。

 それに欲にかられて目の前の救える人を救えなかったら元も子もない。


「わかった。手を打ってあげようじゃない」

「助かるよ」


 ジェイスは安心したかのように笑顔を浮かべていた。

 おそらく彼にとってもギリギリの賭けだったのだろう。それを考え、ちょっと残念に思いながらレミア先生は動き出す。


「情報をちょうだい。いい感じに始末してあげるから」

「頼むよ、レミア」


 こうして奇怪な事件を解決するためにレミア先生の従魔狩りが始まる。

 だが、この事件は思いもしない方向に走っていく。そのことをレミア先生はまだ知らない。

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